Daily Archives: July 23, 2015

Project Semicolon

ミッションベイ、という海辺の繁華街はパーネルやニューマーケットの次くらいに近いのでよくでかける。 De Fontein http://www.defontein.co.nz というベルギーのビールがたくさんおいてあるバー&レストランがあって、 このあいだも地元のコミュニティ紙にバーの女のひとのバーテンダーがブリュッセルで開かれたバーテンダー大会で二位になったと出ていた。 室内もわるくはないが、テラス席がなんといっても気持ちがよくて、最低気温が一桁になるいまごろでも、昼間は夏のようです。 おおきなレストランが内も外も満員になってしまっているのに、ウエイトレスがふたりしかいないので、注文したスペアリブとステーキが30分たってもこないので、モニとふたりで、「ふたりじゃ、たいへんだね」と言い合いながら、でも腹減ったあー、と考えながらビールをなめていると、モニさんが、なんだかびっくりしたように離れたテーブルのほうを見ている。 「?」とおもって、モニさんの視線をおいかけてみると、そこには、なんだか刺青が顔にも首にも腕にも、身体中にあって、バイキー(←ここでは西洋暴走族=組織暴力団のこと)ぽいお兄さんが座っていて、その身体がでっかいおっかなげな男の人に、中国人の、若い、わしがおおきなくしゃみをするとテラスから道路におっこちてしまいそうなくらい、細い、たよりなげな人が話しかけている。 知り合いでもなさそうです。 モニさんが手首の内側を指さすのと、でっかいにーちゃんと若い中国人が抱き合うのが同時くらいだった。 まわりの人は、ぶっくらこいて、目をまるくして、のけぞってしまっています。 モニさんが小さな声で「セミコロン」と言う。 「ああ」とマヌケな声を立てるわし。 プロジェクトセミコロン、という。 この世界の、最も重要な「聴き取りにくい声」のひとつです。 「いったん立ち止まりはしたけど、やめてしまうわけではない」という意思表示。 自殺を考えたことがあるひとや、この人間の世界では息ができなくなって、もう生きるのをやめたいと思い詰めたことがあるひとたちが はじめた「見えない意思表示」の運動の象徴です。 「またかよ」と言ってはいけません。 わしが慌てて視線をそらせて、目をむけたRangitoto島の稜線は、たちまち涙でにじんでしまって、慌ててサングラスをかける、わし。 モニが「ふたりとも、泣いている」と小さな声で報告している。 「まだ、ふたりで話し合っている」 Project Semicolonには批判もあるが、どうしても、良いことであるとおもう。 自殺を考え、試み、自傷するひとたち、ある日突然、自分が外にでていけなくなってしまったことに気づいた人たち、そういう人達が、崖の淵に懸垂してしまった身体をようやく引き上げるようにして、この世界にもどってきて、また生活を続けていることを、仲間達に、そっと、世間が最も聴き取りにくいやりかたで、髪に隠れたうなじや、手首の内側にタトゥーとして刻印している。 その小さな小さな刺青にこもっている巨大な勇気は、わしを驚かせて、立ち止まらせる。 ぜんぜん理屈にあってないけど、人間はいいなあ、人間はやっぱりすごいのだ、人間は強力だ、と考える。 陳腐な表現だけどセミコロンのタトゥーは、この残酷を極める世界に咲いた花のようです。 なんて美しい花だろう。 モニさんが 「店から出たあとも、まだ手をふっている」という。 でも、わしがテラスと舗道にわかれたふたりを交互にみやったときには、 もうふたりとも、なにごとも起こらなかったように、片方は歩み去って、片方は昼ご飯のあとのビールを飲んでいるところでした ビールの杯をもちあげたときに、ちらっとセミコロンがみえたけれど。

