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静かなひと、もの言わぬ人が好きだという奇妙な性癖は、いまでも変わらない。
いくらみなでunderstatementが、subtleであることが、と言っていても英語社会は西洋社会なので、自己主張がうまくできない人間は避けがたくアホだとみなされる。

自分自身は自己主張が巧みなほうで演説をぶちこく大会でも好成績で討論でも相手を圧倒し、口が悪達者というか、相手の論理を先回りして待ち伏せしている人のように伏線を張り巡らせて論破する、というチェストーナメントみたいなことまでする。
しかし、奇妙なことに口べたな人が好きである。

目でわかる。
どうしても言いたいことがあって、喉元まで出かけて、なんとかして勇気をだして声にだして述べたいのに、あきらめて、下をむいて立ち去ってしまう人がいる。
議論の場に8人もいれば、たいていひとりは、そういう人がいる。
自分の興味は、常に、そういう人のほうにある。
理由は、自分の議論の明晰については過剰に自信があるからでしょう。
「聴き取りにくい声」には、いつだって明晰を上廻る切実が伴っている。

夕暮れ、広尾山の家をでて、根津美術館の方角へ急ぐ。
赤く染まった空の下を、白い息をはきながら歩いている。
別に急ぐ用事はないが、珍しくモニとは別行動でひとりなので、自然と急ぐ足取りになっている。
目指している場所さえ判然としなくて、小原ビルなのか骨董店なのか、裏通りのカフェのひとつに行こうというのか、まだ考えないまま、田宮虎彦の小説を思い出して、ああ、ここがスラム街があったところだな、と考えたり、根津という人は略奪者ではなくて、古美術品に相応の支払いを立てたというが、どういう人だったのだろう、と考えたりしながら大股で歩いてゆく。

ところがブルーノートに出たあたりで、ひとりの若い男の人が立っていることに気が付く。
その人は不思議な人で、信号の傍らにただ茫然と立っている。
信号が緑色になっても渡らない。
あるいは、周りの風景を見ていない強い印象を与えている。

よく見るとまわりの人も、その若い男の人にまったく注意を払っていないので、まるでその人が立っているところだけ切り取られた異次元の空間のように見えなくもない。
存在自体が「聴き取りにくい声のような人」で、目をこらさなければ見えてこない、という風情の人である。

そういうとき「死にたい」という、その人の声が自分の身体の奥からはっきりと聞こえてきて、混乱した気持になる、ということがあった。
自分の内心から聞こえる、他人の声。
悩んでいる様子もみえないし、まして、車道に飛び込もうとするわけでもないが、
その立っている姿から、明瞭な声になって心に語りかけてくる。

東京では、そういうことがよくあったような気がする。

いまごろになって、英語世界の生活にもどって6年もたってから、日本の人は顔に表さないだけで苦しくてたまらなかったのだ、と気が付いた。
マヌケどころではない迂闊さだが、居直ると、文明が異なる、ということはそういうことなのでしょう。
あの無表情と、よく日本語では誤訳されて「神秘的な微笑」ということにされてしまうmysterious smileの仮面や、まるで自分のいっさいの精神活動を停止する能力があるような通勤電車の人々の仮面のような表情の向こう側には、鈍い、でも根底にまで届く「痛み」が存在して、その痛みが自我を閉じ込め、絶えず抑圧して、自分が「全体」の規格にあうように変形されることに耐えて、自由な魂を殺すことによって「全体」に受けいれられることへの苦痛そのものが日本の人の日常だったのではないだろうか。

日本人の特殊性ということに気持を奪われすぎていて、使う言語が異なり、習慣が異なり、教育が異なっても、おなじ人間なのだから「自分が解放された状態」もおなじで、その状態から遠く離れた状態におかれて、「全体」の部分としての存在である姿勢を強いられて、「痛み」だけが蓄積した心というものに思い至らなかった。
日本語世界に蔓延する冷笑も、あるいは、単純に「痛み」に耐えかねた精神がきしむ軋轢音なのかもしれません。
イギリス人の冷笑と日本人の冷笑が、前者が相手の存在をまったく無価値とみなす深刻な態度であるのに較べて、後者はどことなく「優越の演技」の幼稚な身振りのにおいがするのは、もともとが日本人の冷笑は自分の現実に向けられたものだからなのかもしれない。

もう日本の社会の記憶すら遠くかすかになってしまったので「だから、どうするべきだ」ということにまでは頭がいかない。
どうでもいい、と述べているわけではなくて、これだけ長い日本語との付き合いなのだから、どうでもいいわけはないが、考える手がかりがない、といえばいいか、日本が断片的にしか思い出せないので、全体像を伴って、いわば日本語の側に立って、日本を考えることが出来なくなってしまった。

そのかわり、「日本人の痛み」のほうは、感じられて、その痛みは、いまはもう社会ごと魂の底にこびりついたような鋭い痛みになって日本語全体を共鳴させて絶叫しているように見えます。

