無知と偏見

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ムスリムに改宗した欧州系のニュージーランド人が嫌がらせに耐えかねて住んでいたオーストラリアに戻りたいと述べている。

http://www.nzherald.co.nz/nz/news/article.cfm?c_id=1&objectid=11526707

かねて中東人の友達たちから、ニュージーランドはオーストラリアに較べるとムスリム人への差別がはるかに少ない、と聞いて、うかつにも信じ込んでいたわしは、がっかりしてしまった。
通りやスーパーマーケットで嫌がらせをするニュージーランド人たちに女の人が多いのも、意外な感じがするが、ニュージーランド人に限らず、自由主義社会の女のひとびとは、ムスリム社会での女の人たちの権利が小さいのを怒ってムスリム社会そのものへの激しい嫌悪を抱いている人がおおいので、こっちは、つまり、そういうことなのだろうと察しがつく。
いろいろな国の事情がわかるにつれてインドや日本の文化に対して嫌悪感を持つ女の人が、どんどん増えているのと、根はおなじことでしょう。

ニュージーランドのケンブリッジのワーキングクラスの出身、と自己紹介しているのは、富裕な農場地帯の、ビンボな家の生まれ、という意味です。
オークランドの南で、と書いているのは、南はオークランドのなかでも、ビンボな地域で、家庭内暴力やギャングの抗争が蔓延する、アジア人やポリネシア人、アフリカ人に対する差別意識が強い地域に住んでいることを意味している。

‘White power!’は、ニュージーランドのバカガキがよくアジア人やポリネシア人に対して投げつける言葉で、わしなどは、わびしいくらいアホな表現なので、聞くたびに笑ってしまうが、
いつだったか、明け方近く、CBDのパブで友達と酒を飲んだ帰り道に大通りでアジア人の学生たちに、「White power!」と叫んでいる若いヨーロッパ系人の集団に、「アホか、おまえら、英語を勉強しろ」と述べたら、ひとりは英文学の学生だというので、げんなりしたことがあった。
わしが信じていたよりも、ふつうに、ひんぱんに使われているようでした。

「フェミニスト」には意味の変遷がある。
エマワトソンが、素晴らしかった国連での演説
「Heforshe」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/09/23/heforshe/

で、まず単語の意味を定義しなおすことから始めなければならなかったのは、そのせいです。
日本語の「フェミニスト」は、もっと単純に誤訳で、カタカナになった途端に意味が異なる使い方にあまんじなければならないのは、「ナイーブ」とおなじ。
フェミニストは、だから、通常女のひとだが、フェミニストには民族差別的言動をする人がときどき存在して、だいたいムスリムの話になったときに、一気に民族文化的な軽蔑にまで行き着いてしまうことが多いように見えます。

中東人の世界を少しでも知っていれば、なんだか書いていても当たり前すぎてバカバカしい感じがするが、エジプト人とシリア人は、まったく異なる文明のなかで生きていることはすぐに判る。
エジプト人は、日本語の表現でいうと「ざっかけない」というのか、下町のド親切なおっちゃんやおばちゃんぽいというか、なにかわし身の上に良いことがあると、「この、この、この」とニコニコしながら肩で押してくる感じというか、沖縄の人みたいで、社会全体が、ひととひとの肌をこすりあわせて人間の関係を暖かくしているようなところがある。
悪い方は、「オカネに汚い」という。
プーケのトゥクトゥクドライバたちと一緒で、£50だと判りきっているのに、同じ店員が同じ客に£200だぜ、と述べるところから出発する。
ものの値段が一意に決まっておらず、いちいち延々と交渉しなければならないので毎日の生活が疲労困憊であるという。
言う、というのは誰が言うのかというと友達のエジプト人の医者がそう述べている。
ニュージーランドに住んでもう5年になるのに、いまだにエジプト人のオカネにまつわる「クレクレ」のしつこさについて愚痴をよく述べるので、よっぽどすごいのね、という印象が出来てしまっている。
ハリウッド版のクレオパトラを主演したエリザベステーラーみたいな顔の人が、つばをとばしながら、「ガメちゃんね、エジプト帰ると、ほんまにたまらんのやで」と訳したくなるような言い方で故国について愚痴るので玄妙です。

