波打ち際で

ポートモレスビー攻略戦に容喙した辻政信参謀が地図上の進発地点から、まっすぐな線をポートモレスビーに向かってすっと引いて、これが最短距離なんだからこれでいけ、と言ったという話は有名であると思う。
現実のニューギニアのジャングルのツタは鋼鉄のようで銃剣で切り開けるようなものではなく、平地の行軍速度でも不足が計算された日本軍の食料はみるみるうちに底をついて、原一男のドキュメンタリ「ゆきゆきて、神軍」
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Emperor%27s_Naked_Army_Marches_On
で証言される、戦友を殺して肉を食べねば生き残れない地獄の戦場になってゆく。

ポールブレマー
https://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Bremer

がイラク占領統治で犯した過ちは、日本帝国陸軍が繰り返した「現実を無視した観念作業」による失敗と、とても良く似ていた。
戦争で破壊されて荒野に限りなく近づいていたというか、水道も下水も電気も、ほとんどすべてのインフラストラクチャーが破壊されたバクダッドのなかで、ゆいいつ、冷房まで完備された通称「the Green Zone」の城壁に囲まれた一角で、ちょうど骸骨のようになりながら半裸、あるいは全裸で大量の餓死者をだしながら潰走する帝国陸軍の兵士の悲惨になど気にもかけないでミートキーナで日本酒の瓶を並べ芸者をあげて遊興に耽っていた牟田口廉也将軍を連想させる、快適な日常を過ごしながら、よくもまあここまでと言いたくなるほど、現実にそぐわない、バース党が解体されたあとの政治的真空を、定規で線を引くようにスンニ支配をシーアとクルドで入れ替える計画を次々に打ち出して、次々に混乱を生み出していった。

Jay Garnerのようなイラクの現実をよく知る専門家たちは計画書を見た瞬間に、その計画から生まれるのがイラクとシリアの崩壊と一般の人間たちに降りかかる業火であることを見て取って、その空想的な復興プランのあまりの無責任ぶりに激怒する。
やはりイラク/シリア専門家のCIA幹部と連れだってブレマーに対して諫言しようと試みるが、ブレマーは説明を聞くことを拒絶したうえに
「Look, you don’t understand. I’m not asking you,I’m telling you.
This is what I’m going to do.I’m not asking for your advice.」
と普通には信じがたい傲慢な言辞を述べて、彼らを追い出してしまう。

極端な言い方をすれば、いまのシリアとイラクの混乱は、この瞬間に生まれたと言ってもいい。
あんまり言いたくもないことだが、付け加えると、後年、インタビューのたびにこのときのことを聞かれて「忙しい身だったので、おぼえてない」と、この人の特徴の「人好きのする笑顔」を浮かべながら答えるほど、この人は無責任な男だった。

占領計画の第一号、いわゆる「CPA Order Number One」は、結局、3万人から5万人のバース党員を公職から追放することによって、政府官僚の現場の長、経験のある学校教師、軍事教育が行き届いた将校、…ほとんどありとあらゆる分野のマネジメント機能を持つ人間を一晩で追放することによって、社会をあっというまに混沌に蹴り込んでしまった。

計画の第二号文書、CPA Order Number Twoは更に驚くべきもので、一日でイラク軍を解体してゼロにするというものだった。
気がついたとおもうが、これは30万人のよく殺人技術を訓練された無職の若い男達を武器をもたせたまま通りに追放してしまうことを意味する。
自動小銃を持ち、殺人の技術だけを持った、財産がなく、オカネを稼ぐあてもない若い男達を通りに置き去りにするとどうなるか、という社会的な実験をアメリカはイラク全土において始めることになった。

5月9日、それまでアメリカによるイラク再建に極めて協力的で、再建努力の実質というべき存在だったイラク軍は、突然の解軍宣言によって、30万人のよく戦闘訓練をされた「アメリカの敵」に豹変してしまう。

現地の事情に通じたスタッフたちの意見にまったく耳を貸さずに、自分たちが見たいデータだけを見て、机上で、幻に幻を積み重ねるような、ひとりよがりの政治作業を続けるBremer とRumsfeldに愛想をつかして現地軍司令官のTommy Franksは退役してしまう。
最後まで踏みとどまっていた、この人が軍を退いたことによって、冗談のようだが、アメリカ軍には司令官とスタッフというものがひとりも存在しなくなります。

