Daily Archives: May 6, 2016

ドナルド・トランプとヒラリー・クリントン

ドナルド・トランプが共和党の候補確定になって笑ってしまった。 笑っている場合ではないが、やはりアメリカ人たちのいまの頭のなかを想像すると笑いがこみあげてくる。 事態に英語人の嫌な皮肉の琴線にふれるところがあるのだと思います。 トランプという人は、会ったことがある。 この人はニューヨークでは有名な「パーティ男」だからで、パリスヒルトンの男版というか、特に東欧人系のパーティに行くと必ずと云っていいくらい立っている。 立っているだけではなくて演説をぶちこくのが好きな人で、とんでもない意見ばかりだが、日本でいえばちょうど石原慎太郎で、デッタラメな主張に、ちゃんと喝采がわく人だった。 ここにアメリカ人たちが囁きあっている「恐怖のシナリオ」というものが存在して、ドナルド・トランプとヒラリー・クリントンの一騎打ちの形勢になったところでクリントンがemailの一件、あるいはいまは手続きに合っていると見做されている、例えば中国政府筋からの献金が問題にされて失脚する。 「そうなるとトランプがアメリカの独裁者として君臨することになる」と、わし友たちはスカイプの向こう側でユーウツそうな顔をしている。 アメリカの民主主義には、常に不安定なところがあって、マッカーシー旋風 https://en.wikipedia.org/wiki/McCarthyism を見れば判るが、ときどき観念や感情にひきずられて、社会がまるごと、とんでもないところまで行ってしまう。 共和制ローマ的で、激情から政治システム自体を破壊する傾向がある。 1930年代も危なかったが、アメリカにとっては幸運なことに、極東の小国で軍事力だけが肥大した、いまでいえば北朝鮮の大型版のような国だった日本が宣戦してくれたことで、健全な形で国がひとつにまとまった。 第二次世界大戦がThe Good Warと言われるようになった所以です。 エラリークインという人が書いた小説には 「そんなレーガンがカリフォルニア知事選に勝つみたいな現実味がないことが起きるわけがない」と誘拐犯の悪党が述べるところがあって、レーガンが知事選に立候補したときにカリフォルニア知事になりうるとマジメに考えた人はいなかった。 ロナルド・レーガンはカリフォルニア知事どころか、後年、アメリカの大統領になってしまうが、この人も、ドナルド・トランプと変わらない、デタラメな発言ばかりの人で、「冗談がうまいだけで大統領になった」と評された人でした。 この人がなぜ第40代大統領に選ばれたかについては、アメリカ人ならばたいていは見当がついていることがあって、第39代大統領のジミーカーターが知性的でありすぎたからでした。 アメリカ人は、よく、「アメリカはジミーカーターによって、『善い人』を大統領にしてはダメなのだ、と学んだ」という。 ジミーカーターは、すべてにおいて穏健であることを好んで、外交についても慎重を極めたが、それがアメリカ人たちの神経を踏みつけることになった。 カーターにしては大胆な「イーグルクロー作戦」でイラン人質救出に失敗すると、それまでの「弱腰外交」にフラストレーションをつのらせていたアメリカ人たちの不満が爆発します。 その結果、大統領にレーガンを選んでしまうが、あれほどただの受け狙い男に見えたロナルド・レーガンの下でアメリカは繁栄を回復する。 いまのアメリカ人たちが「どうも大統領というのは、少しくらいバカで乱暴な男のほうがいいようだ」と考えはじめた嚆矢になっていると思われる。 レーガンは、もちろん、インチキな失敗も多い人で「スターウォーズ計画」などは、いまから考えると噴飯物を通りこして、アメリカ人という人々はコンピュータソフトウエアへの理解を根本から欠いているのではないか、と疑わせるに十分な頭の悪さで、中南米に対する「レーガンドクトリン」などは、日頃の発言どおりの破落戸ぶりをみせて、レーガンの頭のなかにある幼稚な世界観をうかがわせるに十分だった。 ところがレーガンが「悪の帝国」と呼んだソビエトロシアが、「100の価値のものを加工して70の価値にする」と揶揄された社会全体の生産性の低さからくる経済停滞に加えて、KGBと軍人たちが強行したアフガニスタン出兵の出費と、なによりもゴルバチョフ自身が「国が経済的に崩壊するか、嘘で塗り固めて国民を犠牲にするかの選択、わたしには国民を救おうとする以外には選択がなかった」と後でインタビューで述べているチェルノブルの核発電所の爆発で、崩壊してしまった。 レーガンが歴代の大統領のなかでもベスト5に入る人気大統領として、いまでもアメリカ人たちに思い出されるのは、そのせいでしょう。 ある種類のリベラルの人が聞いたら激怒するだろうことを述べると、いま名前があがってるなかでバーニー・サンダースが大統領候補としては最悪の選択であると思うが、それを議論するためには、政治というものそのものについての長い議論が必要で、このブログ記事では書けはしないし、自分の日本語語彙が政治用に出来ていないので、英語であることを必要とする。 以前に述べたように英語でものを書くのはオカネをもらわないとやらないことにしているので、その点でも、ブログで何事かを述べることはないと思われる。 日本では、どういう理由からか、当然、最も心配しなければならないことについて言及がないが、日本の人が心配しなければならないのは実は、ドナルド・トランプが大統領になってもヒラリー・クリントンがなっても、日本にとっては良いことがひとつもないことで、このふたりは、安部晋三の浅薄さに辟易しながらも、戦後の同盟体制を維持するために、じっと耐えに耐えていたバラクオバマとは異なって、 「日本を甘やかす結果になって、そのせいで日本の全体主義化を許してしまった」戦後の体制を見直そうという点で一致している。 「日本は好きだが、防衛費は全額負担してもらう」とノーテンキに述べているトランプは判りやすいが、政治的に老獪なヒラリー・クリントンは、実際には(どう転ぶか判らないトランプに較べても)日本を目立たないように切り捨てる準備を行っている点で、日本の安全保障にとっては危険な存在であると思う。 「ヒラリー・クリントンの奇妙な提案」 https://gamayauber1001.wordpress.com/2010/01/24/hillary-clinton/ 日本にとっては危険だが、自分に立ち返って、特にNZパスポートの保持者として述べると、この提案はヒラリー・クリントンの外交能力の凄まじいほどの切れ味を示す提案であって、オーストラリア政府やニュージーランド政府が、にやにやしながら飛びついたのは当然であるように思えます。 バラクオバマが慣例を破ってジョンキーと一緒にゴルフのラウンドをまわったことは世界中のジャーナリストを不思議がらせて、ゆいいつ彼らがたどりついた推測は「TPPの話だったのだろう」だったが現実は異なっていて、彼らが話し込んでいたのは対中国を意識した「ヒラリー・クリントンの奇妙な提案」についてだった。 日本政府が靖国神社参拝に象徴されるように国家社会主義化を隠さなくなったことは、日本人たちは英語解釈の問題にすりかえて、とぼけてしまったが自由主義諸国にとっておおきな衝撃だった。 disappointment https://gamayauber1001.wordpress.com/2014/01/02/disappointment/Continue reading