シリア人は、マジメで、オカネの支払いも、カイロやイスタンブルのヨーロッパ側のような町とは異なって、ちょうど日本のように一意に決まっている。
交渉しなくてもよい安心感がある。

レバノン人は、この両者とも異なって…と無限に書いていくことが出来るが、そんなことをやっていても仕方がないので、ここで打ち切るが、欧州系人はあまりに中東に対して無知なので、レバノン人も、エジプト人もシリア人も、十把一絡げに同じ「中東人」に見えてしまっている。
ヘンな説明のついでに、もっとひどい例をひとつあげておくと、このブログに何度も出てくるように南カリフォルニアにおけるわし商売のパートナーは中東人たちだが、この人たちはキリスト教徒です。
アジア人のひとたちなどは、イラク人、レバノン人と言っても、わしビジネスパートナーと、その一族などは、みな「真っ白」な人たちなので、イラク人だというとぎょっとするらしい。
金髪で碧眼のイラク人、というものを想像したことがないように見えるが、ペルシャにもアラブにも、「踊るイラン人」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2008/10/01/persians/
で記事に書いた、見た目は欧州系人となにも変わらない中東人もたくさんいる。

と、ここまで書くと、気がついたとおもうが、この改宗したニュージーランド人の女の人に向かって「White power!」と叫ぶバカタレは、だから二重の意味でバカである。
Niqabの下に隠れた金髪で白い肌のAmina さんが、差別的な言葉で罵られて、「’Oh ya idiot, 」と呟くところは、いかにもキィウィぽくて可笑しいが、
Niqabですっぽり外見を包まれた欧州系人への差別は、「差別」というものの本質を露顕させる実験のようで面白くもある。

英語人のあいだでは日本での韓国人や中国人たちに対する激しい差別が、よく話題にのぼる。
このブログ記事をずっと遡ってゆくと、どこかに、ずっとむかしに書いた日本社会の天然に生じた感じがする人種差別の激しさと、そのことが世界じゅうに知れ渡っていることについての記事があるはずで、少なくとも日本に関心をもつ英語人のあいだでは、遙かなむかしから日本のひとたちの外国人嫌い、特にアジア人に対する差別の激しさは知れ渡っているが、このごろは、それよりも少し層が広がって、もともと日本に関心をもたなかったひとびとが、日本でのアジア人差別を話題にする。
わしがたびたび日本に出かけていたのを知っている友達たちは、現実はどうなの?とよく聞く。

問題にされているのは、日本に、たとえば韓国人に対してなぜだか激しい憎悪を燃やすひとびとがいることではなくて、そのひとびとが何年たっても通りを練り歩くことをやめないですんでいるばかりか、到頭、その一味みたいな人を首相に選んで、あまつさえ再選、再々選してしまったことで、
「これはもう社会の体質としか考えようがない」と理解されるに至っている事態のほうです。
頭の足りない人種差別主義者はロンドンにもニューヨークにもパリにもいる。
「えええー、そんな人、ロンドンにはいませんよ。ガメさん、もう何年もロンドンに住まないでいるから昔のロンドンしか知らないんじゃないですか?」というタイプのチョー失礼な人が、なぜかイギリスに住んでいる日本の人には多いが、夜、ビンボな地区のバスに乗ってみいよ、と言いたくなる。
別に労をとって探さなくても、すぐに遭遇できます。

