ガダルカナル、自衛のための専守攻撃という思想

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太平洋戦争で日本軍が行った「最もバカみたいな作戦」はガダルカナル島の攻防戦だった。
当時の軍人の常識でも補給終末点の先にあった島を、なぜ守らなければならないという理屈を立てたかというと、海軍には「他にすることがなかったから」です。

真珠湾攻撃のあと、シンガポールも落ちて、1942年3月9日に蘭印軍が降伏してしまうと、日本は、ほんとうは全然勝てるとおもっていなかった第一段階の戦略が予想外の大勝に終わったので、MO作戦(ポートモレスビーの攻略)、FS作戦(ニューカレドニア、フィジー、サモアの攻略)、MI作戦(ミッドウェー島の攻略)を立てた。
ほんとうに考えていることを書くと、当時の軍人の頭でもホラっぽくなってしまうのでオーストラリアを占領するという意図は述べずに、「アメリカとオーストラリアを分断する」作戦意図だということにした。

戦争が終わったあとになってアメリカ人たちが知ってぶっくらこいてしまった事実のひとつは、日本の陸軍は海軍がミッドウェーで大負けに負けたことを戦争が終わるまで知らなかったことで、東条英機が証言するまで、世の中にそんなバカなことがあるだろうかと訝しんだ。
作戦直前にミッドウェーでボロ負けした海軍は
MIもMOもFSも中止しますが、ミッドウェーの大敗には口を拭って、いまとなっては意味のないガダルカナル島の攻略を主張する。
あんまり乗り気でなかった陸軍もミッドウェーに行くはずだった一木支隊があまっていたので同意する。

なぜガダルカナル島に目を付けたかというと、そこに飛行場をつくればアメリカとオーストラリアの連絡を遮断できるという理由だった。

そうして日本の軍令部としては、このガダルカナル島は「日本を防衛する」国防圏の先端という位置づけだった。

日本という国が発狂するきっかけになったのは日露戦争で勝ったことだというのは、前にも書いた。
伊藤博文首相に「自分も一兵卒となって戦線に行く」と悲愴な決意をさせた日露戦争は、なによりも「ツシマの海戦」、日本側の呼称を採用すれば「日本海海戦」によって、諸事考えの浅いニコライ2世のやる気を失わせて矛を収めさせた。
陸上でもロシアの防衛思想に従って、常に後退を繰り返していたからです。

この日露戦争での勝利を件のトーダイおじさんたちのひとりは、「まるで誰も東大に合格したことがなかった高校から東大の理科3類に合格して、狂喜のあまり頭がヘンになった田舎学生のようなものだった」と評したので笑ってしまったが、日本は絶対に勝てるはずのない戦争に勝って、国ごと軍隊万歳な、おかしな国になってしまった。
夏目漱石が戦勝の3年後に、驕り昂ぶって、一流国、一流国と口々に言い合い始めた日本の世情を観て、ごく精確に日本の破滅を預言してから、37年後に、日本はほんとうに破滅して、ただの瓦礫の山になる。

https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/02/16/soseki/

ところで、特筆大書しなければならないのは、日露戦争が本質的に「祖国防衛戦争」であったことで、ロシア人たちと話してみると、ロシア側では「日本の侵略に対する防衛戦争」ということになっているが、普通の人間が普通に眺めて、この戦争は南下してくるグリズリーを日本という小柄な少年が爪先立ちで必死に戦って、まるで奇跡のように、グリズリーに嫌気がさして、くるりと背中を向けて、また北に帰っていった、というのが印象でしょう。

日本軍は日露戦争以降、戦争と言えば日露戦争のイメージで「会戦して日本列島を防衛する」イメージしか持たなかった。
次におおきな要素は第一次世界大戦に、戦勝の場合に分け前をもらいたいという理由で、申し訳程度の参加しかしなかったことで、近代戦を学習する機会を持っておらず、いわば長篠の戦いを知らなかった僻地の戦国大名のようなもので、武官の観戦報告と書物から得た情報を元にした空想的観念的な近代戦へのイメージを持っているだけでした。

グリズリーが引き揚げていった結果、軍事空白地だった満州を傀儡化すると、日本は「満州で死んだ十万の英霊」を金科玉条に、「大日本帝国」の防衛に入る。
戦争前の日本という国の特徴は、国ごと経済音痴であったことで、「満州なんて経営しても、維持費がかさむだけで、ぜんぜん儲からないんじゃないの?」という当然の疑問をもったのは石橋湛山ただひとりで、実際、ひどい赤字の垂れ流しに終始することになる、この杜撰な植民地経営を疑問に思う人はほとんどいなかったのが、やがて日本の命とりになっていきます。

