日本語メモ1

考えてみると、最後に日本に行ってから5年経っているので、もう日本のことがちゃんと思い出せなくなっている。
細部などはみな消去されてしまっていて、ときどきツイッタで紹介されている画像をみると、空が綾取りの糸のようにたくさんある電線に幾十にも分断されていて、こんなにすごかったのか、と感心する。

もっとも1999年に、5年間日本に行かなかったあとで、日本に行ってみたら、歩いている人がびっくりするほど小さくて(←チョー失礼)、頭のなかではもっと背が高いひとたちの国だったので、日本という国全体が縮んでしまったような、不思議な気持ちになったことがあった。
いま書いていて初めて気がついたが、あれはきっと子供のときの記憶が自分の意識からは見えないところで作用して、視点の高さかなにかで、日本人はアジア人のなかでは背が高い人たちなのだと思いこんでいたのだと思う。

日本との関わりは、ほぼ純粋に「日本語」だけになってしまった。

日本語が母語の義理叔父や従兄弟とも、ふだんは英語で、ときどき日本語を混ぜてふざけて話すが、義理叔父が酔っ払ってスカイプで日本語で話しかけてくるとき以外は日本語を話し言葉として使うことはない。
ヒマさえあればブログやツイッタで年中メンテナンスをするが、口語と話し言葉は異なるのは当たり前で、どうも、いろいろなことを言いやすくするために工夫した大庭亀夫式日本語が、ますます特殊になって、話者がひとりしかいない日本語から分岐したガメ語みたいになっているのではないかしら、とおもうことがある。

日本語のおもしろさは、未完成な言語の面白さで、たとえば20歳の人間の言葉で話すと、この世界のさまざまなことについて、うまく話せない。
誇張した言い方をすると、深刻な事柄については20歳の日本人は言語表現的に遮断されていて、たとえば鈍感な若者は「青春の悩み」と言えても、肝腎の言語に鋭敏な感覚を持つ若者は「青春の悩み」という陳腐な言い方で、自分が表現したい深刻な感情を表現できないのは判りきっているので、そこにきて、自分には自分の最深部にある切羽詰まった感情を表現する言語がないことに気がつく。
20歳の人間がもたされているのは「役割語」で、典型が、あの薄気味の悪い「ぶりっ子」語だろう。
日本の社会では、若い女の人は、ほとんどの場合、性的興味の対象以外としては居場所がないので、めんどくさくなってしまえば、おっさんたちや、若い男の目のなかの自分を想像して、その役割を演じてしまう以外には楽ちんに暮らす方法がない。

ちょっと気を落ち着けて考えてみれば判るが、日本語では若い女の人の言葉では、多分、世界の3割も表現できなさそうであるとおもう。
ツイッタで、そのことを述べてみたら、女のひとびとから、
「女の子は、頭のなかで考えているときには女言葉を使っていない」と言われて、ぬわるほど、と考えた。
長年の疑問が解決されてしまった。
あの、表現がむやみやたらと制限された言語で、考えているのに、日本の女の人がたいていは社会の標準よりも高い認識力を示せるのは、思考において女の言葉を使っていないからなのでした。

明治時代にも、日本人は日本語の喪失によって、認識の世界で路頭に迷った人の集団のように蒼惶となって放浪した。

北村透谷の評価が低いのは、ちゃんとした言語感覚があれば判るが、言葉の意味や含まれている情緒がいちいち現代日本語からずれているからです。
言語的な天才であったらしい二葉亭四迷や、もともと詩人であったせいで、返って「散文」を意識して観察を精確に描こうと志した島崎藤村が日本語を建設して、
まだ江戸言葉だった下町の出身で、中国の人がぶったまげるような漢文を書く能力をもち、英文学者でロンドンにも滞在する、という経歴をもつ夏目漱石が日本語の規範をつくった。
知っている人には説明されるのも鬱陶しいとおもうが、この人は「木曜会」というものを持っていて、寺田寅彦、芥川龍之介や内田百閒、野上弥生子のような「日本語表現の名手」は、みな木曜会のひとびとだった。
もうひとつ教科書的な事実を述べれば、森鴎外という当時のエリート軍人が、「翻訳調」の日本語のドアを開いた。
二葉亭四迷は天才すぎて、翻訳が翻訳にならずに日本語になってしまったが、森鴎外の便利な話し方は、文体が途方もなくかけ離れていても、意外や、大江健三郎の話し方に直結しているように見えます。

