パーティ経済

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21世紀の世界では中国世界との文明的なインターフェースを持たない国は衰退する。

よく知られているように西側諸国では、この「インターフェース」は中国系人たちが勤めている。

急成長を続けて現在26年目を迎える「バブルマーケット」の基礎を築いたオーストラリアの首相ジョン・ハワードは「オーストラリアに100万人を越える中国のスパイがいる」と演説して物議をかもしたことがあったが、あのとき「100万人とはオーバーな」と冷笑したひとびとは、みな外交音痴の国のひとびとで、オーストラリア人知識層はみな、なぜいまさらそんなことを言挙げするのだという人はいても、数字自体は妥当だろうと考えている人が多かった。

中国の「スパイ」は通常「パートタイム・スパイ」だからで、高度に専門的なスパイを採用したがる連合王国の対極にあって、たとえば海軍の高級将校の愛人になっている中国系人に「オカネを渡すから、このシステムについて聞いてこい。嫌なら嫌でいいが、故郷に家族を残してきていることを忘れるな」というようなやりかたをする。

では20世紀には有効だった、そういう方法がいまでも有効かというと、そんなことはなくて、中国式の「パートタイムスパイ」に対応することに慣れた西側諸国は、逆に中国人たちの専門家を前線にださない鵜飼い方式とでも呼びたくなるスパイ網への対応は、具体的には書かないが、遙かにすすんで、中国側を苛立たせている。

このアンチスパイの方法が極めて巧妙に出来ているのは、考案しているひとびとのなかに中国系人が何人もいるからで、欧州系人だけでは、到底歯が立たなかっただろう、と考える、たくさんの理由がある。

投資にしろビジネス活動にしろ、オーストラリアやニュージーランドでは、中国系人たちとやりとりなしで活動するということはありえない。

欧州系やアメリカ系の資本もたくさんはいっていて、たとえば卑近な例を述べると、ニュージーランドの至る所に趣味の悪い巨大なビルボードを掲げている寿司の最大チェーン「St.Pierre’s」はアメリカ資本の会社です。

クライストチャーチ復興事業の主要コントラクタのひとつにイタリアの会社が入っているせいで、おおぜいのイタリア人たちが移住してきていて、 ヴィンヤードの持ち主には本国での規制の多さに嫌気がさしたフランス人たちが、かなりはいってきている。

あるいは日本で言えば、ちょうど、青山・原宿にあたる繁華街のポンソンビーの街角に立っていると、中国語の投資集団の「自己紹介広告」のビルボードがあり、ノースショアに行けば不動産開発業者の、やはり中国語のサインが立っている。

中国系人やシンガポール人、韓国系人という人々は、オーストラリアやニュージーンラドでは英語を第一母語とする第二世代以降の世代を中心に、生活の隅々まで入り込んでいて、嫌韓、嫌中というようなことを述べる年寄りは、だいたい苦笑で迎えられることになっている。

 

 

中国系人の役割は中国市場からアメリカドルを引っ張ってくることだけではなくて、西側社会とおおきくかけ離れた巨大な独自文明である中国文明の振る舞いを理解する手助けをすることにもある。

20世紀には、まだごく少数の「中国専門家」が中国語を話し、たとえば杯をのみほして底をみせあい、箸をお互いになめあうような中国地方固有の習慣を身につけて、おおきく中国側に身を添わせて、ふたつの国をブリッジするやりかたが多かった。

あるいは、中小企業は、シンガポールか香港の西側と中国側の双方のロジックを解する社会を経由して契約の安全を期した。

いま面倒な中間をとばして、どんどん交渉が深まっているが、なぜそれが出来るようになったかというと、要するに双方に中国系人がインターフェースとして存在しているからです。

言語も、ほぼ英語で、ずっと気楽に中国側と付き合えるようになった。

 

オーストラリア人は、よくいまの世界経済の状況をパーティに譬える。

アメリカ人と中国人がおおぜいいるパーティに、オーストラリア人が混ざっていて、中国の人が「なぜアメリカ人は、ああ、判り切ったことをくどくど説明するのか?」と不審に思って訊いたり、アメリカの人々に「なぜ中国は、われわれの神経を逆なでするようことを平気でいうのか?」と訊かれるのに応えている。

 

世界を混沌から少し離れたところにつくったマルチカルチュラル社会から眺めてきたので、自分達のほうが、おなじく多民族国家であってもモザイクで、民族同士が溶けあわずに存在してきたアメリカよりも、ずっと中国系社会を理解している、という自信があるのでしょう。

さっき「バブル26年目」と書いたが、オーストラリアでも兄弟国化しつつあるニュージーランドでも絶えず、いまの生活レベルの急成長を伴う好況がバブルなのか、たとえばドイツや日本の戦後の一貫した急成長のような「成長」なのか、議論される。

不動産価格が高騰しすぎて高収入な若いカップルほどホームローンの支払いに収入が消えてしまういまの市場では、やがて消費にまわるオカネが減って経済が傾くのは見えている、というのが最も一般的な意見だが、いくら待っていてもバブルが崩壊しないで、不動産価格が天井であるはずの価格を突き破って、この5年間は特に、猛烈な勢いであがってゆくので、これは世界経済の冨の循環そのものが変化してしまったのではないか、と考える人も増えてきた。

