Monthly Archives: April 2016

どうでもいい日乗

  1 韓国式フライドチキンというものをいちど食べてみたいと念願していた。 ドキュメンタリがあるくらいで、韓国では、会社をクビになる人の多さを背景に、人口あたりのフライドチキン店の数が世界でいちばん多いのだという。 ニュージーランドはもともと韓国系移民のプレゼンスがおおきい国で、韓国社会でのフライドチキン店ブームを反映して、オークランドにもいくつか「韓国式フライドチキン」の店が出来ている。 オークランドに住んでいる人のために述べると、例えば、ニューマーケットの駅前のバス停の前に一軒新しい店が出来ています。 チャンスが来た。 オペラを観にやってきたAotea Centreのフードモールに韓国式フライドチキン店があったからです。 おいしそーかなーとテーブルに座ってマンゴーラシを飲みながらチラ見する、わし。モニが、「ガメ、勇気をだして一個買ってくればいいではないか」と激励しておる。 ところが! 厨房でフライドチキンをトレイから一個落っことしたおばちゃんが床から拾いあげたフライドチキンをトレイに戻した! がびーん。 がびーんがびーんがびーん。 おばちゃん、わし、注文できひんやん。 床からもどしちゃ、ダメじゃん。 内田百閒のエッセイに東京駅精養軒の「ボイ」が、注文したリンゴを床に落っことして、そのまま皿にもどして百鬼園先生のテーブルに持ってきたのを見て激怒するところがある。 日本文学のベスト50に入る名場面です。 先生は「せめて、いったん厨房にもどって皿にもどすくらいのレストランとしての誠意を見せろ」と文中、激怒している。 それがウエイタの職業的誠意というものではないのか。 なにくわぬ顔でトレイに戻したフライドチキンを陳列する韓国おばちゃんの顔をみながら、わしは、百閒先生のことを思い出していた。 なんという懐かしい感じがする人だろう。 2 最近ツイッタを介して少しずつ顔見知りになってきた「いまなかだいすけ」が、「辞表だして御堂筋を歩いたとき、嬉しさがこみあげてきた」と書いている。 https://twitter.com/cienowa_otto/status/726251061363625985 ツイッタでは、もっと控えめに反応したが、あれはunderstatementで、現実のわしは、このツイートを読んで涙が止まらなかった。 どんな社会にもいる「自分がボロボロになるまで踏み止まって頑張り続けるひと」の真情が伝わってきたからです。 どこでもドアを開けて、いまなかだいすけがいる大阪に行って、手をとって、 「がんばったね、がんばったね」と言いたかった。 もとより、わしは「頑張ってはいけない」と言い続けていて、社会をよくするためには絶対に頑張ったりするべきでないし、頑張ってしまっては例の「自分という親友」を裏切ることにしかならないが、それと「頑張ってしまう人」への抑えがたいシンパシーとは別である。 自分でも、うまく説明できないが、わしは「頑張ってしまう」人がいつも好きである。 なぜか? それが説明できれば、こんなふうに日本語を書いていない気がする。理由がわからないが、理由がわからなくてもいいことにしてあることのひとつ。 自分の、最もやわらかいところにある、なにか。     3 日本の社会の個人への残酷さを許してはいけない、とおもう。 日本人は偏差値が高い大学を出た人間が当然のように「目下」の人間をみくだすような幼稚な社会習慣をこれ以上もちこしてはならない。 それは人間性に対する冒涜だからですよ。 … Continue reading