だが、それが通りに出てきて、たとえば1990年代のオーストラリアの、世にもバカっぽい、しかも初期には圧倒的に支持された反アジア人の「ワンネーション」運動が、いつまでも支持されるかというと、ものの数ヶ月で、日曜日に通りに蝟集したメルボルン「市民」によって、クソばばあ(←言葉が下品)ポーリン・ハンソンの事務所は物理的に破壊され、出身のクイーンズランドに本人の言によれば文字通り「命からがら」逃れて、そこでも生命の危険を感じるとかで、「よりアジア人への危機感を理解してくれる」イギリスへと「亡命」する。
人種差別主義者にとってはパラダイスであると判断されたイギリス人たちは、さぞ喜んだかというと、そんなことはなくて、当然の反応を示して、
「イギリス人は、すっかり人種的プライドを捨ててしまった」とイギリス人の「プライドのなさ」に失望したポーリンハンソンはオーストラリアのほうがまだましだとかで、「二度と来るなアホ」という「プライドのない英国人」たちの罵声を背中に浴びながらオーストラリアに帰っていった。

どこの社会でも、差別主義者たちは「良識のある市民」が、怒りだすといかに怖ろしいかを思い知って、数ヶ月で逼塞する。

日本では、なんらかの理由で、人種差別と民族差別は社会的に許容されているのだ、と理解されている。
当然、日本人全体が差別意識に満ち満ちているのだ、と了解されることになった。

「カウンター」があるというが、それは冷たいことをいうと、あたりまえで、それすらなければ、いまは、海外に住む日本人などは、「自分はふつうの日本人とは異なる」と弁明する人が増えているようで、そうでしょうね、と自分という個人は「日本人」とは異なるのだという釈明がうけいれられているが、「カウンター」もなければ、頭のうえに太極旗か人民共和国中国の小旗を立てて町を歩かねばならなくなってしまうだろう。

差別は、とどのつまり、無知に起因している。
ボランティアでマリに行った友達や、レソトに赴任した友達は、よくアフリカ人たちのすさまじい人種偏見について愚痴をこぼすが、無知は自分と類似した人間以外は受け入れようとしない畸形人をつくりだしてしまう。

冒頭の記事の初めのほうに
「”I’ve never been racist and I’ve never encountered it either, so I found it really humbling coming from something I’ve never thought about and not growing up racist or in a racist family.」
とあることで窺われるとおり、最も人種差別が起こりやすいケンブリッジのような農場地帯にある田舎の小さな町でも、人種差別は少なくなった。
イギリスでも、人種差別が目立ったのは90年代までで、そのあとは、顕在化しなくなっている。
ところが「イスラム」という新たな未知の要素が登場すると、またかつて日本人や中国人たちに対してやっていたことを初めからお温習いするようにおなじことを繰り返しはじめている。
「White power!」という、いかにもアホっぽい言葉は、もともとはアジア人の学生たちに対して投げつけるために流行りだした言い方です。

“No matter what happens, I don’t care. This is my faith and this is who I am.”
とAminaさんが述べている。
他人の言うことなんか知らん、わたしはわたしなのだから、自分には、それ以外の自分には関心がない、というAminaさんの言葉は、おもしろいことに、ムスリム人の文明よりも英語世界の文明から聞こえてくるように感じられて、自分が自分であることによって、あるいは、それによってのみ、安心立命を得る英語人の考え方がよく出ている。

日本の人が、他の文明のなかで育った人間に較べて、めだって、異様に人種意識が強いのは、「周囲との関連性のなかで自己を見つめる」くせがあるからではなかろーか、と思うことがある。
他人の視線のなかで自分を見ている。
あるいは、政治的なトピックにおいては「天然全体主義」という。
どれもおなじことを指して、なんとか伝わりやすいように表現しようと考える。

嫌韓も中国人蔑視も、結局は、「個」がもてない自分が亀裂を生じて、社会に対して助けを求める悲鳴でしかない。
対象を中国の人と韓国の人という、日本の歪んだ社会のなかでは最も誤解するのが簡単な集団に求めているだけで、いつでも「鬼畜米英」にも「アカ」にも交換可能な、日本社会の最も根が深い病の表出なので、いつまでも「韓国人は死ね」と述べる人たちが通りをぞろぞろと歩いて、日本社会を代表するイメージになっている。

BurqaとNiquabとHijabの違いについて、わざわざ注釈をつけなければならないと記者に感じさせるニュージーランド社会の底抜けのバカっぷりのことを考えていて、日本の嫌韓と、到頭外交的な大失策にまで発展している中国の人々への理解できないくらいひどい偏見も、日本社会全体の課題として、日本の文明とは明らかに別種の、韓国と中国の文明を学習して、無知が解消されるまでは解決しないのではなかろーか、と考えました。

