Monthly Archives: February 2016

友達に会いにいく

クイーンワーフに立って、友達を待っている。 友達、と言っても、50歳も上なんだけど。 もう、あと3ヶ月、と医者に言われたガンになって、飛行機は無理だからクルーザーで会いに行くよ、と電話がかかってきたのが、2ヶ月前のことだった。 いつ頃に着く船なら会えるか?というから、 いつでも、いい、と応えた。 誰かが死ぬ前に会いにきたいというのに、都合が悪い日がある人は、この世界にはいないだろう。 クルマ椅子の人が出てくるのを期待していたら、本人は、杖をついて、歩いて船から出て来た。 考えたよりも歩きかたもしっかりしていて、早足で、まるで若者のようです。 やあ、という。 やあ、と述べて、ふと観ると、口の端に、このひとの、ぼくが子供のときからの直らない癖で、なんだか固まったような唾がたまっている。 唾がかたまってるよ、相変わらずだな、と述べてハンカチをさしだすと、苦笑いもしないで、口の端をぬぐっています。 そういう無頓着なところが、20年経っても少しも変わらない。 道を渡って、ぼくが、この頃よく立ち寄るカフェに行った。 ものすごくよく気が付く、中国系のウエイトレスがいて、ほんとは心のなかを読み取っているんじゃないの?と言いたくなるように、なにもかも、いたれりつくせりで、いちばん「安全」であるような気がしたからだった。 オークランドは、ずいぶん変わったなあ、と友達は空をみあげるように、背の高いビルを見上げて、足を止めている。 前には、いつ来たの?とぼく。 さあ、10年前か、20年前か、と桁外れにテキトーな応えの友達。 ブリトマートという、へんてこな名前がついてしまったCBDのターミナル駅の前を通って、バスターミナルを歩いて、カフェに行く。 例の中国系の、表情からして機敏なウエイトレスの人が、こっちを観て、明然と、友達を見て、おおきな声で、ああ、こちらです、という。 木陰のテーブルに案内してくれる。 でも、ほんとうは、このカフェには「予約する」というシステムがないんだよ。 あの人は、やはり弱っていることが隠せない友達の様子を見てとって、長いテーブル待ちの行列につらなるのは無理だと判断して、何回か来た事がある人にとっては明白な嘘を述べて、友達とぼくを、ひとつだけ空いた、テーブルに案内してくれたのに違いない。 マネージャーも、見ていて、知らん顔をしている。 これだから、この店が好きなのさ、と考える、ぼく。 席について、友達はオムレツを頼んで、ぼくはサラダに埋もれたようなチキンカツレツを頼む。 それから、ワインをください。 ワイヒキ島の、うんといいSyrahがいいな。 メニューにないのは知ってるけど、オリブもください。 ほら、いつかシェフの人がつくってくれた、あたたかい、ニンニクと炒めたオリブ。 それから、友達とぼくは、世間話を始めたんだ。 まるで、もういちど会えるひとたちのように。 いや、ぼくは物理じゃなくて、化学だよ。 同じレーザーで、きみの大叔父が物理だから、きみは混同しているんだ。 きみが、ほら、バララットに金を掘りに行くのだと行って、十歳のとき、突然メルボルンのぼくの家に、メタルディテクターを持って現れたことがあったでしょう? あの頃、ぼくはもう、大学人であるのはいいが、研究者としての自分には見限りをつけていた。 いや、その「2050」という本は読んでいないな。 エコノミストが、そんな本を出しているのかい? ぼくは聞いたことがない。 人類にブレークスルーがうまく作れるかどうか、おれには判らない。 きみが言う通り、人類はここまで、おもいもかけずうまくやってきたが、これからもやっていけるのか、どうか、おれにはほんとうに、もう判らないんだよ。 … Continue reading

