キャロル

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このブログにでてくるニュージーランドの「田舎の家」は英語でいうhobby farmで、語感は、よくlife style propertyと言って売っているパドック付きの家よりはおおきく、ビジネスとして経営されている農場よりはちいさい、という程度の農場をさします。
税制上も、ちょうどまんなかで、life style propertyとみなされれば消費税を払わなくてよいし、農場とみなされれば15%の消費税が課税される。

ニュージーランドの夏を過ごすのに、かーちゃんに率いられて「町の家」に到着してから、一週間くらいで「田舎の家」に移動することが多かった。
かーちゃんは家事のようなことは気が向いたとき以外にはしないひとなので、家を管理するカップルが裏庭に小さな家に住んで管理していたが、他に誰もいないときには母屋の一階を使ってもいいことになっていた。

この夫婦がいないときには、地元で手配した近在の人が家に通いでやってきて家の仕事を手伝ってくれることになっていたが、キャロルさんは、キッチンと食堂の掃除で、毎週水曜日と何曜日だかおぼえていない日にもう一日くる契約だった。

60歳くらいの人だったのではないかとおもうが、こちらが子供でガキはみるもの聞くもの全部現実よりも年古びてみるものなので、ほんとうは40代くらいだったのかもしれません。
とてもやせた人で、銀縁のメガネをかけて、光の加減では銀髪に見えるような、ごく薄い金髪の人だった。

「うまがあう」という。
キャロルさんがシンクを片付けたりしているあいだに、バーの高い椅子によじのぼって、カウンタに肘をついて「キャロルと話をする」のが好きで、家のなかで乱暴な言葉で話す人は誰もいなかったから、キャロルもほんとうはていねいな言葉づかいで話していたに決まっているが、おもいだすと、田舎町のパブに長靴でやってくるおっちゃんたちのような英語で話してたような記憶に変更されている。

「この頃テレビで、あそこのレストランがおいしい、この食べ物がうまいといってるけど、ああいうのは、我慢ならない。
なんで、おいしい食べ物が好きなんだろーねー。
わたしは食べ物なんか、おなかがいっぱいになればそれで十分
ほんとにバカみたい!」
と乱暴な口調で言ったりするところが好きだった。

ガメはクルマはなにが好きなの?と聞くので
「ミニ・クーパー」と応えると、
わたしもミニだけど、という。
知ってる。いつもゲートはいってくるところを見てますから。
クラブマンだよね、と心のなかで詳述する、わし。
「ジョンが毎週病院に行くのにミニじゃ、こわくて、エンジン全開でも90キロしかでないクルマじゃ、オープンロードは、とてもこわいから、新しいクルマが欲しいんだけど」

クーパーならやる気になれば140キロでる(←すごく危ない)がクラブマンでは100キロは難しいことは子供でもわかる。
脈絡なく、いつか近くのオープンロードでみたモーターバイクとミニの事故現場をおもいだす。
むき出しのガソリンタンクがブートのなかにあるミニは、爆発したらしく全焼していて、バイクのほうは、ほとんど無傷だった。

おとなの、しかも大好きで内心友達のようにおもっているひとの伴侶が、どうやら重い病気らしいと察して、自分の対応能力をこえていると判断したわしは、ごそごそと椅子をおりて、冷蔵庫のドアをあけて、いりもしないミルクをコップにいれて、自分の部屋でゲームやってくるとキャロルに告げる。

台所を立ち去りかけると、キャロルがなにを見てそうおもったのか
「ガメは、案外、やさしいんだな」という。
わしは、ふりかえって、ばれたか、と述べてホールを通って自分の部屋に帰った。

いったい何の話なんだ、これは?
と訝っているひとびとのために述べると、
書いているわしが何の話を書いているか判らないのに、きみに判るわけはない。

自分の生活を多少でも書くと、「自慢してる」「自分の空想のお花畑にひたっている」というコメントがいっぱいくるので、アホちゃうか、とおもってやめていたが、他人の視線のためにやめるのもめんどくさいとおもいなして、
また自分の生活を日本語で記憶のなかから取り出そうとしているのだが、そーゆーこととは別に、現下の世界の、焦眉の問題は、カネがあちこちで詰まってしまっているというか、富の再分配に失敗して、アメリカ合衆国ならば0.1%の人口が40%の富を握っているんだかなんだかで、英語世界の町はどこも滅茶苦茶な不動産バブルで、早い話がむかしは6ベッドルームが90万ドルで買えるくらいで、なんで家がこんなに安いんだ?と訝らせる町であったのに、いまはおなじ家が800万ドルとかで、バブルといっても中国に還流したUSドルが、社会に冨の再分配という考えがうすい中国の富裕人の富への好みにしたがって
「英語の、高級住宅地の、名前が良い通り」にどばどばとオカネが落ちてくる図式なので、例えばオーストラリアでは、もう24年間もバブルが続いている。

