Daily Archives: August 28, 2015

糾弾的知性について

戦争や内乱についてのまともな報道が可能だったのは、アメリカにおいてはベトナム戦争、連合王国ではビアフラくらいがだいたい最後で、有名なメディアの破壊王Rupert Murdoch https://en.wikipedia.org/wiki/Rupert_Murdoch がTimes と Sunday Timesを買収し Don McCullinがフォークランド戦争に出発する空母HMS Invincibleへの搭乗を英国政府によって拒否されたときに、だいたい戦争ジャーナリズムは生命を終えてしまった。 そこからあとの戦争報道は、ひどい言い方をすれば社内見学のようなもので、もちろん戦場だから生命の危険はあるが、自由に歩き回るということは許されなくて、軍が「見せてもいい」と判断した範囲を移動して「良い写真」を撮る、記事を書く、といういまのスタイルに変わった。 いま、たとえばDon McCullinが撮った、戦車にぺしゃんこにされた敵兵の死体、戦闘の巻き添えになって無惨に蜂の巣にされたパレスティナの少女の原型をとどめない骸、というような写真をみると、印象された画像の質の違いにぶっくらこいてしまう。 有名なシェルショック(敵の砲撃の恐怖で精神錯乱に陥ることをシェルショックといいます)に陥った兵士を正面から撮った写真 にDon McCullinは、 「正面から何枚もゆっくり撮っていたわたしに気づきもしないで、この兵士は撮影されているあいだ瞬きひとつしなかった」と証言を付けている。 あるいはビアフラの独立宣言に原因して、150万の人が飢餓と病で死んだビアフラ戦争で撮った飢えた母子の報道写真 に、 「もちろん母乳は出ませんでした。この年齢を訊いてみると25歳の母親が65歳の老人に見えました」と短いコメントを述べる。 特にくだくだしく説明しなくても、最近の「戦争報道写真」の饒舌との質的な違いは一見して誰にも了解できるものだという気がします。 どこから、この違いがやってくるかというと、この人の戦争報道でない写真を見ると、比較的簡単に理由がわかる。最も有名な浮浪者のおっちゃんの写真 についてフォトグラファーは、 「それまでの私の人生で見た最も透明で、明るくて、深いブルーの目、(汚れで)固まった髪の男で、ネプチューン(海神)そのもののような人でした」とふりかえる。 写真家のニコンカメラを通して被写体に向けられる視線は、通りのイギリス人に対してもシェルショックに精神が凍結した兵士に対しても、言い方としてよくないかもしれないが戦車のキャタピラに踏みつぶされて平たい肉塊と化した死体に対しても同じで、そこには自分の主張をいったん沈黙させて、かき消して、無音になった精神がものを見るときの静かさがある。 戦争の興奮も、戦場で起きていくことへの激しい憤りも、すべてを去って、ただ「見る」ことに投企した魂の精確さがある。 ミドリ・フジサワ @midoriSW19 さん、という人にツイッタで会った。 ロンドンの、最近はすっかり、のっぺらした、原宿のような、商業主義的に「クール」な街(←口が悪い)になったノッティングヒルに前は住んでいて、いまは(おおぜいの他のロンドン人たちのように)郊外へ越した。 SW19とアカウント名にあるのでWimbledonの近くとおもうが訊いてみたことがないので判りません。 善意の人なので安心して話ができる人です。 言語学を専攻しはじめた息子さんと、たいそう仲良しで、いろいろ教えてもらって楽しいらしい。 もうひとつ、わし従兄弟と東京大学に合格したものの、パスにして、英語圏の大学に進学したという共通点があるようで、なにがなし、親近感がある。 「発言が糾弾的であるところはよくないとおもう」とミドリさんの発言について述べたらわかりにくいようだった、というのが、この記事を書いている理由です。 聴覚に例えると、人間は「他人の話を聴く」状態で、ものを見なければならないので、「他人に対して自分の考えを主張する」ように、ものを見てはならないのだとおもう。 Don McCullinの真実性に満ちた素晴らしい画像の数々 例えば、イギリス人というものがどういう人々かあますところなく伝えている、と言いたくなる、わしの大好きな一枚 は、「何かを見ようとしている目」には見えるものではなくて、ふと目をとおして脳裏に焼き付いた映像でなければ、これほどの真実を含むわけがない。 … Continue reading

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