ビンボ講座_その1

経済的に平等な社会ではビンボは存在しない。
全員がビンボな社会では空腹は存在しても貧困は存在しないのは1945年に連合国に全面無条件降伏をした日本人がいちばんよく知っている。

内田百閒は当時麹町に住んでいたが、「家」は二畳の部屋がひとつで、それがすべてだった。
この贅沢好きで檀一雄や坂口安吾よりも真の意味では遙かに破滅型だった作家は、海軍機関学校と法政大学の教授を掛け持ちして、いまの金額に直せば3000万円を越える年間収入がありながら、蕩尽して、見事に破産して、高利貸しに追っかけ回されたりしていた。

その盛大な贅沢ばかりしていたのと同じ人が二畳一間の家に住んで貧しさをかこつこともなかったのは、家から出てみわたせば東京中が遙か彼方まで焼け野原の瓦礫の山で、かろうじて立っている住居らしいものと言えば、百鬼園先生とおなじ、二畳に満たない掘っ立て小屋ばかりだったからです。

日本のむかしの雑誌を見て気がつくのは日本人がカネモチ、ビンボと述べだすのはコピーライター語の天才にして先駆者渡辺和博の「金魂巻」が出た1985年くらいからで、それ以前は、70年代などはもっと貧乏であったにも関わらず、オカネがないことをたいして気にもしていなかった。

たとえば当時はまだ日本の会社だった日産自動車は、就職先として誇るに足る「有名会社」だったが、この日立と満州財閥に由来する由緒ある企業に働く社員の夢は、いまのシリコンバレー族のパチモンじみた和製Entrepreneurたちとは異なって、なんと本社の駐車場の一角に自分用の駐車スペースをもらうことだった。
そこに会社から支給されたクルマで乗りつけて駐車する権利をもつことが日産自動車という巨大企業の頂点にのぼりつめた証で、給料のほうは、工員の5倍、というような西洋の基準から言うと、象徴的といいたくなるくらいの金額でしかなかった。

前にも書いたことがあるのをおぼえているが、90年代にアメリカのCEOたちのベラボーな年収が次々に明らかにされて伝えられていた頃、三菱グループの総帥が三菱自動車製の軽自動車に乗って通勤して、年収が熟練工員の数倍でしかないことを伝えたBBCのノンフィクションはおおきな反響を呼んで、日本に倣うべきだ、という市民権運動家のインタビューがあらわれたりした。

あるいは例えば中曽根康弘という人はずっとあとまで長嶋茂雄が所有する家を借りて住んでいたが、東京人にはもともと「家を買うのは貧乏人のすることだ」という考えすらあって、大企業に住むサラリーマンのなかには、退職して隠居生活用の家を大磯あたりに買うまでは借家で十分だ、商家じゃあるまいし持ち家誇りなんて品の悪い、という人も多かったようです。

かつては社会的な名誉と持っている資産のおおきさへの評価が分離していた日本社会は、しかし、80年代の「金魂巻」が言う「マルキン」「マルビ」が流行したあたりから下品に変貌して銀行の残高が高い人間が成功者ということになってしまった。
よりオカネがあるほうが、より成功しているのだ、という考えは堀江貴文以来、公然の価値になって、世間の価値がオカネで買えないものはないことに落着して、「女だってオカネで買えるじゃないですか?それを認めないのは滑稽ですよ」ということになった。

学校で自分の学びたいことを学んでしまったと感じた途端、就職もなにもしないで学生の面倒見がよいらしい大学の「先生」をひどく心配させて、段ボール箱にふたつたまった、あっちやこっちの大企業が送りつけてきた就職の案内をぶち捨てて、他の大学生とは別室で列をなして並ばなくてもよい面接も全部不参加で、いいとしこいて不良になってしまった義理叔父
https://gamayauber1001.wordpress.com/2010/05/02/girioji/
は、どうやら入学のときの胴上げに始まる「勝ったものの羞じらい」がない社会が嫌だったという、あるいは、前に書いた大学内の就職のオファーも蹴って、霞ヶ関へも民間へも行かず、他人に聞かれても「飢え死にするからいい」とだけ答えた、あの人
https://gamayauber1001.wordpress.com/2012/04/28/itsuka/
も、80年代の「マルビ」「マルキン」「ネクラ」「ネアカ」の根底が田舎じみたバカバカしさに、こんな社会なんか俺のほうから愛想をつかしてやると思い決めていたのでしょう。

