失恋した友達への返信

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いつかもらった手紙をときどき読み返す。
恋人に去られてしまったという手紙なのに、ものごとを論理の力で深く掘り下げられる能力を持つ人間だけがもつ息の長い論理が基調底音になっている文章で、いかにもきみらしいとおもう。

もうあんな手紙すててくれよ、というきみの声が聞こえてきそうだけど、そうはいかないのさ。
ぼくは、この手紙が好きで、何度も何度も読み返すんだ。

相手に対してこみあげてくる呪詛の言葉を、きみは言葉と、
なによりも、知性の力を動員して溶解させようとこころみる。
知性は暖かいもののはずだ、自分はたのみにしている自分の知性の力によって、この憎悪に打ち勝てるはずだ、というきみの強固な信念が感じられて、ぼくは、この手紙が好きだ。

人間は頭は悪いが、邪悪なふるまいをするだけの知性は十分にある。
このあいだモニとふたりででかけたアートショーで、どうやら、その画家の作品が買いたい一心でアルバイトで貯めたお金をいっぺんにつぎ込んだらしい若い娘に母親が、「気をつけないと、入り口に『いったん購入された作品は毀損された場合でもお客様の責任になります』と書いてあった。
さっきの男は指で絵の表面に触っているのを私は見ました。
会期はあと二日あるのだから気をつけなさい」と述べて、すでにオカネを払ってしまった若い娘が、すっと青白い顔になるのをぼくは見ていた。

きみは、母親が娘に年長者らしい忠告を与えただけだとおもうかい?
もちろん母親は「賢明」な人物で娘に自分の嫉妬を確定されるようなヘマなマネはしない。
娘が(ぼくの目には紛いようがない)母親の貧しい生い立ちの人間らしい嫉妬で娘に巧妙な嫌がらせを述べて不安にさせようとしたのを気づいて母親を詰っても母親のほうは、いつでも、「そんなことがあるわけはない。私はあなたの母親ですよ。なんということをいうの。あなたのことを思って言っただけなのに」と易々と有効な反撃をすることができる。

きみがいつも賞賛してくれるように、ぼくは他人の顔からさまざまなことを読み取るのが得意だと自分でもうぬぼれている。
この母親の顔は嫉妬や意地悪な気持ちと自分がなぜ舞台のまんなかでスポットライトを浴びる存在でないのかと運命を非難する気持ちでいっぱいの、あの醜さに満ちていて、ぼくを怯えさせた。

何人かの投資家やビジネスマンたちが、(笑い話みたいだが)ぼくを実際に他人の心を読み取る超自然的な能力があると信じて怖がっているのをきみもぼくも知っている。
種明かしは簡単で、彼らの顔がぼくにさまざまな内心の秘密を告げているだけなんだけど。
心理テストなんかいらない。
人間は15歳をすぎてしまえば、まるで中世のひとびとが告解の小部屋で神に向かって告白するように、顔に自分の魂を刻印してしまう。

キリストとニーチェがお互いの論理と知性を動員して議論をつくしたとして、その論戦においてキリストが勝つと思う人はいないだろう。
キリストが聖書のなかで述べていることは、世界が邪な存在であることに苛立って次第に闘争的な呪詛へ自分を投企していったパウロが生み出した幻影、
せいぜいが、現実になる可能性すら前提されない果てのない「願望」にしかすぎない。
実際に彼らの生きた時代から2000年が経ったいまでも、犬が犬を食う世界はそのままで、粗い麻を着た野蛮が絹の長いドレスを身にまとった野蛮になっただけのことで、どんなに目を凝らしても、「進歩」などは人間性に関するかぎり、どこにもありはしない。

乱暴な言い方を許してもらえば「頭のわるい人間達」はきみを笑うのだろうが、15年という長いあいだつきあって、何度も一緒に旅行して、お互いのアパートを訪ねて、同じベッドにさえたびたび眠ったのに、ただのいちども肉体の関係をもたなかった、それを拒絶しつづけたことは、きみのあのひとへの恋の感情の激しさを物語っている。

だから、恋人が異なる男のもとへ去ってしまったことへのきみの苦しさが、ほんの少しだけど、ぼくには判るような気がする。

まるで世界の終わりをたったひとりの知力で支えきってみせるような、この思考のひと息が長い、強靱な知性を感じさせる手紙はきみがぼくにだけ見せてくれた、人間の知性の勝利の記念だと思っています。