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日本語twitterで学んだこと

英語人が仮に日本語という壁を透視できる視力を持っていたとすると、そこに見えてくる日本人の姿は「すごくヘンなことを集団で信じているひとびと」だろうと思う。 日本語の習得に有害に思えたのでブログもツイッタも英語をいっさい使わないようにしていたが、ツイッタでは英語を「解禁」にしたのは、もう日本語は大丈夫なのではないか、といううぬぼれと、ツイッタの英語アカウントはずっと前にやめていたので、いまの日本語専用アカウントを使って少しづつ日本語と英語を近づけていけば、インターネットを通して知り合った日本語人の友達たちにも良いことがあるか、と考えたからでした。 長い文章は、二度ほど書いて「日本人が書きやすい英語のお手本」を示そうと思ったが、「教えよう」という態度が災いしたのか、いつものおっさんトロルが大量に発生して「日本人の英語」「下手で見た途端に母語でないとわかる」が始まったので、うんざりしたのと、もともと英語世界でも「文章はオカネくんないと書かない」方針でやってきて無料で書くと、損をしたような、吝嗇な気持が湧いてくるので、この先は判らないが、いまのところ「大庭亀夫名義の英語の文章」は、お目にかからないのではないかと思う。 余計なことを書くと、トロルおっさんたちのなかには、マジメな口調で「英語で長い文章を書かないから判定できないが」と滑稽なことを述べている人がいたが、 どんな言語にも共通な原理を知らない無知をさらけだしているだけのことで、 短い文ほど、(へんな言い方をすると)書く人の「実力」があらわれる。 たとえば外国語ならば、長い文章のほうがぜんぜん楽で、他人の表現を丹念にコピーして書いていくのならともかく、特に日常の話題になると、外国語では、うまくいっても「性格が異常な人」にみえてしまう。 大庭亀夫という人のツイッタなどは、その良い例であると思います。 多分、「大学受験」というもののせいで、どうにも歪んだ性格の、陰険な人が多い日本の社会だが、清明な性格のひともたくさんいて、観察していると、他の社会とおなじで、どこかのんびりしたところがある人が、もともとの日本語社会の根底にある「マジメさ」とのバランスがとれて、よい人格を醸し出すもののようで、この夏の晴れた空のような人格のほうの日本のひとびとは、一般的に述べて、英語人よりも内省と明るい外向性の釣り合いがよくて、このうえのない魅力をもたらしている。 そういう日本語人友達と付き合いをやめる理由はないので、案外ずるずると付き合って、一緒にお互いの一生に起きる変化を共に生きることになるのではなかろうか。 この5年ほどはオークランドの家でのたのたしていることが多かったのは、つまりは産休と育児休暇で、小さい人たちが、これからの気が遠くなるほど長い人生を生きていくためには、財産よりなにより、毎日ぎゅっと抱きしめてもらったり、無条件に、四六時じゅうチヤホヤされる、圧倒的な愛情の記憶が、なによりのセキュリティだったからで、そのあいだは机に向かって正面のディスプレーでベンキョーしながら、右側にあるディスプレーで日本語と、ここにあまり書きたくないもうひとつ自分にとっては外国語の言語で、遊んでいた。 英語と日本語とX語のみっつがみっつのディスプレーにそれぞれ出ているわけで、言語間で思考そのものに癖が出来ていることは一目瞭然で、それが面白かった。 年齢から言って「日本のおっさん」というくくりかたが、いちばんいいと思うが、このグループには特徴があって、 「冗談は、まったく通じない」 「からかわれる、ということに弱い」 「他の人間をのべつまくなしにウソツキ呼ばわりする、とんでもない失礼が習慣になっている」 「性差別は無意識化して、差別していることすら気が付いていない」 「英語能力を人間の能力指標だと思っている」 で、並べてみると、なんのことはない、英語人が日本人に持っている先入観そのもので、いまの英語人たちがもっている「日本人像」は、この年代のおっちゃんたちが築き上げたものだということが判る。 これに「自分の生活がない」という項目を付け加えてもいいが、これは案外インターネットだけのことで、仕事に熱中していなければならないことがモラルの根源らしい日本社会のなかで、現実社会で失敗して、現実の生活で失われた自己評価をインターネットの世界で獲得して、代償的に自分の誇りを保つ、ということなのかも知れません。 年中ウソツキ呼ばわりされて、愉快なわけはないので、日本語でものを考えているときには、不愉快で、瘴気祓いで、スカイプやなにかで居合わせた友達たちと話して日本人おやじトロルたちのバカっぷりを述べて、大笑いするということはある。 