戦後民主主義の終わりに

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世界貿易センタービル(World Trade Center)に2機のハイジャックされた旅客機が突っ込んだあとアメリカ合衆国の支配層が盛んに述べたのは「第二の真珠湾攻撃だ」ということだった。
「卑劣・騙し討ち・国土への攻撃」という意味合いだったと思います。

あるいはブッシュが演説で言い出したことだったが、イラク侵攻で勝利したあと、共和党幹部たちは「イラクの日本化」という不思議な言い方をしていた。
1945年に日本に無理矢理に民主主義の鋳型を押しつけて、強制的に民主化したように力で民主主義社会を無理強いにつくらせても、民主主義は機能する、
だからイラクも日本人を屈従させて民主的な国民に変えたように、今回も
同じ(麻生太郎大臣の切り拓いた新しい日本語用法に従えば)「手口」で、うまくいくに決まってる、と考えたもののようでした。

ここ1ヶ月まとめて、どどどどと日本語をやろうと思っていたので、相変わらず他のことをやりながらだけれど、たいへんな時間を日本語に使った。
いろいろなことを話し合えて楽しかったが、他の言語では、こういう反応は起きないだろう、と思うことがよくあった。

木酢ベーコンの話をする。
木酢を使って燻製をまったくしないでベーコンを作るのは日本の大手会社が戦後のGHQ指令による捕鯨開始で大量に獲れた鯨でベーコンをつくるのに編み出した方法で、いまでも日本のベーコンは、他の国と異なって、この燻製によらない化学液を使った処理で「ベーコン」を生産しています。
現実の生産過程は複雑なものなので化学工場と同じで、たくさんの薬品を使う。
その話をしていると、タイムラインにいつもあらわれる人のお友達人が
「きちんと表示されていて適正価ならいいんです」
と書いている。
おおお、ほおほお、と思ってこのひとのアカウントへ見に行くと、「それを創意工夫と言う」と述べている。

念のために書いておくと、この人は、twitter社のtroll対策の甘さが災いして、急速に「2チャンネル化」しているtwitterに溢れてきた「ヘンな人」ではなくて、ふつうの人です。

店頭に並んでいるベーコンを買って食べる側の人間が、英語世界で、この文脈で「きちんと表示されていて適正価ならいいんです」ということは考えられない。
英語人は疑り深いだけなのかも知れないが、ベーコンを訳のわからないものの注入で膨らませてつくるような食肉加工会社が正直に「きちんと表示」するわけはない、と考える。
食品について誰でもが_ドキュメンタリや書籍を通じて_共有する基礎知識として、有害物質をDBにリストアップする政府機関と、リストに載っていない有害添加物でなんとか利潤を増大させようとする食品会社との永遠のイタチごっこは誰でも知っていることなので、あの日本の、ベーコンの袋を裏返しにしてみると、のけぞってしまうような、長大な添加物の一覧表以外にも、表示義務のない有害な添加物が含まれているに決まっておる、と狐疑することになっている。

だから「きちんと表示されていて適正価ならいいんです」
という表の理屈はあっているが、企業の善意を前提にしなければ出てこない理屈は「企業側の論理」で、消費者の側が唱えることはない。

西洋社会の自由主義は、個人の側の視点と企業や政府の「全体」の側からの視点が反対の方角から来て、正反対のベクトルが拮抗することで成り立っているので、ベーコンで言えば、というのはヘンな日本語だが、木酢で出来たベーコンなのだから、用法の間違いをどうでもいいことにしてそのまま使うと、ベーコンで言えば、消費者側からは殆ど企業の言い分が正しいかどうか判断がつかないことを企業の側に立って意見を述べるということはありえない。

仮にそういう意見を述べる人があらわれたとして、日本の人が好んで使う皮肉な意味ではなくて、「この人はベーコンの会社の人だろーか?」と、ぼんやりと思うだけなのではなかろうか。

観察していると、日本の人には「日本のものは、すべて聡明公正に円滑に動いていて、他国よりもすぐれている」という強い誇りがあって、そうでもないんじゃないの?という人が現れると、強い反撥を感じるらしい。
日本という国を極めて独自の優秀な社会であると感じていて、自分がその「独自システム」の部分であることに特権的なプライドを持っているように見えます。

