向こう見ずな十代のためのブートキャンプ_1

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31歳で自分を「若者」と考えるのは、ぼくの感覚では難しい。
青年ならなんとかなりそうな気がしなくもないが、「青年」は死語なのではなかろうか。
年寄りになったら嫌がられながら若い人間に説教をかますのがぼくが子供のときから抱いていた黒雲の志(←青雲の志のダジャレ)だったが、考えてみれば、きみとぼくとはもう13歳の年齢の開きがあるのだから、「あんまりマジメにやらなかった儒教圏」の日本語の世界でも、偉そーにしても、十分資格が備わってしまった。
ある朝、ふと目が覚めてみると、30歳をすぎた初期中年男になっていて、説教をしてチョー嫌がられる楽しみを、ぼくは手にしていたことになる。

勉強はしないよりはしたほうがいい。
きみが通っている日本の学校では数学と物理と化学と生物は世界の社会のなかでも高い水準で、それよりもなによりもおおきな書店にいけば、ヨーロッパ人なら唖然とする数のきみ個人の学習を助ける書籍や雑誌が棚を埋めて並んでいて、開いてパラパラと読んでみると、内容はちょっと古めかしいが、
悪くはない。

むかし義理叔父(日本人・50代)がとっていて、勉強は他にはあんまりやらなかったというので、東京出版という出版社の「大学への数学」という雑誌を、世界中の雑誌を蒐集しているぼくは当然のように義理叔父が後生大事にとっていたバックナンバーを譲り受けて、足りない分を探して、1957年に始まって、かなり古いものから揃えていったが、「インターフェース」という興奮するくらいすごい内容の、大学へ行けなかったエンジニアたちのための雑誌と並んで、日本の、英語人からは見えない実力を学習した。

日本の文化のよいところは社会と折り合いが悪い、孤独な若者が世界を渉っていける仕組みが発達していることで、売人がうろうろする場末の通りの、そのまた路地で社会を憎悪しながら若者が死なないですむための仕組みがたくさんある。
西洋社会では、若者を助ける仕組みは社会的な仕組みだが日本では非公式地下互助組合というべきか、おっさんたちが仕切る社会とは関係のないところで、先行した疎外された若者が後からくる若者のザイルをしっかりと引き上げることによって成り立っている。

何度も観察して、英語授業の補助みたいなこともやらせてもらった、ぼくの観察では、日本の高校は軍隊なみで、ぼくなら通うのは無理だろう。
高校などは、なるべく自分の生活に干渉しない、あたりさわりのない学校を選んで、悪意に満ちて頭がわるい、そのくせ他人への関心だけは満々にある人間がたくさん夜行する社会に出る準備に、さまざまなトレーニングを自分で自分に課す時間がつくることができる学校を選ぶと思う。

残念ながら、イギリスで生まれ育って母親が日本人で、しかも知性も情熱もある教師、というような誤差として無視したほうがよい確率では出会えるかもしれない教師にめぐりあうのでなければ、学校の英語は無視したほうがよい。
きみがこれから日本の外に出て初めに気がつくことは、日本人は他国人が失笑するほど英語が判らなくて、判らないだけなら判るようになればいいだけだが、しつこい染みのように染みついた奇妙な癖がついていて、その癖を具体的に書けば、アクセントにおいてはカタカナの強い影響がある平板で母音が壊れた英語の発音で、読むことにおいては英語を「構文」の名前で分解して、その上日本語に無意識のうちに翻訳してしまう外国語を身につけるためには致命的な癖で、本来は言語は読めれば同じレベルで書くことも出来て、聴くことができれば同じ歩調で話す能力も進捗していかねばならないが、たとえば「学力調査」のようなことがあると、新聞には「日本の高校生は読む力はあるが、他の能力に劣ることがわかった」と書いている記者自身が英語などまったく出来ないことが見え見えの噴飯もののことが書いてあるが、読む能力だけ突出しているというのは、要するに忙しく頭のなかで日本語に変換する曲芸のような、当たり前だが外国語の習得に最も有害な「芸」に長けてしまっているだけで、なんのことはない英語が判らなくなるために6年間一心不乱に自分で自分を訓練しているだけである。