もっとも、始めたばかりの英語のツイートで、もう気が付いた人もいるとおもうが、英語人から見ると、まるで三流ハリウッド映画に戯画化されて描かれる「日本人の頭の悪さ」を誇張して演じているようなひとびとなので、深刻に嫌悪されているわけではなくて、オートツイートで(自分では自分が何をやっているか判らないらしいが)トロル行為にひたりこんでいる人などは、いっそスラップスティックな豪快なバカッぷりと受け取られて、ひたすら大庭亀夫の英語をくさしている人のほうも、大庭亀夫のtweetを、わざわざ図解までして自分の英語が受験英語でしかないことを示すに及んで、到頭、「日本の人の不思議な頭の構造の見本」としてフォーラムに本人の背景や履歴とともに永久保存されるに至った。 英語人の根源的なひとの悪さをしらないので、見えない所でなにが起こっているか、起きうるかということへの想像力が働かないのでしょう。 もっとも日本に興味がある英語人たちにとっては、この「おやじトロル」たちは、なぜ日本の社会がここまで落ちぶれたか、なにが原因だったのか、を考えるうえでの良い教材で、日本の人たちにとっても、若い世代にとって、極めてわかりやすい形で、年長世代の世代的な頭の悪さが可視的に理解されて、よかったと思われる。 日本は途方もなく軍隊に似た社会で、その社会の構造が21世紀的な変化についていけなくなったことに日本の衰退の原因はある。 軍隊なみに将校と兵卒に社会が二分されていて、東京大学、京都大学、一橋大学…と続くいくつかの大学出身者が将校の役割をはたして、いくつかの有名私大卒業生が下士官、その他は苛酷な労働に耐えて過労死にまで追いやられる兵卒と明瞭に社会が分かれている。 1945年になっても、まだ日本の海軍将校は香水をつけて、気取りまくった調子でしゃべっていた、とアメリカ兵が呆れた調子で述べているが、いまでも日本社会の、ある種類の将校たちの途方もない傲慢と無責任と頭の悪さはおなじで、なんのことはない、同じ失敗を繰り返しているだけです。 希望はある。 例えばおっさんトロルひとつとっても、それまでは「見たくない」という気持が先に立って目を背けていたひとたちが次次に立ち上がって、「自由でいたい自分達にとって、おまえたちは邪魔だ」と言い始めている。 日本には絶えて見られなかった「社会の自浄作用」が起こり始めていて、天然全体主義が蔓延したままここに至った社会に自由主義が生まれつつある。 あるいは、日本のもうひとつの深刻な問題である性差別にしても、どうやって身につけたのか、「普通の感覚」を保っている人がポツポツと現れはじめて、実際に見て見たければ 「f」というひとの「@francesco3」というアカウントを見に行けばよい。 まるで普通のこと、「わたしを侮辱するな」「わたしは自分のやりたいことをやる」と述べているだけなのに、おやじトロルが群がって「攻撃的な女だ」「普通の女からも嫌われているとおもうよ」と、例の、日本人おっさんにおきまりの、事実を歪曲した、しつこくてねちねちした罵声を浴びまくっているが、なにか気持の切り替えがうまいかなにかで、fという人のほうは、普通にしていられて、こっちもこういう人が現れはじめれば、1911年頃のイギリスやニュージーランドと同じ状況で、「ではわたしも」と考える人が次々と出てくるのだと思う。 ツイッタを通して、日本の徹底的にダメなところや、文化に根ざした、目を瞠るようなよいところを眺めながら、さて、自分が日本語人で、20歳くらいの人間だったらどうするだろうか、とよく考える。 いろいろな雑誌や本に日本について言及されたものを読んだ人も多いだろうが、意見は一致していて「いまの無能な将校たちが去るまで日本の低落は続く」という。 そうすると無能な将校たちが、どのくらい先の将来まで威張っていられるか、という見積もりにもよるが、だいたい日本が立ち直りだすのは、途中でスカッと破滅できれば別だが、そうでなければ、どん底が2025年あたりだとして、早ければ2040年くらい、遅くて2050年くらいになるだろう。 以前には2025年くらいから立ち直り出すチャンスがあった。 やはり、おっさん世代が熱狂的に支持したアベノミクスで経済体力を使い果たした日本は、いまや寝たきり老人じみて、物質面の回復力が底をついてしまっている。 一からやり直しどころか、いまワガママを極めている、おっさんたちが垂れ流す経済上の「下のもの」を拭いながら、背負って、しかも大借金を返していかなければならないという難行で、そんなことがやれるかどうか覚束ないが、やれるとして、いまの頭のわるいおっさんたちが完全に立ち去らなければ日本は社会として再生するきっかけがつかめない、という英語世界の常識に、賛同する。 いま20歳の人たちは、日本が希望を持ち出す頃には、50代になっているわけで、「人身御供世代」というか、「神風特攻隊世代」というか、あとあと「あの世代がいちばん大変だったね」と同情される世代なわけで、どこの社会でもよくあることだとも言えるが、個人の立場からすると、一回しかない一生を、おっさん将校たちのせいで台無しにされて、「おれら、もう作戦の知恵がないから、おまえ、若いもんの純粋さを発揮して、アメちゃんの空母に突っ込んでこいや」と言われているわけで、やりきれないというか、やってられない。 では、どうするか、といえば、もうここまでくれば、いつか書いた … Continue reading