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7 Responses to 無知と偏見

  1. euca says:

    亀さん こんにちは
    人種という概念が科学的に否定されたと仰っていたと思いますが、血液型占いみたいにこだわっている人がいる。犬さんたちはあんなに外見が異なるようにされても、性格が違うだけではないか。仮に人種があったとしてもだからなんなんだ。一人一人違うし、文明が異なることもおもしろそうなのに。
    「思想も信条もどうでもいいけど、汚いものをまき散らさないでくれ、それは暴力だ!」と差別主義者に言いに行かない私は卑怯だろうか。でも居合わせたらなにか言ってやる。痴漢にあったらこうしようと考えるような感じで、吐きそう。

    ツイッタの暴力的な話題や言葉から少し、距離を置くと精神が削られなくてよい。
    私は亀さんにごめんねって言い過ぎた気がするようになった。悪いことしてないもん。亀さんにはうるせーとかバカとかあほうとかしか言ってないもん。(失礼だな)

    内から湧き出る泉が涸れないようにしなくては、声が聴こえなくなる。光が見えなくなる。

  2. 読者 says:

    人と違うと、いじめられるのが日常茶飯事ってことなんでしょう
    小・中学校なんかでも、たいていは「いじめられた側」が転校か不登校になるくらいに追い詰められるのにたいして、
    「いじめた側」というのはいつまでも教室に残る

    先生がいじめている側を真正面から注意して叱るというのは、
    あまり聞いたことがない

    いじめ問題があったとしても、学校として表には中々報告したがらないのが常ですよ
    いじめられた側に正義がないんですよ

  3. 名もなき花 says:

    初めまして。
    以前何かのきっかけで辿り着き、睡眠時間を削られながらまだ過去記事全部は読み切れていない者です。日本を離れて20年以上になります。今の若者のように日本に見切りをつけて来たわけではなかったけれど、自分の知っている日本はなくなって来ていると、この数年特に感じます。
    色々な人の目に触れる所にこんなただの感想を書き込むのもどうかと躊躇しましたが、思い切って書いています。

    ガメさん、日本語で書いてくれてありがとう。あなたの言葉に触れられて本当に良かった。
    あなたの文章を読むと、同じ風景を黙って見ている気持ちになります。そして、その風景はもう消えようとしていることも。
    渡世で日本語と日本語話者には色々触れているのですが、言語は単なるツールだけではなく、言語で思考を表現するしか方法がない以上、それはその人を表すとずっと感じて来た事を今更ながら実感しています。

    いつかガメさんとどこか近所で知らん顔してすれ違えるでしょう。最近の記事の写真を見てそう思っています。
    どうしようもない国ですが、良い所ですここは。(慣れただけかもしれませんが)
    お忙しいと思いますがどうぞ又ゆっくりとお越し下さい。

  4. masako says:

    問題は無知なんだろうか。偏見なんだろうか。
    無知も偏見も良い事ではない。
    子供の時に読んだ本で、馬の話だったと思う。大好きな馬を無知から死なせるところだった少年に、(少年は長時間全力疾走し直後の馬に水を沢山与えてしまう。それから馬は瀕死に。最後は助かるのだけど)馬が助かった後、大人が「知らないと言うことは知っていて間違いを起こすのと同じくらい悪いことなんだよ。」と言う。
    あの時、馬が可哀想で助かるかどうか手に汗握って読み進んだ後、馬は助かり、ほっとしたところで、少年が大人にそんな事を言われて、「どうしてだろう?知らなかったのに?どうすれば良かったんだろう?」と思った。今でも、何かを知らない人に「知らない事」で責任を問うのはどうか、と思う事もある。でも無知が罪になる事は実は多い。
    本当は無知でいるべきではない。でも自分が無知だとわからない、知らない人はどうやってそこから抜け出すんだろう。自分が無知だと知らない事も自分の責任なのか。今、私が知っている事は、どうして知っているんだろう?私が勤勉だったから、努力家だったから、だとは常に努力の対局にいる自分を知っている本人としては到底考えようがないので、単に「知ることができた自分が幸運だった」のだと思う。または、「無知だと気付いて知ろうとする自分になれた」という幸運を持って生まれる人もいると思う。そして気づく為にその人の言語の土台がどうか、がとても重要な気がして、現代日本語と他の言語との違いについて考える。

