兵器技術と文化(1)

DSCN0273

「風立ちぬ」制作中の宮崎駿が「わたしは、零戦がものすごく好きなんです。
だから零戦が好きだというひとたちが大嫌いなんですよ」と述べている。
「風立ちぬ」の制作動機を見事なひとことで述べてしまって、どーするんだ、と思うが、この「トトロ」や「風の谷のナウシカ」をつくった老人の気持ちが「痛いほどわかる」と思った人がたくさんいたのではないだろうか。

Me109とSpitfireは、まったく互角な戦闘機で、初期型から後期型まで片方がエンジン出力を改善してLevel speedを上げると、もう片方もさらに出力を上げるというように、
Level speed
Climb
Propellers
Engine Power
Turning
Roll Rate
というような、ほとんどすべての項目においてルフトバッフェが事実上西部戦線を失うまで、連合王国にもドイツにもいる「ほんとうはスピットファイアのほうがすぐれていた」論者の意見とは裏腹にほぼ互角であり続けたのは、同じ飛行機なのか?とおもうほどそっくりなRate of Climb/AltitudeグラフやAltitude/B.H.P.のグラフが証明している。

撃墜王ガーランドがゲーリングに「イギリス空軍を制圧するために必要なものはなんでも準備してやるから、欲しいものを言ってみたまえ」と聞かれて
「スピットファイア」と答えたというのは、どうやら、実機を多数使ったので有名な映画「Battle of Britain」
http://www.imdb.com/title/tt0064072/
が由来の作り話のようで、たとえばMe109の航続距離の短さを取り上げて、もうほんの少し航続距離が長ければドイツはイギリスを制圧できたという人も気が遠くなるくらい航続距離が長い零戦を生んだ日本の人には多いが、実際に調べてみると、定期的に行われた戦闘機パイロットの要望調査のなかでは、希望としてずっと下位で、ドイツのパイロットたちにとっては配備と運用が最大の関心と不満のタネであったようでした。

おさらいをすると、なぜMe109とSpitfireがまるで同じ国の兄弟戦闘機のような性能比べに終始することになったかといえば、要するに航空機設計思想が同じだったからで、イタリア人ジュリオ・ドゥーエ
http://en.wikipedia.org/wiki/Giulio_Douhet
が書いた「Bombardamento strategico」の大きな影響下にあった当時の各国航空産業にとっては戦闘機と言えば、そのまま防空戦闘機のことで、軽戦闘機であることを意味する高い上昇率、重戦闘機であることを意味する重武装をどのような組み合わせで実現するか、ということが焦眉の関心だった。
その思想に従って両国のエンジニアたちが知恵をしぼった結果がMe109とスピットファイアで、逆に言えば零戦の長大な航続距離は、日本の、進空制圧という、当時としては、びっくりするような攻撃的な戦闘機の設計思想が、要するに、「中国空軍が日本に向かって渡洋爆撃をするなんてありえない」という、弱い者いじめというか、中国を一方的に蹂躙するための戦略思想しか持たなかったことの反映であるのが判ります。
1930年代後半の戦闘機としては、かなり風変わりな思想に基づいた設計の戦闘機だった。

ちょっと思い出したので、余計なことを書くと、イギリス人はもともと熱狂的な兵器好きで、書店に行くと美術書店にまで兵器の本がある(^^;
男だけが兵器マニアかと言うと、そんなことはなくて、女のひとびとも兵器について該博な知識を持っている人はたくさんいて、早い話が、
わしかーちゃんやわし妹も、Spitfireはもちろん、Fw190の性能諸元でも諳んじている。
おおげさに言えば連合王国人たるもの、歴史的兵器知識は教育のある人間の嗜みであって、たとえばクロスボウが中国の戦国時代後期人が発明したものであって、秦人が史上初めてパーツを標準化した大量生産の飛び道具で、秦の驚嘆するような速度での中国統一はクロスボウがおおきな理由であったことくらいは、ほぼ誰でも知っている。
文明が古い社会の人間は兵器について詳しい、と言えばいいか、特に兵器オタクとは思われないので、普通の教養の必修として扱われる。
どちらかといえば日本の社会のように兵器について妙に詳しいとヘンな人だという噂が立って立身に響くうえにお見合いを断られるという社会のほうが、少数派なのでしょう。
お見合いって、まだあるのかしら。

「ふたつの太平洋戦争」という記事を書いたら、長大な、元記事の5倍くらい長さがある「おまえはなんにも判ってない。特攻攻撃がいかに効果があったか、おれがこれから教えてやるからよく読め」というコメントを送ってくる人が何人もいて、情熱は素晴らしいとおもうものの、読むのはいくらなんでもめんどくさいので数行読んでゴミ箱行きで、なにがなし気の毒な感じがしたが、こういうお決まりの反応も、むかしはちゃんと読んでいたので、他の「役に立たない知識」と同じで、ひどいことを言うと社会全体が共有している情報や知識が「痩せている」感じがする。
なんだか検閲済みの数社だけが出版している「これが正解です」な日本の教科書と似ていて、あるいは「出典は?」「たしかな情報なんですか?」な日本の人の教室優等生的な癖のせいなのか、自分が習い教わった知識と違うことを言う人がいると、激高して、コーフンのあまり、数ページにわたる「それは違う」コメントを書いてしまうもののよーでした。

You don’t want to run away with the idea that the Zero is manufactured in the same factories as the Made in Japan goods you used see in the two and sixpenny stores.
It isn’t.
Although lightly constructed, it is strongly made and well designed.