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パーティ経済

  21世紀の世界では中国世界との文明的なインターフェースを持たない国は衰退する。 よく知られているように西側諸国では、この「インターフェース」は中国系人たちが勤めている。 急成長を続けて現在26年目を迎える「バブルマーケット」の基礎を築いたオーストラリアの首相ジョン・ハワードは「オーストラリアに100万人を越える中国のスパイがいる」と演説して物議をかもしたことがあったが、あのとき「100万人とはオーバーな」と冷笑したひとびとは、みな外交音痴の国のひとびとで、オーストラリア人知識層はみな、なぜいまさらそんなことを言挙げするのだという人はいても、数字自体は妥当だろうと考えている人が多かった。 中国の「スパイ」は通常「パートタイム・スパイ」だからで、高度に専門的なスパイを採用したがる連合王国の対極にあって、たとえば海軍の高級将校の愛人になっている中国系人に「オカネを渡すから、このシステムについて聞いてこい。嫌なら嫌でいいが、故郷に家族を残してきていることを忘れるな」というようなやりかたをする。 では20世紀には有効だった、そういう方法がいまでも有効かというと、そんなことはなくて、中国式の「パートタイムスパイ」に対応することに慣れた西側諸国は、逆に中国人たちの専門家を前線にださない鵜飼い方式とでも呼びたくなるスパイ網への対応は、具体的には書かないが、遙かにすすんで、中国側を苛立たせている。 このアンチスパイの方法が極めて巧妙に出来ているのは、考案しているひとびとのなかに中国系人が何人もいるからで、欧州系人だけでは、到底歯が立たなかっただろう、と考える、たくさんの理由がある。 投資にしろビジネス活動にしろ、オーストラリアやニュージーランドでは、中国系人たちとやりとりなしで活動するということはありえない。 欧州系やアメリカ系の資本もたくさんはいっていて、たとえば卑近な例を述べると、ニュージーランドの至る所に趣味の悪い巨大なビルボードを掲げている寿司の最大チェーン「St.Pierre’s」はアメリカ資本の会社です。 クライストチャーチ復興事業の主要コントラクタのひとつにイタリアの会社が入っているせいで、おおぜいのイタリア人たちが移住してきていて、 ヴィンヤードの持ち主には本国での規制の多さに嫌気がさしたフランス人たちが、かなりはいってきている。 あるいは日本で言えば、ちょうど、青山・原宿にあたる繁華街のポンソンビーの街角に立っていると、中国語の投資集団の「自己紹介広告」のビルボードがあり、ノースショアに行けば不動産開発業者の、やはり中国語のサインが立っている。 中国系人やシンガポール人、韓国系人という人々は、オーストラリアやニュージーンラドでは英語を第一母語とする第二世代以降の世代を中心に、生活の隅々まで入り込んでいて、嫌韓、嫌中というようなことを述べる年寄りは、だいたい苦笑で迎えられることになっている。     中国系人の役割は中国市場からアメリカドルを引っ張ってくることだけではなくて、西側社会とおおきくかけ離れた巨大な独自文明である中国文明の振る舞いを理解する手助けをすることにもある。 20世紀には、まだごく少数の「中国専門家」が中国語を話し、たとえば杯をのみほして底をみせあい、箸をお互いになめあうような中国地方固有の習慣を身につけて、おおきく中国側に身を添わせて、ふたつの国をブリッジするやりかたが多かった。 あるいは、中小企業は、シンガポールか香港の西側と中国側の双方のロジックを解する社会を経由して契約の安全を期した。 いま面倒な中間をとばして、どんどん交渉が深まっているが、なぜそれが出来るようになったかというと、要するに双方に中国系人がインターフェースとして存在しているからです。 言語も、ほぼ英語で、ずっと気楽に中国側と付き合えるようになった。   オーストラリア人は、よくいまの世界経済の状況をパーティに譬える。 アメリカ人と中国人がおおぜいいるパーティに、オーストラリア人が混ざっていて、中国の人が「なぜアメリカ人は、ああ、判り切ったことをくどくど説明するのか?」と不審に思って訊いたり、アメリカの人々に「なぜ中国は、われわれの神経を逆なでするようことを平気でいうのか?」と訊かれるのに応えている。   世界を混沌から少し離れたところにつくったマルチカルチュラル社会から眺めてきたので、自分達のほうが、おなじく多民族国家であってもモザイクで、民族同士が溶けあわずに存在してきたアメリカよりも、ずっと中国系社会を理解している、という自信があるのでしょう。 さっき「バブル26年目」と書いたが、オーストラリアでも兄弟国化しつつあるニュージーランドでも絶えず、いまの生活レベルの急成長を伴う好況がバブルなのか、たとえばドイツや日本の戦後の一貫した急成長のような「成長」なのか、議論される。 不動産価格が高騰しすぎて高収入な若いカップルほどホームローンの支払いに収入が消えてしまういまの市場では、やがて消費にまわるオカネが減って経済が傾くのは見えている、というのが最も一般的な意見だが、いくら待っていてもバブルが崩壊しないで、不動産価格が天井であるはずの価格を突き破って、この5年間は特に、猛烈な勢いであがってゆくので、これは世界経済の冨の循環そのものが変化してしまったのではないか、と考える人も増えてきた。 鍵は、中国市場に眠るアメリカドルで、まともな統計がないので、いったいどういう様相なのか判らないことが、みなを苛立たせている。 