余計なことを書くと、この満州国の経営の中心にいたのが安倍晋三首相の祖父である岸信介で、この人のキャリアの初めは国務院の官僚トップとして「満州産業開発五カ年計画」を立てて国家社会主義経済政策を推し進めたことでした。
安倍晋三首相がコピーしたいとおおっぴらに述べている「祖父の夢」をアメリカが一貫して危険視しているのは、当たり前と言えば当たり前で、なにしろ教科書的な国家社会主義者の思想を受け継いでいると公言しているので、価値観が相容れないどころではなくて、アメリカ人たちの目からみると、中国政府となんら本質的に変わらない政府に、日本の政府は変容してしまった。

軍事の常識として防衛するためには主要兵器の航続距離を考えて、敵の攻勢起点をたたくところに基地を建設する。
なんとなくアホっぽいと素人は考えるが、この防衛の要である基地を防衛するために、また航続距離から勘案して、またこれを守る基地を建設する、もともと防衛用のショートレンジのデザインの兵器しか持たなかった日本軍にとって、主要兵器は零式戦闘機で、熟練したパイロットが乗ると、1000キロ飛んで帰って来られるのが判っていたので、補給線の終末点であるラバウルから1000キロのガダルカナルに最前線としての飛行場を建設した。

計算違いが起こって、アメリカ軍は、このガダルカナルに大攻勢をかけてきます。
飛行場をとられてしまう。

ここで世界地図を見てみると、なんだか溜息が出るというか、ガダルカナルは日本列島からみると地の果てというか、バカバカしくなるほど遠い島で、しかし、日本人たちの意識としてはガダルカナル島は「防衛戦」だった。

この防衛戦の悲惨さは、例えば、なにしろぎりぎりの飛行距離なので十分足らずの空戦時間しか許されなかった零戦のパイロットたちや、制空権がない海上を、日露戦争以来、骨の髄まで染みついた防衛思想で出来ていたために長距離補給のデザインがなかった輸送船団の代わりにロープで数珠つなぎにしたドラム缶を引っ張って全速力で航行しなければならなかった駆逐艦隊、食べ物がなくなって、次々に餓死する兵士達、それぞれの生き残った若者が戦争後に書いたものを読むと、胸に迫るというか、典型的な硬直した官僚組織である軍隊というものがデザインのない作戦を急造すると、ここまでひどいことになるのか、という地獄絵図で、やがて兵隊たちは風の噂にガダルカナルの評判を聞いて、この戦場に運ばれることを極度に嫌がるようになり、あとでは餓島という、あんまり趣味のよくない綽名をつくることになる。

大井篤は戦時中海上護衛隊総司令部に参謀として勤務した経験から、本を書いて、その結果、日本軍の補給への概念のひどさは日本の人のあいだでの常識になったが、ここでもうひとつチョー余計なことを書くと、日本人は豊臣秀吉の兵站を受け持った石田三成の昔から短距離の補給は上手で、遠征地の軍隊を構成したり、補給をするのは得意だった。

それが太平洋戦争では、まるで違う軍隊のように補給が下手になるのは、アングロサクソンの国というのは戦争を始めると、まず相手の情報を盗もうとする、ということを知らなかったからでしょう。
さすがに平文では、沈没の直前くらいしが打電しなかったが、日本の輸送船団はおしゃべりな船団で、アメリカ側は、何時にどこを航行しているか暗号を逐一解読して全部知っていた。
輸送船は送れば送るだけ海の底に沈んだ。

ではなぜ日本側は手を打たなかったかというと理由がふたつあって、まず軍紀が荒廃していた日本軍は人間の命を軽視するのが習慣になっていた。
いちど、日本人が、いまに語り継がれるくらい善政を敷いていた南洋諸島で、なぜ地元のポリネシア人やミクロネシア人が、嫌いだったはずの尊大なオーストラリア人のほうに味方して、日本軍の行動を報告したり、はては隙があると襲いかかって命を奪ったかを不思議におもって調べる、はオーバーだが何冊か本を読んでみたことがある。

すると日本の人のやりかたはすごくて、飛行場を建設するときに、まずそこにいる住民を全部殺してしまう例まである。
書かれた記録が比較的によく残っている、被害にあった中国側では有名な三竃島などは、3000人近い住民を全部殺してしまって、後で上陸した海軍将校たちは屍臭がひどすぎて閉口したという。

南洋で兵卒だった水木しげるの漫画や自伝でも、兵隊の食事は地元の部落の人間の食べ物を盗むのが常識で、避難が遅れた若い女の人はみなで強姦するのがあたりまえ、また他の人の従軍記を読むと綺麗な女の人がいると、下士官からとりあげて自分の持ち物にしてしまう将校があって、それを怨んだ下士官に生命を狙われたりしていて、盗賊団よりひどい、というか、ニュージーランドにはたくさんいる海洋人たちには、いまだに日本人を憎む人が多いのは、そーゆーことなのか、と納得したりした。