たとえばニュージーランドでは、「自分は愛国者」だと述べるのは、よっぽどヘンな人で、「わしは愛国者なんじゃ」と言い捨てて立ち去る後ろ姿を観察すると、きっと首の後ろがとても赤いと思うが、それでも赤い首の襟をつかまえて、ちょっとちょっと、そりゃ、あんたが愛国者なのはわかったけど、ニュージーランドのなにを愛してるの?と訊けば、しばらくジッとこちらの目をみつめてから、うーん、多分、自然、かな?
グレートカントリー、イズントイット?
と言うだろう。
実際にあった、ニュージーランドの牛乳のテレビコマーシャルの台詞で、流れるたびにガキだった妹とわしは、あまりの田舎者っぽさに大笑いしたものだったが。

日本では愛国者の「愛」の対象は「日本というシステム」であるように見える。
街中の通りが綺麗である。
配送荷物が定まった日時にきちんと届く。
店員の言葉遣いが丁寧で恭しい態度とくずさない。
なにごともタイディでニートである。

ネトウヨというような、あんまり日本人ぽくなくて粗野な人たちを省いて、日本の人が自分の国を愛している理由を拾ってゆくと、「この快適なシステムがほかで得られるわけがない」ということが愛国心の内容であるよーだ。

西洋人は自分自身を愛している。
というより、他のことは何も考えていない、と言ってもよいくらいです。
最もおおきな理由は、多分、「自分を大事にしなさい」「自分を愛することをおぼえなさい」「自分が特別な存在であることを忘れないようにしなさい」
「自分というものが、この世界ではかけがえのないものであることをいつも心に留めておきなさい」で、
自分、自分、自分、と言い聞かされて育ったからで、不断に自分が幸福かどうかを意識して生活している。
恋愛や結婚においても、どんなに相手を愛していても、関係が自分のためにならないと判断すれば必死の思いで別れる、というようなことも、ごくありふれた、ふつーのことです。

日本語で自分では自分を西洋的な市民だと思っているらしい人が、「子供をつくらないということは共同体にとっては、意味のない存在であるとも言える」と書いていて、ぶっくらこいてしまったことがあったが、西洋の人間には、逆さづりにされて、ダチョウの羽でこちょこちょされても出てこない発想で、全体の運営を任されている人間なら可能性として言いうることだが、「一市民」が述べれば、それはそのまま全体主義者であることを表明しているのと、まったく同じことである。
たとえようもない傲慢、とみなされる。

日本語をおぼえてから、ここ数年、11回の日本訪問・滞在を中心にして日本社会を観察してきたが、最後に日本に行ってから5年近くになる。
振り返ってみて考えると、アメリカ人の「民主主義を強制する」というやりかたは、結局うまくいかなかったのではないか、という気がする。
このブログには何度も書かれているように、通常の民主国家は、
「わがまま勝手に生きたい個人」が存在して、その乱雑で一定の方向をもたないで年中衝突している分子運動的なエネルギーが完全に拡散してしまわないために民主制が生まれる。
誰でも知っているとおり、民主主義自体は極めて不完全な制度で、その不備は通常は選挙のときなどに実感されるが、この制度の面白い点は、この制度に満足している個人などひとりもいないという点であると思う。
誰もが、もうちょっとどうにかしろよ、と思っているところが、この制度の特徴で、実はそれが民主主義が延々と続いてきたことの本質をあらわしている。

ひとりひとりの個人が持っている「わがままエネルギー」が民主制という軟式飛行船を膨らませて、空中に浮かべ、飛行させるのであって、力で強制することによって専制的につくった硬式飛行船は、仕組みは盤石でも、なかの気体が乏しければ永遠に離陸しない。

最近、日本の人は、ほんとうは自由主義など好きではないのではないか、と考える。
民主主義の制度は、つまりは制度にしかすぎないので、別に自由な社会であることと本質的な関係はない。
早い話が、選挙で独裁者を選んで自分たちの自由を抹殺することも出来る。

アメリカ占領軍が犯した重要な過ちは民主主義と自由主義を混同したことにあったのではなかろうか。
ヨーロッパ人ならば、この錯誤が拠ってきたところが判りやすい、というか、
アメリカという社会自体が、exile社会の本領を発揮して、かなりディテールにまで及ぶ「手続き」を厳格に定めることによって個人の自由を保障してきた社会で、考えてみれば当然至極なことだが、これに「愛国主義」がかぶさると、さっきまで自由主義に見えたものが熱狂的な愛国主義になってしまう。
アメリカの幸運は、それに拮抗するだけの個人の自由感覚を育むだけの長い富裕社会の歴史と積み重ねがあることで、一時の愛国熱も、たいていは言わば「飽きて」しまう。
自分の生活のほうに、ずっと大きな興味があるからでしょう。

