記憶のなかの未来_2

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“I was more than impressed,
I was shocked what we found because they were so far ahead”

と、第二次世界大戦のほとんどの飛行機をテストパイロットとして飛ばした
空の英雄Eric Brownが述べている。
しかも、この最も速い連合軍の戦闘機よりも100マイル/h(160km/h)以上高速な「空飛ぶ怪物」は4基の30mm砲という文字通り化け物のような兵装を持っていた。
Eric Brownは目撃した、Me262に一瞬で粉微塵にされる双発爆撃機のB26について証言している。

“I saw an American Marauder aircraft being attacked by an Me 262.”

“One minute there was this beautiful looking Marauder in the sky, a minute later confetti.”

生涯に487機種を飛ばし、2407回の着艦記録(←両方とも世界最多)をもつ
Eric “Winkie” Brownは、インタビューの画面のなかで、戦争が終わったあと、あきらかになったナチの科学力がいかに先進的でいかに怖ろしいものだったか、テストパイロットの立場から、あますことなく述べている。

「戦闘機評価のプロちゅうのプロ」Eric Brownの眼に映った戦争ちゅうのベスト戦闘機はムスタングでもスピットファイアでもなくて、Me262だった。
「信じられないくらい素晴らしい戦闘機だった。スピットファイアなんて問題にならない。すぐれた機体だった、それも比較を絶して」
誰よりもスピットファイアを愛して、その能力もあった Winkie Brownが、そう話している。

アメリカ人たちがレシプロ巨人爆撃機を東京まで往復飛行させるために、3500人弱の戦死者をだしながら日本の軍部が自他ともに認めて、天皇にまで絶対の自信をもって不落を奏上した「日本の最終要塞」サイパン島を陥落させた頃、ペーネミュンデでは、火星に人間を運ぶためのロケットを研究していたフォン・ブラウンたちが、ヒットラーの要求にこたえて作った
最大速度5800km/hのミサイルV2が連合軍のたび重なる妨害、爆撃による破壊にも関わらず実用化に成功していた。
いまの軍事技術でも補足破壊が困難な移動発射台から1トンのアマトール(TNTと硝酸アンモニウムの混合)弾頭を持つミサイルを、成層圏に上げて、飛行させ、着弾においては、すべてが破壊されたあとに、飛翔音と爆発音が聞こえるという、当時の人間の知覚を超えたV2がロンドンを襲い始めるのは、だいたい3ヶ月後のことです。

日本は、一般に信じられているのとは異なって、当時の世界では技術力が高い国だったが、それでもUボートによって送られてきたダイムラーベンツの航空機用液冷エンジンをコピーすることができなかった。
部品精度や材料工学だけの問題ではなかったようです。

ドイツの技術の特徴は、世界の技術文明全体の基礎技術のレベルからくる制約を部品点数を多くすることによって回避して、複雑怪奇、という陳腐語で表現したくなるような技術系を、通常では信じられないような集中力をもった工業技術で力づくで動かしてしまうところにある。

日本の人に身近な知識として普及しているものでいうと戦車は判りやすい典型で、タイガーIとII パンテルのようなT34と同世代の戦車は、いずれも設計図をみていて頭痛がしてくるような複雑さです。

このほとんど、技術的な必要性の由来を知らなければ無意味におもえる複雑さは、いまでもドイツ工業文明の特徴をなしている。
はやい話がメルセデスベンツのもともとのインターフェースである「やたらといっぱいボタンとスイッチがあるダッシュボード」は、ドイツ人の技術の顔を垣間見せている。

ヒトラーの最大のマヌケさは、科学的無知から、「アーリア人種」という、その辺のパブでたむろしてビールの泡をひげにくっつけたまま政治に非をならして愚痴るおっさんたちが信じるていどのことを、一国の指導者として政治理念として持って、ユダヤ人を追い出してしまったことで、
いまではよく知られているように、一方では、追い出され損ねたユダヤ人たちを強制収容所で大量に「効率的に」虐殺していた。

仮にユダヤ人を追放していなかったら、という仮定の言説は、歴史に仮定なし、ということが判っていてもやめられないというか、だって、誰だって考えてみたくなりますよ、というか、排外主義に嫌気がさしてドイツを捨ててアメリカへ向かった科学者たちを別にしてさえも、ただユダヤ人科学者たちだけでも、ヒトラーは1942年には実用戦闘機としてのMe262同等の戦闘機を、1945年には原爆を手にしていたはずである。
ナチというブラックドラゴンは世界全体を翼のかげにいれて、ドイツの強烈さに便乗して同盟国としてぶいぶい言わせるつもりだった日本も、とっくのむかしに破滅させられていたに違いない。

