もういっかい

IMG_0175

小津安二郎の映画「大学は出たけれど」がヒットしたのは1929年で、映画の題名はそのまま流行語になっていく。
1929年は、どういう年かというと一年前に日本が張作霖爆殺事件を起こして、さすがに国内でも天皇を含めたひとたちが危惧をもちはじめて、アメリカを初めとした西側諸国が「どうやら日本は無法国家になりつつあるらしい」と気づき始めた年です。

このあたりから、だんだん世界中の人間の目にはデタラメになってゆく日本の国家運営の、軌条を外れた暴走の駆動力になったのは、要するに不景気で、この不景気を解決するためには満州保持を金科玉条にした戦争しかない、というのが日本人の殆ど潜在意識的な総意だった。

朝日新聞が戦後に良識派の名前をなすのに最もおおきな力があったのは「天声人語」という看板コラムでしたが、このコラムの黄金時代をつくったのは荒垣秀男という記者です。
このひとが社内でのしあがってゆくのは、この頃書いた記事が人気があったからですが、内容をいまみると、
「眉間から入った弾が頭蓋骨と皮膚のあいだをクルリと通って後頭部からぬけたのをホンの軽傷と思って戦っていた…北山一等卒」
「爆弾の破片で足の肉をすっかりとられながらも突貫して行った相沢一等卒」
というような記事であったことが日本語ネット上にもたくさん残っている。
戦争を礼賛して大喝采を博した。

一方では、永井荷風の二月十一日の日記(「断腸亭日乗」)には、

「東京朝日新聞社の報道に関して先鞭を『日々新聞』につけられしを憤り営業上の対抗策として軍国主義の鼓吹には甚冷淡なる態度を示しゐたりし処陸軍省にては大に之を悪み全国在郷軍人に命じて『朝日新聞』の購読を禁止し又資本家と相謀り暗に同社の財源をおびやかしたり之がため同社は陸軍部内の有力者を星ヶ丘の旗亭に招飲して謝罪をなし出征軍人慰問義捐金として金拾万円を寄附し翌日より記事を一変して軍閥謳歌をなすに至りし事ありしと云この事若し真なりとせば言論の自由は存在せざるなり且又陸軍省の行動は正に脅嚇取材の罪を犯すものと謂ふ可し」

とあって、新聞社が高級料亭で権力者と会合して、どんどん報道を枉(ま)げていっていたのがわかる。

読んでいて面白いのは、では当時の世の中が好戦的な気分にあふれていたかというと、そんなことはなくて、世間の気分の主調は「厭戦」であり「反戦」です。
だが景気をよくするためには戦争屋へ「ゴーサイン」を出すしかない、という「分別がある層」の暗黙の「本音」が存在した。
「戦争は反対だが景気をよくするためには闇雲に反対するのは共同体を無視した理想論にすぎない」と言われた。

「戦争は嫌だ」の声は「では、おまえはこの不景気の対策をどうするというのか。東北では若い娘たちが売春婦に売られていっているのだぞ。
おまえは、それをなんともおもわないのか」という声に抑圧されてゆく。

振り返ってみると、この当時の日本に必要であったのは、満州経営という投機的な、いわば思いつきによる「一挙に経済を打開する」政策ではなくて、軍事費に象徴的な国権国家的な浪費を削って産業構造を改革することにしかなかったが、当時は「そんなことは不可能だ」「悠長にすぎる」ということになっていた。
「自信がなかった」というのがほんとうの本音でしょうが、石橋湛山のような極く少数の人間が「貿易立国」を唱えたのに対する世間の大多数の反応は、「そんな空想にしかすぎないことをだいのオトナが唱えるなんて、ばかばかしい」というものでした。
結局、バクチ路線が破綻して、若い日本人を薪でもくべるように大量に殺して、1945年に、すってんてんになって、他に方策のとりようがなくなって貿易立国をめざして、あっというまに大成功を収めるまで、相手にされなかった。

「歴史は繰り返す」というが、現実の歴史は意外とそんなことはない。
同じ失敗の歴史を繰り返した国は破滅して地上から姿を消している。
いまのチュニジアには、世界でも一、二を争う繁栄を誇ったカルタゴというフェニキア人が建設した国(植民市)があって、この国は自己の非を認めない国だった。
滅びるべくして滅びる体質というか、たとえばカルタゴの将軍だったハンニバルは、「カルタゴの将軍は戦いに失敗して負けると処刑されるが、ローマの将軍たちは、国民に、自分たちの方針の過ちで難しい戦争になってしまったのに良く生きて敗兵をつれて帰ってきてくれた、とねぎらわれる」と敵であるローマをうらやましがっている。