    いつもいつも考えている訳ではないのだけれども、時折、ふっと、フランス語と日本語の違いに何かが見える気がする事があります。
    がめさんが話をしていた事から、「日本語の中の他者」や「言語の中に神が存在するか」は、何かが見えたように感じる時、いつも浮かんでくるもので、無意識に私はそれを探しているようで。

    この間、食事中に子供達が数年前は優しかったのにとても厳しく頑なになってしまった先生の話をしていた。どうして優しかった先生が変わってしまったのだろうという話になり、子供は、
    「Je ne sais pas. Mais on était méchants avec elle.」といい、そこから、私は日本語とフランス語の違いについて考え始め、会話がどう終わったのか覚えていない。
    親バカと思われるかもしれないけど、うちの子供は喧嘩もしていない相手、それも学校の先生に意地悪したり悪い態度を取れるような子ではなく。でも先生に対して「私たちは意地悪だった。」という時の「私たち」にはうちの子も含まれている。それでこの「私たち」はなんだろう?と。
    我が子は特にクラスの悪ガキたちと一緒に先生に失礼な態度を取ったとは思わないけど、自分がそれを止めなかったから、そして先生に自分自身が良い印象を持っていなかったから、意地悪に参加していたのと同じ、と無意識に認めて「私たち」と自然に言葉が出たのだと思う。

    日本ではすぐに「責任」という言葉がでて、「誰の責任か」、「私が責任を取ります」、はたまた「連帯責任」という言葉もあり、私の時代は小学校で誰かが悪さをするとクラス全体が「連帯責任」と罰せられることが良くあった。そのせいか、「連帯責任は無責任!」と子供達は冗談で言っていたが、大人になって、まさにその通りだったと思っている。
    「連帯責任は無責任」!「みんなで」責任をとると言って実は誰も責任を取っていない。みんなで謝ったふりをしようぜ、というのが連帯責任で、また、問題の根っこから解決するのは面倒なので、クラス全体を「連帯責任」で罰してその話は終わりにするのが当時の小学校の教師に多いやり方だった。

    言語そのものの中に「私」があって、「私たち」の中には「私個人」も含まれる場合と、「私たち」の中にあるはずの「私」は、何かに溶けて混ざってしまって形を残していない場合では、話をしている人の意識が全く違うのではと思う。
    少なくとも自分の子供たちを見ているとフランス語で「私達」という時、「私」もはっきりした形でその中に入っている。でも日本語だと何か曖昧になってしまう。(ここまで書いてふと気がついた。子供達はごまかした言い訳をする時は大抵日本語を使っている。親に対抗してはっきり議論しようとすると、フランス語になる。・・・言語能力の優劣も関係しているかもしれない・・・)

    日本が良い方向に変わるために「私」が本当に自分と一体化した「私」になり、「私たち」という時の「私たち」には、個人個人の「私」がそのままの形で含まれているべきなんだろう。
    言語的に曖昧なまま何世紀も生き続け、今世紀になって言葉の屋台骨が崩れつつある日本語を使っていてはそれは難しいのかもしれないけど。
    若い人達が自分の言葉で語り始めた事が、日本語の中の「私」という単語を本来の「私自身」がいっぱい詰まった言葉に変えてくれたらと思います。

