Diwali

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マリーナから通りに出ると、なんだか、いつもよりインドの人の数が多いような気がする。
インドの人は質素で、ふだんは派手な服を着ている人が少ないというエスニックグループとしての特徴があるが、今日は、目もさめるようなサリを着ている人がたくさんいます。

初めに気がついたのはモニで、
「ガメ、今日はDiwaliだな」という。
おお、panipuri!と、こちらは反射的に大好きなインドスナックpanipuriを思い浮かべて、もうハンドルを切ってアオテアセンターに向かっている、わし。
モニは、「ガメにはdiwaliがそのままpanipuriだな」と、わし考えを見破って、くすくす笑っている。

笑いなさい。
この世界にpanipuriに勝てる人間がいるだろうか? (いいやいない)

パニプリは、日本で言えばたこ焼きなのではあるまいか。
ロンドンのチェーン店「マサラ・ゾーン」はメニューに載せているが、普通のレストランは載せません。
小さなプリ(まんなかに空気を入れておいて、揚げて、ぷっ、とふくらませたパン)の上に穴が開いていて、そこにタマリンドジュースを注ぎ込んで食べる。

https://en.wikipedia.org/wiki/Panipuri

たこ焼きとおなじくらい大好物なので、これを見逃すは勇なきなり。

ほんとうは、Diwali は午後7時くらいからが本番で、大ステージの上ではダンサーたちが踊り狂い、アオテアスクエアを埋め尽くしたひとびとは熱狂して、子供たちは、ぐあああああ、になって、わけがわからないなりに興奮する頭上に花火も飛び交うDiwaliらしい狂熱は夜のものだが、いまは6時で、まだ明るくても、わしにとってはDiwali=Panipuriなので、ぜんぜん気にしません。

Diwali

はヒンズーのお祭りだが、オークランドのそれは、ムスリムも中国の人もヨーロッパ系人も入り交じって、通りを埋め尽くした屋台と、スクエアがそのままラッシュアワーの山手線になったみたいな、チョーものすごい数の、さまざまなひとびとでいっぱいになる。
2002年に始まって、年々、規模がおおきくなる。
今年は広いアオテアスクエアが身動きできないほどの数の人でいっぱいになっていた。

スクエアのまわりの駐車場は空きなしなのはわかりきっているので、カランガハッピロード、むかしは売春街で、いまは、オタク相手の店や、60年代フラワージェネレーション風の服を売るブティックというような、「少し変わった」店が並んでいる通りの、横路地の下にある、めだたないところにある駐車スペースにクルマを駐めて、ついこのあいだ殺人事件があった公園を通ってアオテアスクエアに向かう。

「ガメは屋台の食べ物がほんとうに好きだな」と、あきれるモニさんを尻目に、3軒目にして4皿目のパニプリを食べながら、「一個、食べてみる?」と、屋台の食べ物には手をださないモニさんが「いりません」と言うのを知っていて、訊いている、わし。
夫婦といえども礼儀正しくなくてはなりません。
うん、と言われてもあげないけど。

シークのひとびとが、現今、ヒンズー人との緊張がまた高まっているのを反映して、ちょうどステージに顔を向けているヒンズー人の大集団と向かいあう場所に陣取って、抗議のデモをおこなっている。

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だらしなくパニプリを頬張りながら、どーして、こんな重大な問題を知らなかったのかしら、ダメじゃん、と考えるわし。
モニは、知っていたそうで、「ニュース見てないのか?」と言う。
ここのところゴシップニュースばかり夢中になって読んでいたので知らなかった、と述べると、
アリアナグランデが金髪になってしまった、とか、そんなことばっかり言ってたからな最近、と笑われてしまった。

インドの人たちと一緒になって通りでインドのダンスを踊っている欧州系人たちを見て、ニュージーランドも変わったなあーと考える。
じーちゃんみたいだが、でも、ほんとうにたいへんな変わりようなのだから、仕方がない。