これから日本はどうなるかなー、と日本のことを考えると、多分、シンガポール的な全体主義社会になってゆくだろう、と予想される。
シンガポールは、もともとは日本の国家社会主義的な経済モデルと「一見自由主義的に見えるが運営は全体主義」であることに魅力を感じたリークアンユーが、激しい反日感情を持っていた当時のシンガポール国民を説き伏せてつくったインポートモデルの日本社会で、日本の人たちよりも遙かにわがままな華人を制御するために刑罰を厳罰化したり、イギリス統治時代の社会規範を各所に取り入れたりして、自国向けにローカライズされた日本社会と言ってもいい社会です。

そこでは個人の自由がまったく存在しないが、あたりさわりのない範囲では言論は自由で、政府の癇にさわらないかぎりは表現の自由も保証されている。
「悪いことをしなければ自由な社会」で、来歴を考えれば当然のことながら日本の人にはとても向いている。

アメリカ人が押しつけていった民主主義の容れものが70年の歳月に腐ってぼろぼろになって、憲法はあってもなくても同じで敬意をもたれず、「民主制度」自体が政府の恣意でどうにでも変えられる社会的な合意ができたいまの日本社会に身丈があう服は、かつて日本自身がシンガポール人に進呈した「全体主義 ver. 2」しかないように見えます。

ちょうど「こんなものは本当の自由とは言わない」と考えるシンガポール人や香港人が、どんどん国を捨てて他の国に移住しているように、日本でもたくさんの人が国を離れていくことになるでしょうが、その「たくさん」は現実の母数にすればたいした数ではなくて、何万人という程度なので、日本のように人口が多い国にとっては痛痒を感じる数ではない。

残るのは口に市民的なリベラリズムを口ずさむ「天然全体主義者」で、それはそれで、ペルシャの大軍を迎え撃って、ちょうど日本社会とは180度逆の「強烈にわがままな個人がつくった全体主義社会」だったスパルタ人が全滅したテルモピレーの戦い以来、西洋人には妄執となっている「自由人社会」よりも、案外と繁栄するのかもしれません。

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5 Responses to 戦後民主主義の終わりに

  1. 東アジアで、まともに民主主義が機能している国の方が希少かと思います。一党独裁(中国、DPRK、ベトナム等々)、開発独裁(シンガポール等)、機能不全気味(ネパール、タイ等)・・ロシアや西アジア(中東)においてもしかりで、世界的に見たらむしろ西欧的な民主主義はマイナーな政治形態かと思ってしまいます(良し悪しはともかく)。

  2. fk1119 says:

    「天然全体主義」という言葉に『粘菌』のイメージを重ね併せてしまいました(細胞性粘菌の方です)。今も昔も日本社会はそのようなものだったのかも知れません。

  3. 太郎 says:

    >店頭に並んでいるベーコンを買って食べる側の人間が、英語世界で、この文脈で「きちんと表示されて>いて適正価ならいいんです」ということは考えられない。

    「生活者」などという頓狂な言葉を創造する(しかも消費者団体がこれを多用する!)国ですから。

    >これから日本はどうなるかなー、と日本のことを考えると、多分、シンガポール的な全体主義社会にな>ってゆくだろう、と予想される。

    仮にそうなった場合、シンガポール的な全体主義社会となった日本がどの程度国際競争力を持てるかが問題になると思います。消費者を生活者などと言い替えているような国では、国や社会のシステムのチェック機能が働かなくなり腐敗します。日本が全体主義になったとして、そういった国が国際的な競争に通用するcompetencyを持てるようには思えず、むしろchauvinismに固まるのではないでしょうか。その場合、1945年までの日本がそのコア機能として想定されていた軍事力のcompetency(質と言っても良いか)の低さにより破滅したように、国のコアの部分で(特に経済的な)競争力を持てずに滅びる(全体主義を維持出来なくなる)可能性が高いように思われます。
    なお、日本は社会におけるストレスが高い国なので、全体主義になった場合、シンガポールとは(多分)異なり、不快な社会になるのではないでしょうか。

  4. misho104 says:

    ここでお知らせです

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