日本語には言語としての癖があって、表現できない部分をカタカナによって緩衝してしまう。
カタカナ外来語が、それが由来した言語に翻訳しもどすことが不可能なのは、もともと意味できなかったことを漠然とした類似や誤解でカタカナにして置き換えているからで、例えばナイーブでスマートな青年という、観念ではなくて具体的なものごとの描写であるはずの、戦前からありそうな日本語でも、よく考えてみると、なにも意味していない。
日本語の「曖昧さ」とは言語として恣意的に曖昧にもっていける能力もなくはないが、どちらかというと、もともと日本語では表現できない部分からきているのだという気がします。

ずっと前に麻生太郎という政治家が「ナチの手口で」と述べたことがもれてニュースになっていたが、この老人が意味しようとした内容もニュースになるくらいの非常識を含んでいるが、関心を惹いたのは「手口」という言葉の使い方のほうで、「犯行の手口」とは言えても「自分達の政治の手口」とは本来言えない。悪事であると話者が考えていることのみに使える単語のはずで、文脈として、表現が指示したい事柄の内容からずれてしまっている。
一般に安倍政権の閣僚たちの発言は、同じような日本語の誤用が多いのが特徴で、正しく表現されていないのは、不正確な言葉で考えているからだとしか結論のしようがない。
ちょうど日本人で英語を学習した人が、英語で考えて話せるようになっても、「難しい」、つまり表現と語彙が欠落した部分に思考がいきあたると、慌てて母語の日本語に逃げ戻って、日本語で考えてみなければならなくなるのと一緒で、誤表現に満ちた語彙は曖昧で誤った思考しか導かない。
やたらと計算間違いを連発したあげく、月に行くはずが成層圏から地上に落っこちてきてしまった高校生の物理の答案のようなものです。

日本語の外側に立って日本語を観察すると、日本語で表現できる事象は年々範囲がせばまっている。
第一の理由はここまで日本の文明を支えてきた「翻訳文化」で、英語を使って、インターネット以前の、目分量でいうことではないが感覚的にいえば、50倍くらいにはなっている情報量を翻訳という細いパイプでは日本の外の世界から日本語の壁の内側へ運びこめなくなっている。

もうひとつ翻訳は作業の性格が本来「不可能作業」で、もともとは出来ないと判りきっていることを、なるべく目的にかなうように、これも数字を使って表現すれば10%を70%にするように翻訳者が自分の言語的な運動神経を動員して努力しているだけであるとおもう。
言語が本来、他の言語に置き換えられることを拒絶している存在であることは、たとえば小説ならば、誠実な逐語訳につとめればつとめるほど、もとの文章から遠のいてゆく、という有名な翻訳の性質を考えてみればわかりやすい。

翻訳の不可能作業性から来る問題以前に、そもそも英語そのものを理解するのが(多分、文化と言語のおおきな隔たりのせいで)たいへん難しいらしいのは、日本の英語の「専門家」たちが安倍首相の靖国参拝に失望してだしたアメリカ大使館のステートメントに対してみせた、バカバカしいといしか言いようがない反応をみれば判る。英語が母語で日本語が理解できる人間は、当の日本の人たちが想像するよりも遙かに多い数なので、フォーラムを覘いてみたら、ひとしきり日本の「英語専門家」のバカっぷりを楽しんでいたようだったが、日本の文明のことを考えれば、日本の人たちのほうは、そうそう笑っていていいようにも思えません。

翻訳は、本来、ラテン語ならラテン語を母体にして、教養を得ることができなかった階級の人々のために、近縁な欧州語間で言語を変換するために作られた技術で、たとえばフランス語から英語に翻訳するにも、照応する定石が無数に存在して、翻訳で読んでいるほうも実は原語でも十分読める読者が多いので誤解が少ないという事情がある。
それ以外の遠大な文化距離をまたいだ翻訳はArthur Waleyのような度外れた言語的な天才を別にすれば、主に軍事的な理由で開発された技術で、二葉亭四迷のロシア語やドナルド・キーンの日本語は、このカテゴリに属している。

どんな解決があるだろうか?