このあとに起きたことは、あるいは起き続けていまに至っている一連の出来事は世界じゅうの人の記憶に残っている。

通りに置き去りにされたクルマのブートに詰め込まれたTNTは爆発し、国連事務所も吹き飛ばされ、赤十字病院も大使館も爆破される毎日が続いて、町中は叛乱と略奪の対象になって、イラクは到底「国」という体をなさない場所になってゆきます。

強欲で無能な国防長官だったドナルド・ラムズフェルドは、ほとんどひとりでイラク戦争を始めて、ひとりで占領政策を破壊したと言ってもよい。
結局、ブレマーの教科書秀才的な無能と重なって、いったい誰が敵で、どこに策源地があって、どんな目的で破壊活動をしているのかさえ判らないという、目も見えず耳も聞こえない、手探りをしようにも両腕も自分で切り落としてしまった状態で、簡単にいえばめんどくさくなったラムズフェルドはブレマーに対し、「誰でもいいから首相を探してこい。そいつに権力を全部わたして、おれたちは、ここからアメリカにずらかるんだ」と言い出す。
マリキというブッシュと気が合いそうな、誰も名前を知らなかった、無名の男を首相にすえると、ほんとうに「とんずらこいて」しまいます。

国会安全保障局のStephen Hadleyたち中東アナリストは、マリキはスンニ、シーア、クルドをひとつにまとめるどころか、ますますシーア派支配を強めて取り返しがつかない事態を招くだろうと忠告するが、この万事にいいかげんで投げやりな国防長官は聞く耳をもたなかった。

ジョージ・ブッシュという人は、人の好き嫌いが激しい人で、しかも外交政策を相手国の元首が「自分とウマが合うかどうか」で決めるはっきりした傾向があった。
ちょうど日本の首相小泉純一郎と高校生の番長と手下の不良が馴れあうように馴れあったのは、日本の人の記憶にも新しいとおもうが、イラクにおいては、その対象がマリキだった。

自分への激しい憎悪を生産しつづけたアメリカの、根本からデタラメなイラク支配は、原理主義、ムスリム過激派を生み、伝えられる刑務所での拷問や、ムスリム人にとっては特別に屈辱的な意味をもつアメリカ人の男女兵士による性的な侮辱に外国人一般への憎しみに燃え立つISを育ててゆく。
少なくとも初期のISの資金源はイラクの油田を占領したことによって可能になった石油の闇取引で得られた資金でした。

ここにおいてイラクとシリアは、樽爆弾
http://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2015/05/post-3641.php

を使う自国民への爆撃やその他の点で、共通項が多い「内戦国家」になってゆく。

ジョージ・ブッシュから「崩壊したアラブ」を引き継いだバラク・オバマは就任早々、「ぼくは中東については何もしない。ぼくは、あんなことの処理をするために大統領になったわけじゃないんだよ」と宣言してNSCそのものを大幅に縮小して、いわばイラク/アラブ問題は「なかった」ことにしてしまう。

Christopher Hill がイラク大使になったときからとられた「放任政策」は、簡単に言えば、もうアメリカはいっさいイラク/ アラブ問題には関心をもたない、何が起ころうとしったこっちゃないという政策で、実際に現地軍司令官に「何もするな」と命令します。

もちろんイラクと隣国シリアではISIS他のムスリム過激派が成長してますます滅茶苦茶になっていきますが、バラク・オバマはわざわざノースカロライナの海兵隊基地Lejeune
http://www.lejeune.marines.mil

にマリーンたちを集めて演説までして「われわれの勝ちだ。中東問題は終わった。大成果だった」と演説して、すたすたとアラブ世界から歩み去ってしまう。
しかも、バラクオバマは、このとき致命的な過ちを犯している。
撤兵のタイムテーブルを演説に盛り込んで「2011 年には完全撤兵をする」と言ってしまったのです。

イラク人とシリア人の、市井のひとびとの運命は、ここにおいて決まったも同然だった。
アラブ世界の「非ムスリム的なもの」への憎悪の化身であるISISは荒れ狂い、世界じゅうから、世界自体に絶望した若い人間を、絶望を磁石にしたように集めて占領地域を広げ、対抗する方途をもたないアサド政権は樽爆弾で自国民をほとんど見境なく殺し続けている。

シリア難民のMahmoud Bitarが作ったBBC Trending動画、
「Don’t come to Sweden」には、ネットの人気者である、この人らしい機知のあるやりかたでシリア難民の立場が逆説的に説明されている。

