ふーふ

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モニと会えたことが自分の一生でいままでに起きた、いちばんよいことだった。

ブログを読んでいる人は気がついているようだが、ぼくは、他人に較べてたいへんに恵まれた一生を送ってきた。
自分であっさり言ってしまうのも、ひどいが、オカネモチなのは、ときどき誤解する人がいるように家の財産をついだというわけでなくて、自分で、発明という、ニセガイジンよりますますリアリティがない方法で出来た初めのオカネの塊を投資して、やってみると、この投資というのは難しげなことを述べる人がたくさんいるわりには簡単な仕事で、ほとんど働かずに、なんだか気味がわるいほどふえた。

では発明というスタートがなかったり、投資という二段目がなければオカネがなかったかというと、ぜんぜん、そんなことはなくて、ただ親や親族と相談して、遊んでくらすオカネの源泉を指定してもらえばよかっただけでしょう。
嫉妬する人や怒る人がいくらもいて、またはてなとかでいろいろ、ありもしないことを書かれるが、しかし、書いているほうは、ほんとうのことなので、
例えばおもしろい文章という観点からいえば、日本人で、貧しい境涯で、伴侶もなく暮らしている「設定」のほうがいくらでもおもしろい文章が書けるのはあたりまえだが、そんなめんどくさいことをやる気はしない。

いつかモニに、どうして結婚してもいいとおもいましたか?と聞いたら、
どこかに書いたのをおぼえているが、ある日、ぼくがレストランで、酔っ払って、テーブルのうえに立ち上がって、「きみたち、ききたまえ、ぼくはこの美しい人が好きなんだ」と演説したのをみて、
「この人はほんとうに頭がおかしいんだ。なんて素敵なんだろう」とおもったからだという。

それからは、いつも一緒で、モニの誕生日は春だが、いつか軽井沢で誕生日を迎えたときに、田舎の小さな町のことで、いくところもないので、ホテルのレストランに行った。
ところが、雪が降りはじめて、「ガメが暖かい季節ばかり選んで移動するから、雪がみられない」と述べて不満だったモニに神様がプレゼントしてくれたように、雪が降って、どんどん降り積もって、軽井沢はもともと雪はあまり降らないところなのに、季節外れの春の雪で、
あっというまに真っ白な世界に変わってしまった。
そのときのモニの、神に感謝するとでもいうような幸福な表情が忘れられない。

ふたりで世界一周チケットを買って、長い新婚旅行のかわりで、のんびり一年をかけて世界をまわった。
日本にいて、オーストラリアとニュージーランドへ行って、ロサンジェルスやサンフランシスコに出かけて、ニューヨークに戻って、ロンドンにしばらくいて、バルセロナ、フロレンス、イスタンブルと回って遊んだ、その頃のことは、このブログ記事のずっと前のほうに出てきます。

モニはとてもマジメな人で、美的感覚にすぐれていて、絵を描いて、デザインをして、本ばかり読んでいる。
友達がディプレッションになると、鬱病の本を山のように買ってきて、懸命に勉強する。
話したいことがたくさんあるからガメも読め、と述べて、夫であるぼくにも、たいへんな量の本を読むことを強要する。

このブログに出てくるアスペルガー人というような考えは、モニがやはりアスペルガー的な友達ができて、勉強したことの影響です。

大陸の、屈指の富裕な家に生まれて、ニューヨークで育ったモニは、意外、というと、怒るに決まっているが、投資や人間を差配する才能に恵まれていて、ぼくを驚かせた。
驚いた、といったら、考えてみると当たり前だが、とても怒られたので、こういうことを書くべきではないが、でも、驚いてしまったのはしかたがなくて、株式というものにまったく興味がなかったぼくが、自分の投資機関とは別のところで株も所有するようになったのはモニから学んでのことです。

ぼくは、もともとひとりでいることが好きな人間で、柴戸を閉めて、裏庭の石に腰掛けて、英語やラテン語の、あるいは最近では日本語の、本ばかり読んでいるという勢いのおもむくところ、ひとりで生きて、ひとりで死ぬものだと思い込んでいた。

その頃は、そう思ってはいなかったがウイークエンドに女のひとびとに会うのは、他の人間の肉体に触れて、あたたかみを感じたまま眠って朝を迎えたかっただけのことで、他人からの愛情も、友情も、たいして求めているわけではなかった。

ひとりでいるということが絶対的に好きで、予定ではまったくなかったのにロンドンのチケットセンターに、ふらりと入っていって、メキシコまでの切符を買って、漠然とした予定は一週間だったのに、気に入って、一ヶ月いてしまう、というような暮らしが好きだった。

