2050年の日本へのメモ_1

戦前の日本帝国の支配層には、国というものが経済規模に従って国家としての行動を決定しなければならないということが、どうしても理解できなかった。
いまで言えば北朝鮮型の軍事国家をつくって、その結果生じた社会の畸形制をすべて「外国のせいだ」ということにして、マスメディアを挙げて対外憎悪を煽ったあげく1945年の破滅に向かって、ほぼ一直線に駈けていった。

「GDPと三八式歩兵銃」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2015/08/08/arisaka-type-38/
の記事に書いたように、イタリアよりも小さなUS$7.5billiomという、分類すると中進国でしかないGDPで11倍の経済規模を持つアメリカ合衆国に対して宣戦します。
ついでに落ち目の連合王国にも宣戦しますが、「ついで」と言っても、こちらも日本の3倍はGDPがあった。

中国は、いまだいたい日本の2.3倍くらいのGDPを持っている。
日本では「一人っ子政策のせいで年齢構成が早く老化するので、そのうちこける」ということになっているが、なかなか日本の期待通りにこけてくれそうにないのは、中国自体が豊かになるにつれて、たとえばアメリカ人、カナダ人、マレーシア人ということになっているエリート中国系人たちが、どんどん新しい考えをもって中国に帰ってゆくからで、中国はいままでの国家とは違う不思議なやりかたで世界国家としての相貌をもちはじめている。
1929年のアメリカ市場程度の透明性しか持っていない現在の中国市場は、いずれ大恐慌に近い混乱を経験するとおもうが、その影響は、東南アジアや日本のほうがおおきくて、東アジアと東南アジア全体が中国圏になることを加速するだろうとおもわれている。

何度も引用して、ごめんちゃいね、という感じがするけれども、前に
「ヒラリー・クリントンの奇妙な提案」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2010/01/24/hillary-clinton/
に書いたとおり、これも日本では「知識人」のひとびとが「アメリカが太平洋の自由航行権を手放すわけはない」とノーテンキなことを述べているが、
もう2010年という時点では、1941年の国防圏、と言ってわるければ「なわばり」まで後退する準備をすすめていた。

オーストラリア、ニュージーランド、ハワイ、サンディエゴを結ぶ線で、アメリカ合衆国は、中国と比較した自国の相対的な力の低下を意識して、いざとなったら、太平洋では、このくらいしか守りきれないという判断であるようです。

まさか表だって「いやあ、もう将来は東アジアは中国さんにおまかせしますわ」というわけにはいかないので、「鋭く対立」したりしているが、政治だけではなく人民解放軍とのレベルでも、共同の演習を通じて、盛んに意思の疎通を図っている。
アメリカという国は、もともとはひどい外交下手だが、戦後の長い、苦い経験を通じて、大国との外交だけはうまくなった。
人民解放軍と意思を疎通しておかないと、習近平の中南海と対立した場合、
解放軍の政治力が強まってしまうのをよく理解していて、解放軍の軍人たちに理解できるやりかたで「アメリカの戦争思想」を伝えようとしている。

軍人は、あたりまえだが、軍事のプロなので、「いまアメリカと戦争をやっても勝ち目はないな」ということを、人民解放軍の将軍たちは、あっというまに理解してしまった。

中国がスプラトリー諸島に人工島をつくって要塞化しようとしているのは、人民解放軍の「現状ではアメリカに勝てる見込みはない」という結論の直截の結果で、なんだか囲碁を見てるみたいというか、地図をみればわかるが、ここに要塞をつくられるとオーストラリアが戦略域に入ってしまうので、これから先、この人工島を焦点にしてアメリカは中国と対立を強めていくとおもわれる。

視点を変えていうと、アメリカからみると、日本の防衛は二の次になってゆくわけで、もしかすると、安倍政権が、アメリカ軍の部分になる形での日本の再軍備を強行しようとしているのは、そういうアメリカの意思が働いているのかもしれません。

日本の言論人を、見事なくらい「ホンモノ」と「ニセモノ」の2色に浮き出させたシールズは、あらためて日本の「国益」が平和外交方針にしかないことを、国民に真剣に考えさせることに成功したように見えるが、 日本の人の天然全体主義的な国民性から考えて、悪い例をだせばCIAのはねあがり幹部が上海かどこかで日本人をまとめて反日のみせかけで10人も殺してしまえば、あっというまに国を挙げて中国と戦争してくれるので、そういう需要が起きた場合の日本の国論はあんまり心配してない、ということだとおもう。

アベノミクスのおかげで、日本の経済の永久要塞と言われていた「国民個々の預金」を使いはたしてしまったので、日本は経済的には「ふつうの国」になって、これからの経済運営はひどく難しい。
ひどいことをいうようだが日本文明と切ってもきれないゼノフォビアを考えると、移民政策なんてやってもダメなんちゃう?と思います。
尊皇はアメリカ人にやめさせられたが、攘夷は捨ててない。

凍死家の世界では、だいたい日本の財政の寿命はあと4年と言われていて、前はヒソヒソ言われていたが、日本の国民が、戦争で言えば「中入れ」にあたるアベノミクスに乗り出してしまったので、おおぴらに言われるようになった。
どうなるのか判らないが、財務省のページに行って、なんだかものすごいGDP対借金の比をみると、国というのは企業と違って、意外ともつんだなあーという感想しかなくて、いずれにしろ、日本が倒産するときには、あんまり世界経済への影響がなくてすむところまで来てしまった。
日本国内への影響も、この調子なら、もういっかいアベノミクスのようなバカなことを考えなければ、金利が16%程度まで上昇する。US$1が250円程度になる、くらいですみそうで、ホームローンがたくさんある人や年金で暮らそうと思っている人にとってはたいへんだが、それ以外の人にとっては、あんまり影響がないと言えなくもない。
国の倒産は、韓国の例を見れば判るとおり、これまで既得権を持って暮らしていた層にとってはたいへんなことだが平均的な国民にとっては考えるほどの影響はないものです。