鍵は、中国市場に眠るアメリカドルで、まともな統計がないので、いったいどういう様相なのか判らないことが、みなを苛立たせている。

オーストラリアでもニュージーランドでも。明瞭になって、ほぼ国民的な合意になっているのは、自分達が偏見を捨てて、マルチカルチュラルソサエティを作り上げていけば、それがそのまま経済的な繁栄につながる、という事実で、ちょうど共産主義恐怖症によって戦後の日本に、過剰というのもバカバカしいほどのアメリカドルを投入して日本経済の繁栄をつくってしまったアメリカと日本の関係のように、現状は、中国から「無際限に」と形容したくなるほど流れ込んでくるアメリカドルが、両国の繁栄を支えている。

ニュージーランドで言えば、日本から資本を流入させようとして失敗したあと、イギリス人が「ポンドの洪水」と言われたほどの資金投下を行い、イギリス経済がクレジットクランチで深刻な不振に陥ると、今度は中国人たちがアメリカドルを持ってあらわれる、というふうで、いまは社会全体が豊かになったので、いよいよ欧州人、アメリカ人、中国人、そしてもともと主役のオーストラリア人が入り乱れて資本を投入している。

おおきな集団から個人に目を移して、個々の顔を思い浮かべながら書くと、ピケティくらいから目立つようになった「中央政府に権限を与えての社会の冨の再分配の是正」の風潮に嫌気がさしてやってきたロンドン人、どうやらやや後ろ暗いオカネであるらしい大金とともにやってきて不動産や高級車を買い散らして、いざというときの逃げ場をつくろうとしているらしい上海人夫婦、北欧の高税率を嫌ってオーストラリアのアデレードに移住して、海と自然にひかれてニュージーランドで死ぬまでをすむことに決めた北欧人の富豪、全体主義社会の自由のなさにうんざりしてシンガポールを出奔した中国系のオオガネモチ、両親が築いた大財産をニュージーランドで運営しているやはり中国系のマレーシア人、それぞれがさまざまな理由でオーストラリアやニュージーランドへやってきて、離れた場所にきて、逆に、「ああ、世界の構造はこうなっているのか」と得心している。

いまは日本と中国を除けばマルチパスポートの時代で、ひとりでいくつも国籍を持っているのは普通のことなので、「移住」といっても、半分だけニュージーランドにいたり、何年かを過ごして、また自分の出生国に帰って数年を過ごしたり、別にオカネモチでなくても、そのときどきで居心地がいい国に住んで、そういうことが判って社会に浸透してくるにつれて、選択する職業も、なるべく社会の固有性に依存しない職業が人気になって、シェフやヘアドレッサー、タトゥイストというような職業はとても人気があって、ながい教育を必要とする職業ならば、国際会計やマーケティング、ITエンジニアリングのようなもののほうが、意外なくらい国際性のない医師のような職業よりも人気がでてきている。

こうした社会で最も物質的な成功に近いのは「英語を母語並に話す異文化理解者」で、残念なことに日本はそれ以前の国際性を欠いているというよりも経済的にはいまだに日本帝国陸軍のような存在で、孤立社会なので英語と日本語ができても利益はなにもないが、英語と中国語を母語にしているような若い人達は、たとえば、若い中国系友人のJR(←鉄道マンではありません)は、写真家で、契約にしたがって、ふらふらと欧州を仕事してまわってはノルウェー人のガールフレンドが出来たり、シリアに行くのだと述べて、途中のトルコで、なんだか美人なガールフレンドが出来てしまって、一緒にバルセロナで住んでしまったりしていて、ときどきスカイプがかかってきて「ねえねえ、東京に遊びにいくんだけど、ラーメン屋、おいしいところ知ってる?」などと言っているが、英語、中国語、フランス語、ドイツ語が母語並に出来るのが幸いして、あちこちの報道機関から契約をとってくる。

経済社会ではいうまでもなく、文明のおおきな違いから、本質的に「対立するふたりの巨人」であるアメリカと中国のまんなかに立って、解説者であり、友情メーカーで、調停者であるオーストラリア人やニュージーランド人がパーティを続けていくことで得ている利益はたいへんなもので、嫌な言い方をすると、ちょうど日本が冷戦構造によっておおきな利益を上げ続けたのとおなじように、アメリカ合衆国と中国の対立によって巨富を得ようとしているのだと言えないこともありません。

ときどき、というよりも頻繁に週末に遊びに出かけるウェリントンには「チャー」という「日本植民地時代の台湾料理」を売り物にする、なんだか滅茶苦茶においしい台湾料理屋があるが、深夜のテーブルに腰掛けて、モニとふたりで、日本でいう「豚の角煮」をつつきながら見回して、お国訛りに耳をすませてみると、ポリネシア人、中国人、イギリス人、ジャマイカ人、アメリカ人とおもしろいくらい異なる顔が並んでいて、若いときには半信半疑だった「多文化社会」が案に相違して、あっさりとうまくいってしまい、もともと貧富の差が激しいばかりでドビンボなオーストラリアや、もっと貧富の差が激しくて、もっと貧乏で、ドドドドドビンボだったニュージーランドが、あまつさえ、物質的な栄華を極めるようになったのは、不思議というか、神様でも思いつかない結末で、人間の世界は不思議なものだなあー、という退屈で平凡な感想が、また口をついて出てしまう。

パーティを主催する、ふたつの小国は、どこまで繁栄を続けていくだろうか?

ずっと続いていきそうな気もするし、泥酔するまで飲み続ける悪癖のある国民性で、茂みに顔を突っ込んで嘔き狂っているうちに昏倒してしまうのかもしれないし、先のことは判らないが、パーティはやっぱり楽しいぜ、いえーい、と、ケーハクな経済の楽しみにひたっているのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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