幽霊たち

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昨日の夜、冷蔵庫が爆発する、という不思議なことがあった。
家のひとびとが片付けたあと、モニさんとふたりで二人事故調査委員会を組織して調べてみると、どうやら冷蔵庫のなかを仕切っているガラス棚が大崩壊したらしい。
ドアが開いて、床一面にガラスが飛び散る大爆発で、冷蔵庫のガラス棚というものはクルマとおなじに「安全ガラス」で出来ているのだということを初めて知った。

頻繁に物がなくなったり、家具がいつの間にか動いていることがある。
ゴーストハンティングの本を読むと、幽霊屋敷の条件をすべて満たしている。
だから、もしかすると幽霊さんと一緒に住んでいるのかも知れないが、特にこちらの生活に支障をきたす悪戯をしようという意志もないようなので、いたければいてもらって構わない、ということになっている。

モニさんの実家も、わし家も古い建築なので、当然のように幽霊が出る。
廊下ですれちがう、というような経験はないが、1ヶ月逗留するはずだった客人が一日でそそくさと発ってしまったことはある。
この人は、昼間に、ホールのドアの陰に立っていた背の高い「半分透明な」貴婦人を視たそうで、真っ青な顔で、そそくさといなくなって、子供心に「幽霊がそんなにはっきり見えるなんて羨ましい」と考えたのをおぼえている。

日本では幽霊が出るという噂が立つと不動産の価値が著しく下がるというが、連合王国では、そうでもない。
嫌がる人は嫌がるが、好きな人もいて、「幽霊がでるなら是非その家に住みたい」というヘンな人もいます。
ニュージーランドでは、聞いてみたことはないが、やはり嫌がるのではないかとおもう。

「幽霊の存在を信じますか?」と聞かれれば、「信じません」という以外には応えようがない。
肉体組織として脳髄をもたないのに、意識があって、口まで利かれては、たまったものではない。
声帯がないのに声をだして、あまつさえ、こちらに向かって歩いてきて「ここは私の家だ、出て行け」などと言われた日には、いったいわしが勉強してきた科学法則はどうなるんだ、と述べたくなる。
幽霊の存在を肯定することは、そのまま真っ直ぐにアイザック・ニュートンがつくった近代科学という世界を説明するための装置を否定することになるからです。

わし物理先生という人がいて、木曜日になると家にやってきて、物理を教えてくれる役だったが、この人は大学の先生でもあって、科学人として強烈な自負を持っている人だった。
ところが幽霊を視てしまった。
どんな感じでした?と聞くと、「すごく困った」という。
幽霊のようなものは、通常、視界の隅に現れると相場は決まっているが、先生が視た幽霊は机の正面に現れたそうで、そこにじっと立って先生を見下ろしている。
「あれはヴィクトリア朝の服だな」と述べていたので、明瞭に、高精細な姿であったもののようでした。

これが幻覚でないとすると、私は困ったことになるな、と考えていたら、机の前に立っていた女の人が、すっと歩いてきて、先生の手の甲を包むようにして触った。
「暖かかったんだよ、それが」という。
タイムトラベルの人なんじゃないですか?と意見を述べると、
ヴィクトリア朝にタイムマシンはないとおもうがなあー、と弟子とおなじくらいのんびりした意見を述べている。

困った困った、と呟いている、その顔が可笑しかったので昨日のことのように思い出せます。

貞子さんがクロゼットの隙間から這い出してくるようになると、ことは緊急で、そう悠然と構えているわけにはいかないが、そうでなければ幽霊の問題は「どうなっているのか、よく判らないが、いまは考えなくていい」問題の典型です。
死後の世界とおなじく、死んだことがないからわからない、としか言いようがない。

The Grey Ladyは、ニュージーランドならデニーデンのオタゴ大学に現れる有名な亡霊で、スコットランドならば、Grey Lady という、Glamis Castleで祈りを捧げる女の人の幽霊のことになる。
おなじGrey Ladyは、イングランドのRufford Old Hallにも有名な幽霊がいる。
だが、わしが子供の頃に聞いた「The Grey Lady」は、また別の人で、この人は例えばボンドストリートにあらわれる、美しい女の人で、よく見ると身体が透けているので、生きた人ではないと判る。
店への階段を上がって、誰かがドアを開けると、お礼を述べる様子で、なかに入っていく。
自分がもう死んでしまった人間であることに気付いてしまうと、気の毒なので、みな生きているレディとして扱います。
ぶつかると、素通りして、いよいよ自分が肉体のない魂だと判ってしまうので、道を空ける。
それが死んだ人に対する礼儀というものですよ、と小さい頃からわし躾の担当だった人に言われて、妙に納得したものだった。

冷蔵庫の爆発は幽霊の悪戯ではないか、と家のひとびとは言い合っていたが、モニとわしの観察によれば、おおきなガラスのボールに入ったシチューを、無理に冷蔵庫に突っ込んだ結果、どういう物理法則の働きにやありけん、大音響とともにガラス棚が一挙に大崩壊して、床一面に散乱する騒ぎになったもののようでした。

