クリスマスの街で

ポンソンビーに行った。
モニさんと一緒にね。
モニさんが、「わたしは髪を染めてくる」と言い出して、二時間という時間をぼくは持てあます。

ポンソンビーの坂を下りてCBDに歩いて行く。
(クリスマスの飾り付けが街を覆っているね)

Farmers の建物には有名なサンタクロースが立っている。
むかしは「Whitcoullsの」だったんだけど。
http://peadpr.co.nz/news/santa-turns-the-big-five-o

クリスマスに縁取られた街。
クイーンストリート。
留学生たちでひしめいていて、観光客たちもいて、
坂をおりてゆくにつれて、どんなに迂闊な人でも、少なくとも5カ国語は聞き逃さないで聞くだろう。

気持ちを浮き立たせるような音楽。
上気した顔の楽しそうなひとびと。

(でもサインの下には、ホームレスのひとびとが舗道をみつめて座っている)

ホームレスのひとびとは限りなく神に似ている。

(地面が沈む)
(きみとぼくが立っている地面が沈む)
  (ぼくは、沈黙に呑み込まれてしまいそうだ)

あわててiPhoneの白いイヤフォンを耳に押し込んで、指で音楽を探す。
(こーゆーときは、案外、Audioslaveがいいかもよ)
(いっそ、Lilly Woodたちの「Prayer in C」にすれば、どうか)

By a freeway I confess
I was lost in the pages
Of a book full of death
Reading how we’ll die alone
And if we’re good we’ll lay to rest
Anywhere we want to go
In your house I long to be
Room by room patiently
I’ll wait for you there like a stone
I’ll wait for you there alone

ぼくは日本語が嫌いになりそうだ。
その「美」や「善」への真剣さを欠いていることによって。

日本語を始めてからすぐに始まって、もう6年間も @apesnotmonkeys というトロルたちにつきまとわれている。
それが、どのくらい、たまらないことかきみにも判るかい?
ぼくはきみたちの世界を信じたかっただけなのに。

知的誠実さ、だってさ、
知的誠実さ!
@mojimoji_x さん、ぼくはあなたが、あなたの中国人の奥さんを気遣うときに、ちょっと羞じらうことによって好きだった。
でも、あんなものが、あなたの「知的誠実さ」なのか。
なんという失望だろう。

(クリスマスの音楽が流れている)
(でもサインの下には、ホームレスのひとびとが舗道をみつめて座っているね)

Viaduct
http://www.aucklandnz.com/discover/central-auckland/viaduct-harbour

に着いて、時間を持てあまして、ぼくはヨットクラブに行ってみた。
きみには話したことがないけど、ぼくはクルーズだけでなくて、ヨットレースもやるんだよ。
ヨットレーサーたちは、酔っ払いばかりで、人生も、どーでもよくて、
ヨットレースがやりたい一心で自分の一生をまるごと「すって」しまった人が多いからね。

ぼくは破滅との淵の細い線をたどって歩くのが好きで、「危ない人」と付き合うのが好きだが、ヨットレーサーたちは、麻薬の売人なんかより、もっとずっと危ない人が多いんだ。

(マリーナでCummingsのエンジニアたちと話した)
(Berthを、ふたつ売るよ。ぼくは、ブルーウォーター以外には興味をなくしそうだ)

友達がいるオラケイのマリーナまで歩かねば。
知ってるかい?
あのマリーナは、このマリーナからちょうど10000歩なんだぜ。
Tamakiドライブを歩いて。
日本軍の上陸に備えてつくったトーチカ群を山側に見て。

ぼくは日本語への信頼を失いそうだ。
ぼくは日本人が、とても嫌いになりそうだ。
どうすればいいのだろう?
ぼくには、日本人たちへの嫌悪を止める方法がなさそうだ。

自分とは異なる文化に興味をもつのは、(侮辱や悪罵によって罰せられなけらばならないほど) そんなに悪いことなのだろうか?

