友達に会いにいく

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クイーンワーフに立って、友達を待っている。
友達、と言っても、50歳も上なんだけど。
もう、あと3ヶ月、と医者に言われたガンになって、飛行機は無理だからクルーザーで会いに行くよ、と電話がかかってきたのが、2ヶ月前のことだった。
いつ頃に着く船なら会えるか?というから、
いつでも、いい、と応えた。
誰かが死ぬ前に会いにきたいというのに、都合が悪い日がある人は、この世界にはいないだろう。

クルマ椅子の人が出てくるのを期待していたら、本人は、杖をついて、歩いて船から出て来た。
考えたよりも歩きかたもしっかりしていて、早足で、まるで若者のようです。

やあ、という。
やあ、と述べて、ふと観ると、口の端に、このひとの、ぼくが子供のときからの直らない癖で、なんだか固まったような唾がたまっている。
唾がかたまってるよ、相変わらずだな、と述べてハンカチをさしだすと、苦笑いもしないで、口の端をぬぐっています。
そういう無頓着なところが、20年経っても少しも変わらない。

道を渡って、ぼくが、この頃よく立ち寄るカフェに行った。
ものすごくよく気が付く、中国系のウエイトレスがいて、ほんとは心のなかを読み取っているんじゃないの?と言いたくなるように、なにもかも、いたれりつくせりで、いちばん「安全」であるような気がしたからだった。

オークランドは、ずいぶん変わったなあ、と友達は空をみあげるように、背の高いビルを見上げて、足を止めている。
前には、いつ来たの?とぼく。
さあ、10年前か、20年前か、と桁外れにテキトーな応えの友達。

ブリトマートという、へんてこな名前がついてしまったCBDのターミナル駅の前を通って、バスターミナルを歩いて、カフェに行く。

例の中国系の、表情からして機敏なウエイトレスの人が、こっちを観て、明然と、友達を見て、おおきな声で、ああ、こちらです、という。
木陰のテーブルに案内してくれる。
でも、ほんとうは、このカフェには「予約する」というシステムがないんだよ。

あの人は、やはり弱っていることが隠せない友達の様子を見てとって、長いテーブル待ちの行列につらなるのは無理だと判断して、何回か来た事がある人にとっては明白な嘘を述べて、友達とぼくを、ひとつだけ空いた、テーブルに案内してくれたのに違いない。
マネージャーも、見ていて、知らん顔をしている。
これだから、この店が好きなのさ、と考える、ぼく。

席について、友達はオムレツを頼んで、ぼくはサラダに埋もれたようなチキンカツレツを頼む。
それから、ワインをください。
ワイヒキ島の、うんといいSyrahがいいな。
メニューにないのは知ってるけど、オリブもください。
ほら、いつかシェフの人がつくってくれた、あたたかい、ニンニクと炒めたオリブ。

それから、友達とぼくは、世間話を始めたんだ。
まるで、もういちど会えるひとたちのように。

いや、ぼくは物理じゃなくて、化学だよ。
同じレーザーで、きみの大叔父が物理だから、きみは混同しているんだ。

きみが、ほら、バララットに金を掘りに行くのだと行って、十歳のとき、突然メルボルンのぼくの家に、メタルディテクターを持って現れたことがあったでしょう?
あの頃、ぼくはもう、大学人であるのはいいが、研究者としての自分には見限りをつけていた。

いや、その「2050」という本は読んでいないな。
エコノミストが、そんな本を出しているのかい?
ぼくは聞いたことがない。

人類にブレークスルーがうまく作れるかどうか、おれには判らない。
きみが言う通り、人類はここまで、おもいもかけずうまくやってきたが、これからもやっていけるのか、どうか、おれにはほんとうに、もう判らないんだよ。
第一、 きみには、人類に生きていく資格があると思うかい?

2本目のワインが空になる頃には、ふたりとも、だいぶん酔っ払っていて、ぼくと友達は、神の実在や、悪魔の実在、あるいは死後の世界について、スウェーデンボルグが見た人型の宇宙や、時間の意味、意識の流れの不連続性、この世界の実在性の頼りなさについて、ふたりの飲んだくれそのまま、周囲の喧噪に対抗して、ばかみたいにデカい声で、夢中になって話し続けた。

件の中国系ウエイトレスのひとが、途中で、少しも嫌味でない調子で、おや、あなたがたは、もう5本もワインを空にしている、と述べたのを微かにおぼえている。

夜になって、ふらふらと立ち上がって、ぼくと友達は帰ることにした。
気が付いて、そう言えば娘さんと一緒に来たんじゃなかったんだっけ?と聞くと、友達は、ごく上機嫌の様子で、「うん、別行動なのさ」という。
怪訝そうな顔をしていたのでしょう、ぼくの顔を見ると、
「おれが悪いんだよ、ガメ」と述べる。

研究者の宿命で、あちこちを転転として、嫌われたのか、親子と言ったって他人なのだから、反りがあわないのか、おれには判らないし、もう、そんなこともどうでもいい。
…いや、こんなことだから、ダメな父親なのかも知れないんだけどね。

(雨が降ってきた)
(雨が降って、友達の眼鏡を濡らし始めている)

ワーフまで来ないで、ここで別れよう、と友達がいう。
きみとぼくは半世紀も年齢が違うが、会えてよかった、と言う。
今日のことですか?とマヌケな質問をすると、笑って、
違うさ、むかし、きみが子供のとき、初めて家にやってきて、いきなり古典物理について質問をしたときのことを話しているんだよ。
ぼくは、あのとき、ぼくがいつかどうしても会いたかった友達に会えたんだ。

さよなら、友達。
きみと会えて、よかったよ。
いつか、この時間と宇宙のどこかで会おう。

Good luck!

不思議な挨拶を述べて、ぼくの友達は、少し足をひきずりながら、でも颯爽とゲートの奥に消えていったのでした。

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