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若いということ2

気がつかないうちに歯を食いしばっていることがある。 いつのまにかノートブックの上の手が止まっていて、目の前のモニターの、光点のひとつをじっとみつめている。 モニタの向こうにも、ぼくの将来にも、なにもないような気がするんだよ。 ぼくにはぼく自身を幸福にする力があるだろうか? まして、そのあとで、最も愛する人を幸福にする力が残っているだろうか? なんだか不可能な事業のことを考えているような気がしてくる。 胸が苦しくなって、頭がぼおっとしてきてしまう。 自分を幸せにできるかどうかが判らない人間に世界について考える資格なんてあるものか! 数式と数式のあいだに殴り書きされた17歳のときの自分が書いたノートを読むと、「マジメじゃん」と思って笑ってしまう。 週末には、おとなよりもおおきい身体とID偽造の技術の腕を利してクラブクローリングでおねーさんたちと、あんないけないことやこんなひとにはいえないことをしていた「もうひとりの17歳の自分」と、いったいどうやって共存していたのだろうと訝しむ。 まだ猛烈にチビで、台所のシンクの縁の向こうにどんな皿があるのかさえつま先だっても見えなかった頃の圧迫感のことを、ぼんやりおぼえている、と言ったらきみは笑うだろうか? なにをするにもおとなに依頼しなくてはならなくて、「ミルクをのみたい」というただそれだけのために、台所にいるのに、わざわざおとなを探して、子供にとっては荒野に似た、だだ広い家のなかを歩き回って、見つけ出して、口にだして頼まなければならないことへの苛立ちときたら! 17歳のぼくもおなじだった。 もちろん赤ん坊というものが、よく考えてみると人間としては相当にカッコワルイ姿勢と動きの行為の結果うまれてくるものだともう知っていたし、週末の「夢のなかの出来事」と表現するのが、もっとも適している感覚で、平日には思いだされる自分自身の奔流に似た夜更けの時間をおもいだしても、人間は理性によって完全に制御できる生き物ではないのだと、もう判っていた。 人間は自分を破滅させる能力をもった不思議な生き物であることも知っていた。 生物のクラスで教師が「豚はたいへん高知能な生き物で、人間が考えるよりも遙かに考える能力をもっているが、面白い特徴がひとつある。 目の前に食べ物があると、それが罠で、その食べ物に手をだすことによって自分が破滅するとわかっていても食べてしまう」 と述べたとき、ぼくが考えたことは 「それでは人間とおなじではないか」ということだった。 「豚を人間の男に、食べ物を「女」あるいは「大金」場合によっては『名誉』に置き換えれば、ぴったり同じ特徴を人間は持っている」 自分の肉体が男のものなので、女の人はどう感じるのかしれない。 いちど、なかのよい女の友達に聞いてみたら、しばらく考えていて、「おれは女も同じだとおもうぞ、ガメ」と述べて、がはは、と笑っていたが、その大層美しい優美としかいいようのない女の肉体をもった人は、心が通常男のものとされる持ちようのひとなので、一般化していいものかどうかよくわからない。 人間はどこまでが生物でどこからが人間なのだろう? タコは水槽にいれて人間がじろじろ見る環境においておくと鬱病になる。 タコが自分の足をたべるのは人間でいえば自傷行為である、という。 古い知能の定義では、このことをもってタコを高知能動物の下限としていた。 初めて海釣りにでた人が衝撃をうけるのは、釣り上げた魚の目の残忍さと希望のなさだが、一緒に釣りにでかけた父親は釣り上げた魚の目付きにすっかりショックを受けてしまってる息子(←ぼくのことね)に 「魚には大脳と呼ぶほどのものは形成されていなくて端脳しかないからね。 あの怖ろしい目は、叡智の光をもたないものの目なのさ。 人間にも、ときどき、ああいう種類の目をしている者がある」と言って笑っていた。 でもそれはほんとうだろうか? と考える。 前にも書いたけど、まだ日本ではカヤックが珍しかった頃、葉山でかーちゃんシスターと沖をのんびりパドリングしていると、鰺が次々とカヤックの頭上を飛び越えていく。 びっくりして見上げていると、先を行っていたかーちゃんシスターが、のんびり動かしているように見えるのに意外と速いいつものパドリングでもどってきて、「イエローテールたちだって機嫌がよくて遊びたいときがあるのよ」という。 7歳くらいの頃から(子供の本と並行して)おとなの本をたくさん読みあさっていた、チョーませたガキだったぼくは、 「しかし、それは知能の定義を裏切っている」と考えたりした。 ぼくはだいたい14歳の夏くらいから、どんどん頭がわるくなって、迷いが深くなっていった。 多分、それは性欲の影響で、いちどはスタティックで透明な世界がだんだんmorphされてきたで、あれほど説明つくされたはずの世界が再び地面が激しく揺れて地殻が変動するように変化をはじめて、いつのまにか、もとともとの美しくて平衡がとれた世界とは似ても似つかないものになってしまっていた。 ぼくは青空が落ちてくるかもしれない、という杞の人の憂いに包まれていて、そのうえ、足下の地面もいつまで存在するかおぼつかない気持だった。 苦しい一年をすごして、15歳の夏にはT.S.エリオットを読みふけって過ごしたのをおぼえている。 … Continue reading

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