オーストラリアでもニュージーランドでも。明瞭になって、ほぼ国民的な合意になっているのは、自分達が偏見を捨てて、マルチカルチュラルソサエティを作り上げていけば、それがそのまま経済的な繁栄につながる、という事実で、ちょうど共産主義恐怖症によって戦後の日本に、過剰というのもバカバカしいほどのアメリカドルを投入して日本経済の繁栄をつくってしまったアメリカと日本の関係のように、現状は、中国から「無際限に」と形容したくなるほど流れ込んでくるアメリカドルが、両国の繁栄を支えている。 ニュージーランドで言えば、日本から資本を流入させようとして失敗したあと、イギリス人が「ポンドの洪水」と言われたほどの資金投下を行い、イギリス経済がクレジットクランチで深刻な不振に陥ると、今度は中国人たちがアメリカドルを持ってあらわれる、というふうで、いまは社会全体が豊かになったので、いよいよ欧州人、アメリカ人、中国人、そしてもともと主役のオーストラリア人が入り乱れて資本を投入している。 おおきな集団から個人に目を移して、個々の顔を思い浮かべながら書くと、ピケティくらいから目立つようになった「中央政府に権限を与えての社会の冨の再分配の是正」の風潮に嫌気がさしてやってきたロンドン人、どうやらやや後ろ暗いオカネであるらしい大金とともにやってきて不動産や高級車を買い散らして、いざというときの逃げ場をつくろうとしているらしい上海人夫婦、北欧の高税率を嫌ってオーストラリアのアデレードに移住して、海と自然にひかれてニュージーランドで死ぬまでをすむことに決めた北欧人の富豪、全体主義社会の自由のなさにうんざりしてシンガポールを出奔した中国系のオオガネモチ、両親が築いた大財産をニュージーランドで運営しているやはり中国系のマレーシア人、それぞれがさまざまな理由でオーストラリアやニュージーランドへやってきて、離れた場所にきて、逆に、「ああ、世界の構造はこうなっているのか」と得心している。 いまは日本と中国を除けばマルチパスポートの時代で、ひとりでいくつも国籍を持っているのは普通のことなので、「移住」といっても、半分だけニュージーランドにいたり、何年かを過ごして、また自分の出生国に帰って数年を過ごしたり、別にオカネモチでなくても、そのときどきで居心地がいい国に住んで、そういうことが判って社会に浸透してくるにつれて、選択する職業も、なるべく社会の固有性に依存しない職業が人気になって、シェフやヘアドレッサー、タトゥイストというような職業はとても人気があって、ながい教育を必要とする職業ならば、国際会計やマーケティング、ITエンジニアリングのようなもののほうが、意外なくらい国際性のない医師のような職業よりも人気がでてきている。 こうした社会で最も物質的な成功に近いのは「英語を母語並に話す異文化理解者」で、残念なことに日本はそれ以前の国際性を欠いているというよりも経済的にはいまだに日本帝国陸軍のような存在で、孤立社会なので英語と日本語ができても利益はなにもないが、英語と中国語を母語にしているような若い人達は、たとえば、若い中国系友人のJR(←鉄道マンではありません)は、写真家で、契約にしたがって、ふらふらと欧州を仕事してまわってはノルウェー人のガールフレンドが出来たり、シリアに行くのだと述べて、途中のトルコで、なんだか美人なガールフレンドが出来てしまって、一緒にバルセロナで住んでしまったりしていて、ときどきスカイプがかかってきて「ねえねえ、東京に遊びにいくんだけど、ラーメン屋、おいしいところ知ってる?」などと言っているが、英語、中国語、フランス語、ドイツ語が母語並に出来るのが幸いして、あちこちの報道機関から契約をとってくる。 経済社会ではいうまでもなく、文明のおおきな違いから、本質的に「対立するふたりの巨人」であるアメリカと中国のまんなかに立って、解説者であり、友情メーカーで、調停者であるオーストラリア人やニュージーランド人がパーティを続けていくことで得ている利益はたいへんなもので、嫌な言い方をすると、ちょうど日本が冷戦構造によっておおきな利益を上げ続けたのとおなじように、アメリカ合衆国と中国の対立によって巨富を得ようとしているのだと言えないこともありません。 ときどき、というよりも頻繁に週末に遊びに出かけるウェリントンには「チャー」という「日本植民地時代の台湾料理」を売り物にする、なんだか滅茶苦茶においしい台湾料理屋があるが、深夜のテーブルに腰掛けて、モニとふたりで、日本でいう「豚の角煮」をつつきながら見回して、お国訛りに耳をすませてみると、ポリネシア人、中国人、イギリス人、ジャマイカ人、アメリカ人とおもしろいくらい異なる顔が並んでいて、若いときには半信半疑だった「多文化社会」が案に相違して、あっさりとうまくいってしまい、もともと貧富の差が激しいばかりでドビンボなオーストラリアや、もっと貧富の差が激しくて、もっと貧乏で、ドドドドドビンボだったニュージーランドが、あまつさえ、物質的な栄華を極めるようになったのは、不思議というか、神様でも思いつかない結末で、人間の世界は不思議なものだなあー、という退屈で平凡な感想が、また口をついて出てしまう。 パーティを主催する、ふたつの小国は、どこまで繁栄を続けていくだろうか? ずっと続いていきそうな気もするし、泥酔するまで飲み続ける悪癖のある国民性で、茂みに顔を突っ込んで嘔き狂っているうちに昏倒してしまうのかもしれないし、先のことは判らないが、パーティはやっぱり楽しいぜ、いえーい、と、ケーハクな経済の楽しみにひたっているのです。       … Continue reading