全体主義の効率のよさは、ナチをみればあきらかで、「全体のために個の力を最大限にひきだす」というやりかたは、「個のために全体を運営するやりかた」よりも、社会全体にとってははるかにすぐれている。
シンガポールや中国のすさまじい経済躍進をみれば簡単に理解されるとおり、個々の人間の生産性がおなじなら、全体主義社会が生産性において勝利するのは、アテネとスパルタのむかしからよく知られている事実です。

アルベルトシュペーア程度のマネジメント能力があれば、おもに官僚の怠惰を粉砕しうるという全体主義社会の利点に拠って、社会の生産性は爆発的に増大する。

プラザ合意の頃の日本の週刊誌記事を読むと、当時のフランス首相、エディットクレソン(Édith Cresson)への憤懣、非難、国民をあげての怒りの言葉が並んでいる。
「日本人は蟻だ、なんど殺してもあらわれる蟻」と述べたというので日本ではよく知られている人です。

フランス人の側からみると、「日本人は、どうして文明の繁栄の段階に達しても「個人の幸福」の側から社会をみるということができないのか。
それでは、なんのために社会の繁栄は存在するのか」という苛立ちがある。
オカネモチになるのは、個人の幸福のためなんじゃないの?
という単純な疑問です。

それに対して、なんだか慇懃無礼な仮面に似た笑いを浮かべて応えもしない日本大使に対して、いらだちと、なぜわからないのか、という訳のわからなさからでた怒りの言葉が
「日本人は、なんどたたきつぶしても這い出てくる蟻だ」という言葉になっったものだとおもわれる。
「人間同士としての理解の共通の基盤がない」と感じたのでしょう。

この人は、もともと「政治的失言」が多いひとで、たとえば常日頃大嫌いだと公言していた連合王国人について滅茶苦茶な発言がたくさんある人だが、イギリスでは日本の人のように国を挙げて怒りを表明するかわりに、爆笑して面白がったり、「ほんとじゃん」と述べて、自虐の歓びに耽溺したりしていたもののよーでした。
この大陸の女首相の「人間味」を愛する人が多かった。
おおまかに述べて、イギリス人に対する派手な悪口雑言に関わらず、というよりも、それゆえに、イギリスでは人気がある外国政治家だった。

アベノミクスという、みるからにコピーライターがおもいつきそうな、ケーハクな言語で、個人の資産を国家が直截運営可能な財政に供出させ、国際市場の賭場にもっていって、チップにかえて、通貨の減価による景気の浮揚にすべてのチップをつみあげる、というおもいきった全体主義的経済政策は、新しい産業(例:イメージング、医療テクノロジー)の育成といういわば地道な努力はまるで無視して、「産業がなくても経済は繁栄する」という、まるで頭のわるいカネモチのどら息子なみの考えで、ぼく自身は、まったく成功するとおもわないが、それは別にして、「先進国」の施策としては、珍しい全体主義経済政策をいまの日本はとっている。

ヒットラーに安倍晋三をなぞらえるのはただの悪趣味で同意できないが、仮に共通点をあげるとすれば「おもいきった全体主義経済政策をとった指導者」という点であるようにおもいます。

もう少しパースペクティブを、距離をとったところからとって、
では全体主義的経済政策が仮に成功すると、どういう社会があらわれうるのか、そもそも「全体主義」、という、その「全体」でありうる国家は、国権主義的な枠組みでありうるのか、その茫漠とした「全体」は社会というものですらありえなくて、戦前戦中の「国体」という実体を誰にも言い表せなかったオバケと似たものなのではないか、というようなことを、この次の記事では説明したい。

なんで、こんなことやってるのかわからないけど。

(「日本のことをおもってくれて」と言ってくれる人がたくさんいるが、それは、そんなことはなくて、「ヒマだから」ではなかろーか)

(ヒマジン、ノー紀文、といってヒマなときは「まるう」か「鈴廣」のかまぼこに限るという)

でわ

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One Response to 記憶のなかの未来_2

  1. 晩秋 says:

    ドイツからDB601を送ってもらったころの日本は、もうみんな空腹がすぎたのではなかろうか。

    祖父曰く「支給される軍服の質がずんずん下がり、最後のへんは紙のような布であったぞ」あはは、とよく笑っている。

    勝てるわけねーべ、と大坂や京の都出身者は「ださいからやだ」とゲートルを巻かずにいたので、標準語を話す上官は薩長軍人であるので大層怒っていたそうな。

    あーあ、やだやだ。でも従わないと殺される。という国ですな、ずっと。

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