ひとつには「インド的解決」がある。
最近のボリウッド映画をみていると、30年前のインド映画とはおおきな変化があって、特に選良層でなくても家庭内ですら英語で話しているのに気がつく。
このブログで書いたEnglish Vinglishの主人公は家庭内で、たったひとり英語が話せないことによって疎外された主婦が主人公の美しい物語だが、

https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/08/04/english-janglish/

言語そのものの役割を私的言語→家庭内言語→英語で表現できない自分の些末な感情を表すために挿入的に使う言語、と縮小させて段階的に日本語から英語にシフトさせてゆく方法がある。

もうひとつは、1945年に終わった戦争で跋扈した軍人によっていったん徹底的に破壊されて、1980年代にまた今度は商業的なマーケティングで真実性を置き換えて、主に「荒地」の詩人たちの努力でいったん出来かけた日本語の真実性を再び根底から破壊してしまったコピーライター語とで、いまでは特に日常普通の人が使う言語としては、ほとんど言語の体をなしていない姿になってしまった日本語を、土台から再建する方法で、こちらのほうが正道といえば正道だが、文系学部は縮小するとぶったまげるようなことを言う政府をみなで信認しているていたらくでは、第一の「インド的解決」に較べて難しすぎる課題であると思う。

この記事のような話し方はくたびれるので、もうこの辺でやめるが、こういう記事を書くと必ず
「むかし日本がフランス語に変えようとして無理だったのを知らないらしいが、そのくらい知ってから書いてください」という、なんというか、頭と性格が悪すぎて口を利きたくなくなる人が必ずおおぜいコメントを寄越してゴミ箱に放り込むのに忙しいが、ここで一度だけご返答いたします。

ぶわっかたれめが

よろしく。

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2 Responses to 日本語メモ1

  1. 実名でSNSに参加しているため日本語での表現に限界があります。実名での参加はSNS上よりも実生活で至近距離から実弾を受けます。それでも実名での参加をやめないのはドレスアップもドレスダウンもせず、等身大の自分で参加したいと思いうからです。早く母語において自分のことばをみつけられるように努力を続けたいと思います。実際亀殿に指摘されるまで、自分の意見をなぜ母語で話せないのかよくわかっていませんでした。気づかせてもらって亀殿やそのお友達に感謝しています。ありがあとうございました。
    後藤郁子[IKUKO GOTO]

  2. つい最近終わった大学の非常勤の仕事で学生から提出されたレポートを見ていると、ほぼ全員が自分の言葉で何かを述べることができなくなっていて、テンプレート化された語彙と語法によって構成されていることに絶望を覚えました。二十歳そこらで最も活力に満ちている人生の時間において、言葉が文字通り死んでいる人々がこの国のそこら中に歩きまわっていることに戦慄すら覚えます。彼らが持っている言葉は、せいぜい身の回り10メールほどの現実にしか表現出来できず、それ以上のことになると、「コピーライター語」に頼るしかなくなるようです。

    それよりすこしましな人々の例でいえば、ぼくの周りにいる研究者で、彼らは少し洗練された言葉を持ち、時々自分の言葉と現実の齟齬から「失語」や「吃り」になるのを見かけます。彼らは本の言葉を借りながら、苦しみながら自分の言葉を探しているように見えます。

    ぼくはというと、日本にきたときから、まわりの人々が話している日常的な日本語に馴染めずに、例えば村上春樹のような翻訳調の日本語にずっと馴染んできました。しかし、本当に自分の言葉をすこし持ち始めたのは、そうした翻訳調の日本語から、哲学を通じて、英語やフランス語に出かけて、再び戻ってきた時のことでした。その時、はじめて自分の言葉(日本語)と世界の現実とうまく繋がるようになったような気がします。翻訳調の日本語とその裏で支える外国語という奇妙な組み合わせでかろうじて自分の足で大地に立ち、呼吸できるのは少しアクロバティック過ぎるかもしれません。

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