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垂直な暖かさについて

なんだか変なところに来てしまった、と考える。 よく知っているつもりの路地を歩いていて、角を曲がったら、見たことがない通りに出てしまった。 この雑踏には、どこか、見慣れない、奇妙なところがある。 心のなかの、生家で、曾祖母が 「おとなになるということは、そういうことなのですよ」と述べているが、あのやさしかったひとは、もうとっくに死んでしまっているはずなので、あの声は、全身が善意のかたまりであった曾祖母の魂とは異なる、善意を装ったなにものかの声なのではないか。 生まれてから初めて声になった日本語は「ありがとう」だった。 まだ子供で、おつかいに行くと、いつも盛大によくしてくれるベーカリーの家族に、なんとか自分の気持ちを伝えたかった。 もちろん英語でも、そのくらいは相手にもわかって、通じるが、それだけではいけないような気がした。 Thank you. と ありがとう では、違う言葉なのだということを、7歳のぼくは、もう知っていたのだと思います。 自分の日常では使う機会がない言語を習得するということは奇妙なことだ。 普段の日常で接する誰も日本語を理解するひとはいない。 義理叔父と従兄弟は日本語がわかるが、ただそれだけで、ときどきオークランドに表敬訪問にあらわれる義理叔父の友達や、稀には日本にいたときに知り合いになった(主に美術関係の)人と日本語で、部分的な会話を日本語で話す。 あまり機会がない日本の人が相手のときですら、英語で、なぜそうなるのかといえば、日本の友達も、そちらのほうが気楽で、嬉しそうに見えるからです。 ずっと昔は、日本語で話しかけているのに、英語で返答されると、気持が傷付いたが、おとなになるということはそういうことで、それもどうでもよくなってしまった。 日常に使う機会がない言語で考える、ということの豊穣さを知ったからです。 オダキン (@odakin)という人と大喧嘩をしたことがある。 未成年の若い女びとを危険に陥れるような趣味の「二次元絵」を趣味にしていていいと思っているのか、ということを巡る大喧嘩で、 なぜ、ふつうなら「悪趣味じゃん」ですむはずのことで大喧嘩をすることになったかいうと、オダキンは、ここから見ると日本語の良心そのもののような人で、意固地で、そんなに頑固に「男の子の意地」だとか、セクシズムの観点からも根本的に間違っていて、なに言ってんだ、とおもうが、なぜか、どうしても友達として感じられて、理屈には歯がたたない感情の強力さで、多分、自分の大学時代の友達よりも近しい情緒の同盟を感じてしまう。 日本語フォーラムに参加している、女の人達は、あくまでも、正当にも、あんな天然セクシストおやじ、という。 そしてそれはほんとうだが、セクシストであることさえ意匠と感じさせる、本質的な共生の感覚を持つ。 こんなことを言えば自分がフォーラムを追い出されてしまうが。 だから「期待しすぎるのだ」とも言えるが、それとも違って、オダキンに対しては、なぜきみはぼくなのに、ぼくと違う考えを持つのか、と述べているのと同じで、SNSに投稿する毎度の食事から考えて、不健康な炭水化物ばかり食べて、 学問という中毒にひたっている研究者のおっさんに対して、激しく腹をたてていたのだ、という気がする。 (しかし、もともと運命が決まっている友人を嫌いにはなれないのだ!) あるいは、これも、たまたま研究者だが、ミショという知能がなみはずれて高い頭がぎくしゃくしている友達がいて、もっか、絶交されているところだが、こちらからも一回絶交したことがあるので、ミショのことだから「タイじゃん。文句あっか」と思っているかもしれないが、それはそれで、絶交されていても、まあ、そんなものだろう、と暖かい気持でいられるという、ヘンなことになっている。 それやこれや、考えてみると、物理的に会ったことがない日本語の友達たちが普段の現実の、英語世界の友達たちよりも好きであることを発見して驚く。 日常とは平板なもので、多分、日本語が現実の世界ではまったく使う用途がない言語であることが幸いして、 気が付いてみると、 オダキンやjosicoはんや、すべりひゆやミショや、ナス、千鳥 @charadriinae というような日本語の「仮想世界」で出会った人たちのほうが、普段、skypeやビジネス用のビデオシステムの向こうにいて、年中まくしたてている、古い輩(ともがら)よりも近しい友達と感じている。 とても不思議なことだが、なるほど、友達というものは、そういう仕掛けのものだったのかとおもう。 ぼくの魂は現実の世界から、仮想の世界のほうへ「切実さ」が移行してしまったもののようである (←モニと、小さな人々を除く) 控えめに言っても、ぼくは「変わった人」なのだろうが、それでもいいような気がする。 ゲーマー https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/10/09/asperger_gamers/ の常で、ディテールがそげ落ちてしまった世界で、モニと小さな人々と並んで … Continue reading

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