明るいファシズム

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Cento、というのだからローマ時代の百人隊が町の名前の起源なのに違いない。
エミリアロマーニャの、かなり大きな町で、近くにはイタリアの他の城砦遺跡と同じように崩れかけた城があり、その城のすぐそばには、「狐と猫」という名前のベラボーにうまい定食屋がある。
なんだか居心地がよかったので、一週間くらい、その町の郊外でごろごろしていた。
ぶどう畑があって、オリブの木が並んでいる。
その畑のまんなかの、クルマがなければどこにもいけない民家を貸してもらって、裏の母屋をモニとぼくが、表の二階をスイス人の小説家が借りて一週間を過ごした。

午後になるとスイス人の小説家は、ブレーキが壊れて止まらない自転車ではるばるCentoまで散歩に行くのが日課で、モニとぼくはスイス人が手をふりながらゲートから出て行くと、遅い午寝をするのが習慣だった。

夢のなかでベニト・ムッソリーニが演説しているのです。
あのおおきな身振りで、イタリアではいまでも「独裁者は嫌いだがベニトはよかった」と言われるくらい人気のあるムッソリーニが演説している。
「イタリアに栄光を!」
「栄光を!」
「ローマの誇りを引き継ごう!」
「誇りを引き継ごう!」
「勤勉な人間に幸いあれ!」
「勤勉に幸いを!」
「宿題は必ず終わらせよう!」
宿題はかならず……あれっ?

と思って目をさますと、民家のなかの、もとは厩か、集会所に使えるおおきさの離れで子供達が夏休みに入る前の子供会を開いているところだった。
イタリア人には面白い習慣があって、長い学期の終わりになると、子供が休みを待てないで焦れて、落ち着きがなくなってそわそわしだすので、休みの前に子供だけのパーティを開いて気を引き締める。
その集会です。
だから独裁政治ともムッソリーニとも、全然関係がないが、
夢のなかだから、というだけではなくて、子供たちの唱和が、あんまり歴史フィルムのファシストたちの唱和に似ていたので、ぶっくらこいてしまった。
なるほどファシズムはイタリアのものなのだなあー、と妙な感心をした。

シンガポールには市民の自由など、まったく存在しないのは、このブログには何回もでてくる。
子供のときから何十回もでかけるので、友達も多いが、内側から見たシンガポールは全体主義の独裁国家そのものです。
なにごとも整然としてお行儀がよい。
台北でも香港でも春節には道路上だけでなくアパートのテラスや公園で爆竹を鳴らして祝うがシンガポールだけは道路上の決まったエリアだけで爆竹を鳴らすので「ずいぶん行儀がいいんだね」というとシンガポール人たちは大笑いして「ガメ、シンガポールでは町内にふたりは政府のスパイがいるんだよ」という。

「たいていは主婦のバイトでね、町内で違反行為があると政府に密告して報酬をもらう」
「テラスで爆竹なんて鳴らした日には警察がとんでくるってわけさ」
おお、すげー、と思う。
SFみたい。

あるいは若いコンピュータ会社の社員たちとリフトに乗り込むや、3人とも、ささっと周りを見渡して監視カメラがないのをたしかめると、煙草をだして、もうもうとふかしはじめる。
吸い殻を床にたたきつけて踏みにじる。
別に煙草が喫いたいわけではなくて、法律を破ることに情熱を持っている。

地図を見ればすぐに判るが、シンガポールはムスリム国家群に囲繞された国で、常に敵意に取り巻かれている。
近々の記憶で述べれば、シンガポール人の家族が夏休みの休暇を過ごしに行くのに、インドネシア人の家政婦がなまけて出歩くと嫌なので、例の、ほんの一畳半くらいしかない女中部屋に鍵をかけて閉じ込めていってしまった。
冷房がない女中部屋に外から鍵をかけて閉じ込められた女中さんは、気の毒に猛烈な暑さのなかで窒息死してしまう。
このニュースを観て激怒したのがインドネシア人たちで、国民のすさまじい怒りは政府を動かしてシンガポールへのコンクリートの禁輸措置になった。

ラッフルズホテルのレセプションで、1月1日に「シンガポールは一年に二回正月があってラッキーだね」と軽口を利いたら、それまで品のよい微笑を浮かべていた若い女のホテルウーマンが、「吐き出すように」という表現そのままの憎しみのこもった調子で、「正月はひとつしかない。今日だけです。2月のあの違法なバカ騒ぎは中国系の悪党たちがやっているだけよ!」といったので、びっっくりしてしまった。
国内でもマレーシアやインドネシアからの移民は、時に、怒りに駆られると、中国系人たちはみな死ねばいい、と恐ろしいことを言う。