失敗を認めず、個人の失敗を許さなかったカルタゴは、いつのまにか自分たちよりも強大になっていたローマの力を無視して、あるいは気がつかないふりをして挑発し続けた結果、ローマと戦争になり、敗れて、徹底的に破壊されて歴史から完全に姿を消してしまう。

英語人がひとしく、この歴史から学習することは、
「歴史上の過誤を認めないものは滅びる」
「国は、滅多に滅びはしないが、戦争だけは国を根本から破壊することができる」
ということでした。
どんなにひどい不景気も、不景気だけでは国はなくならない、という教訓は、このあと、歴史の至る所に発見される。
ごく近いところをとっても、アルゼンチンもギリシャも、韓国も、経済が破綻したからと云って国そのものがなくなったかというと、世界地図を広げてみれば、前二者は相変わらずの不景気でふらふらしながら、韓国は逆に破綻以前よりも、生まれ変わった繁栄する社会として、いまでもちゃんと存在している。

アベノミクスという思いつきに国を挙げて飛びつくという、世界中がびっくりするようなケーハクな行動に出た日本は、その通常は現実に実行してみたりはしない非現実風な通貨減価策を実行してみせて、世界中の人間を楽しませ、「中入れ」に出た戦国大名に対する戦さ功者そのままというか、投資家たちに「濡れ手で粟」の言葉そのままの楽ちんな利益をむさぼらせて、予想通り無惨に失敗して、国民ひとりひとりが70年にわたって貯め込んだ資産を国家的な賭博で使いはたして、「いや、おれはまだ負けてない」とブラックジャックテーブルにしがみついて「もう一勝負!」と叫ぶ賭博依存症の人間そのままに、まだおなじ失敗を、今度は個人資産の裏付けが無い純粋な借金によってチップを買ってテーブルに積み上げようとしている。

そうすれば株価は上がるに決まっているので、またぞろ投資家たちはテーブルに戻ってきて、このナイーブな国からオカネをまきあげようと手ぐすねひいているところです。

政府や日銀の役人たちとは異なって、私企業家は、オカネをすると会社がなくなってしまうので、構造が変わらず、いま50代の人間たちの年金を払ったが最後、沈没するに決まっている市場に再投資するわけにはいかないので、あがった自社の株価のゆいいつの使い途として、海外の同業他社の買収に動いている。
円安で目減りしているが、「倍払っても、ここで海外の同業他社を買っておかなければ生き残れない」とemailを書いてきた人がある。
オーストラリアやニュージーランドでも、ビール会社や食品加工会社は、どんどん日本の会社が買っていきます。
ニュージーランド人は怒っているかというと、そんなことは全然なくて、「どうせ本体が潰れるに決まってるから、そのとき買い戻せばいいのさ」と、のんびり構えている。

日本の人達が、戦前の歴史を忘れて「自民の圧勝でアベノミクスも大成功」だと浮かれていたときに、おもわず浮かれてるおっちゃん相手に怒ってしまったが、日本語で考えていると、つい日本社会で起きることが「我が事」のように感じられてしまうことがあっても、ドアをノックして家のひとが「食事ができました。モニさん、待っておられますよ」と言われると、途端に我に返って、まるで夢からさめた人のようで、そーだった、おれは日本人じゃなかった、ニセガイジンでなくてよかった、日本語が日本人よか上手なだけで、英語人じゃん、あーびっくりした、と考えて、顔を洗って、鏡を見て、まだへろへろな、にやけた産毛のながい顔であることを確認して安心する。

顔が志村喬になっていたら、どうしようかとおもった。
また、ソバカスが増えたのい。
しわもできている。

構造を変える気がないのだから、日本はまた自動的に戦争をやるだろう。
アメリカの支配下でやっているぶんには、どうということはなくて、むしろ歓迎だが、自律的に戦争を始めたら、中国とロシアに抑えてもらうしかない、というのが世界のひとびとの、いちばん普通の判断でしょう。
日本はもともとが名だたる世界でも最も好戦的な国で、戦争中の虐殺も非人道を極めた軍政も認めないのだから、またおなじことをやるに決まってる、というのは、別に中国政府だけが主張していることではなくて、今年に入ってから観たドキュメンタリに限っても、韓国人、シンガポール人、フィリピン人、マレーシア人、オランダ人、アメリカ人、イギリス人、…とさまざまなひとびとが強烈な証言を、ほとんどあらゆる種類のドキュメンタリ、(たとえばフィリピンで戦った米軍兵の遺骨が収集されていないことを扱ったドキュメンタリでも実際にいちばんおおきな印象を与えるのはフィリピン人たちの「日本軍の集団残虐行為」の証言です)で行いだしたのは、70年も経ってしまったので、このあたりで、まったく反省の色をみせないどころか、ここに来て、時間が経ったのをいいことに、国ぐるみで正当化を開始して
「虐殺も集団強姦もなかった。慰安婦なんて、でっちあげ」と言い出した日本社会全体への警戒から、歴史の再確認を行おうという気持ちが働き出しているのはあきらかであるとおもう。

