Project Semicolon

ミッションベイ、という海辺の繁華街はパーネルやニューマーケットの次くらいに近いのでよくでかける。

De Fontein
http://www.defontein.co.nz

というベルギーのビールがたくさんおいてあるバー&レストランがあって、
このあいだも地元のコミュニティ紙にバーの女のひとのバーテンダーがブリュッセルで開かれたバーテンダー大会で二位になったと出ていた。

室内もわるくはないが、テラス席がなんといっても気持ちがよくて、最低気温が一桁になるいまごろでも、昼間は夏のようです。
おおきなレストランが内も外も満員になってしまっているのに、ウエイトレスがふたりしかいないので、注文したスペアリブとステーキが30分たってもこないので、モニとふたりで、「ふたりじゃ、たいへんだね」と言い合いながら、でも腹減ったあー、と考えながらビールをなめていると、モニさんが、なんだかびっくりしたように離れたテーブルのほうを見ている。
「?」とおもって、モニさんの視線をおいかけてみると、そこには、なんだか刺青が顔にも首にも腕にも、身体中にあって、バイキー(←ここでは西洋暴走族=組織暴力団のこと)ぽいお兄さんが座っていて、その身体がでっかいおっかなげな男の人に、中国人の、若い、わしがおおきなくしゃみをするとテラスから道路におっこちてしまいそうなくらい、細い、たよりなげな人が話しかけている。
知り合いでもなさそうです。

モニさんが手首の内側を指さすのと、でっかいにーちゃんと若い中国人が抱き合うのが同時くらいだった。
まわりの人は、ぶっくらこいて、目をまるくして、のけぞってしまっています。

モニさんが小さな声で「セミコロン」と言う。
「ああ」とマヌケな声を立てるわし。

プロジェクトセミコロン、という。
この世界の、最も重要な「聴き取りにくい声」のひとつです。

「いったん立ち止まりはしたけど、やめてしまうわけではない」という意思表示。
自殺を考えたことがあるひとや、この人間の世界では息ができなくなって、もう生きるのをやめたいと思い詰めたことがあるひとたちが
はじめた「見えない意思表示」の運動の象徴です。

「またかよ」と言ってはいけません。
わしが慌てて視線をそらせて、目をむけたRangitoto島の稜線は、たちまち涙でにじんでしまって、慌ててサングラスをかける、わし。

モニが「ふたりとも、泣いている」と小さな声で報告している。
「まだ、ふたりで話し合っている」

Project Semicolonには批判もあるが、どうしても、良いことであるとおもう。
自殺を考え、試み、自傷するひとたち、ある日突然、自分が外にでていけなくなってしまったことに気づいた人たち、そういう人達が、崖の淵に懸垂してしまった身体をようやく引き上げるようにして、この世界にもどってきて、また生活を続けていることを、仲間達に、そっと、世間が最も聴き取りにくいやりかたで、髪に隠れたうなじや、手首の内側にタトゥーとして刻印している。

その小さな小さな刺青にこもっている巨大な勇気は、わしを驚かせて、立ち止まらせる。

ぜんぜん理屈にあってないけど、人間はいいなあ、人間はやっぱりすごいのだ、人間は強力だ、と考える。

陳腐な表現だけどセミコロンのタトゥーは、この残酷を極める世界に咲いた花のようです。
なんて美しい花だろう。

モニさんが
「店から出たあとも、まだ手をふっている」という。
でも、わしがテラスと舗道にわかれたふたりを交互にみやったときには、
もうふたりとも、なにごとも起こらなかったように、片方は歩み去って、片方は昼ご飯のあとのビールを飲んでいるところでした

ビールの杯をもちあげたときに、ちらっとセミコロンがみえたけれど。

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One Response to Project Semicolon

  1. 晩秋 says:

    公開してくださってありがとう。ガメさんがガメつくなくてよかった(これを二日ほど言いたかった)。

    ゲルドフ嬢はセミコロンを打てればよかったのにね、と真っ先に思いました。彼女のこと別に知らんかったんやけどね。孤独であったことがわかるだけです。

    わたしはだって18年かかりました。18歳から18年。母を亡くしている友ができるまで。

    わたしたちの特徴は、母がいないことをさりげなく隠そうとすること。毎日が迷子のようでした。それをおくびにも出さず生きていかなければならない。どこまで歩いていっても走っても母には会えないのだから。電話にもでてくれぬ。

    たくさんの母親たちが生きていることは幸福なことなのです。ちょっと皮肉じゃ。それはより良い社会に生きている証拠なのですから、わたしたちはその痕跡を目立たないように、細心の注意をもって振る舞う。

    しかし孤独であった。自由であるかもしれぬが孤独である。

    きっと18年間、すれ違ってばかりいたのでしょう。だから美しい物語をありがとう。

    まだ夢であえるという僥倖を夢みている。

    母の夢を見たことがありません。母に会いに行く夢を見ます。紺碧の夜の海を泳ぐ夢。息を継ごうと顔を上げると月がみえる。沈んではいけないと泳ぐ夢を。

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