と、オーストラリア人C.N.Wawnが書いている。

C.N.Wawnはオーストラリアでは有名なファイターパイロットKeith William Truscottの僚機として戦史によく名前が出てくる人で、
イギリスの上空でTruscottとともにルフトバッフェと戦ったあと、男たちが出払った留守を狙うように押し寄せてきた日本軍と戦うために母国へ大慌てで戻ります。

対日本軍の戦法を企画するために捕獲した零戦をテストした記録が残っている。多分、スペルミスもほとんど校正しないでそのままプリントしてしまっている例の特徴から見ても、オーストラリア空軍の隊内誌の記事と思う。

堀越二郎が戦後、控えめにしかいいわけせずに黙っていた事実についても書いてあります。

“But the Zero hasn’t got any armour plating,” everyone has either heard or said that at some time.

The Japs rightly reason that the best defence is manoeuvrability.
In other words, if can’t get a shot at another plane, you can’t shoot it down.
And a fighter should be designed to dish it out, not to take it.
If you can’t get your guns pointed at the other fellow, you can’t shoot him down. (スペルミス原文のまま)

この記事が1945年3月、零戦についての性能テストの極秘指定解除の後で書かれたことを考えると、この時点でも「戦闘機にとっての最大の防御は運動性能だ」と述べるベテランパイロットの意見は興味深いもので、実をいうと先述のガーランドも含めて、歴戦戦闘機パイロットたちの「装甲板がいるようなときは、どうせ死ぬんだから、どうでもいい」は世界のパイロット共通の意見で、ところがnovice pilotの戦死率は装甲がない戦闘機で圧倒的に高かったのも統計数字を見て考える上層部にとっては、また事実で、
やはりこれも「思想」の問題だった。

各国の戦闘機パイロットが隊内誌に書いた記事や戦後のインタビューから浮かび上がる「零戦」像は当の日本のひとたちが「常識」としている、ひ弱でほんとうはダメな戦闘機をパイロットの技倆と精神力でカバーして使ったというイメージとはまるで逆で、このC.N.Wawnの記事も、零戦という戦闘機の「端倪すべからざる」強烈な性能について述べたあとで、 

They are not, in my opinion, very good pilots.
They don’t seem to get the best out of their machines, and do silly things at times, such as leaving a perfectly good posithin behing an Allied fighter to skid out and out and up their ft.

というアメリカ人パイロット達の回顧録にもよく出てくる「日本人パイロットの判断力の悪さ」について触れている。
もっと言えば、傾向として、戦闘の仕方が教科書的で現実の状況にマッチしない上に、次の行動が予測どおりなので、簡単に先回りして手を打って撃墜できるという欠点が日本の戦闘機パイロットにはあった。

「第二次世界大戦の敗北は、軍事力の敗北であった以上に、私たちの若い文化力の敗退であった。私たちの文化が戦争に対して如何に無力であり、単なるあだ花に過ぎなかったかを、私たちは身を以て体験し痛感した。
西洋近代文化の摂取にとって、明治以後八十年の歳月は決して短かすぎたとは言えない。にもかかわらず、近代文化の伝統を確立し、自由な批判と柔軟な良識に富む文化層として自らを形成することに私たちは失敗して来た。そしてこれは、各層への文化の普及滲透を任務とする出版人の責任でもあった。
 一九四五年以来、私たちは再び振出しに戻り、第一歩から踏み出すことを余儀なくされた。これは大きな不幸ではあるが、反面、これまでの混沌・未熟・歪曲の中にあった我が国の文化に秩序と確たる基礎を齎らすためには絶好の機会でもある。角川書店は、このような祖国の文化的危機にあたり、微力をも顧みず再建の礎石たるべき抱負と決意とをもって出発したが、ここに創立以来の念願を果すべく角川文庫を発刊する。これまで刊行されたあらゆる全集叢書文庫類の長所と短所とを検討し、古今東西の不朽の典籍を、良心的編集のもとに、
廉価に、そして書架にふさわしい美本として、多くのひとびとに提供しようとする。しかし私たちは徒らに百科全書的な知識のジレッタントを作ることを目的とせず、あくまで祖国の文化に秩序と再建への道を示し、この文庫を角川書店の栄ある事業として、今後永久に継続発展せしめ、学芸と教養との殿堂として大成せんこと
を期したい。
多くの読書子の愛情ある忠言と支持とによって、この希望と抱負とを完遂せしめられんことを願
う。」

と、1949年5月3日、角川源義は書いている。
古書店で角川文庫を買うと、見開きに必ずついている
「角川文庫発刊に際して」という文章で、「徒らに百科全書的な知識のジレッタントを作ることを目的とせず」というようなところを読むと、なんとなく、いまの日本のありさまを思い出して笑ってしまうが、

「私たちの文化が戦争に対して如何に無力であり、単なるあだ花に過ぎなかったかを、私たちは身を以て体験し痛感した。
」というところで、いつも誤読する癖がぼくにはある。

戦略家の常識に属するが、B.H.Lidell Hartが何度も主張しているように戦略上、神様でもぶっくらこくような多重的な僥倖に恵まれた日本帝国陸海軍は、ガダルカナル攻防戦の前の段階では、ミッドウエイ海戦
https://gamayauber1001.wordpress.com/2008/09/08/midway/

のあとですら太平洋シアターで戦争に勝利するチャンスがあった。
決定的な勝利を手中にして1944年のうちに有利な条件で講和する機会が十分に残っていた。
そうならなかったのは、物量の不足でも工業力の不足でもなくて、ほぼ純粋に日本人の思想の歪みによっていた。

今度は、そのことについて詳述したいと思っています。

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One Response to 兵器技術と文化(1)

  1. ↓続きを楽しみにしています
    >決定的な勝利を手中にして1944年のうちに有利な条件で講和する機会が十分に残っていた。
    >そうならなかったのは、物量の不足でも工業力の不足でもなくて、ほぼ純粋に日本人の
    >思想の歪みによっていた。

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