その痛みを通って、その痛みの向こう側に出なければ。

「わたしどもの息子が ご迷惑をおかけして」と夢のなかにあらわれて述べた老夫婦は、
いまでは遠い昔から日本語のなかに住む言語の精霊だと見当がつく。
あれは詫びを述べに来たのではなくて、いまの日本語の崩壊は一時のことで、また日本語は再生されてゆくから、もう少し待っていてはくれないか、と述べに来たのでしょう。
沈んでゆく畳や、障子にうつる山影や、縁側に後ろ姿をみせて腰掛けている漁師や、あのすべてのイメージは、たくさんの日本人の痛みのなかから姿をあらわせて、なんとかして子孫を明るみに引き出そうとした日本語自体の努力なのではないだろうか。

下を向いて立ち去ったはずのひとが、SNSのタイムラインに現れて、「わたしは死から甦った。ニューヨークで私は私自身になった」と語りかけてくる。
くぐもった声ですらなくて明瞭な声です。
ひとりの日本人に起きることは、日本語社会全体にもいずれは起こる。
それがどんなに不可能にみえても、歴史は、例えば清朝後期と中華民国の歴史は、
いったん兆した自由への光は、どんなに闇が濃くなっても消えない、ということを示している。

日本もまた、いまの昏睡から、やがて目覚めてゆく。
日本が日本自身に立ち返る日がくるのだとおもいます。

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3 Responses to

  1. Kaz Hagiwara says:

    「『優越の演技』の幼稚な身振り」……。よく一言で言えたなあ。その通りだと思う。そして今SNS上で見られる薄汚れた日本語は、そんな身振りを精一杯相手に見せつけるためだけに使う鈍器に堕してしまっている。源氏物語の巻物で相手の頭を殴り合うような姿を見ることは、日本人自身ももうたくさんだと思い始めている。

  2. 昨夜は亀殿の記事もさることながら、RTしていただいた私の感想に対しての反応の数に驚き、またプライベートメッセージも何件か若い方から頂戴し、ひと晩対応に追われ、「どうでもいい日乗」が「とんでもない日常」になりました。いえいえ迷惑だったのではありません。この国の多くの方がご自分の「痛み」に正面から向き合うことを始めていたことが’うれしく、たのもしく感じられたのです。本日の「声」は昨日の記事の続編で反響の大きさに対する亀殿の率直な感想と受け止めました。「聴き取りにくい声にはいつだって明晰を上回る切実が伴っている」の一文は日本語を母語としない方のそれとしては驚異の的を得た表現で、今さらながら敬服いたします。ネット上だけでなく現実の世界でも声があがり始めました。私自身も今年から行動をはじめましたが、少なからず亀殿はじめお友達の影響が大きかったこと、また亀殿を通じて知りえた英語圏のお友達の温かい知性に触れられたことも、この場を借りてあらためて御礼申し上げます。また、私以外にもそのような方がたくさんいらっしゃることだけはお知らせしておきたく存じます。私は日本が昏睡から目覚めるときを見れずに人生を終えるかもしれませんが、土を耕し種まきだけはして去っていきたい。貧しくなるでしょう。平均寿命もこれからは短くなるでしょう。でも新しく描きなおす人生設計にわくわくしております。若い人たちには広い世界をみてきてもらいたいです。なんとかバトンを渡せるように留守は守りますから、心おきなく行ってらっしゃい。

  3. やまだ says:

    こんにちは。ガメオベールさん。

    この記事を読んだことで、それまですっかり忘れていたのに唐突に思い出した出来事があります。

    私はその時、近所で買い物をし自宅前の横断歩道で信号待ちをしていました。
    隣から気配がして振り向くと「その靴、素敵ですね」と知らない若い女性が私に話しかけてきました。
    こんな雨の中で靴を褒めるなんて変な人だ、いや、雨だから足元に目が行ったのか、戸惑いながら、でも誰かに誉められたのは嬉しくて、適当にお礼の台詞を返し、その間に信号は青になり、彼女とはそこで別れて帰宅しました。

    本当に些細な出来事で、だからすっかり忘れていたのでしょうが、当時は歩く数歩先に俯せに倒れて動かない自身がいたり、線路と歩道を隔てるフェンスを乗り越え走ってくる電車に飛び込もうとしている自身がいて、それらを踏みつけ、無視して進まなければ仕事場にたどり着けそうにない、というような日々を過ごしていたので、今よく考えると、あの時も何かしらの悪い想像に引っ張られていたのを、若い女性の一言で連れ戻されたのかもしれません。

    この記事をきっかけに上のような記憶について考えはじめて暫く経ちます。今私が少しずつ自分が行きたい方へ移動できているのは、横断歩道で声をかけてきた若い女性のような存在に度々救われてきたからです。ガメオベールさんの言葉は、そういったふとした幸せな過去の出来事を思い出させ、前に進むための力に変えてくれる。
    痛みの向こう側がどんな世界なのか、自身の痛みさえ無視していた自分にそれが可能なのか、不安(というか自分に恐怖している、自分に対しまだ不信がある)ではありますが、また少し進もうと思います。

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