ラスベガスが好きなのも、生来ブラックジャックという賭博が好きなこととは別に、あの見渡すかぎりの赤い砂漠が好きなのだ、ということもあるのだと思う。

モニと会って、ぼくの生活、というよりも一生に対する考えは根底から変わってしまった。
モニがもたらしたものは、多分、「善」で、ごく自然にどんな人にも親切で、相手の不幸な境遇のために泣いて、出来るだけのことはして、どういえばいいか、ぼくなどは生まれてからイギリス人の耐えがたい習癖である人間の世界への皮肉な気持ちと、冷笑的な気分をどうしても捨てられないのに、モニは、まっすぐに見つめる目で、他人の不幸を悲しみ、共に苦しみ、一緒に悩もうとする。

むかしは、フランス人たちの冷たさをなぜそうなのかとよく憤慨したが、自分がフランスの人と結婚してみると、イギリスの人間とは異なって、他人に対する同情が無際限で、ああ、だから「相手にできないものは相手にしない」なのだなと考えるようになった。
冷淡な人間しか、ほんとうには世界を愛せないというのは、真実なのです。

ひとりでいることが無上の楽しみだったはずのぼくは、いつのまにか、ありとあらゆることについてモニと話し合うことになった。
ふたつの魂を共有するというか、この感覚は、不思議なもので、「議論」というよりも、もっと近しいものです。

いちど、従兄弟と日本の「AV」を観たことがあるが、あんなのはおかしいと思う。
両方観てみたぼくが言うのだから間違いはないが(^^)、英語世界のポルノでは女の人が微笑んでいるでしょう?

日本のAVでは、男が女を虐げて、女のひとは自分の肉体が内側からかきむしられているとでも言うような、ヒーヒーと言う声で、あまつさえ「ゆるして」と述べたりして、失礼にも、ぼくと従兄弟は爆笑してしまった。

貧しいセックスで、あんなことを現実の世界では、まさか、やっていないと思う(←日本人のガールフレンドと付き合ったことがないのでわからない)が、ファンタジーにしても、ごみんx2でも、日本のひとの、相変わらず、問わず語らずに女の人が対等な人間ではない男女観をあらわしている。

ぼくはモニと人間同士として一緒に歩いていけることを幸福なことだと感じます。
トミーガンを肩にかけて、ノルマンディーの、垣根が多い耕作地を歩くふたりの兵士のように、モニとぼくは肩を並べて歩いている。
「ガメ、ダイジョブか? この沼沢を渡っていけるか?」とモニが手を差し伸べてくれる。

たいてい朝、あるいは午後、肉体がひとつになって、潜り込んで、身体が消滅してしまうような、熔けて、ひとつになって狂気にはいっていくような、熱狂をすごして、
いえーい!になって、美しいモニの寝顔をみていると、
どんなに難しげなことを述べても、人間の一生は、結局、自分がおもいもかけず愛するようになった人と「人生」という奇妙な名前がついた大通りを渡っていくだけのことだと思う。

モニは、あんなにマジメな人なのに、ぼくは、ものごとをちゃんと考えられない人間で、「やってみなければわからん」「考えてるよりコンジョなんじゃね」ばかりで、モニの視点からみると、こんなのとよく一緒に生活してるとおもうが、きっと、人間としてバカタレなのがわかっていても、モニは、仲間だとおもってくれているのではなかろーかと期待する。
手を固くつないで、

通りの向こう側にたどり着くまで

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4 Responses to ふーふ

  1. mrkyk says:

    美しい、と思う。
    一見かけ離れたものの、その海の奥に、ちゃっかり鎮座している本性が、随分遠くに感じられるように思えても実はおなじ星で産まれた、ということを見つけられるという人間はたまらなく幸福な存在なのだと考えてしまいました。
    僕にはまだ、さっぱりわからないことなのだろうけど、いいなあ、と憧れます。
    お金に道徳を喰い殺されることのなかった、暖かい知性の持ち主であるお二人は、素敵だ。

  2. Martes says:

    お互い信頼して愛しあっている夫婦ばかりならこの地上から争いはなくなるかと。週末に美しい文章ありがとうございました。私は独身なのでこのまま独身かも。。と思う時もあるけど、このような文章読む なんだかと希望が持てます。

  3. Shun says:

    「どんなに難しげなことを述べても、人間の一生は、結局、自分がおもいもかけず愛するようになった人と「人生」という奇妙な名前がついた大通りを渡っていくだけのことだと思う。」

    「おもいもかけず愛するようになった人」この言葉にいきなり心臓をつかまれて、瞬時に顔がくちゃっとなって涙が流れました。
    どういったらいいか…

    私もその言葉の指すことを感じていて、私は不思議で、たまに、というか、よく、独り心の中で眺めては、たくさんの声でいっぱいになったところをやっぱり言葉を失ってただ見つめてしまいます、書いてくださってありがとう、と思いつつ、本当はもう少し違う何かを、或いは何かも、言いたいような感じがしているのだけれど、それは言葉の形になってくれないので…… 、このことを書いてくださってありがとうございました。

  4. freebody says:

    ガメさんの文章も素敵だと思いますが、コメントを残される皆さんの言葉も素敵なのが興味津々で面白いです。皆さん美しい人でいらっしゃるんだろうな、と想像、いや確信します。

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