なにをおおげさな、というだろうけど、
全然おおげさじゃないんだよ。
人間の知性は、人間の邪悪さといたるところで闘争を繰り広げていて、
世界の物理的な秩序について述べられるような公然とした戦場もあれば、
どれほど輝かしい勝利でも、決して他の人間には知られることがない、あるいは知られるのを拒んでいる、きみの自分自身の怒りへの勝利のような魂の奈落の底で湧き起こる勝利の声もある。
どちらが価値のある勝利かなんて、きみも知っているとおり、較べようとおもうこと自体が無意味なことであると思います。

たまには、単純な、まっすぐな気持ちになって、無防備な言明をしてもよいが、ぼくはやはり頭のよい人間が好きなのであるとおもう。
冬になって、何日も太陽が見えない土地を旅しながら、知性に出会うと、そこだけが少し明るくなっていて、か細い一条の光に手をさしのべてみると、ほんの少し暖かい感じがするんだよ。
弱い者、失敗した者を容赦なく踏みつぶしていく21世紀の新しい文明の世界のなかで、知力にすぐれたものだけが、足をとめて、弱い者に腕をさしのべようとする。
たとえ救えないことがわかっていても、偽善者めという罵声をあびながら、きみのような人間は、やっぱり手をさしのべてしまう。

それは言い訳の余地のない「愚かさ」だが、ぼくは人間には愚かさにしか価値がないのではないかと疑ってる。
人間の知恵と犬の知恵のあいだには、金網の向こうにある食べ物にたどりつくのに、金網の前を何度か行きつ戻りつしてから向こう側へ行く道を見つけるか、周りを見渡して、逡巡せずに回りこんで食べ物へ向かうかくらいの違いしかないのではないだろうか。

頭のよい人間は、この定義によれば、最も愚かな人間だが、
ぼくはそれでいいと思っている。
理由なんてないさ。
理性的な説明も伴わないが、なべて正しいことは、論理的説明を拒絶しているのだとおもいます。

なんちて。

(いま逗留している客は6 ft 9で、ぼくよりも背が高くて、うろうろしていると、いろいろな点で邪魔でしょうがないが、とてもとても善良な人間なので、一緒にラグビーの試合を大画面のスクリーンがあるスポーツバーへ観に行く予定。
どっちの応援するの?と聞いたら「ハリケーンズ」だって。
悪趣味なw)

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2 Responses to 失恋した友達への返信

  1. freebody says:

    >たまには、単純な、まっすぐな気持ちになって、無防備な言明をしてもよいが、ぼくはやはり頭のよい人間が好きなのであるとおもう。

    ここいいですね。
    というか、私自身が「頭の良い人が好き」と感じていて、共感しているだけなのですが笑。

  2. DoorsSaidHello says:

    子どものころ、人に親切にすると「馬鹿」と評価された。

    例えば消しゴムが無くて困っている子に自分のをあげてしまうと、周囲に「ばかじゃないの」と呆れられた。トイレの列に並んでいても、より困っている人に自分の順番を譲って時間切れになったりした。自分でも自分は馬鹿だと思う。

    「かっこつけ」と軽蔑されたこともあったが、他人の評価を気にするならむしろやらないようなことをするのは、自分の中で「そうしよう」という声がするからである。その「声」は頑固で、「それをすると損になるからやめよう」と私の意識表面が考えても、一顧だにしてくれない。ただ「そうしよう」と短く答えるだけだ。

    この「声」は原始的な論理性のようなもので、「食べ物が一つしか無いのなら、より餓えた者がそれを食べるべきだ」と言い出す。お腹が空いているから私は全部一人で食べたいのに、「声」は私の餓えを人の餓えと秤にかけ、数値の大きい方に権利があると述べる。「論理性」は私の内に住んでいながら私を特別扱いしない。私はため息をつく。

    内なる論理性は、数式がその答えを持っているように、状況から自明の答えを導き出して示す。空気を読まず、人間関係の上下を顧みず、あらゆる斟酌を踏み倒して、不器用に不格好に無様に行動しろと強いてくる。私の感情は付き合いきれずにため息をつき、そして「声」に付き合って行動する。

    私は「声」に従うことを、ただ単に「馬鹿をやる」と呼んでいる。損をするのが分かっていて馬鹿であり続けることは大人になるにつれてどんどん難しくなったが、できるものならいつでも私は馬鹿でありたいし、馬鹿であることを許してくれる人と暮らしていたい。

    がめさんの言う「愚かさ」と同じものではないかもしれないけれど、ふだん思っていたことが少し似ていたので書いてみました。

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