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幽霊たち

昨日の夜、冷蔵庫が爆発する、という不思議なことがあった。 家のひとびとが片付けたあと、モニさんとふたりで二人事故調査委員会を組織して調べてみると、どうやら冷蔵庫のなかを仕切っているガラス棚が大崩壊したらしい。 ドアが開いて、床一面にガラスが飛び散る大爆発で、冷蔵庫のガラス棚というものはクルマとおなじに「安全ガラス」で出来ているのだということを初めて知った。 頻繁に物がなくなったり、家具がいつの間にか動いていることがある。 ゴーストハンティングの本を読むと、幽霊屋敷の条件をすべて満たしている。 だから、もしかすると幽霊さんと一緒に住んでいるのかも知れないが、特にこちらの生活に支障をきたす悪戯をしようという意志もないようなので、いたければいてもらって構わない、ということになっている。 モニさんの実家も、わし家も古い建築なので、当然のように幽霊が出る。 廊下ですれちがう、というような経験はないが、1ヶ月逗留するはずだった客人が一日でそそくさと発ってしまったことはある。 この人は、昼間に、ホールのドアの陰に立っていた背の高い「半分透明な」貴婦人を視たそうで、真っ青な顔で、そそくさといなくなって、子供心に「幽霊がそんなにはっきり見えるなんて羨ましい」と考えたのをおぼえている。 日本では幽霊が出るという噂が立つと不動産の価値が著しく下がるというが、連合王国では、そうでもない。 嫌がる人は嫌がるが、好きな人もいて、「幽霊がでるなら是非その家に住みたい」というヘンな人もいます。 ニュージーランドでは、聞いてみたことはないが、やはり嫌がるのではないかとおもう。 「幽霊の存在を信じますか?」と聞かれれば、「信じません」という以外には応えようがない。 肉体組織として脳髄をもたないのに、意識があって、口まで利かれては、たまったものではない。 声帯がないのに声をだして、あまつさえ、こちらに向かって歩いてきて「ここは私の家だ、出て行け」などと言われた日には、いったいわしが勉強してきた科学法則はどうなるんだ、と述べたくなる。 幽霊の存在を肯定することは、そのまま真っ直ぐにアイザック・ニュートンがつくった近代科学という世界を説明するための装置を否定することになるからです。 わし物理先生という人がいて、木曜日になると家にやってきて、物理を教えてくれる役だったが、この人は大学の先生でもあって、科学人として強烈な自負を持っている人だった。 ところが幽霊を視てしまった。 どんな感じでした?と聞くと、「すごく困った」という。 幽霊のようなものは、通常、視界の隅に現れると相場は決まっているが、先生が視た幽霊は机の正面に現れたそうで、そこにじっと立って先生を見下ろしている。 「あれはヴィクトリア朝の服だな」と述べていたので、明瞭に、高精細な姿であったもののようでした。 これが幻覚でないとすると、私は困ったことになるな、と考えていたら、机の前に立っていた女の人が、すっと歩いてきて、先生の手の甲を包むようにして触った。 「暖かかったんだよ、それが」という。 タイムトラベルの人なんじゃないですか?と意見を述べると、 ヴィクトリア朝にタイムマシンはないとおもうがなあー、と弟子とおなじくらいのんびりした意見を述べている。 困った困った、と呟いている、その顔が可笑しかったので昨日のことのように思い出せます。 貞子さんがクロゼットの隙間から這い出してくるようになると、ことは緊急で、そう悠然と構えているわけにはいかないが、そうでなければ幽霊の問題は「どうなっているのか、よく判らないが、いまは考えなくていい」問題の典型です。 死後の世界とおなじく、死んだことがないからわからない、としか言いようがない。 The Grey Ladyは、ニュージーランドならデニーデンのオタゴ大学に現れる有名な亡霊で、スコットランドならば、Grey Lady という、Glamis Castleで祈りを捧げる女の人の幽霊のことになる。 おなじGrey Ladyは、イングランドのRufford Old Hallにも有名な幽霊がいる。 だが、わしが子供の頃に聞いた「The Grey … Continue reading