知らない外国人たちに対してとった態度は仲間同士でもやっていただろう、というのは当然の想像力で、日本の軍隊は小銃よりも兵隊のほうが原価が安いという理屈で、弾薬以下の扱いだった。
兵隊ひとり一銭五厘という理屈も戯れ言ではなくて、マジメにそう考えている人が多かったようです。

五ヶ月の戦闘で、海軍は13万483トン、24隻の艦艇を失う。
戦死8200、ほとんどが餓え死にの「戦病死」11000人。
大日本帝国の戦争遂行能力の維持の上で最もおおきかった損失として、ガダルカナルの攻防戦で、893機の飛行機が撃墜されて、2362人のベテランを中心にした搭乗員が戦死する。

ミッドウェー海戦で、日本の搭乗員が壊滅したように言うのはミッドウェーの戦い
https://gamayauber1001.wordpress.com/2008/09/08/midway/

が大好きなアメリカ人たちが、なるべく話をドラマティックにしようとするハリウッド的な広報の一環であると言えなくもなくて、数をみればわかるとおり、現実には日本は、このガダルカナルでパイロットをほとんどすべて失ってしまい、この後はインメルマンターンどころか、まっすぐに飛ぶのがやっとのパイロットばかりで、離陸はできるが着陸は危ないとか、空母に着艦するなどというのは夢のまた夢で、めんどくさいから離陸だけさせて、あとは爆弾をあてる技倆もないだろうから、そのまま相手の軍艦に突っ込ませちゃえば、というので、カミカゼ特攻という、チョーくだらない、というよりも気分が悪くなるような「作戦」を思いつく。
子供に爆弾をもたせてアメリカ軍の捜索小隊に突っ込ませるというようなことをアラブ人たちはやっているが、要するに同じことを、しかも大規模にやっていた。
日本の社会の習慣で言葉で美化することもちゃんと忘れてはいなくて、「故国のために犠牲になることを志願した美しい魂の若者たち」ということになっているが、この「志願」の現実は、よく英語のドキュメンタリーには出てきて、特攻の志願を希望するかどうか三つの選択肢があって、
「希望する」「強く希望する」「熱烈に希望する」だったという、ぜんぜん笑えない笑い話のようなことをやっていたようです。

ガダルカナルには成田からニュージーランドに飛ぶ飛行機を誘導するためのビーコンがある。
晴れた日の午後に飛ぶときにはガダルカナル島の特徴がある形がよく見えます。
文庫にもなっているはずのJAL機長がパイロット生活について書いた本には、自分がただいちどだけ観た幽霊の話として、ガダルカナル島の上空を飛んだときに、当然床があるので見えるはずのない光の玉が島から飛行機に向かって一直線に上昇してくるのが「見えた」という。
次の瞬間、機長と副機長が観たものはコックピットに現れて敬礼するボロボロの軍服を着た痩せさらばえた日本兵だったそうでした。

一本の滑走路の争奪戦だったガダルカナル島の戦いには、しかし、皮肉なことに上空には日の丸をつけた飛行機はほとんど現れなかった。
歩兵というものは、どんな国の軍隊でも「友軍機」の姿をみることが、辛い戦闘と戦闘のあいだのいちばんの慰めなので、このJAL機めがけて垂直にのぼってきた若い兵士も、毎日空をみあげながら、一機でもいいから日の丸をつけた飛行機が来ないかなー、と考えながら息をひきとったのでしょう。

1942年8月7日に始まったガダルカナル戦は、1942年12月31日に、どうも様子がおかしいと気づきはじめた昭和天皇が出席した御前会議において、撤収を決定する。

『ソロモン群島のガダルカナル島に作戦中の部隊は昨年八月以降、引き続き上陸せる優勢なる敵軍を同島の一角に圧迫し、激戦激闘克く敵戦力を撃摧しつつありしが、 その目的を達成せるにより二月上旬同島を撤し、他に転進せしめられたり』

達成された「その目的」というのは祖国の自衛の戦いのために若者が死ぬ、ということでしょう。
とても日本的な文面であるとおもいます。

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One Response to ガダルカナル、自衛のための専守攻撃という思想

  1. 星野 泰弘 says:

    ここに書かれているような鳥の目は、たぶん、戦時中の日本人の誰一人も知りえなかった情報だろう。
    今の日本もそうだが、どこに蛇が潜んでいるか、鬼が隠れているか分からない、疑心暗鬼のような状況だ。
    それが流言飛語なのか、何なのか、確認することもできなかった人々に
    現代の物差しを当てて裁くのは…。

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