わし家のルールでは、モニとわし以外は自分の失敗を報告したり説明したりしなくてもよいことになっている。
だから誰が荒っぽいことをしたのか判らないし、どうでもよいが、日常、想像出来ない事件が起きると超自然ということを思い出すのだなあーとあらためて考えた。

ボンドストリートのGrey Ladyは、店が代替わりして、ブランド店ばかりになってから、通りの町並の品の悪さに辟易したのでしょう、もう噂を聞かなくなってしまった。
あの人にとっては、ずらりと並んだロールスロイスの屋根に肘をついて、制服を着た運転手たちが退屈そうにタバコをふかしているロンドンだけがロンドンで、いまの「昔はロンドンだった都会」は、訪問するだけの価値がなくなってしまったのに違いない。

ときどき、人が幽霊話を好むのは、人間が楽に人間たりえた、むかしを懐かしんでいるからではないかと考える。
わしが生まれた国には、古い家を買って床が傾いていたり、長い奥行きのあるホールを示して、「ほら、よくみると少し歪んでいるでしょう?」と述べて悦にいっているヘンな人がたくさんいるが、要するにそういうことで、過去の亡霊は、そういう人々の心に住み着いている。

鏡の前に立ってヒゲを剃る若い家の当主の傍らで、視界の隅の、後ろのほうから顔をのぞかせて微笑んでいる若い女の人は、もしかしたら彼自身の曾祖母なのかもしれなくて、自分が最も美しかったときの姿で、この非人間的な世界にあらわれて、自分の子孫を気遣って、見守っているのかもしれません。

そうやって考えると、幽霊といっても怖いものですらなくて、幻影にしろ、現実にしろ、ここにいてもらっていいですよ、いつか一緒に庭の椅子に腰掛けて、お茶を飲めればいいのに、というのんびりした気持になるのです。

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5 Responses to 幽霊たち

  1. もここ says:

    コメント欄が復活してうれしいです。
    (何せツイッターもブログもやっていないので)
    幽霊といえば、この世に未練(=怨み)があって出てくる、と子供の頃聞いたので、
    なんか日本の幽霊に比べて、そちらの幽霊は優雅な感じがします。

  2. Phlegmone says:

    子供の頃住んでた家は、前の主人が家で刺殺されたか何かでかなり安く売りに出されていたものを、そんなものを気にも留めない父が安くて買えたと喜んで購入したものでした。
    夜に受験勉強などしておると、階上から降りてくる足音が聞こえて、閉まってる部屋の扉がキギーと開くのですが、誰もいないことがよくありました。初めは気味悪がってたのに子供なものですぐに慣れて無視していると、今度は天井が騒がしく叩き回るような音がしたりしました。でも、明日試験だから頼むから今日は静かにしてくれ、と言うと静かになったのでそんな悪い奴でもなさそうでした。
    もう引っ越してしまったけど、まだあの家では足音が聞こえるのでしょうか?
    因みに父は一度も聞いたことがなかったそうです。

  3. Rika says:

    日本では全然霊感というものがなかったのに、NZに来てからいろんなところで不思議な経験しました。けっこう有名な心霊スポットのBlackball Hiltonに前情報なく泊まったら階下のパブからどんちゃん騒ぎが聞こえて眠れなくて、翌朝ホテルの人に聞いたらパブは閉まってたし泊り客も2組しかいなかったということがありました。それからTimaruの古いホテルを友達が買って改装するというので、泊まり込みで手伝ってたら、ドタバタ走るわ窓をガンガン開けたり閉めたり、ものすごいうるさい霊に毎晩悩まされてました。でも一緒に働いてた人たちで聞こえる人と聞こえない人がいるんですよね。私、日本だったらいつも見えない聞こえない側の人間だったので、ちょっと嬉し気にしゃべってしまいました。ちなみにそこは学生の寮になりました。あと個人的に胸に来るのが、飼っていた猫が自分が轢かれてしまった場所に案内してくれたんですよ・・。日本風の幽霊じゃないと別に怖くないので、NZで心霊現象に遭遇してもものすごく平常心なんですが、まあ怖いという気持ちがないからこそ遭遇するのかもしれませんね。

  4. けけ says:

    いつも楽しく読ませてもらってます!
    僕は霊感が全くなくて幽霊とか見たこともないんですが、幼い頃からずっと未だ見ぬその存在を恐れ続けてきました。2年くらい前にふと僕が幽霊を恐がる理由を考えてみた結果、テレビの再現映像やホラー映画で使われている音楽の所為なのでは?という考えに至りました。そして、もし不意に幽霊が現れた時、逃げ出したい気持ちをぐっと堪えて恐る恐るポケットから取り出したiPhoneでyoutubeを開きアップテンポでノリノリの音楽をかけたら一体どうなるのだろう?と思いました。以来、ずっと思考実験を繰り返しています。今、僕の頭の中で最も恐怖に打ち勝つことができるナンバーが、Dancing Queen/Abbaです。この先も見ないですむことを祈りますが、出くわした時は先の作戦を実行してみます。

  5. 妖怪目玉 says:

    読みました。ほのぼのとしてとっても面白かったぞ。

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