  5. 差別については、3歳くらいで分かっていた記憶がある。
    近所に銭湯があり、銭湯の開店時間近くに祖母や母に連れられて利用すると、必ず、超絶に美人な掘りの深いの女性と一緒になった。あまりにもきれいな人なので、よく見とれていたものであったが、「じろじろ見るんじゃないの。そんな風に見られたら困ってしまうよ」と注意されることしばしば。単純にきれいな人だから見とれていたのだけれど、もう少し大きくなると、彼女はアイヌ民族の方だったと分かった。
    「じろじろ見るんじゃない」とは、彼女が色々な意味で既に近所で「じろじろ見られて」差別を受けていたことにつながっていた。
    「おねーちゃん、綺麗だね」と言えばよかった。
    広い浴場の隅で体を洗い、湯船につかることもなく、ささっと出ていってしまったとても綺麗な女性のことを私は忘れたことがない。

    小学校に入学し、在日の子と同級生になった。これまた賢い美人で、イケメンの弟さんだった。
    同期に、893の息子がいて、馬鹿の一つ覚えのように、ことあるごとに「ちょーせん、ちょーせん」と彼女らを嘲笑していた。中学に入っても、それが続き、ある日、彼女は腕っぷしで彼を黙らせた。喧嘩して、彼を殴り飛ばしたのである。その後の生徒会役員選挙で、彼女は見事に当選した。PTAも出てこなかった。
    また、サムライ部落出身という同級生もいた。とても明るい人であった。
    私は、当時、在日という言葉も、サムライ部落という言葉も知らなかった。知らずに過ごせた。

    現在ほど露骨で嫌な言葉が飛び交う時代ではなかったのかもしれないが、流布している噂や看板に惑わされることなく、「その人となり」と交流する時が持てたことを、私は当時の私の周りにいた大人に感謝している。
    多分に とりあえずの日常を平和に過ごそうと思うなら、中流日本産の友人のみの方がよかったであろう。私が遊びに出掛けて行く友人たちは、なかなか「問題」があったのではないかと思う。
    余計な先入観を持たずに、思いっきり無知で、好奇心の赴くまま人と知り合えた経験は、今の私の大事な「経験則」の柱になっている。

  6. WI says:

    ガメさま
    ガメさまの文章を読んで、引き込まれて、読み進めていくうちに、涙が溢れてきました。年甲斐もなく、わんわん泣きわめいていました。

    日本のゆとり教育を受けた者です。
    物心ついたときから息苦しくて辛くて、でも誰も理由を教えてくれなかった。友人も、尊敬する両親も、教師も。
    彼らと心を通わせたいのにできなくて、でもどうしても心を通わせたくて、本の世界に逃げました。
    ある日本のよく売れいる恋愛本に、「人とは、目の前の人間がどんな人間なのか本当は興味がなく、他人のことをサービスと捉えている。あなたも、母親の母親以外の姿はまるで興味がないはずだ」と書いてありました。私は衝撃を受け、母親が色々な側面のある1人の人間だと認識していた自分が少数派であると知りました。だから、こんなに話が通じず、孤独に苦しんでいるのだと思い込みました。
    周囲と話をしても望む深みに達せられず、そう感じる自分に何か決定的な疵があるのだと思わされ続けてきました。絶え間ない孤独でした。
    何とか息も絶え絶えに生きていたら、心を病み、夢うつつのなかでこの年になりました。
    薬を飲んでも治らなかったのは、私を産んだ日本に病巣があったからなのですね。
    福島のことも、世界のことも、日本のことも、未来のことも、それに対して意見を持たず考えすらしないのが、私の周りの人達だと、それが私の中で真実でした。
    仕方のないことだと思いました。だって、目をつむってから開いたても、どう言葉をこねくり回しても、その人たちしか視界にいませんでした。どこを探しても、たどり着く先は同じでした。
    そうしているうちに、私は日本という鋳型に、自分の骨を折って筋組織を破壊して、はめ込みました。そうしなければこの広い世界で生きていけないと盲信していました。地獄のようでした。

    私に生きる希望を与えてくれたのは、私の伴侶です。
    彼とは、するすると心の底まで潜れました。意見を戦わせられました。生まれて初めて、行動を共にして楽しい人でした。私は途方もなく救われました。
    この人と生きる世界なら、私は死にながら生きなくて良いのだと思いました。