そういう理由からかシンガポールは徴兵制を堅持している。
ニュージーランドにも演習にやってくる。
オークランドからウエリントンに行く途中に広大な陸軍の演習場があるが、そこでトラックから続々とおりてくるアジア人の顔の兵士たちを見ることがある。

ところがシンガポールでは徴兵制を、日本でなら福島第一事故の後片付けになりそうな「重要公共事業」との選択制につくって、「ナショナルサービス」と呼んで、シンガポール人の友達に聞くと、年限も短い兵役のほうが圧倒的に人気があって、去年も年次のおさらい演習に行ったけど、同窓会みたいなものでさ、みんなでわいわい言いながら行軍するの、ピクニックみたいで楽しいんだよ。
けっこうご飯もおいしくて、おまけにタダだし。
運が良ければ海外旅行だし。
ぼくは軍役大好きだけど、という。

自由なんかいらん、という人も多い。
稼ぐほうが先だから。
「アメリカを見てごらんよ」という。
イギリスはまだ階級的秩序が残っているから礼儀が生きているけど、アメリカ人と来たら!
シンガポールでもアメリカ人客のクレームが最低で、口汚く罵るし、あいつら人種差別意識むきだしで軽蔑してるし、自由主義ってさ、ほら、ええと、なんて言ったっけ? そう、人間性だ!、人間性を醜いものにする力があるんじゃないのかなあ。
行き過ぎた自由はただのわがままだよ。

エゴイズムが支配するようになったらシンガポールのような国はなくなってしまう。

念のために言うとイギリスに対して点が甘いのは、こちらがイギリス人だと知っているからで、アメリカ人に対してはイギリス人なんかドロボーのくせにクソ気取りに気取りやがって、とかなんとか言うのかも知れないが、別に目の前で言わなければどっちでも同じとも言える。

日本は最終的には自由主義を捨てるだろう、という観測は年々強くなっている。
大日本愛国党と名前を変えたほうがしっくりしそうな、かつての自民党から左と中道をばっさり捨てた「自民党」という名前だけは同じネオ自民党が、外からみてると、びっくり三回転な主張を掲げて、GDPが2.2倍ある中国に対して、けんかを売りまくり、日本に対してコントロールが利かなくなっているのを世界じゅうに暴露されて面目まるつぶれの同盟国アメリカがパニクるのを横目に靖国神社に颯爽と参拝する驚天動地に、国民は、ここまで一見自由主義者ふうの発言をしていた日本人たちも含めて、盤石のサポートを与えているからです。

その場合、どんな感じになるんだろうね、と日本に詳しい友達と会うと当然のように話が出る。

ナチ・ファシズムの、あの厳格でええかっこしの荘厳な空気は実際には多分にドイツ人固有のもので、ファシズムとは直截の関係がない。
イタリアファシズムの熱狂も、共和制ローマ以来のイタリア人の伝統で、やはり全体主義とは直截な関わりはないことを、小学生たちの熱狂的な唱和を聴きながら考えた。

日本にやってくるのは、きっと「明るいファシズム」で、ちょうどシンガポール人たちが徴兵時期がくるのを楽しみにしているように、日本でも徴兵は季節の風物詩のようなものになって、銀座も原宿も、いまと変わらないうきうきした雰囲気で、ひとは楽しげに通りを闊歩して、「悪いこと」さえしなければ、なにを言っても相変わらず自由な全体主義がくるのでしょう。

前にも述べたように、おもえばシンガポールのリ・クアンユーが、一見自由主義的民主制の、全体主義に見えない全体主義国家として範をとったのが押しも押されもせぬ国家社会主義者岸信介の戦後日本で、いままた、祖父の夢を引き継いだ孫が日本を元の「民主主義の枠組みをもった全体主義」に回帰するのは、日本人の「共同体優先」「社会に迷惑をかけない限りにおいての個人の自由」の心性をおもえば、無理のない自然な結末なのかもしれません。

「総理からお先に」の反戦コピーしか生み出せなかった社会は、「ふつうがいちばん」で、静かで、明るく清明なファシズムのなかで、社会として楽しく暮らしてゆくのではないかと思います。

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