ニュージーランドは、その頃は国がうまく倒産する方法がなかったので、ちゃんと倒産できなかったが、アベノミクスに似ていなくもないおもいつきの経済政策をとって、失敗した結果、ホームローンが23%になったことがある。
どうも、これで国ごとなくなるんちゃうかしら、と言っていたが、30年くらいで回復したので、日本人なら、10年もあれば解決してしまいそうな気がします。
国民の資質というものが回復にはおおきく関係するので「なんでも他人事」文化のいまの「オトナ」が去って、20代前半の人間が中堅に育つ時間を考えれば、いま倒産すれば、20年もあればなんとかなる計算になる。

2050年に世界全体が緊急の課題として追究しているのは、おそらく、「アフリカ問題」でしょう。
その頃にはナイジェリアの人口は4億4千万人になって、アメリカ合衆国のの人口よりも多くなっている。
仮に21世紀後半が「アフリカの世紀」になっていない場合は、世界じゅうが、いまのシリア人の欧州への移動どころではない大混乱に陥るのは判りきっていて、その30年+先を念頭に、どこの国も国家戦略を定めている。

中国が世界中で資源を買いあさっているのも、アメリカが「アメリカ帝国圏」を縮小して、内政を固めることに専念しはじめているのも、欧州がユーロの基軸通貨化に失敗したにも関わらず統一経済圏を維持しようとしているのも、すべてすでに視界にはいっているカオスがあるからです。

世界が思考を集中しはじめているのは、国民の半分以上がトイレのない家に住むようなインフラが弱い大国であるインドの人口が世界一位になって、中国の年齢構成が老人大国化して生産性がいまとは比べものにならないくらいさがり、資源が絶対的に不足する2050年の世界で、どこの国も、そこで飢え死にしたり戦死するのが自分の国の国民であってはならない、と考えて知恵をしぼっている。

世界の焦点がアジア太平洋圏から西へ移動して、焦点の中心にくるのがアフリカ大陸で、中東、東はインドまでになってゆくのに応じて、アメリカの側でも、大西洋岸諸都市と中南米へ焦点が移って行く世界では、東アジアは世界の外側で、多分、中国圏として分離した存在になっていきそうです。

希望的にすぎるかもしれないが、どうだろう、そのときには中国、韓国、台湾、日本が協力して「ふたつめの世界」をつくっているかもしれません。

そのためには、いまの日本政府のように、まるでいまだにアジアの超大国であるかのような幻想に支配された外交方針を捨てて、ふつうの国なみに、自国の経済規模に従って行動しなければならない。太平洋と大西洋の、ふたつの相容れない文明上の価値観をあわせもったヤヌス神のアメリカべったりで外交をすすめていくと、これから30年の歴史のどこかで、アメリカの大西洋側の価値観にしたがって国ごと見捨てられる可能性がある。

中国は、ひと頃、表向きの島嶼紛争とは異なって、いざというときのための日本へ向かっての「500発の巡航ミサイル一斉射撃」体制を懸命に準備していたように見えるが、最近やめてしまって、もっと時間がかかる正統的な対米戦争準備にまた切り替えてしまったという。

戦争が遠のいた、という判断をしたことになると思いますが、それはなぜだろう?と考えると、どうやら東アジアは自分のものだと自信を深めた結果に思えます。

案外、安倍政権のひどい失政の御利益なのかも知れません。

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One Response to 2050年の日本へのメモ_1

  1. 星野 泰弘 says:

    これからの50年、外交はゼロサムゲームでは済まないだろう。
    中国は乾いた国だ。
    にもかかわらず、水源は汚染されて続けている。
    ブラジルでもオーストラリアでも、積み上げられた森林資源を食いつぶし続けている。
    自国で掘り出された石炭が、最終的に燃やされてCO2になることは明白だ。
    しかし、「その責任は生産国ではなく、消費国にある」など国境を口実に言い逃れに終始している。
    アメリカを含めて、ほとんどの農業は有限な地下水の貯蓄に依存している。
    スラムを作っている人々の隣に原子力発電所が次々と援助されている。
    「先進国」も、「危険過ぎる技術を供与するのは控える」などと
    きれいごとを言っていられる余裕がなくなった。
    人間の生活物資は値上がりせざるを得ないだろう。
    要は、その表面化が徐徐なものか、それとも一気なものか、どちらか、というだけだろう。
    資源に比べて人口の多い人口国で原発事故など破局の引き金が引かれれば、
    人々の憎悪や苦渋が、歯磨き粉のチューブから押し出されるかのように
    世界に向かって押し出されるだろう。
    一人っ子政策で、未来につながる術を奪われた人々にとって、
    未来に対する配慮など無意味なものだ。
    金をもらえさえすれば、人類の未来など1円でも売り渡すだろう。
    我々が望めることは一つだけだろう。
    それは、人類が次の2000年以内に滅びの宿命が決定的にならない方法ではない。
    なぜ、我々が滅びなければならないのか、知ってから滅びることだ。
    我々が、我々の愚かさを知り得るだけの知力を持ち得るかどうか?
    人類の最期の一人が永遠の眠りにつくとき、なぜ、国境だの所有権だの、
    人類の幸せと関係ない社会制度に、頭でっかちに振り回されたのか
    走馬灯のように思い出すことができるだろうか…?

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