一方では、名前を誰でも知っている大企業のマンハッタンオフィスの秘書室に勤めている女のひとが、ドキュメンタリで、「給料日まえには、公園でゴミ箱をあさって夕飯をさがすこともある」と涙ぐんで述べて、航空会社の客室乗務員は、乗客たちが食べ残した残飯を持って帰って食べるんです、と言っていたりする。

「中間層」自体が、この貧しさなので、その中間層がやせて、よく言われる表現をつかえば「パテのないハンバーガー」の下のほう、つまり、どんどん数が増えて厚みを増す一方の貧困層は、言うまでもない気がする。

「ここがシェルターのビルよ」と、アフリカンアメリカンの中年の女の人がニューヨーク名物の「ブラウンストーン」のビルを指さしている。
メンフィスで生まれたのよ。
妹とふたりで、若いときにニューヨークに来た。
ふたりで楽しかった。
それから20年、保険会社で働きながら、ブルックリンのアパートに住んでいた。
ある日、ボスに呼ばれていってみると、「クビだから、午後には出て行ってくれ」
なにがなんだかわからなくて、アパートに戻ってぼんやりしていると、次の週には大家が「家賃を2倍にする。嫌ならでてほしい」と言いにきた。

シェルターは、ちょうど空港のセキュリティポイントとおなじゲートがあって出入りのたびに身体検査をされる。
わたしたちは、ここでは人間じゃない。
自分たちをなんと呼べばいいかわからない。
人間じゃない、なにか。
ホームレス、それとも、「ビンボ人」

共産主義は、資本主義の仲の悪いパートナーのようなものだった。
犬猿のなかで、一触即発になることがあったが、お互いを牽制して、とりわけ、資本家たちにとっては「共産主義の眼」がこわかった。
資本家は豚だ、ほっとけば人間をミルにかけて挽肉にしてしまう。
あいつらをやり放題にさせると、あらわれる世界は、あいつらだけが人間の、地獄だ。
やつらは豚だ。
豚を殺せ。

資本家は、つねにラウドスピーカーから世界に響きわたる共産主義者たちの声を聴きながら行動しなければならなかった。
社会主義、民主社会主義、さまざまな名前の折衷的であったり改良主義的だったりするシステムが考案されて、資本家たちは、年金、雇用保険、医療保険というコストの支払いに同意していった。

ハーバードやオックスフォード、東京大学の学生たちは、当時、
「モスクワ大学では学費がないどころか、国が無料で提供して光熱費までただのアパートに住んで、ここからがすごい、給料までもらえるのだそーだ」
「あ。おれ、じゃ明日から共産主義者になるわ」
わっはっは。
というような冗談会話がアルバイトで苦しむビンボ学生たちがあふれるカフェテリアで交わされていたもののよーである。

なんだかえらく厳格な全体主義ぽいので住むのは嫌だが、共産主義者の社会的理想への敬意はもっている、というのがたとえば60年代のソビエトロシアに対する一般的な知的人間の感想だったでしょう。

富と貧困の問題について考えるたびに、キャロルのことをおもいだす。
貧乏なひとたちにカネモチの家の息子としてうしろめたさをおぼえる、とか
貧しいひとたちが気の毒である、というような陳腐を極めることを述べているのではないのです。

全然、ちがう。
オカネのあるなしが人間を分断する、と述べているのでもない。

わしは「世の中の99%のことはオカネで解決できるが、残りの1%こそが人間の一生で最も重要なことだ」と繰り返しおそわって育った。
共産主義が死んで、社会主義も瀕死の床について、孤独な思想的独身者となった資本主義は、伴侶を失って狂気におちいった人のように世界を蝕んでいる。
「世の中の99%のことはオカネで解決できる」どころか、「世の中の99%の問題は局在するオカネが起こしている」と言いたくなることがある。
そうして、高級住宅地や国債の、あちこちの美しい通りで停滞した巨大な量の通貨は、1%の「人間の真実」など踏みつぶしてしまった。

そーゆーとき、キャロルの、「まったく、オカネモチなんて、けったくそ悪い…あっ、ガメのおかあさんやおとうさんは別だけどね」と、笑うキャロルの顔や、シンクを磨く手を休めて、ぼんやり裏庭を眺めていた表情をおもいだす。

最後に会ったとき、「ガメ、また会おうな」といって、手をさしだして、
「わたしは、なんてバカなんだろう」と自分を叱責するような照れたような笑いをうかべるようにして、ひとりごとを呟いて、背中に手をまわして抱きしめてくれた。

あのとき、初めに手をさしだしたのは、どちらの意味だっただろう、と、いまでもおもいます。

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