だから、英語教育能力を学校に期待しても仕方がない。
Netflixで大量に英語のテレビドラマや映画を観たり、自分が好きな英語の歌を歌詞をおぼえて歌えるようにしたり、いまならDuolingo のような無料のオンラインサービスを使ったり、そこから進んでiTunesで公開されている、たとえばスタンフォードの講義を聴いたり、アメリカはもっとたくさんあるはずだが、少なくとも連合王国にもたいへんな数で存在するたとえばオンラインのアートスクールで、インストラクターとスカイプで話しながら美術の技法を学ぶ、というような方法を使って英語を学んでいくとよいと思う。

冷たいことをいうと、どんなに英語が出来るということになっていても英語人以外に英語を学ぶのはバカげている。
日本に長く住む英語人は、だんだん英語を教えるのは日本人にまかせたほうがよい、と考えるようになっていくが、それは誰もひとことも口を利かないで押し黙っている日本の教室の異様な雰囲気を憶えているからで、日本特有の、あの家畜の屠殺場をおもわせる空気を頭に思い描いて、英語だけで授業をすすめる絶対不可能性を考えるからである。
でも、ひとりなら、きみも、コンピュータに向かって、勇気をふりしぼって話しかけることが出来るのではないだろうか?

数学は、出来なければならない。
人間の思考は言語に依存しているが、すべての言語のなかで最も思考の道筋が見えやすく、自分の思考が歩いて行く道筋を明瞭に確認することが出来て、そのうえ、更に重要なことは、必要を感じれば自分で自分がこれまで考えてきたことが正しいかどうかセルフチェックが出来るのは数学という言語だけの特徴で、他の自然言語には見られない利点であると思う。
数学はもともと、新しい時代のラテン語で、基本的な記号の定義さえ了解できれば、まだ自然言語は通じない相手でも数学語だけは他国人どころか見知らぬ銀河からやってきた知的生命が相手であっても会話が成立するはずである。
数学においては、向こうから一組のハンサムな青年と美しい娘があるいて来ても、それはただの「ふたり」の人間で、(ふたり)xX、というような数式がないので、だいたいの事情は察せられるとおり、その「ふたり」は「不完全な2」で、まだまだ無数にあるはずの存在しうる言語の視点のなかで、数的論理性に特化した言語になっている。
話が長くなってきたので慌てて書くと、数学の中で最も美しいのは幾何だと、ぼくは感じるが、地面を這う21世紀の現実生活に必要なのは微分で、微分のことは微分でせよ、というが、微分でないことも微分でやったほうがうまく事情が把握できるのが現代世界の知見で、微分方程式が運用できないとなると、たとえば経済の様相を把握するのは難しくなっていくだろう。
いまでも経済学を自称経済学者や経済通の芸人や文学者の枠から出て実践するには一個の数学者であることが必要だが、これからはますます、その傾向は強まってゆく。

その次に必要なものは歴史で、世界史よりは日本史のほうがいいが、日本における日本史は文献主義で、まるで日本史の専門家の徒弟を育てる趣なので、やっても仕方がないし、退屈を極めていて、ぼくは教科書を見てぞっとした。
最もよい方法は20巻〜30巻程度の通史を買ってきて読みふけることではなかろうか。
英語では読みやすい通史がなくて苦労するが、日本語には多い。

数学、歴史、英語、が身に付いたら、あとは文明人のさまざまな活動のなかから、自分が好きな領域をみいだしていけばいいわけで、もちろん個人によって得意なことは異なるから、ぼくにあれがいいこれが面白いと述べるのは無理である。
ただ、ひとつだけ教えてあげられることがあって、自分が得意な領域には「努力」というものが存在しない。
ちょうどDiabloがリリースされたときに、あの怪物たちが蠢いている暗い世界の虜になって起きるなりコンピュータをつけてDiabloを倒すのをめざした世界中のゲーマーたちと同じで、寝てもさめても、と言う通り、中毒するように、のめり込んでいく。

ぼくは数学が、その初めのものだった。
起きて、ぼんやりした頭が、だんだん意識を整頓して、世界が明示されはじめて初めに考えることが昨夜の問題の続きで、食事も歩行も、うわの空で、
まるで数学の女神に取り憑かれた人のようだった。

それが幸福なことなのかどうか、あるいはもっと言えば良いことなのかどうかは、ぼくには判らない。
数学に狂っていれば、たとえば本を読みふけったり、クリケットに熱中する時間がその分は失われているわけで、ほんとうは、もっとバランスのよい時間を過ごすべきだったかもしれない。