合衆国の大統領選の帰趨は常に行方がわからないが、ヒラリークリントンが当選した場合、アメリカは日本抑圧の意図を秘匿しないものと考えられている。
中国やロシアは、いわば国際協調の一環として、自由に日本が領土と主張している島嶼を自国領として確定しうる。
安倍政権がいまやっていることは、そういう各国の暗黙のあるいはバックオフィスでの談合の結果で、日本政府がいかに、のほほんとしているといっても、まさか気づいていないわけはないので、もういちど強国になって、強行突破しようということでしょう。

表面は異なってみえても、ほんの少し角度を変えてみれば、本質は、なんのことはない、1929年とおなじことを繰り返しているにすぎない。

始まりと途中の経過を繰り返す社会が、終わりだけ異なった終わりを迎えられるものなのかどうか、世界じゅうの「日本に興味を持っている人間」が、注視している。
世界は日本の人が考えているのとはおおきく異なって巨大な無関心の海だが、自分の利益になることとなると、いっぺんに、欲望に燃えた目付きで日本のほうをふりかえることになるのかも知れません。

This entry was posted in Uncategorized. Bookmark the permalink.

3 Responses to もういっかい

  1. 星野 泰弘 says:

    アメリカは太平洋戦争後、何回、戦争をしたか?
    朝鮮戦争、ベトナム戦争、湾岸戦争、…。
    オーストラリアは戦争をしたことがない国か?
    いや、多国籍軍の一員として派兵したこともある立派な戦争経験国だ。
    戦わないで、隣国に領土を奪われた国がどれほどの難民を生み出しているか?
    パレスチナの惨状を見れば、戦争というものは平和のために行うものだと分かる。
    戦争がいけないのではない。
    戦争に「負けた」からいけないだけだ。
    人類そのものが、干上がりつつある地球で、生物が自滅のために生み出した鬼子だ。

  2. yutaka says:

    この文章を読んで小学校のころ8/15に体育館に集められてみんなで黙祷していたのを思い出しました。そのころは「なんだか日本って昔戦争やっててちょうど今日,それが終わったんだなあ」ぐらいにしか思ってなかったです。今にして思えば敗戦の事を終戦と言い換えて誤魔化していたんでしょうね。だって日本がやった事,やられた事は何一つ説明されませんでしたから。あの時から日本人はずっとずっと変わらずにここまで来てしまった。日本がただただ世界に恐怖を撒き散らすだけの存在になってしまうのがつらいです。

  3. 11月1日のtweetを見て、貴方が本格的に日本語世界に愛想を尽かしてしまったのだと思い、いたたまれなくなってコメントしています。
    僕が貴方を見つけたのは福島で原発が吹き飛んだあとですが、当時の僕には貴方の発する言葉の一つ一つが新鮮で、なんとなくこの閉じた世界に閉じ篭っていては身も心も腐ってしまうと感じていた僕に、多くの光明と新たな世界への光の当て方を教えてくれました。
    こんな絵に描いた様な(失礼)人生があるのかと、こんな風に感性を保ち磨き続けることができるのだということが最も衝撃的でした。
    ともすれば、この世界という夢を視ているいるのはあなたのような人ではないのか?なんてことも思ったりします。
    つまり何が言いたいかというと、一言お礼が言いたかったのです。
    まだ僕の人生には結果なんて出ていませんが、少なくも次に進むことができたと思っています。僕の様な人、他にも少なからずいるんじゃないかな。
    貴方が「自分は日本が好きなのかもしれない」と言ったとき、僕は嬉しかった、そしてなんだか切なかった。
    もう今となっては完全に縁を切ってしまいたい思っているかもしれないけれど、願わくばこのブログだけでも、違う場所でもいいです。もっと書いてもらいたいことがたくさんあります。
    願わくば、もういっかい。
    そして一度でいいからお会いしてみたかった。

    長駄文、誠に失礼しました。

    ありがとう

コメントをここに書いてね書いてね

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s