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Daily Archives: July 21, 2015
若いということ
日本にもあると思う。 ニュージーランドの冷蔵庫は、ドアに冷たい水がでる小さなタップがついていてフィルターを通った水が、冷やされて、そこから出てくるようになっているタイプのものが多い。 最新型は、氷がドアを開けないで、そのタップの脇からとれるようになっているのもあるよーです。 この方式の欠点は、水が少しづつしか出てこないことで、勢いよくはでない。 コップを押しつけて、しばらく我慢しないといっぱいにならないので、自分でもときどき冷蔵庫の前で立っておしっこをしているような微妙な気持ちになることがある。 同じ冷蔵庫がある友達の家で、めんどくさいので、シンクへ立っていて水をごくごくと飲んでいたら家の主に 「ガメは、やっぱり若いな」 と笑顔で言われた、というのが、この記事の発端でなければならないのだと思います。 わしは、このブログ記事を「わし」という主語で、いま現実の日本社会で通用している日本語より少し古い日本語風の味付けで書いている。 そうしないと「書けないこと」「表現できないこと」が多いからです。 日本語学習者が日本語の文章の「新しい日本語」の「古くてダサい感じ」と一緒に困るのは、これで、だいたい1970年代くらいまでの世界は日本語でなんでも説明できるのに、80年代以降の日本語では世界の八割も説明できやしない、と感じるのは、この「新しい日本語には、なんだか小さく萎縮したひからびた世界しか映らない」という事実のせいであると思う。 「言語総本家」みたいなフランス語にも同じ問題があった。 ちょうどジャック・シラクが大統領のころ、フランス人たちは、この問題を、ぶっくらこくことには「政治問題」と捉えて、復興運動のようなことを起こした。 この運動自体は英語でジーンズはジーンズと呼びたい若い世代に嫌われたが、でもフランス語はそこで現実に復興されて、また世界をうまくフランス語だけで説明できるようになった。 日本語は無造作に、テレビというゴミ箱に放り込まれたままで、何十年も経ってしまったので、世界が説明できなくなった。 だから世界を上手に説明できない言語になってしまったが、時間を遡って、70年代くらいまで遡って、トンテンカンと修理すればまだ普遍語として使えるというのが、わしの判断です。 ところが、「はてな」の能川元一さんapesnotmonkeysという人が唱道した「大庭亀夫ニセガイジン説」の延長なのでしょう、「加齢臭がする駄文」というようなコメントが年中くるので、「若さ」ということについて考えることが多くなってしまった。 わしには過去に起こったことをなんべんもアタマのなかか心のなかかどっちなのかはよく判らないが、反芻して、ああこれはあそこがダメだったんだな、あそこは、ほんとうはこうすればよかったんだな、と考える癖があるが、それと同じTCA回路のなかでクルクルとまわして「若い」ということの意味を考えることがある。 もうすぐ32歳になるおっちゃん頭で考えて、「若かった頃」は20歳というタグが付く前です。 日本の人が嫌な感じでない冗談でよく述べる「当社比」でいうと、いまの32歳が目の前の人間と17歳の「頭が悪い太陽」の頃との比較で、最も異なる本質要因は「エッチがしたくてたまらなかったこと」だとおもう。 (笑うな) たった一晩、one night stand で過ごした女の子を、あっという間に、たったいま結婚しなくてはとおもいつめたり、この人と一緒にすごせれば死んでもいいとしか考えられなくなったりするのは、振り返ってみると、あにはからんや、いかんせんや、この「エッチがしたい」チョー強力な欲求のせいで、この生物学的な欲求はあまりに強烈なので哲学を形成してしまいそうなほどである。 英語世界では「15歳以降の十代はやりたくてやりたくてたまらない世代」であるというのは、誰もが共有している知識であるし、だから、それにつけこんで自分の娘のような女の人とエッチを企む中年男や中年女は激しく軽蔑されて、いまでは犯罪になっている。 でも細胞群のこの若さや性欲が人間の哲学そのものをmorphするという事実は、テレビ語でいうと「すごくないですか」というのが、これから日本語で書こうとしている一群の文章のテーマで、ツイッタを通して、わし友達の協力も得たい。 言葉を「文章」というような単位で書く人間に共通の、自分でも意識されない野望は「究極の本」を書きたい希望で、その本を開けば、半日で自分が自分に回帰できるというような本を、夢に視ているのだとおもう。 その本は活版で印刷されるのではなくて、わしの大好きな illuminated bookのようで、たった一冊の本でいいのです。 中年の人間は信号が変わった大通りを向こう側にまで渡っていくことに自信を持っているが、若い人間は、自分が通りの向こう側にたどりつく前に、自分の存在が、ふっと消滅するのではないかと不安を感じることがある。 成熟した人間は、テーブルの向こう側に座っている自分の伴侶が確かに自分とは異なる人間であるのを知っているのに、若い人間は明け方のベッドのなかで、恋人がはたして自分とは別の人間なのか自分自身であるのか、深く、混ざり合って、判らなくなってしまっている。 あるいは、あの有名な小説の一節 “I see you are looking at my … Continue reading
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