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Do you speak English?

目玉焼き、と聞いて「ああ、あれか」と考える人は異文化理解においてアマチュアであると思われる。 免許皆伝までの道は遠く、宮本武蔵が道場破りにやってきても、「おまえ、ちょっと行ってこい」で初めに相手をさせられて、どうやら馬鹿力のタヂカラオであったらしい武蔵に背骨をへし折られて美しい道場主の娘お初さんとの祝言を諦めねばならなくなるに違いない。 ええ、だから、ぼくは目玉焼きとフライドエッグで区別しているんです、という人に会ったことがあるが、それでは、まだまだ甘い、金沢の落雁よりあまいので、宮本武蔵が道場破りに現れれば….以下、略。 ガリシア出身のスペイン人の友達は「日本の目玉焼きくらい不味い目玉焼きを食べたことがない」という。 理由は簡単に想像がつきます。 スペインの「目玉焼き」は、卵の素揚げというか、オリブオイルのなかで「揚げる」ものだからで、それも周りが少し焦げてオリブオイルの香りと味が、ぷんとするようなものでないとスペイン人は目玉焼きを食べたと感じない。 日本のものはポーチドエッグとフライドエッグの中韓のどこかに漂っていて、北朝鮮のような存在だからでしょう。 鴨緑江まではいかないがギンポまでもくだらないで、くだらなくはないが、平壌くらいの位置にある中韓な中間的存在である。 平均的イギリス人、(といっても、あんな統一感がまるでなくて、インド料理を国民食とする点とワガママなところしか共通点がない国民を、どうやって「平均」するのか、という疑問はあるが、無理矢理「平均イギリス人」をつくれば)から見ると「へんなことをしている」ようにしか見えないアメリカ人の「サニサイドアップ」や「ターンオーバー」とアメリカ人から見れば、わざわざ目玉焼きのように食べるのは難しいが普通につくればおいしいに決まっているものを故意に不味くしてるようなイギリスのパブで朝ご飯に出る目玉焼きの両者がおなじ「目玉焼き」と言われても困るような気がする。 日本の定食屋でたとえばハムエッグと称して、なんだか不気味な圧縮肉片と共に出てくる目玉焼きは、油を極端に少なくして、チョー弱火でコトコトつくるから、ああなるので、プレゼンテーションにすぐれた日本料理の通例に従って見た目が美しい、合羽橋の蠟見本のごとき完璧な目玉美に包まれた目玉焼きだが、イギリス人からすると、白身が妙な、てろんとした歯触りになっていて、おまりおいしくない。 卵焼きのように、真に芸術的なおいしさの卵料理をつくる国民なのに、なんで目玉焼きは、こんなのしかつくれないんだろう、とひとりごちるが、それは目玉焼きという表現の同一性にひきずられて、イギリスと日本の両者が同じものだという妄念を抱いているからである。 ここまで読んできて、いったいあんたさんは、なにをぶつぶつ言ってますねん、と考えた人がいるに違いないが、「翻訳」ということは不可能作業なのだということを述べている。 最後に見たときには「私は偉い人にしか丁寧な言葉使いはしない。ガメ・オベールはそれに値しない」と抱腹絶倒なことが書いてあって、それだけ頭が幼稚なら本人は自分が書いたことの可笑しさに気付きもしないだろうし、あまりの頭の悪さに憐憫の気持が湧いてきたので名前は書かないが、おやじトロルが大庭亀夫の英語ツイートを、わざわざ図解して該当箇所に赤線をひく努力まで払って、自分がいかに英語が判らないか、そしてその原因が受験英語技術者化した言語頭にあるか、自分で実証して自爆して、英語日本語のバイリンガルの恰好の肴になって、バカッぷりを額にいれてフォーラムで顕彰される、という椿事があったが、そのときに英語人がみな気が付いたのは、日本の人が「話すのと書くのは下手だが読むのはダイジョブです」と述べているのは、ほんとうは英語を読めているわけではなくて、受験英語的な「英文和訳」が頭のなかで行程化されている、というだけのことだ、ということだった。 何事にも率直なオーストラリア人のLukeが、このおやじトロルを見て 「そう言えば、日本人って、あの子供でも満点とれる受験英語が程度が高いとおもってるんだぜ」と日本ではタブーに近くて、みなが日本の人があまりに英語を知的標準のよすがにして、その割には全然ひどい英語である現実への憐憫から「ああ日本の入試英語って、アメリカでも知的な人間でなければ読めないんですよね」とウソをつきまくっているのに、ほんとうのことを、しかも日本語で述べてしまって、読んでいて慌てたことがあったが、幼い頃から「思考力が必要な入試」に向けて塾や「進学校」で猛訓練を重ねてきた、この受験職人たちが、そういう出自の人間が、いちばん向いていない研究者や医師に養成される日本のオバカ制度のせいで、日本では英語能力は英文和訳と和文英訳の精度競争であって、TLが英語人部落であるのを(多分)知らずに、突然カミカゼ攻撃に現れた、ニューヨークに住んでいる日本文学の紹介者だとかいうオバントロルは上記おやじトロルよりも勇気があって英語で返事をすれば英語で罵り返すという度胸をみせたが、罵りかたの下品さと表現がまったく合致していなくて、どこかアジアの国から来てながいあいだ通りに立って売春生活をしていた女の人のような英語だったので、なんだか相手をしていて気の毒になってしまった。 もしあれが「頭脳内翻訳」の産物でないとすると、それが示す現実はたいへんなことになってしまう。 ニュージーランド人の強烈なロッカーであるGin Wigmore がブログを公表していたときに、失礼なアメリカ人たちが「子供の書いた文章のようだ」とコメントしていて、バカな奴だ、とケーベツしたが、アメリカ人とニュージーランド人の英語は、たとえばcheekyという言葉ひとつでもニュアンスが、だいぶん異なる。 あるいはspunkyも、イギリス語とは異なって、アメリカ語では、ずっと性的な意味合いを帯びている。 英語人同士でも、意味のずれを調整しながら話をしないと、コミュニケーションという点では、かなりヘンなことになる。 まして醤油をかけて食べたほうがおいしい目玉焼きと塩だけをかける目玉焼きでは、フライドエッグと言い換えても照応になるわけはない。 日本語では英語のFried eggは、ついに表現できないと判らないと日本の人が英語を理解する日はこないのではなかろうか? 文化の相互理解が文化の相互誤解になっているだけですめば、笑い話ですむが日本とアメリカが開戦に至った経緯や例のアメリカ大使館が安倍首相の靖国参拝に驚愕して発した重大な警告の「disappointed」ステートメント https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/01/02/disappointment/ に端を発した自称他称の「英語がわかる知識人」を中心としたドタバタ喜劇を見ればわかるとおり、社会として英語を理解する能力が根本から欠けていることは、国の安全保障というようなレベルでも社会にとって危険なものになっている。 ただでさえ英語能力の纏足(てんそく)とでも言いたくなるような英文和訳と和文英訳の強制訓練を受けさせられて、自称「英語がわかる」受験戦士のなれのはてに社会の鼻面をひきまわされているところに、今度は「英語ではハウアーユー?なんて誰もいいません」と、多分、「ここでイッパツ頭の悪い日本人たちから大金を稼いじゃろう」ということなのでしょう、語学強盗みたいなアメリカ人が現れたりして、 「母語人がいうことだから」のお墨付きで、あっというまに広まって、気の毒にも慌てて「あれは、とんでもないウソだ」と警告しはじめた英語圏に住む日本人たちの指摘のほうを「おまえが英語ができない出羽守の証拠だ。おれは3年アメリカに住んだが一度もHow are you?なんて聞いたことがないぞ」と冷笑する始末で、ほんとうに3年間いちどもまともな挨拶を聞いたことがないとすると、どんな生活をして、どんな人間と付き合っていたか考えて心配になるが、多分、例えばニュージーランドなら、レジの若いひとびとが、どんなに忙しいときでも客に述べる「How are you?」(←興味深いことに、観光客や留学生が集中する地区のカウントダウンでは店員の側からは挨拶を述べなくて、こちらが挨拶すると、胸をなでおろしたように返事をする、という体験をしたことがある。多分、挨拶を述べても無視されるのが辛いので挨拶をやめてしまったのだと推測される) むかしは、説明するのがめんどくさいので「すべての翻訳は誤訳だ」と簡単に述べていたが、すると怒濤のように、というべき勢いで、「はてブ」のようなところで 「ニセガイジンのくせにエラソーに、日本の翻訳者の努力をしらないのか」という、チョートンチンカンなコメントがつきまくって、アホらしくなったので言わないで放っておくことにしてあった。 どんなに精確に訳したところで、すべての翻訳は誤訳で、だからこそプロの翻訳者は不可能作業を承知のうえで挑んで苦労している。 日本人の英語能力が根本からダメなのは、メリケンがいつのまにかアメリカンにカタカナ表記が変わったり、あるいは香港人の英語がだんだんひどくなっていることに理由は現れていて、つまりは、学問化してしまったからです。 結果は悲惨で、頭のなかで忙しく英文和訳と和文英訳を繰り返す受験職人の末路にたつ人々と、5年間アメリカ人の夫と結婚生活を送っていて、アクセントだけはまともだがマクドナルドでハンバーガーを注文する程度のことしか英語は出来ない「歩く指さし英会話」のような不思議な人々の二極に分離してしまって、目もあてられないようになっている。 フィンランド語は、おおきく分ければ日本語や韓国語とおなじ膠着語という分類になる、英語とはおおきく異なる言葉で、むかしは英語圏に行くと言葉でひどく苦労して、たしか「リンガフォン」(←昔は日本でも流行っていたらしい)の売り上げも苦労を反映して欧州一だとかなんとかだったはずだが、30代くらいのフィンランド人は、どうかすると英語圏の出身だろうか、と思うくらい英語をふつうに話す人が多い。 具体的には若い建築家、数学研究者、画家という人々のフィンランド人に聞くと、「いやフィンランドでは学校教育をちゃんと大学まで受けるだけで、みんなこのくらい話せる」と口を揃えて、ぶっくらこいてしまうが、それが愛国心の発露でない真実ならば、簡単に、フィンランドの学校教育で行われていることと同じことを日本でもやってみればいいことになる。 … Continue reading