「日本は、こんな国ではないはずだ」というのが、日本でさまざまな社会の出来事について淵源や理由を尋ねることにしていたおじさんたちに言いぐさで、ガメたち西洋人の悪影響なのではないか、と失礼なことを大まじめに述べるTさんのような人まで存在する。

すっかり「西洋化」して、横光利一が「日本は人民戦線的な国だ」と感嘆符を打つように述べた社会が跡形なく崩壊して、小泉首相の頃からは誰もが経済的に平等であるべきだという信念をも失って途方にくれる日本の社会にも、よく目を凝らせば、皆がビンボな頃の文明の残影はまだ生きていて、ところがそれを利用して生活を楽しんでいたのは、わしガキの頃までの外国人たちで、粗大ゴミのカウチを拾って破れ目をなおし、家電を拾って帰っては、まだこの白黒テレビ映るじゃない、ラッキー、と述べていたのは上板橋や常盤台のビンボガイジンたちで、日本人ではなかった。

ビンボをおおげさに言えばエピキュリアン的境地にまでもっていくためには、当然ながら「他人の目」など気にしていては全然ダメで、「ガメ、おまえらガイジンはいいなあー、昼間からぶらぶらしててもなにも言われないんだから。おれなんか、近所のおばちゃんの目が怖くて朝、出勤するふりして、夕方帰るんだぜ」と述べた某一部上場企業執行役員で1ヶ月停職になったおっちゃんが言っていて、おもろかったことがあったが、そういう考えだから思いつきでアメリカの会社をまねただけのIT事業で会社に大損害を与えて、同僚と社員の怒りを買うのである。

日本でビンボに暮らすには内面に集中することが、だから絶対条件だが、
その上で、

1 良い服は着ない

2 300円の昼定食でも外食はしない

3 本は図書館で借りる

4 映画やソフトウエアの(違法な)コピーはしない

5 五時間くらいは、あっというまに時間が立つ「専門」を頭のなかにもつ

6 なるべくはやく一緒に暮らす大好きなひとを探す

7 定職にはつかない

8 安いものは食べない

9 世界を俯瞰する自分なりの地点を確保する

10 なるべく広い部屋に住む

11,12,13、…N N+1

…具体的に心がけて、生活費をどんどん安くしてゆく具体的な知恵がなければならない。

4とか8とか10とか、間違ってんじゃねーの?と思ったきみ、きみはそーゆー浅慮だから内なるビンボ文明を確立できないのよ。

違法な行為は必ず身を滅ぼすもとになるのは、逮捕されるからでなくて正当な価値がわからなくなるからで、わし香港人友達は映画のコピーDVDをせっせとためて、1000作品もコピーしたが、そのうちちゃんと観たのは3つもなかった。

シンガポールは、わしガキの頃はまだ違法コピー天国で、有名な「垂直アキハバラ」シムリムセンターの5階に行くと5軒の海賊コピーソフトウエア屋が軒を並べていて、すいているほうの棚を観に行こうとすると、「おい、そこの白い子供! そっちは悪徳海賊コピー店だから、こっちの善良な海賊コピー店のほうにしたまえ、ぼくがきみのために空間をつくってあげるからさ!」などと親切な大学生たちが述べたりしていた。
そのときのチョー親切な大学生たちも、あれってさ、コピーソフトウエアはなぜか使わなくて、結局カネの無駄なんだよね、と言って笑っていたのをおぼえている。

ぼくが日本のビンボ人なら、工夫して、VPNを使ったIPでNetflixを観るだろう。
映画見放題でUS$5,600円/月です。
日本の映画もあるが、毎月払いのオカネを惜しんでコンジョで英語の映画やテレビドラマシリーズを見続けているうちにチョー英語がうまくなるに違いない。
レンタルをこそこそと暗がりでコピーする海賊コピーソフトのような薄汚くも退屈かつ凡庸な悪事を働く人間には訪れない英語習得のチャンスで、こういうことを正義の勝利という。