むかし、わしは白い人ぶわっかりの文化で、退屈で、あきたので、ネットの電気信号的な風のうわさによれば多文化の融合反応が起こっているトロントに越そうかと考えたことがあった。
ニューヨークやシドニーは、多文化とは言っても、ちゃんと混合されていなくて、モザイクというか、セグメントというか、共存はしていても、いまひとつ面白くないので、トロントに行けば、もっとちゃんと混ざっていてオモロいのではないか、という目論見だった。
寒いそうで、おまけにトロント人に聞いたら夏は湿気がすごいというので行かなかったが。

ところが馴染みのある町のオークランドで夢であった文化の「融合」が起き始めた。
だいたい2001年くらいからのことです。

あれから、もう15年も経つ。
20世紀が遠い過去のことに感じられるのは、その間(かん)の変化の大きさを物語っている。

わしガキの頃は、まだ、ウエールズ人とイングランド人とスコットランド人が、お互いを国民性を挙げて喧嘩することもよくあって、オランダ人に対する、例えばアジアからの移民のひとびとからは不可視の、しかし激しい差別があった。

インドや中国から移民が流入することによって、特に人口の1割を新しいアジア移民が占めだした頃から、目立って寛容になって、というよりも気にしなくなって、一緒になって祝い、一緒に悲しむようになった。

インドの人が持ってきた生産性が高いソフトウエアの技術と中国系と台湾系が持ち込んできたハードウエアの流通スキルに、ヨーロッパ系のエンターテインメント文化(例:The Lord of the Rings、Lords)や英語圏が共有するパラダイムシフトとしてのIT文明が結びついて、「隣国」のオーストラリアまで2500kmある孤立したチョー小国なりに、固有で独創的な文明が始まっている。
隣国のオーストラリア人が、なにをおもったか、インド人を標的に定めた人種差別運動「カレーバッシング」をはじめて、豪州人たちに訊くと、「あんなもの、実体はないくらい些細なことだったのに」と述べていたが、インド本国ではおおきく伝えられて、最優秀なインド移民たちが、ニュージーランドをめざすようになったのも大きかった。

先週、この種類の調査では最も信頼できるということになっているHSBCが発表した移住先ベスト40ではニュージーランドがシンガポールについで2位になっている

https://www.expatexplorer.hsbc.com/survey/

が、以前には当然のようにアメリカ合衆国が1位だった移住希望先にシンガポールやUAEのような国が入るようになったことは、二重国籍もあたりまえになった「新しい世界」では、また移住した国がヘンになったら他の国に移っていけばよい、という考えが普通になってきたからでもある。

英語が母語並み/準母語並に話せて技能をもつ人間にとっては、世界中、教育や研究や仕事のインフラストラクチャーが平準化されて同じになりつつあるので、国はどうでもよくて、収入にすらよらなくて、よりよい生活環境を求めて移動する。
いまはニュージーランドが「ちょうどよい時期」で、オークランドの140万人というサイズは、たとえばわし家は静かな住宅地にあるが、15分クルマを運転すればエスニックタウンシップへも、オペラへも、マリーナへも、どこにでも着いてしまう。
1時間ドライブすれば、人気(ひとけ)のない海岸や砂浜が無数にあって、一般に開放された農場のトレイルをたどって、そこここにある巨大な彫刻を眺めたり、カフェでファラフェルとコーヒーで休んだりしながら、自然のなかを散歩して遊べる。

住居用不動産も、16年におよぶバブルで、ものすごく値上がりしたとは言っても、普通人が届く金額の範囲でヨーロッパの都市ではのぞむべくもない、広い庭のあるおおきなスタンドアロンの家に、住むことができる。
テニスコートやプールがある家も、わし近所でも普通にたくさんあります。

15年前まではドビンボ王国だったニュージーランドが、急速に繁栄する社会になったのは、簡単にいえば、ヨーロッパ系人が人種偏見や民族偏見を捨てることに成功したからだという実感がある。