シリア→トルコ→エジプト→トルコ→ギリシャとなんとかヨーロッパの居住資格を得ようとしてさすらわねばならなかったこの人は、スウェーデンに受け入れられるまで難民申請を21回だしたと述べている。

シリア人たちが「祖国へもどるつもりがあるか?」という質問への答えは、ほとんどの場合ウクライナ人たちと寸分変わらぬもので「また住めるようになれば祖国に戻りたいが、職業もなく生活保護もない祖国へは戻れないとおもう」で、Mahmoud Bitarさんも、「もしシリアが昔にもどれば、ぼくはいの一番に帰国するひとりだよ」と述べている。

ここに載せる気はしないが、ヨーロッパ各地の浜辺に打ちあげられた子供たちやおとなたちの死体の数は夥しいもので、住む場所を失って、家をおいだされた子供のように、ただ「ヨーロッパに着けばなんとかなる」と自分に言い聞かせるようにして、地中海の海底に沈み、トラックのコンテナのなかで窒息するシリア人たちが、ほんとうはいったい何千人いるのか、誰にも判らない。

180万人のシリア難民を受け入れているトルコを初めとして、世界中の国が、なんとか住み場所を失ったシリア人たちを分担してのみこもうと懸命に努力している。
日本は、いつも通り、難民の受け入れなど見向きもしないが、誰にとっても常識になってしまっていることなので、ここでいまさら何事か述べることに意味があるとはおもわれなくて、特に日本の難民受け入れについて言いたいこともありません。

では何をしているのかというと、日本語というぼくにとっては「誰にも読めない言葉」で、誰かが述べていたようにヨーロッパに着いたときのことを考えてなのでしょう、おめかしをして、最も良い服を着込んで、浜辺に小さな死体となって打ちあげられた女の子どもの死体の写真を見ているうちに、考えるために、なにごとか書いてみたくなっただけなのだと思います。

ぼくには、もういちど地中海を見る勇気があるだろうか?

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One Response to 波打ち際で

  1. mint says:

    『報道特集』という日本のニュース番組で、ヨーロッパにたどりついた難民の映像を見ました。ギリシャのレスボス島の切り立った岸壁に、難民がゴムボートで接岸する瞬間を日本の取材チームが捕えていました。ゴムボートには、子供や女性、老人が乗っていて、この人たちは、幸い、無事にギリシャまでたどりついたのでした。

    彼らはゴムボートから降り立ち、ゴムボートをナイフで切って破壊すると(トルコ側にボートで戻されないため)、岸壁を見上げて、そこにいるカメラを構えた日本人の記者にまず聞いたのが、「ここは、ギリシャなのか?」ということでした。ギリシャだとわかって、日本人の記者と握手する難民の人々。彼らにとって、ヨーロッパにたどりつくことがどれほど大切なことなのか、切実にわかる場面でした。

    そのボートに乗っていたのは、ほとんどはアフガニスタンから来た人たちでした。彼らは、ギリシャの岸壁に着くと、すぐに港の警察まで2日間歩いて出頭します。彼らは拘置所に入れられると、滞在許可がもらえるのです。しかし今は、島の拘置所が満員なので、拘置所の前の路上で、何日も座り込んで待っているのでした。警察官に、もう5日も待っているのに、後から来た人の方が先に拘置所に入った、と不満を訴える人。早く拘置所に入りたがる人、というのを私は初めて見ました。彼らは晴れて拘置所に入ると、釈放され、登録証を受け取ってアテネ行きの船に乗り、さらにヨーロッパを移動していきます。

    取材チームはドイツに着いた難民の様子と、ドイツの難民支援NGOの弁護士の言葉も紹介しました。
    「第二次世界大戦後、国際社会は私たちドイツが立ち直ることを許してくれました。ですから私たちが困っている人を助けるのは、歴史的な責任でもあるのです」
    日本もドイツと同じ立場にあるはずなのに、なぜ同じことが言えないのだろう。日本の門をたたく人に、なぜ、門を開かないのだろう。日本を頼ってくれる人もいるのに、なぜ迎え入れないのだろう。経済危機にあるギリシャでも、目の前に困っている人がいれば、手を差し伸べる。日本はなぜ、昔自分たちに差しのべられた手を忘れてしまったのだろう。ガメさんが、日本の難民受け入れについてはもう何も言いたくないと思うのも当然です。

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