Daily Archives: October 11, 2015

無知と偏見

ムスリムに改宗した欧州系のニュージーランド人が嫌がらせに耐えかねて住んでいたオーストラリアに戻りたいと述べている。 http://www.nzherald.co.nz/nz/news/article.cfm?c_id=1&objectid=11526707 かねて中東人の友達たちから、ニュージーランドはオーストラリアに較べるとムスリム人への差別がはるかに少ない、と聞いて、うかつにも信じ込んでいたわしは、がっかりしてしまった。 通りやスーパーマーケットで嫌がらせをするニュージーランド人たちに女の人が多いのも、意外な感じがするが、ニュージーランド人に限らず、自由主義社会の女のひとびとは、ムスリム社会での女の人たちの権利が小さいのを怒ってムスリム社会そのものへの激しい嫌悪を抱いている人がおおいので、こっちは、つまり、そういうことなのだろうと察しがつく。 いろいろな国の事情がわかるにつれてインドや日本の文化に対して嫌悪感を持つ女の人が、どんどん増えているのと、根はおなじことでしょう。 ニュージーランドのケンブリッジのワーキングクラスの出身、と自己紹介しているのは、富裕な農場地帯の、ビンボな家の生まれ、という意味です。 オークランドの南で、と書いているのは、南はオークランドのなかでも、ビンボな地域で、家庭内暴力やギャングの抗争が蔓延する、アジア人やポリネシア人、アフリカ人に対する差別意識が強い地域に住んでいることを意味している。 ‘White power!’は、ニュージーランドのバカガキがよくアジア人やポリネシア人に対して投げつける言葉で、わしなどは、わびしいくらいアホな表現なので、聞くたびに笑ってしまうが、 いつだったか、明け方近く、CBDのパブで友達と酒を飲んだ帰り道に大通りでアジア人の学生たちに、「White power!」と叫んでいる若いヨーロッパ系人の集団に、「アホか、おまえら、英語を勉強しろ」と述べたら、ひとりは英文学の学生だというので、げんなりしたことがあった。 わしが信じていたよりも、ふつうに、ひんぱんに使われているようでした。 「フェミニスト」には意味の変遷がある。 エマワトソンが、素晴らしかった国連での演説 「Heforshe」 https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/09/23/heforshe/ で、まず単語の意味を定義しなおすことから始めなければならなかったのは、そのせいです。 日本語の「フェミニスト」は、もっと単純に誤訳で、カタカナになった途端に意味が異なる使い方にあまんじなければならないのは、「ナイーブ」とおなじ。 フェミニストは、だから、通常女のひとだが、フェミニストには民族差別的言動をする人がときどき存在して、だいたいムスリムの話になったときに、一気に民族文化的な軽蔑にまで行き着いてしまうことが多いように見えます。 中東人の世界を少しでも知っていれば、なんだか書いていても当たり前すぎてバカバカしい感じがするが、エジプト人とシリア人は、まったく異なる文明のなかで生きていることはすぐに判る。 エジプト人は、日本語の表現でいうと「ざっかけない」というのか、下町のド親切なおっちゃんやおばちゃんぽいというか、なにかわし身の上に良いことがあると、「この、この、この」とニコニコしながら肩で押してくる感じというか、沖縄の人みたいで、社会全体が、ひととひとの肌をこすりあわせて人間の関係を暖かくしているようなところがある。 悪い方は、「オカネに汚い」という。 プーケのトゥクトゥクドライバたちと一緒で、£50だと判りきっているのに、同じ店員が同じ客に£200だぜ、と述べるところから出発する。 ものの値段が一意に決まっておらず、いちいち延々と交渉しなければならないので毎日の生活が疲労困憊であるという。 言う、というのは誰が言うのかというと友達のエジプト人の医者がそう述べている。 ニュージーランドに住んでもう5年になるのに、いまだにエジプト人のオカネにまつわる「クレクレ」のしつこさについて愚痴をよく述べるので、よっぽどすごいのね、という印象が出来てしまっている。 ハリウッド版のクレオパトラを主演したエリザベステーラーみたいな顔の人が、つばをとばしながら、「ガメちゃんね、エジプト帰ると、ほんまにたまらんのやで」と訳したくなるような言い方で故国について愚痴るので玄妙です。 シリア人は、マジメで、オカネの支払いも、カイロやイスタンブルのヨーロッパ側のような町とは異なって、ちょうど日本のように一意に決まっている。 交渉しなくてもよい安心感がある。 レバノン人は、この両者とも異なって…と無限に書いていくことが出来るが、そんなことをやっていても仕方がないので、ここで打ち切るが、欧州系人はあまりに中東に対して無知なので、レバノン人も、エジプト人もシリア人も、十把一絡げに同じ「中東人」に見えてしまっている。 ヘンな説明のついでに、もっとひどい例をひとつあげておくと、このブログに何度も出てくるように南カリフォルニアにおけるわし商売のパートナーは中東人たちだが、この人たちはキリスト教徒です。 アジア人のひとたちなどは、イラク人、レバノン人と言っても、わしビジネスパートナーと、その一族などは、みな「真っ白」な人たちなので、イラク人だというとぎょっとするらしい。 金髪で碧眼のイラク人、というものを想像したことがないように見えるが、ペルシャにもアラブにも、「踊るイラン人」 https://gamayauber1001.wordpress.com/2008/10/01/persians/ で記事に書いた、見た目は欧州系人となにも変わらない中東人もたくさんいる。 と、ここまで書くと、気がついたとおもうが、この改宗したニュージーランド人の女の人に向かって「White power!」と叫ぶバカタレは、だから二重の意味でバカである。 Niqabの下に隠れた金髪で白い肌のAmina さんが、差別的な言葉で罵られて、「’Oh ya … Continue reading

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