A Girl Can Do Anything

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Jyoti Singhは殺されたとき23歳の医学生だった。
6人の男たちに強姦され、性器に鉄棒を突き刺されて、5つの内臓を滅茶苦茶に破壊されたのは、大学のコースをすべて終えた、ちょうど、その夜のことだった。
犯行を終えた男達は、バスを道路際に止めて、Jyoti Singhとやはり瀕死のボーイフレンドをロードサイドの叢に放り投げて、走り去った。

今年(2015年)の3月にBBCのテレビシリーズStoryvilleで放映された、イスラエル生まれの映像作家Leslee Udwinのドキュメンタリ「India’s Daughter」は、ようやく日本でも始まったNetflixで公開されているので、観た人も多いでしょう。
怖ろしい題材を扱った番組だが、よく観ると、人間の栄光についてのドキュメンタリでもある。
「そんなもの、クリスマスに観る人はいません」と、モニさんにも一緒に観るのを断られてしまったので、ポートランドの医者、ゆりさん @YuriHiranuma とツイッタで駄弁りながら、ひとりで寂しく、デスクの上の40インチモニタで観ていました。

全然関係のないことを唐突に述べると、Yuri Hiranumaさんを指してニセ医者という人がいて、なんだこれは、と思って前後の発言を見たら、どうやらこのひとはOsteopathy医師というものが合衆国には、ふつーに存在することを知らないようで、なんだか、またしてもげんなりしてしまった。
按摩の人かなんかが医師を僭称しているのだとおもっているようで、日本の人のこーゆー他人に余計な詮索をして、しかも自分で自分の惨めさと愚かさを他人を貶めたい一心で証明してしまう不思議な国民的な性癖は、どこから来るのかな−、とまた考えてしまった。

閑話休題

観はじめて、すぐに気が付くのは、主犯のバスドライバー、Mukeshが、当時イギリス人やアメリカ人を「女は強姦されても、黙っていればいいんだ」という言葉でびっくりさせたのと同じインタビューで述べる「夜の遅い時間に外をうろつく女も悪い」「犯行に及ぶ男のほうだけでなくて、わざわざ犠牲になるために夜に外出する女にも責任がある」という理屈全体が、曾野綾子さんという日本人作家の沖縄で起きた強姦事件に対する感想と、瓜二つ、というか、そっくりおなじであることでした。

「野蛮」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2009/11/30/barbarians/

もっとも殺された医学生のほうは、社会の違いで、「夜遅くに、ひとりでうろうろして」と殺人犯がわの弁護士が述べても、その実質が意味するところは、午後8時で、しかも「ひとり」というのは「ボーイフレンド、などという見知らぬ人間に等しい人間などは連れ合いのうちに入らない」ということだったが、未開な社会というのは、そういうもので、曾野綾子さんも、「花は寺院に飾られればひとびとが憧れて仰ぎ見る対象になるが、ドブのなかにあれば、踏みにじられてもしかたがない」と、いかにも俗物らしく、詩的な表現を自己の偏見を飾るために使おうとするインドの法廷弁護士も、自分達が妄信する「かよわい女のありかた」を乱暴な手つきで、被害者に鋳型して、鋳型にぴったりあわなければ、強姦されて殺されても仕方がないと冷酷なつぶやきを述べているにしかすぎない。

インドと日本は、女性への蔑視が、社会の意識の表層にすらのぼらない、ごく自然な「常識」として定着しているという点で、よく似ている。
性差別自体は、「男のほうが物理的に力が強い」という呆気にとられるくらい原始的でバカバカしい現実をすべての論理の淵源として、およそアマゾネスの国以外のすべての社会で、あまねく観察されるが、それが社会の潜在意識に組み込まれて公に口にされるという点で、ふたつの国の社会は似ているとおもう。

女らしい、ふるまい、という。
汗をかいているボーイフレンドに、黙って、そっとよく洗濯した白いハンカチを手渡す。
夫の友達がたずねてくると、カウチに、浅く、行儀良く腰掛けて、余計な口だしをせずに微笑して聴き入ってみせる。
さっ、と立って、お茶をいれる。

英語人は、口には出さなくても、若い女が男に媚びを売るなんて、なんて嫌らしい心根だろう、と考えるが、日本では、まだ美徳ということになっている。
インドもおなじで、たとえばドキュメンタリの冒頭、貧しい両親がJyoti Singhの生誕を祝って近所に菓子を配って歩くと、近所のひとびとが「まるで男の子が生まれたように、お祝いをするんだね」と言う。

空港の肉体労働者である父親と専業主婦である夫婦は、しかし、貧困のなかのある日、幼い娘が「わたしの結婚に積み立てるオカネを、そのまま進学に使わせてください」と述べるのに耳を傾ける。
知力にすぐれていた娘は、インドでは、たいへんなことだが、医学部に進学する。
両親がつくってくれたオカネでは到底足りないので、夜はインターナショナルコールセンターで働いて、一日3,4時間の睡眠時間で6年間の医学生生活を最後までやり抜いてしまう。
Jyoti Singhのチューターがインタビューに答える姿をみれば、この学生がいかに同級生の敬意を集めていたか、説明なんかされなくても、手に取るように判ります。

最後の試験が終わった夜、Jyoti Singhはボーイフレンドと一緒に「Life of Pi」を観に行った。
容疑者側の弁護士が「ボリウッドかぶれのライフスタイル」と呼んだ、Jyoti Singhの「ナイトライフ」のすべては、男友達と冒険映画を観に行って、夜8時にボーイフレンドに送ってもらってバスに乗って家路に着いた、というただそれだけのことだった。