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5 Responses to クリスマスの街で

  1. pino says:

    とても素敵な絵です、大好き。
    私は貴方にお会いしたことはありませんが、貴方の日本語を読んで何度も助かりました。
    テレビのニュースが、人身事故で電車が遅れていると報道します。それを聞いて胸がつぶれそうになっている、すぐ隣で、「電車に飛び込むなんて傍迷惑な。死ぬなら人に迷惑をかけずに死ね」と言う人がいます。なんて言葉、なんてひどい国だ。
    どんなに貴方を傷つけたことか。ごめんなさい。
    それでも私は貴方が書いて下さった日本語を読んで、生きた心地がしました。人間には失敗する権利があること、お母さんはこどもに「幸せになりなさい」ということ、エマ・ワトソンのこと、テイラーどんのこと、シャーリーズ・セロンのこと。貴方のお話に命をもらいました。私は日本語が読めて幸せだと感じました、貴方が日本語でブログをお書きになったから。
    貴方を幸せにする日本語を話したいので、あきらめないので生きます。
    どうぞよいクリスマスとお正月を迎えください。

  2. hiroshiSD says:

    日本という国は、もうしょうがないんじゃないでしょうか。先週日本に帰ってました。テレビは皆下品だし(でも下品な私はやはりなんだかんだで見てしまう )、まともなテレビはBSの海外ニュースとBBC-jくらいなもんで、それ以外を毎日見てるとホントにバカになりそうです。みんな震災後自信なくして心がほんとに病んでしまっているみたいに見えます(テレビはそれを忘れる麻薬みたいなものか)。
    でもですね。誰かが言ってましたが、シンガポールとかで首にならずに仕事ができているということは、シンガポール人に何かを残している、教えているのではないか、というようなことを言われて、まあそうかな若いひとたちに何かのこしているかなと思うときもあるのですね。(その人は投資を回収するのが苦手な日本人、回収するのが上手な欧米人と言っとりましたが)
    まあ日本を丸ごと好きってのは無理だとして、個別の人単位で見ていただくと、まあ素晴らしい人も中にはいるにはいるのではないかと思います。ただ不器用なだけで回収が下手くそなだけかもしれませんし、私がその中に入るという保証ありませんが。

  3. coyu says:

    今日は鳴門金時をオーブンで焼いていました。なるときんとき、ご存知ですか。
    金色のねっとりとしたとても甘いおいもさんです。焼きあがって皮をむいて、とてもとても美味しかった。
    きんとき、金時ってとてもいい名前だなぁ、と思ってこのブログの事を考えました。ガメさんは、日本語のこういう所を好きでいてくれたんじゃないかな、と。 甘くて、金色をした食べ物の事はみんな金時って呼んでるのは、こういうものを食べる時の気持ちを皆が共有していたからなんだろう。
    朝鮮を鮮やかな朝、美しい呼び名、と教えてくれたガメさん。
    今日本語でしゃべっている私たちは、鮮やかさ、美しさを感じたり、金色の時を共有するような気持ちをすっかり忘れてしまって、なんだか頭の一部分だけで生きているような感じがします。
    この間、あのapeという人にやめなさいよと話しかけてみて、なんだかむなしさがすごかった。本当にもうどうでもいい、こんな人に関わりたくないと心底思ってしまった。ほんの少しの間でこんな気持ちになったのだから、6年間…と思うとゾッとします。たまらない…。そして、こういう嫌悪感を感じないふりをしたり、怒りを隠してしまったからこそ、美しさも感じることができなくなってしまったんだなと思いました。
    ガメさん、美しいもの、善いものを、共有しようとしてくれてありがとう。誰かが感じた美しいもの、善いものをここに持ってきてくれるのが言葉なんですね。ガメさんの言葉を読んでいたら、感じることができました。今まで持ってきてくれた分、私も返したいと思ってコメント残してみましたが、舌ったらずで、ごめんなさい。
    鬼太郎の絵、とっても好きです。かわいらしくて、繊細で優しいゲゲゲの文字もいいですね。楽しくキラキラ輝くクリスマスをどうかお過ごしくださいますように。

  4. freebody says:

    フランスへ行くとパリでも田舎でも、「黄色人種」だからなのか「日本人」だからなのか「観光客」だからなのかよく分からないけどよく意地悪をされます。邪険な扱いもされます。数えだせばきりがありません。じゃあだからフランスが嫌いになるかと言えばノンです。病身をおしてでもまた行きたいです。駐車場でウロウロ迷っていたら親切にしてくれた老夫婦、うっかりの交通違反を苦笑いしながらペロっと舌を出して見逃してくれた交通巡査、夜行列車で寝ずに一晩おしゃべりした女の子、そしてあの美しい風土と絵画に身を浸していられるのならそれでいいです、フランスを嫌いになる事はありません。

    スペインに行ってもたいがい邪険に扱われます。置き引きにも遭いました。だからスペインを嫌いになるかと言ったらそれもノンです。ハモンを薔薇の花びらの様に美しく削いで、そのどれもがきっかり10gになるのを驚いて眺めていたらどうだと言わんばかりの自慢顔になったおじさんや2年ぶりにふらっと行ったバルセロナのホテルであたりまえのように「ようこそお久しぶりです」と笑顔で応える青年の笑顔を思い出せば、そしてあの太陽と朝霧の先に見える牧羊夫と羊の群れとガウディの建築があれば、またスペインに行きたいと思います。スペインを嫌いになる事はありません。

    ガメさんも日本人に嫌な思いをさせられたことでしょう。だから日本を、日本人を嫌いになりますか?日本人である私でさえ日本を日本人を嫌いになってしまいそうなのですから、ガメさんが嫌いになってしまいそうになるのも仕方のない事なのかもしれません。そんな時は、日本から離れて南洋にボートでも浮かべてウトウトウトウトお昼寝でもしてやり過して下さい。日本の日本人の嫌なことがどうでもよい遠く離れた所の物のように感じられたら、またふと、遠くから日本を思ってみて下さい。またぼんやりと、日本に行きたい、日本人に接していたいと、そう思う時がやってくるかもしれません。無理をなさらないで。日本が嫌いならそれでいいのだと思います。どうか無理をなさらないで。

  5. dgcntblay says:

    留学中の友人に会うために一昨年初めてバルセロナに行きました。
    友人が授業を受けている間、地図片手に一人で出かけ、道に迷った私。ふと目があったおばあちゃんにおぼつかないスペイン語で挨拶して、ここがどこかわからないんです、ここに行きたいんですと伝えると、「メトロ、ウォーク、ストレート!」 「ヴェルデ!グリーン!」と地図と通りを指さしてニコニコ。聞き返してもゆっくり繰り返してくれました。グラシアス!グラシアス!思わずそう叫ぶと、おばあちゃんは両手を大きく広げて、ぎゅーっとハグしてくれました。

    エルコルテイングレスでのんびりワインを手に取り眺めていると、「それよりもこっちのほうが私は好き」とお姉さんが別のボトルを手に話しかけてくれました。「あなたが今見てたものより少し高いけど、おすすめ。あっ、でもこっちのも美味しかった。この隣のは、うーん、その次くらいかな…」と説明してくれて、「あなたの好みのワインに出会えるといいね、じゃあね」と手を振った彼女は、商品の入ったカゴを持っていました。店員さんではなくてお客さんだったことに、その時気づきました。

    二人の姿は人にまぎれて、あまりにもすぐ見えなくなってしまって、なんだか日本で暮らす毎日の中で振り返ると奇跡のような出会いだったと思います。もう二度と顔を合わせることはないかも知れない人と交わした、たった数分のこの会話を、それでも私は一生忘れません。

    会話が、言葉が人の心に与える衝撃の大きさがわからない人はすごく嫌いです。
    私は地道にあの人たちを報告する程度しかできませんが、ガメさんが受けた傷が癒えることを本当に祈っています。

    「バルセロナの人たちって、すごく暖かくて明るい。自分が持たないものを数えたりしない。それってすごく大切なことだと思う」
    私の故郷もそうならいいのに、と呟いていた友人は学校を卒業して、アンカラに帰りました。
    いつかトルコで一緒にコーヒーを飲みたいなと思っています。

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