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アート

わし家では、ときどき宿泊した客の「ぎゃあああー」という 悲鳴が響き渡ることがある。 いけねー、教えておくのを忘れていたと考えるが、まあ、よい思い出にもなることだから、と自己弁護する。 心臓が弱い客は、泊まるのを遠慮してもらったほうがいいだろうか、と考える。 例えば、かーちゃんととーちゃんや妹夫婦がオークランドにやってくるときは、比較的に長期の滞在なので日本の感覚でいうと隣町のパーネルというところにある、以前住んでいた家に泊まってもらうことが多いが、通常の客は、モニとわしがいちゃいちゃしている区画から少し離れた部屋に泊まってもらう。 ニュージーランドの、というよりも英語世界全体のスタンダードに従って独立したバスルーム、バスタブとシャワーがあって、トイレもあります。 のみならず、庭に面したドアを開けると、これも独立した小さなテラスがあって、いきなり庭に出られるようになっている。 スイートになった続き部屋にある冷蔵庫から勝手にワインやシャンパン、あるいは健康的な客ならばミルクやペリエをとってテラスの小さなテーブルで飲むこともできる。 ビンボになったら料金表をつくってペリエ1本2000円というような阿漕な商売をしようと思うが、幸い、まだそういう財政の危機は経験したことがない。 ホテルと異なる点は絵やプリントがやたらいっぱい掛かっている。 美術品は、あんまり何も考えないでどんどん買っていいことにモニもわしも決めてあるので、だんだん増えてきて、なかには飽きるものもあって、飽きたものは客部屋におく、という傾向がなくもない。 絵は明るいものが多いので客にも評判がよい。 「まさかホンモノではないですよね?」という客がいたので、もちろん違いますよ、そんなオカネないもん、と、きっぱりオオウソをついたことがあるが、 実は全部「ホンモノ」です。 むかしは教科書的に有名な、もう死んだ画家の絵を買うことが多かったが、最近は画家の作品を本人から買うことが多いので、疑問の余地なく「ホンモノ」(←なんとなく下品な表現)である。 客室用に描いてもらったものもあって、このあいだは仲の良い絵描きに2mx3mの絵を描いてもらった。 夕暮れの海を表現(←推測)したデザインに近い抽象画で、実は、この友達の絵描きはこの注文を嫌がった。 このひとは力が強い強烈な絵を描く人で、若いときにはアートフェスティバルの主宰者に「絵が強すぎるから遠慮してくれ」というバカなことを言われたこともある。 ワイン半分くらい飲んで、軽いタッチでいくべ、と注文したら、ガメがいうことだからやらなくはないけど、やだなー、家具職人になったみたいだ、とこぼしていた。 ワインを二箱差し入れしたら、文句が止まって、あっという間に描いてくれたが。 素晴らしい絵で、客ベッドで目をさますと、目の前に夜明けの海が広がっているようです。 もともとは魂の力がこもっている、例えばフランシスベーコンが好きだったが、まさか家の壁にあんなものを掛けていくわけにはいかないので自重して、と書いていて、アメリカのコメディアン、スティーブマーティンは家のそこここにフランシスベーコンを掛けているのだ、という話を思い出したが、そういうわけで、明るい絵を心掛けて掛けてある。 絵は良いが、客にとっては困ったことに、ところどころに彫刻が立っている。 ホールを歩いて、ふと目をあげると、そこに2mはあるアンディウォーホルが筋肉マンになったような若い男がぬっと立っている。 「あれは心臓が止まる」と言われているよーです。 あるいはカウチに腰掛けて、へー、ガメって、いいとしこいて、まだこんな本を読んでるんだ、相変わらずアホだな、あいつ、と思いながら手元の本から目をあげて天井をみると空中ブランコ乗りが、いままさに跳躍しようとしているところで、不意をつかれた目撃者は、そのまま絶命しそうになる。 家の主は、温和で成熟したおとななので、決して客の悲鳴を楽しんでいるわけではなくて、夜中に絶叫が遠くから聞こえてくると、下をむいて本を読みながら、「やった」と、静かに、小さな声でつぶやいているだけである。 前には、客用のトイレの真横に、シートの上に座るひとを見つめて、なんだか斑な若い男が立っていたが、これは真剣に怒る客、妹だが、が現れたのでやめた。 今度は、その代わりに「天井の隅から上半身を突き出して、こちらを見ている長い髪の若い女」の彫刻を頼もうかとおもうが、突然目を光らせたりするとアートでなくなってしまう、という守旧的な芸術家友達の意見に阻まれて実現していません。 学生のときに、訪問して、知り合った「若い画家」が、どんどん有名になったりして、インタビューに出ていたりするのを見るのは楽しいもので、なにによらず知っているひとが成功するのが大好きなわしとしては、なんだか幸福な気持になってしまう。 画廊や卸会社の情報を交換したり、アートフェスティバルの前夜祭で思い切りのんだくれたりして、芸術家もゲージツカも一緒になって、みんなで楽しい時間をすごす。 本を読むことや、数学とおなじで、美術も好きになれば病膏肓で、モニの希望もいれて、旅行もコンサートやオペラとギャラリーめぐりを中心に予定をつくればよいのではないか、ということになった。 小さい人達を伴っていく場合には、スミソニアンの航空博物館や、小さなところならば、NYCやボストンの数学博物館にも行かないわけにはいかないので、お上りさんみたいだが、そういう目的地めぐりだけで日程は案外長大なものになってしまう。 むかし、Cueva de El Castillo https://gamayauber1001.wordpress.com/2011/07/21/cueva-de-el-castillo/ に行ったときに、芸術表現への衝動というものが、人間にとってどれほど本質的なものか実感した。 あの頃はクロマニヨン人たちの残した壁画だということになっていたが、そのあとの調査で、ネアンデルタール人のものも混じっていることがわかって、大騒ぎになったが、なおさらで、教科書が述べる狩りを祈った呪術性であるよりもなによりも、たとえば有名な酸化鉄で描いた手のひらやディスクは、ただ純粋な芸術表現への衝動で出来たものに見えた。 … Continue reading