    小さな会社に就職して、今までのことが悪夢だったかのように私は生き生きと活動するようになりました。

    会社の内部を分け入って実体験としての知識を積み重ねるうち、日本という社会がおかしいのではないかという感覚が、何度も何度も私の思考に引っかかりました。勉強のためと読んでいた日本のビジネス誌は、私の直観をことごとく論破していきました。でも、頭にこびりついたしこりは消えませんでした。

    こんなに多くの会社が生き長らえるなど、おかしいのではないか?なぜ、人手不足だと言われているのに給与が上がらないのか?なぜ、ここまで女性の社会進出は実現しないのか?どころか、なぜ日本の男性の方が逆差別されていると抗議するのか?なぜ、中国や韓国の人はここまで日本を嫌うのか?そしてなぜ、私の前に現れる彼らは、礼儀正しく、憲法九条を手放すなと忠告するのか?なぜ、アメリカは日本を守り続けるのか?

    でも、ガメさまのブログを読んで、私が「すべて」だと思っていた世界は、「日本だけ」で、「ごくごく狭く閉鎖的な世界」だと気づいてしまいました。

    点と点がつながり、膨大な線が一気に頭を駆けめぐり、私は自分の頭脳を信用していなかった私を恥じて泣きました。すっかり洗脳されて、伴侶の前で人種差別主義者として過去に発言していた私も含め。

    伴侶はいつも正しかった。公共機関を浸食する二次絵に嫌悪を表し、日本の強姦動画はすべてなくすべきだと息巻いて、どの国の人だろうが人それぞれ、と諭すように私に言っていました。

    涙がたっぷり出たあとは、茫然自失。目が覚めました。

    まさか国家を挙げて国民を騙す、なんてSFみたいなことってあるんですね。

    ガメさま、ありがとうございます。本当にありがとうございます。

  7. kaz184 says:

    はじめまして. 楽しく読ませてもらってます.
    コメント残すだけのことにとても悩んだ末, とりとめのないことを書こうと思います.

    いつだったか友人と言い合ったことを思い出しました. 結局,
    「無知でいいやと思うのは, それで楽しめることがある, と直感してるから」
    と二人で合意したのですが, なんというか, 美しい知恵の輪を貰ったとして, それが素晴らしいと褒めつつも
    それをバラしたりすることはしたくなくて, ただ眺めるだけで良いのだ, という情景が頭に浮かんだのを覚えています.
    「もし知恵の輪を解こうとすればあれこれ悩まなくてはいけなくて, それが今あるこの良い感情を台無しにする」
    と直感しているようだと思ったのです.

    私は絵画,彫刻,音楽,文学や美食などの所謂”文化”と呼ばれるものに, それほど強い興味を持てずに20年強生きてきました. おそらくですが, 私の先入観から, これらのものは”バラす”ものではなく”眺める”ものであって,
    バラすことに対してそれほど積極的でない, という考え方が頭を占めていたからだと思います.
    この先入観の是非は今も判然としないのですけど.

    “なぜ無知な人間が自らを顧みられないのか”を, 事の是非を棚上げして考えたときにまず思うのは,
    「彼らには既成品をバラしてみよう, という習慣がないに違いない」
    という発想です. つまりは自分はもう出来上がってしまっているので, 見直すべきところは無いのであるということですね.
    この考えに至った理由は色々あるのですが, 一番はやはり自分の家族を見て, でしょうか.
    科学原理主義の父と, 新興宗教派の母という取り合わせは非常に面白いと感じています.
    この”輪郭をなぞるだけで構造を理解しようとしない習性”が, 動脈に至る傷に対して絆創膏で安心してしまえるような感性を育んでいるのではないかと感じます. 私は日本を出たことがないので, もちろん日本のことです.

    最後にしますが, 権利も自由も主張も誇りも思想も他者から与えられてきた日本の一部の人々にとって, それらを分解するなどという行為はとても恐ろしくてできやしないだろう, というのが私の考えです. トーテムって言うんですっけね, たしか.

    「再構築できなかったらどうしてくれるんだ」

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