The Grudge

もっかの日本の最大の文化財産は怪談ちゃうかしら、とおもうことがある。二次元絵がありまっせ、おフランスでも、シンガポールでも受けてますがな、という声が聞こえてきそうだが、気を落ち着けて聞いてもらいたいが、わしにとっては、あの「二次元絵」は表現の自由もなにも、すべての議論以前に絵が下手であると思う。

(あ、やっぱり怒っちゃったのね)

貧しい国の子供はどうかすると、手足がただのまっすぐな線で、ライフルもなにも棒線な、極端に記号化された兵隊や戦車やヒコーキを紙に書いて、バキューンズドーンと口ずさみながら一心不乱に戦争絵巻を書き込むが、二次元絵というものは、あれに似ている。

表現の自由、と言われると、憲法が赤面してしまうところがある。

第21条が、ぽっ、と顔を赧らめている。

戦前のラフカディオ・ハーンは、日本に対するポジティブなイメージの基礎をつくった。

日本語では新渡戸稲造イメージということになっているが、いまで言えばマオリ族の戦士文化てカッコイイよね、というくらいで、日本の人が想像するほどメジャーなインパクトがあったわけではなさそーです。

ハーンのほうは本質的に異なる。

激しい情熱に駆られてすさまじいエネルギーを使った割には、あんまり恵まれた前半生を送らなかったギリシャ=アイルランド系UK人は運命に惹かれるようにしてやってきた日本で小泉セツと結婚することによって、豊穣な晩年を過ごすことになる。

精霊が立ちこめるような明治の松江でハーンが邂逅した人間離れのした幸福については前に書いたことがあって、あらたに書くのはめんどくさいので引用ですませる (←ひどい)

いま読むと、むかし友達だった年長の人が松江に出張したときに書いた手紙を記事にしたものであるらしい。

『きみは、いま松江にいるそうで、正直に「うらやましいなあ」と思う。

ぼくは京都の日本海側から松江あたりまでの日本海側にあこがれがあって、柳田国男が生まれた町や、志賀直哉の短編で描かれた町、浜坂という小さな美しい浜辺のある村や、そういう場所をうろうろしてみたことがある。

松江にも行きたかったが、そのときは神戸でひとと待ち合わせをしていたので行けなかった。

ラフカディオ・ハーンという、変わり者で片眼、小男のギリシャ系イギリス人は、たいそうラッキーな奴で、その人生の後半に小泉セツという素晴らしい女びととめぐりあう。

小泉セツが英語をおぼえようとして使った手書きの英単語帳がいまでも残っているが、「アエアンナタハングレ」(I am not hungry)というような言葉を見ると、そのまま、その場を動きたくなくなるような気持ちになってしまう。

英語を話さない小泉セツと自分で発明したような風変わりな日本語しか話さなかったラフカディオ・ハーンは、しかし、「ヘルンさん言葉」とふたりで呼んで笑ったという、ふたりのあいだだけの日本語で会話を重ねながら、幸福な結婚生活を送る。

「破られた約束」のようなラフカディオ・ハーンの傑作は、今昔物語や雨月物語からの再話ではなくて、どれも小泉セツが「ヘルンさん語」でラフカディオ・ハーンに語ってきかせた松江の物語だった。

西洋人がいまでも持っている「美しい、神秘の日本」というイメージはハーンがこしらえたもので、そのもとは松江の風景のなかで生きて死んだひとびとの物語だった。

ある日、「自分にもっと学があれば、あなたの書き物の助けになったのに」とセツが述べると、ハーンはセツの手をとって自分の著作が並ぶ本棚の前に行き、

「だれのおかげで生まれましたの本ですか?」と「ヘルンさん語」で語りかけた。

一緒についてきたふたりの息子一雄に向かって、「この本、皆あなたの良きママさんのおかげで生まれましたの本です。なんぼう良きママさん。世界でいちばん良きママさんです」と言った。

ハーンが好きなものは、「西、夕焼、夏、海、遊泳、芭蕉、杉、淋しい墓地、虫、怪談、浦島、蓬莱」であったという。

「(明治)三十七年九月十九日の午後三時頃」、セツに「あなたお悪いのですか」と尋ねられたハーンは「私、新しい病気を得ました」と答える。

「新しい病、どんなですか」

「心の病です」

心の病、とは心臓病という意味です。

死の数日前、ハーンはセツに

「昨夜大層珍しい夢を見ました」

「大層遠い、遠い旅をしました。今ここにこうして煙草をふかしています。旅をしたのが本当ですか、夢の世の中」

「西洋でもない、日本でもない、珍しい所でした」という。

ハーンはそうして、五十四歳で死んでしまうが、きっと死の時にも松江の美しい風景を思い浮かべていたに違いない。

ぼくは松江の小さな家で、セツと肩を並べて、セツが「ヘルンさん語」で語りかける「破られた約束」の物語を、「ママさんの話は、とてもこわい」と述べながら、悪い視力のせいで丈の高い机に顔をくっつけるようにして原稿を書いていったハーンを思い浮かべる。