ぼくはいくつかのスポーツの選手だったが、乗馬のほかは、なんとなく義務だと考えてやっていたような気がする。
もともとの家系が暴力的な人間がそろっているのでラグビーなどは、級友を体当たりで跳ね飛ばす楽しみがあったが、そういう楽しみも数学の魔術的な時間には較べるべくもなかった。

きみはもうすぐ大学に行くのではないか、と自分のことを考えていると思うが、もうそろそろ、日本人であっても、イギリス人なみに、大学に行ってもなにをしたいかわかっていないから、その前にちょっと世界を一周してくるかな、という考えがあっていい。
現実が裏打ちしていない知識は、つまりは詭弁家の語彙にしか過ぎない。
言葉は本質的に呪術の護符なので、普通の人間の想像を遙かに越えて、自分が事実と信じたいものを事実として「証明」できてしまうのは、シンタクスから始まって、修辞、論理、人間の長い痴愚の歴史を学んだことがある人間なら、いかに自然言語による「証明」があてにならないかは誰でも知っている。

まともな知的訓練を自分に課さないまま中年になったおっさんやおばさんが、なんだか自分に恍惚として、ほんの数ヶ月自分なりに勉強してみたくらいのことで、もう専門家のような顔をしだすのは、ともすれば現実から自分の一生を遠ざけて架空なものに変える知識というものの怖さがわかっていないからで、本をたくさん読む人間がたいていバカなのを観ればわかるが、その手の中途半端な知識はないほうが自分の一生のためで、陥穽に陥りたくなければ、最もよい方法は世界のあちこちに住みながら旅行して「現実」という本に読みふけることである。

スペインに1ヶ月もいれば、聡明なきみのことだから「パブリック」とはなにか?という疑問をもつだろうし、フランス人たちと話す日常を送ったあとでは言語というものが思考に与える、というよりも言語は思考そのものなので、どの言語によって思考を築くかということが、と言い換えたほうがいいが、影響のすさまじい大きさについて考え込んでしまうだろう。
同じようにイタリアの田舎をせめて2、3ヶ月でも旅行してあるけば、「美」というものの実在について思いを巡らすことになる。
アメリカ合衆国やオーストラリアやニュージーランドでは「自由」の意味を、
自然の美しさの意味を考えるだろう。

一枚が40万円もしない一年有効の世界一周航空券がきみにもたらす知的経験は深刻なくらいおおきい。

バックパッキングは、団体旅行と本質的に同じで、社会との交渉を自ら閉ざすことになるので推奨するわけにはいかないが、ウエイトレス/ウエイターや、厨房の皿洗い、ビルの窓掃除というような時間給仕事をしながら貧乏旅行をするのは悪くはない。
ぼくの仲の良い友達はマンガじみたおおきなお城に住んでいて、それをタネに子供の頃から、あんまり友達たちにからかわれ続けたので、すっかり苦虫をかみつぶしたような顔が板についてしまったが、貴族のなかでも古い家柄の子供で、いまは時代遅れの恐龍族らしく、すましかえって暮らしているが
むかし世界を旅したことがあって、ぼくが訪ねていったときはホノルルのバーベキューレストランでウエイターをしていた。
店にはいっていくと、ちょうど厨房の、ぶっとい腕に極彩色の刺青をしているおっさんに怒鳴られているところだったが、なにかといってはスカイプをかけてくる人で、そのたびに、賃仕事で世界を周航した、その頃の話ばかりしている。
それがいかに楽しい経験だったか、どら息子同士、彼とぼくにはお互いに共通な言葉で、とてもよく判る。

もうずいぶん長くなってしまったので、今日は、この辺でやめよう。
おっさんたちが「また十代の頃に戻りたい」というのは、記憶を自分の都合よく改変しているからで十代の毎日は、暗黒の中世に似ていて、厄介な性欲や、北欧の冬に似た夜明けなんかいつくるか想像もつかない長くつづく夜や、これからの確率的に述べてやたらと長い一生のための準備としてやらなければならないことの多さで、人間の歴史でいえば中世のようなものだろう。
やってられねー、と思うのが普通で、嬉々として青春をすごしたりするのはバカの証拠でしかない。

しかし、いきなり、ある朝起きてみたらじーちゃんになっていた、というような僥倖は望むべくもないので、やむをえないから、なるべく淡々と自分で設営したブートキャンプで自分を訓練しておく以外には方法がない。
次回からは、知的な腕立て伏せや、辛い夜の上手なバンク寝床での泣き方を伝授しようと思っています。

でわ。

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