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普通のひと

例えば、ネナガラ (@nenagara)というヘンなハンドルネームの人が好きである。インターネット上だけの付き合いだが、何年になるのか、もう忘れるくらい長い付き合いの人です。 どんな人かって? 知り合った頃は輸入中心の貿易会社のサラリーマンで、自分で自分を紹介するのに「退屈なサラリーマン」だと述べていた。 ふつーの人。 ふつーであることがテーマであるかのような人。 ところが、この「ふつーのサラリーマン」の芯の強さに、やがてぼくは舌をまくことになる。 例の、はてなを居住地とした、おやじトロルたちが大挙して押し寄せてきたときに、まるで当たり前のことのようにして、そばに立っていてくれたからです。 あるいは、すべりひゆという人がいる。 もともとは京都人で「小学生のときは太秦の敷地に置かれていた実物大のゴジラの足を横目に見ながら通学していた」という。 ゴジラは東宝の主役なので、ほんとうはガメラの足だったのではないかと思うが、 イタリア人と結婚して、ずっとヴェネトに住んでいるところが、やや普通の日本人と異なっているだけで、ネナガラと同じ、やはり、ふつーの人です。 なにかの科白に感心したのでしょう、つきまとっていたおやじトロルの何人かをRTし、フォローしたりすることがあって、「おい」と述べると、 ははは、という答えが返ってくる。 でもこの人も、いつも側に立っていてくれて、日本語をやめたときには、あるいは、そういうときにだけ、長い長いemailを送ってきてくれる。 諦めないで、続けてほしい。 わたしは、あなたの文章が好きなのだから。 当然だが、ぼくの日本語への信頼は、いちにもににも、ネナガラやすべりひゆたちへの信頼に依っている。 依拠している。 聴き取りにくいが、耳をそばだてれば、明瞭に聞こえる、はっきりとした発音の「静かな声」を、このひとたちは持っている。 そうして、そういう「聴き取りにくい声」を内在させていることは、ほとんど文明が文明であるための定義である。 窒息して、そのままヘドロのような言語社会のなかで息が絶えそうになるとき、 その「聴き取りにくい声」がするほうへ、懸命に泳いで、やっとそこで水面に顔をだして息をつぐ。 サイレーンのように大きな声ではない。 まして政治や社会について演説する、拡声器から聞こえてくるような割れ鐘じみた音であるわけはない。 静かな声。 「でも、それはちがう」と述べている、静かな、きっぱりとした声。 要するに、そうした声を聞くためだけに異なる言語を学習しているので、まして、 英語/欧州語世界で起きることどもを紹介して悦にいっているひとびとなど、(当たり前だが)どーでもよい。 一顧だにするに値しない。 もしかすると、日本人は自分達が西欧化されたアジア人であることに意味をみいだしすぎていて、自分達が自分の足でたった極小文明であることの誇りを忘れているのではないかと思うことがある。 福沢諭吉は自分たちの西洋化へのすすめを韓国人や中国人が頑迷に聞き入れないのに苛立って「脱亜入欧」と述べたが、遠慮をやめて言うと、当の欧州人からみて、これほどバカバカしい主張はない。 文明を模倣できると考えるのは、うわすべりな軽薄な考えにすぎない。 例をとれば、ローマ人の文明はギリシャ人に対する批判のうえに出来上がったので、ギリシャ文明の模倣のうえにローマの文明が出来上がったと考えるのは、いくらなんでも表層的に過ぎる。 ローマの文明を例に挙げたついでに、ローマ人の文明の独自性について述べると、ローマ人の文明の特徴は、その「時間」にある。 3時間かかることには、(たとえ2時間で出来ても)3時間という時間を、なみなみとかける、古代ローマ人の時間感覚は、その感覚のみによって当時の「世界」を征服するほどの発明だった。 あとでイタリアを旅行してまわるようになってから、古代ローマ人とは似ても似つかない。30分でフルコースのランチとワインを平らげるイタリア人たちを観察して、ずっこけてしまったが、もともとはどんなふうだったかは、幸いなことにローマ人たちは、自分達の生活についてたくさんの記録を残しているので、読んで安心することができる。 「煉瓦を積むように」時間をかけることが出来た、偉大な文明の素顔は、時間を縮めてものごとにあたることをしないローマ人の時間感覚に依っている。 そうやってつくられた文明の最大の成果は、いま挙げたネナガラやすべりひゆの「ふつーの人たち」で、逆に、魯迅を読めばわかるが、文明が破壊されると普通の人びとを、その社会は失ってゆく。 小ずるく立ち回って、このあいだから話柄に挙げている日本人のおやじトロルについて言えば、一方ですました顔で反体制・反歴史修正主義とインテリゲンチャふうのことを述べながら、上下に跳ねながら歯をむきだして悪罵のかぎりをつくす猿そのまま、匿名アカウントをつくって、ウソの限りをつくして相手を陥れるようなことを平然とする。 おおきく述べると、それは日本語世界が文明を喪失しつつある徴候であって、「普通さ」が「異様さ」に取って代わられる経過を、いまこのときの日本語人は目撃しているのだと考えられる。 … Continue reading