セツとハーンのまわりを出雲に集まった帰り途の八百万の神さまたちがぐるりと囲んで、小さな外国人と、ぴんと背筋をのばして座る武家の娘が、ふたりで紡ぎ出してゆく美しい物語を、人間には聞こえない声で称賛の嘆息をもらしながら、どきどきしながら聞き入っていただろう。

松江。

うらやましいなあ。

放射脳のぼくは、もう行けなくなっちゃったよ。

あれよりうまそうな出雲蕎麦の写真を送りつけた場合は、夜中の寝床で我が式神の祟りをうけるものと知るべし。

では、また』

https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/09/04/odakin2/

小泉セツは高い知性のある士族の娘で、その人の口から出てハーンの英語によって書かれた物語は、それまで英語世界のどこにもなかった感動や戦慄を英語人にもたらした。

科挙に落ちまくって二十七浪という大記録を打ち樹てながら怪異譚を、しょぼしょぼと書き留めた蒲松齢の聊齋志異には、どたどたどたと跫音も荒く自分を裏切った男を追いかけ回す中国式幽霊がでてきて、ぶっくらこいてしまうが、英語の「怪談」も似たようなもので、なんというか、怪異に物質的な厚みがある。

小泉セツが口授した幽霊たちは、そんなものとは次元を異にしていて、

夜更けに柴戸をたたいて、昼間、自分たちを切り倒される運命から救ってくれた若い侍にお礼を述べに来る柳の木の精霊の老夫婦や、ふとのぞき込んだ茶碗に映る見知らぬ人の顔や、あるいは洋式に現実の厚みがまつわりついた物語の白眉、「破られた約束」で(すべての亡霊が姿をかき消すべき)朝の太陽の光のなかで、もぎとった若い後妻の生首の髪をつかんでぶらさげたまま、自分との約束を破って再婚した夫をにらみつける妻の怨霊で、

人間の哀しみに満ちて、恐怖と沈黙が混合した、不思議な世界にたたずんでいる。

太平洋戦争で見せた粗暴さ野蛮さで良いほうの自分のイメージをぶちこわしにするまで、日本には独自の文明があるのだ、という敬意に満ちたイメージは、要するに小泉八雲の書いたが本がベストセラーになったことによっている。

駄作ということになっているハリウッド版呪怨「The Grudge」franchiseが、ゴジラと並んで大好きで、3本とも何度も観て、ときどきは仕事をしながらバックグラウンドミュージックの代わりに観ているが、日本の亡霊の怖さは、言いたいことを言わせない、社会の大きな抑圧の力で大気圧が少し普通の自然な大気圧より高いような日本社会独特の息苦しさに由来している。

そこから「怨み」が生まれ、快哉を求めるのではない、絶望が相手を絶望に引き込むような暗い復讐が生まれる。

江戸時代の怪談は四谷怪談をのぞけば勧善懲悪の簡単な図式を逃れられなかったが、日本の怪談は四谷怪談あたりから「絶望」という思想的武器を獲得してから、善人も悪人も、自分に対する同情者すら、自由奔放に殺戮し痛めつけ、苦悶の地獄にたたき込む自由を獲得した。

いまの若いウクライナ人やロシア人と話していて気がつくことは、革命と科学への信仰がいまごろになって浸透して、幽霊、と聞くといちもにもなく吹き出してしまうことで、とてもゴーゴリを生み出した国の人々とはおもわれない。

あるいは、フランスは早くから怪談がすたれた国で、フランス語の「怪談」は街でもうひとりの自分と出会った、というような「奇妙な出来事」に偏っている。

怪談が怖い国というのは、アニミズム的な大気が保たれている国で、予測がつくとおもうが、インドの怪談は日本と同じくらい怖い。

女神カリがいる国の怪談は復讐の凄まじさが日本より徹底していて、ぎゃあ、だが、怖さの本質が日本の怪談に似ていると思う。

残念なことに、この頃の日本のホラー映画も欠かさず観るが、近年マジメな怪獣として復活をはたしたゴジラと異なって、あんまり面白くない。

また、あの「呪怨」のように、中盤になると、ダ、ダメだトイレにいけない、

怪談性膀胱炎というものが世の中にはあるんちゃうか、と思うようなチョー怖い映画をつくって欲しい。

頼まれもせんのに自衛隊を派遣したりしなくていいから、お化けのほうでひとつよろしく、と考えます。

貞子より

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One Response to The Grudge

  1. ごましお says:

    夢は後味だけしか覚えていないことが多いのに、幼い頃怪談な恐ろしい夢の中にいる時、いつも声を出そうとしても掠れた音しかでなかった事が忘れられない。悔しかったのだろうと思う。
    言いたいことを言わせないに抵抗するほうだから、私はホラーみても笑い飛ばしたがるきらいがあるのだと納得しました。せっかくなので一度笑い飛ばさずにみてみようと思います。

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