Guillem

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犬さんと猫さんがハイタッチをしているのを見たことがある。
ペットを長い間飼っている人はみな知っているように、犬さんや猫さんには
秘密の生活、じーちゃんぽくカタカナでハイカラに述べるとシークレットライフがあって、ほんとうは人間の言葉などは全部理解していて、人間は自分が賢いとおもっているときがいちばん幸せであるのを察して、人語を解さないふりをして、飼い主のほうがほんとうはバカなのだけれど、顔を立ててあげているのに

ときどき油断して、犬猿の仲の役を演じるのを忘れて、犬と猿とで湯船に浸かって、まったりしていたり、犬と猫とでハイタッチをして、二階の窓から一面の月の青い光で彩色された外を眺めていた大庭亀夫に目撃されてしまったりする。

人間もハイタッチをする。
ほんとうはhigh fiveって言うんだけどね。
人間がやることはいつもどこかが間違っていて、だから日本語ではハイタッチ。

モニさんとぼくとで、ハイタッチ。

新しい仲間ができるというのは、なんて素敵なことだろう。
きみのおとーさんのLukeが教えてくれたので、
眠っていたモニさんを起こして、ニュージーランドは朝の4時なのだけど、
小さい人びとも起きてしまって、みんなでお祝いをしているの。
そのfizzyな飲み物はなにかって?
きみのおかーさんのAida(Aïdaかな、今度おとーさんに訊いておかなければ)さんの国の飲み物でカバっていうんだよ。
カバ、だとさ、hipopotamusみたいだけど違うんだ、Cava

モニとぼくは、きみのおかーさんが生まれて育ったカタロニアという国が大好きで、特にそのなかでもバルセロナという町が好きで、そのバルセロナとほんとうはむかしは別々の町だったグラシアという小さな町があって、そこに、小さなピソを持っているの。
あんまりオカネモチがいない丘のうえの、買ったときは知らなかったけど、バルセロナでは夏は暑いのでぜんぜん人気がない建物のてっぺんの階で、遠くにぼくとモニが大好きなサグラダファミリアが見えている。
なんだかおおきすぎてマヌケな感じの、アパートの床面積と同じくらいおおきなテラスが付いていて、モニとぼくの魂は、きみがこの世界にやってきたと聴いた瞬間にそこに飛んでいって、テラスにパンコントマテと頭がつるりんと禿げた、ほんとうは人間じゃなくてもののけなんちゃうかしらと時々訝られるほどひとのいいおっちゃんがやっているハモン店から買ってきたハモンセラーノで、きみの到着を祝って乾杯してる。

新しい仲間が来た!
それを祝わない人間なんていないのさ。

きみはがっかりするかもしれない。
なんてひどい所に来てしまったのだろう、と思うかも。
きみは、もうこんなところにいたくない、と思うかもしれない。
nastyな人間ばかりで、とても耐えられない、と思うかも

そういうときは「流れ落ちる水」に手を浸してみれば良い
自分のピソの蛇口でもいいし、バルセロナの広場ならどこにでもある、彫刻の口から水がでてくる、公共水でもいい。
太陽の光のなかで、流れ落ちる水をみる。
それから、そっと、手のひらを水のなかにさしいれてみるといい。
水はきみの皮膚にふれて、きみの皮膚は水を弾いて、流れてゆく記憶のようで、きみにこの世界に生まれてきた意味をおもいださせてくれるだろう。

きみは、この世界を「感じに」来たのだもの。

きみには「魂」がある。
きみのおとーさんには、もっとでっかい魂がある。
おかーさんの魂は、もしかしたら、きみもおとーさんも包んでしまうくらいおおきいかもよ。

魂は物理学の法則に反した永久動力で、エネルギーに満ちていて、なくなるということがない。
ぼくの同族に、スウェーデンボルグという変なおっちゃんがいてね。
この人は千里眼だったり、神様の教会と大げんかして自分が生まれた国にいられなくなったりして、すごおおおく変わった人だったんだけど、
自分の身体から魂を分離できる人だった。
めんどくさい肉体はワードローブにおきぱなしで、チェックインラゲジなしで、
天国や地獄へ自由に通行できたんだ。

旅行を繰り返して判ったことは、きみがやってきた、この世界は
天国の、どこかがちょっと変な模倣で、スウェーデンボルグおっちゃんは、
なんでこんな不完全なものをつくったんだと、書いた本のなかで怒っている(^^;
ぼくは、スウェーデンボルグよりずっと後に生まれたから、どうしてナマケモノの神様が、この世界をつくったか知っているんだよ。

神様や魂には決して出来ないことは、この世界に「触れる」ことなんです。
肉体という受容器官がないからね。

ぼくは日本語で「バク宙」という、空中でくるりと一回転するジャンプが得意で、ぼくの大親友の従兄弟の父親、このひとは日本人なんだけど、などは
「かっこいいー。江ノ島のイルカみたい」とグリーンピース人が聞いたら怒りそうなことをいう。

空中で一回転するとき、ぼくは筋肉が緊張して弛緩する須臾の時のなかで恍惚としている。
一秒の千分の一の時間の恍惚。
肌は空気を感じて興奮している。
肉体の全体は、自分の、だいたい100キログラムの質量のバランスをとる感覚に悦楽を感じているのだと思います。

風が髪の毛を通り抜けるときの、言葉で表現できない素晴らしい感覚や、
モニさんのすべっこい肌にそっと触れて、人間の身体って、なんて美しいのだろう、と考えるときの、圧倒的な自己肯定の感覚は、人間の、最高の愚かさであると思う。

そうしてきみは、自分が最も愛する人にいつか会うでしょう?
きみのおとーさんのるーくがアイダと会ったように、いつかは、
この人と会うのは初めてだが、いままで、ずっと会いたかった、
もしあなたと会えなかったら、自分はどうなるだろうと、ずっと思っていた、という人に会う。

人間はチョー変な生き物で、そういうとき、服をぬいで、手をとりあって、
ベッドのなかへ行く。
どうしてもひとつになれないもどかしさで、狂ったようになりながら、朝まで、いったい自分は自分なのか相手なのか、わからなくなるまで、ふたつの肉体からひとつの混合物をつくろうとしているひとたちのように、混ざりあう。

きみもぼくも、るーくも、感覚が神様の手を離れた、
そこから生まれて来たのね。

きみがこの世界にやってきたのは大歓迎で、
きみが大気を息するようになって、まだ数時間だけど、
きみの到着を祝って飲み過ぎたのんだくれが、もう何十人もいるみたい。
ライオンとシマウマが並んで、肩をよせあって、きみのおとうさんが書いた

Just to let you know, Guillem, our baby has arrived to our science fiction planet!
What a day!

というチョー幸せな、到着の報告を読んでいる。

天使たちがカバで酔っ払って、成層圏や低空を、人間に見えそうなくらい形象をあらわにして飛翔している。
犬さんと猫さんが、みなが寝静まったころを見計らって「ハイタッチ」してる。

なんて素晴らしい日だろう。

7月17日。
きみの誕生の日。

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