「新しい時代」について、上で触れた「移住先ベスト1」のシンガポールを例に付け加えると、よく知られているようにシンガポールは自由主義国ではなく全体主義国家です。
もともと日本をお手本につくった社会なので、当たり前だが、日本と非常によく似ていて、見かけは民主制だが言論の自由も表現の自由も、基本的人権に当たる部分も厳しく規制されていて、コントロールフリークというか、なんでもかんでも国家が個人に対して干渉して「管理」したがるタイプの国です。

オーストラリアやニュージーランドと同じく英連邦に連なっていて、イギリス式の生活様式の大枠を継承した社会は、日本やアメリカのようなほとんど社会が強制するような「消費社会」とは性質がおおきく異なって、統計から想像するよりもずっと生活費が安い特徴がある。
そういう社会でありながら、統計上の税金も、たしか個人の所得税の上限が20%で、日本が典型の「見えない税金」がある国とは異なって、見かけ上の税金が高いはずの、このタイプの社会としては、びっくりするような税率の低さで、これが移住する人間にとってのおおきな魅力になっている。

社会全体も前に記事

「シンガポール_流線形の独裁」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2010/11/09/1512/

に書いたように、国家というよりは国家の形をした企業で、マヌケでなかったアベノミクスジャパンというか、「ここの国に住んで、おとなしく働いていれば、ちゃんと食べられてオカネが貯まるんだからガタガタ言うな」というのが国是で、もともとは敵対するイスラム諸国に囲まれている緊張感から出来た、この「繁栄至上主義」の国が、二年前だったか、ほんとうは推定20〜40%という冗談じみたGDPの成長率を統計をごまかして遙かに低い成長率に書き直したという根強い噂がでるところまで来たのは、つまりは経済繁栄に特化した国作りを続けてきたからでした。

もっとも、余計なことを言うとシンガポール人は、日本や韓国が常連で、万年首位争いを繰り広げていた「国民が不幸だと感じている国」を遙かにひきはなして、目下「世界で最も不幸だと感じている国民」で、実際シンガポール人たちと話していると、国と社会に対する不満をぶちまけはじめると止まらなくなって、聴いている外国人たるわしのほうは、シンガポールのありとあらゆる隠蔽された暗部に通暁する結果になる。
社会の繁栄と国民の幸福感の関係は面白いものだな、と思う。

Diwaliの人の群のなかにいると、インド人たちにとっては伝統の祭礼でも、新しい時代の息吹を感じる。
20世紀は過去なだけではなくて、とうの昔に終わった時代なのだという実感がある。
21世紀になってから生まれたひとびとは、もうすぐ15歳で、話していると、なぜ人種や文化が異なると嫌だという人がいるのか、という原理そのものが理解できないひとびとがいる。
先週話した近所の14歳人は、たまたまテレビで日本の「嫌韓運動」のパレードを観て知っていたが、ちゃんと観ていなかったのでしょう、20世紀についての歴史番組だと思っていて、 居合わせたおとなたち、みなに笑われていた。
笑われてはいたが14歳の人の感覚は健全で、
言われてみれば、たしかに、21世紀の同時代とは思えない光景で、あれが21世紀の風景であるはずはないと思うほうが正しい。

クイーンストリートの坂をあがって、クルマにもどって、窓を開けて、モニとふたりで、もうすぐ夏だね、と述べあった。
あと何回ふたりで過ごす夏があるか。
50回か、案外もっとずっと少ないのか、わからないけれど、
いまは最高のときだね、とモニに言う。
モニさんは嬉しそうに聞いている。
でも、来年はきっともっといいぞ、ガメ、とモニさんが述べている。

変化はどんどん速くなるが、それが「良い変化」だと知っている人の顔だと考えました。
ひょっとすると、もしかすると、ぶっくらこくことには、人間はバカな生き物でいることを廃業しかけているのかも知れません。
あきらめなければ。

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