8は、炭水化物をがつがつ食べるより、一日腹をすかせて、やっとありつく一食も、それも50グラムのステーキかなにかを食べてみるとわかるが、「食べ物って、こんなに味があるのか、うめー」という経験で、「普通に食べる」人がいかに食べ物の味わいをスキップしているかわかる上に、諸事全般の感覚が鋭敏になって、なにがなし、頭がよさげな脳の働きになってくる。
ほんとは錯覚でバカなままなのかもしれないが、幻想にしても自分の頭が鋭敏になるのは、ラプチャーx2でエクスタシーに満ちている。
冗談だとおもうかもしれないが人生が深くなります。

わしはときどき断食するのが習慣で、もともと机から立つのがめんどくさいので一日食べなかったりしたのが起源で、ナマケモノは修行僧と区別がつかないというか、修行してる人間など客観的には成熟したおとなであるわしの眼から見れば怠けているだけだが、次の日の文字通りのbreakfastが妙においしいので、この秘術を発見した。

10は、そんな広い部屋に住めるくらいだったらビンボじゃないじゃん、というなかれ、田舎に行くのよ。
田舎にいけば、ただで住まわせてくれる、おおきな家がたくさんあります。
わしイギリス人友達は、日本人男と不幸な結婚をした人で、わしならどうでもいいと思う「事情」で離婚もできないでいたが、東京での発狂しそうな日々のなか、ある日仕事の伝手で知った新潟のおおきな庄屋さんの住まいだった家を200万円で買ってからは、周りの人たちが自殺の心配をしなくなった。
そのひとが嬉しそうに言うには、幽霊がでるそうで、夜中に、夫への呪詛を書き連ねたジャーナルを書いていると、部屋のすみで、じっと座って下を向いているのだそうです。
そちらに向き直って、ある日、「あなた、わたしは、この世の現実のほうが怖いのよ。あなたは怖くないの。いつでも部屋に遊びに来なさい」と言ったら、驚くべし、家事を助けてくれるようになった。
広い部屋に住むと、家事を助けてくれる人も無料奉仕で来てくれるかもしれないという好例であると思われるのでここに記しておきます。

朝に続いて、またまたまた長くなってしまったので、続きは今度にする。
世の中には、さっき述べたように空腹でなければ味わえない深い味覚があるようにビンボでなければ会うことができない内面や社会の深みというものがある。
この次は、そういう具体例を挙げていきたいと思っています。

This entry was posted in Uncategorized. Bookmark the permalink.

2 Responses to ビンボ講座_その1

  1. 星野 泰弘 says:

    「本質的に、人間って、それほど違うものなのだろうか?
     何度、ふるいにかけても、貧乏人とお金持ちって、はっきりと分かれるようなものだろうか?」と思う。
    周りを見回しても、「毎日、毎日、仕事、仕事の自転車操業で、
    何も考える余裕もなく、家に帰れば、泥のように眠り」ばかり。
    一方で、誘惑は多く、安く配られているものは、基本的に破滅の罠が組み込まれているから
    そういった破滅をする人々の犠牲のおかげで安いだけで、
    子供などがいれば、いつ子供が破滅に引き込まれるか分からない危険と引き換えだからこそ、
    安い物があるだけで。
    目先のことに釣られて冒険でもすれば、どこに罠が待ち受けているか、分からない。
    必死に積み上げた自分一代しか使えない知識や、備えだけが、
    あり地獄に落ち込む恐怖に抗し得る唯一つの精神的な余裕のような。

  2. 星野 泰弘 says:

    日本の田舎で元気そうな白人の仕事の多くは、
    英語教師か、外国人ならではの視点で裕福な外国人観光客に田舎の観光の魅力を伝える
    外国人観光客の誘致の仕事で、
    日本人の多くは立ち入れない。
    いくら家賃が安くとも、都会の会社にコネがない日本人にとっては、
    地域の商店は職場としてはあまりに少なく、
    農作業の手伝いでは、最低賃金も安定雇用も保証できない農家ばかりだ。

コメントをここに書いてね書いてね

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s