インド人たちが日本の人とやや異なったのは、この後です。
重傷のJyoti Singhがシンガポールのエリザベスヒルにある臓器移植で有名な病院
(くだらないことを書くと、わしは大学生の頃、この病院の向かいにあるホテルによく泊まった。ある日、ここの病院で働く若い医者と、たまたまバーで話して、その医療技術の連合王国よりも遙かに進んだ先進性にぶっくらこいたことがある)
に空送されている頃、すでに、デリーだけでなく、コルカタでも、ムンバイでも、バンガロールでも、学生たち、主婦、オフィスワーカー、ありとあらゆる職業と階層の人が、通りにでて、続々と集まりはじめていた。

映像は デモの集合地区にいかせまいとする警官たちに取り囲まれて激しくもみあう女の学生や、その警官たちの背後から飛びかかって囲まれた女の学生を救い出そうとする、同級生らしい他の女の学生たち、「正義を!」「女性への差別を許すな!」「社会の性差別を許すな!」と叫ぶ、男たち女たち、若い人間も白髪のおとなたちも、警察の放水や、集団での殴打にも負けず、自動車をひっくり返し、警官を逆に包囲して追い詰めて蹂躙する、「普通のひとびと」の姿を映しだしている。

物事の、いわば抽象的な、本質へ本質へ、と思考が、あるいは感情さえもが沈潜していってしまうのはインド文明のなかで育った人たちの癖で、驚くべき事に、強姦事件そのものよりも、事件の翌晩には、あらゆる人が「インド社会の考え方自体」「インドの伝統文化そのもの」を糾弾しはじめている。

笑われてしまうだろうが、わしは「自由社会が、どのように作られていくのか」という歴史的な現場を目撃したような気がしました。
Freedom! Freedom!
Freedom!
Freedom!
という夜空に木霊する何万というひとびとの声を聞きながら、考えていた。
「与えられた自由」などというものは、やはり、この世界には存在しえないのではないだろうか。

高圧的な態度で知られるデリーの警察も、すっかり怯えてしまったようで、翌日は地域の総力に近い2000人の警察官を投入して、瞬く間に容疑者を拘束します。

ドキュメンタリのなかで、ふたりの女の学生が「わたしたちは『痛み』を共有することでひとつになったのだ」と述べている。

インドでは党派によって組織されないデモは、これが初めてでした。
数日にわたって、それでも平和裡に集まっていた群衆は、警察が撃った一発の催涙ガス弾の音によって一瞬で暴徒と化す。
映像には、学生らしい女の人が警察の車両を鉄の棒で叩きこわす姿が捉えられている。
学生を包囲して打擲する警官隊の傍らでは、逆に、警官を取り囲んで暴行を加える市民たちがいる。

やがて市民たちの連日のデモに強制された形で政府は委員会の設置を余儀なくされ、8万人という数の元裁判官や現役裁判官の改革意見書が寄せられて、政府はインド社会が変革されねばならないこと、そのための施策をすすめることを確認して約束させられることになった。
具体的には先ず「性犯罪」の定義が変えられなければならないこと、modesty やshameというようなタワゴトが法律の条文から削除されることが決定されてゆく。
権力側も含めて、このまま社会を危機的な状況にすすませるわけにはいかない、という合意が形成される。

ひとつの文化集団が真の文明に育っていけるかどうかは、その「文明の萌芽」が自己批判の能力を獲得できるかどうかにかかっている。
自己を峻烈に批判する能力を持つ社会集団は、やがて歴史上に新しい文明を獲得して、発展していく。
自己を批判する能力をもたず、平たいいいかたをすれば、「自分に甘い」社会集団は、社会として、さまざまなごまかしの言辞を述べたあとで、衰退して、たいていは他の文明に呑み込まれて終焉する。

インドは別名を「多様性の大陸」という。
5万年前にアフリカの草原を出て、世界中に散っていった人類のなかで、インドに向かった集団は、固着性が高く、それぞれの比較的小さな地域で適応していった。
その結果、インドは、俄には信じられない数の人種と言語の数を持つに至って、言語でいえば、Hindi ,Bengali,Punjabi,Tamil,
Assamese,Bodo,Dogri,Gujarati,Malayalam.Manupiri,Maratji,
Nepali,Odia,Sanskrit,Santhali,Sindhi,Telugu,Tulu,Urdu

お互いにまったく異なる主要言語の体系だけでも、19ある。
インドは、その結果、歴史を通じて、中国人たちが成し遂げたような統一を望めなかった。

番組を観て、考えたのは、もう欧州人の時代は終わったのだなあー、という、当たり前の感想です。
強烈な個人主義文明を鋼のような全体主義で束ねている中国を陽樹とすれば、インドは、「civil」という言葉をキーワードにした、ゆっくりと、しかし確実に世界という森林の上に冠林をつくるべく成長する陰樹であるようにみえる。
世界にも森林とおなじ極相があるとすれば、案外、それはインド文明なのかもしれません。
そうしてインドを統一された極相への第一歩に押し出したのは、集団強姦の末に路傍にぼろきれのようになって捨てられたひとりの若い女びとだった。

わしは、ここまで書いて、もうくたびれたので終わりにしようとおもうが、悪い癖で、余計なことを書かずにはいられない。

殺されたJyoti Singhの口癖は、「A girl can do anything」だった。
彼女の夢は、無医村である故郷に病院を建てて、貧困のために医療を受けられない故郷の人々が医療サービスを受けられるようにすることでした。
この若い勇気のある人は、そのために、夜のあいだじゅう働いて、昼間は黙々と医学を学んで、最後の試験が終わった晩に殺された。

Jyoti という名前は、日本語に訳せば「光」という意味なのだそうでした。

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