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時間という贈り物

一日を過ごすのと一生を過ごす事に本質的な違いがあるわけではない。 朝起きて、ぼんやりした頭で、プライオリティをつけて、50個なら50個ある「やらなければならないこと」や「やりたいこと」のうち、上から三つくらいならやれるかなあ、と考える。 えっこらせ、と起き上がって、まず一日の重大な準備である朝食にとりかかる。 プライオリティに頭の精細な働きが必要な事柄が含まれていないときは、コーヒーより先にシャンパンを開ける。 オムレツとハムとベーコン、エッグベネディクト、 ときにはパンケーキにしてもらうこともあるし、フレンチトーストを出してもらうこともある。 夕食などは、めんどくさいからとばしてしまうこともあるが、朝食だけは、そういうわけにはいかない。 ガソリンがなければ、クルマはすすまない。 別に学校で勉強しなくてもいいが、勉強しないと、朝食ぬきで一日を過ごしているようなもので、やりにくくてしようがない。 「一日をすごすこと」と「一生をすごすこと」には他にも類似がたくさんあるが、最も本質的なのは「時間がない」ことだろう。 父親は合理を好む人なので、もともと息子が仕事につくことには反対だった。 大学に残るのならともかく、ビジネスのようなことをするのは時間の無駄だという。 不動産を分けてやるから、そこからあがる収入で食べていけばよいではないか、という。 自力で生活するほうが楽しそうだったので断ってしまったが、父親のほうが正しいのか、自分の判断が正しかったのかがわかるまでは、まだ20年くらいかかりそうな気がする。 それでも、ただ収入をうるために一日8時間を労働するというのは、論外だった。 そのくらいなら銀行強盗で反社会的な大金を手にいれたほうがよいのではないかとマジメに考えた。 そして南米に行く。 イーブリンウォーの「大転落」ではないが、そちらのほうが大企業に勤めたりするよりは人間的な一生が送れそうな気がする。 死後に天国か地獄かという選択が現実であったばあいには天国にはいかれないが。 アメリカの人などでもニュージーランドやイギリスの社会に住んでいると、20年くらい住んでようやく、社会の底に流れる底意地の悪さや冷淡さに気付いて、失望して、ぞっとするらしいが、ひとつだけいいことがあって、社会として「他人に余計なことを言わない」社会である。 それはおかしいんじゃないか、と考える事でも、「あなたが言っていることはおかしいとおもう」と相手に述べる習慣がない。 むかし子供のときに、カンタベリーの「牧場の家」があった村に中国系移民の一家が越してきて、首の赤い若い衆が、色めき立って、ドアに鶏の死体を釘付けしたり、逆さの十字架を燃やしたり、という嫌がらせが続いたことがあった。 ある日、羊の生首が投げ込まれていて、たまりかねた中国人一家の主人が近所のスコットランド系人一家に相談に出かけてきたところに、居合わせた。 中国系夫婦が羊の生首が投げ込まれていた、と訴えると、 大男の主人が、「マグパイがくわえて飛んできて落としていったのではないか」と応えたので、内心「イギリスとおなじやんね」と笑ってしまったことがある。 不正直だから嫌いだ、とアメリカから移民してきて故国に帰ってしまう人達がいる。 アメリカ人の観点からは現実を明瞭に述べないニュージーランド人の態度が「許しがたい不誠実」に見えるからです。 ニュージーランド人やイギリス人は、国民性で、「うわべを取り繕うのが最も重要で、取り繕っているうちに、なんとかなるものさ」という気持がある。 実績上は、そうしているうちにものごとがどんどん悪化して、どうにもならなくなることのほうが多いが、国民的信念というものは、そうそう動かせるものではなくて「うわべ第一」で、とうとう21世紀に至ってしまった。 日本は、ざっかけなさを好むというか、フランクなのが売り物の社会で、仲がよくなると「肥ったんじゃない?」と遠慮なく述べて、それが親しみをあらわす表現であったりする。 ネット上でも、おやじトロルたちが典型だが、うるせーなほっとけよ、と言いたくなることを毎日毎日他人に絡みつくようにして述べる人の大群が存在する。 Don’t take it out on me. と英語なら言うが、現実世界でのおやじトロルたちの姿が明らかになってみると、経歴からみて、若いときには期待されて、自分でも自負していたのに、失敗して、誰にもなにも期待されない立場になって、自分が人生で失敗したことがよほど悔しいらしくて、他人を糾弾することによって、自他の敬意を回復しようとする人がたくさんいる。 相当に頭が悪い人でも、行為の惨めさは理解できるはずだが、自画像の悲惨さには目を瞑る能力というものがあるらしい。 自分でも自分の人生は、トロル行為を頂点として終わりと観念しているらしいが、傍の者にとっては、不愉快であり、迷惑で、日本語社会では、何かを発言することが、そのまま不快な時間を過ごすことになってしまうのは、このおやじトロルの集団のせいである。 … Continue reading

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