Daily Archives: July 15, 2015

空をみあげる若い人への手紙

「僕は2万6千アカウントほどブロックしてるから、ブロック数でガメさんにきっと勝ってる」 という、きみのツイートを見つけて笑ってしまった。 とても、きみらしい、と考えた。 そう言えば、まさきさんは、(←いつのまにか名前が書いてあるので呼びやすくなった)どのくらいフォロワーがいるのだろう、とおもってみたら 「269」とあったので、これもきみらしいとおもって、また頬がゆるんだ。 以前は1000になるとアカウントを閉じて、200くらいでまたこそこそとやってたんだけど、いまはめんどくさくなって、6000だかなんだかで、きみのアカウントをみて、ちょっと恥ずかしい感じがした。 なぜ「恥ずかしい」と思ったか、理由はわからない。 戦争法案が国会でどうなったか知らないけど、多分、この記事を書いている時間には国会を通過しているのではないかと思います。 日本政府は、これまでもブログで何度も書いてきた理由によって戦争への道を歩き出すだろう。 民主制度は欲に駆られた国民によって簡単に全体主義の道具になる。 ナチのような独裁は「動脈硬化を起こした民主制度」とも言えて、独裁は常に民主制によって選択される。 きみの国の政府の人達と話してみると、明治時代の治外法権や関税自主権の回復のような気持で「戦争ができる国家」になることを望んでいるんだね。 敗戦によって失われた権利を回復する、という感覚であるようでした。 ドイツ人たちとの会話と較べて、「ぜんぜん反省してないな、こりゃ」と可笑しかったけれど、きみにとっては笑いごとではないのは当たり前なので、慎まなければ。 「外国の反応」というようなものは、ないとおもう。 ツイッタにも書いたように自分達の息子や娘に代わって、あんまり近しい感じがしない国の若い人が死んでくれるのは、残酷なようでもやはり「嬉しい」ことだからです。 世界の国のひとびとは戦争にうんざりしはじめていて、国家の運営者にとって、さらに怖いことには、徐々に「国家」そのものに国民がうんざりしはじめている。 ぼくが生まれた国には、むかしでもたとえば美容師なら美容師という職業の人をオーストラリアと連合王国の両方で職業生活をさせてみて、「どちらの国が好きでしたか?」というひどい番組があるが、その程度の気楽さで、 ぼくのクルマの面倒をみてくれていたチーフメカニックも、給料が安いのと会社のオーナーとレストランで会ったら、「ここはお前のような人間が来るところではない」と言わんばかりにシカトされたのとで頭にきて、転職したが、転職のCVを出してから相手の会社がオーストラリアのブリスベンにあるのに気がついて、 採用の通知がきたので、そのままオーストラリアに移住してしまった。 「国」という概念がどんどん曖昧になって、なんだかひどく適当で、いつか連合王国でないニュージーランドのパスポートでヨーロッパに行ったら、 パスポートコントロールのおっちゃんが入国スタンプを忘れて、慌てて気がついて引き返さねばならないほどだった。 もう国権国家の古い外交手段である「戦争」にどこの国の人間も懐疑的になっている。 そういう時代に、他国の権益を守るために「列強クラブ」の由緒ある一員として肩肘を張りたいばっかりに、自分の国の若い人間を戦場に送ろうという法律をわざわざ強行採決するのだから、マヌケなくらい時代に逆行しているというか、笑い話みたいだが、現実に戦場へ送られる世代のきみとしては、検索してみると、ツイッタで「60年安保ほどもりあがってない」「70年安保を知っている自分としては、くだらないとしか思えないし、関心もない」と述べるおっちゃんたちと異なって、のんびり構えているわけにはいかないのでしょう。 民主主義、という「主義」は世界のどこにも存在しない。 民主制度というものがあるだけで、この不完全きわまりない制度が、利益と利益の直截のぶつかりあいである政治という難しい、本質的に粗野な分野では、「ダメななかでは最もマシ」なので自由人が多い社会では、この制度を採用している。 もちろん通りでのデモや議場外の弁論によって、かろうじて自由社会を維持できる程度のボロい政治装置です。 ただ選挙をやって選ばれた議員の多数決で機能すると思う人は世界中さがしても滅多にいないだろう。 賛成の人間は白い石を置いて、反対の人間は黒い石を置く。 初期の議題はたいてい戦争をするかどうかで、いったん戦争をやると決まれば、反対の人間も、市民としての名誉にかけて戦うことになっていた。 注意して欲しいのは、ギリシャ諸都市で民主制が出来たときに論じられた「戦争」はペルシャが攻めてくると決まってからの防衛戦争で、戦わずに膝を屈してペルシャの奴隷都市になるか、戦って、多くの死者をだしても自分たちの自由を守り抜くかで、ギリシャ人たちは、自分たちの数十倍の敵と戦って自由を守ることを誓った。 それでも、半分に近い人は「死んだら自由もなにもありゃしない。勝てるわけのない戦争をするなんてバカげてる」と宥和策に投票したんだけどね。 テルモピレーでは「自由人による全体主義」というちょうどいまの日本と反対の構造の国家をもっていたスパルタ人が全滅することによってペルシャ軍をくいとめた。 衒学的な人間が7000対20000以上、と言いたがるこの決戦は、実情は伝説のほうに限りなく近くて、 300人のスパルタ人と210万人のペルシャ軍の戦いで、自由人社会としては感心できない点がたくさんあったスパルタの社会が、いまでも自由を守り抜いた人々として尊敬されているのは、この戦闘に拠っている。 でもスパルタ人は、戦争を誤解しはじめてしまったんだよ。 彼らは攻撃的戦争と防衛戦争の本質的な違いを理解できなかった。 詳しいことはめんどくさいから省くが、彼らは防衛しかしない約束だったはずなのに、すっかり忘れてしまって、味をしめて、侵略戦争に移行していく。 その結果は、もちろん、国家の破滅だった。 いまは一定期間後に機密文書が公開されるので、日本に巨大な軍隊を駐留させたアメリカ政府の意図は、もともと日本の防衛ではなくて、戦争好きで知られた国民を抱える日本の好戦勢力ににらみを利かせるためだったのが判っています。 … Continue reading

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