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日本語のたのしみ

なんだか、ものすごくくだらないパーティだったので、20分もいないで、主宰のひとに挨拶を述べて帰ってきた。 ロータリークラブみたい、というか、「オカネモチの上品な社交を目指している人々」が集まるパーティ特有の、上滑りな、表層だけの文化性のデモストレーションをしあっているような見苦しさで、話しかけてくる人々も退屈で、招待状をゴミ箱に放り込まなかったことを後悔した。 結局、パーティにいるはずだった時間がまるまるモニさんとのデートになって、よかったと言えなくもない。 パーティには夕食もでることになっていたので、食事の予定もなくて、どうしようか、とふたりで話しあって、むかし出かけたことがあるオーストリア風のインテリアのレストランに出かけることにした。 ガメ、日本にいた頃のことをおもいだすな、とモニさんが笑っている。 英語国の欧州風に装飾したインテリアのレストランで、なぜ日本のことを思い出すのか怪訝におもっていると、 東京にいたときは、ふたりで、こんなふうに、あてもなく町を歩いて、予約もなしにレストランに入ったものだった、と言うので、ああ、と得心する。 モニも、あの気軽さが好きだったのか。 「スーパーお手伝いさん」のYさんには来てもらっていたが、なにしろ200㎡だかなんだかしかない小さなアパートで、住んでもらうわけにはいかないので通いで、むかしから風来坊で、訳の判らないビンボアパートに住んで、ひとりでフライパンをふるって暮らしていたりしたわしとは異なって、小さいときから家のために働く人とともに暮らしたことしかないモニにとっては、広尾山と軽井沢を往復する、ふたりだけの生活が、新鮮で、知らない人が聞いたら笑うだろうが、「人間って、こんなふうにも暮らせるのか」というほどの経験であったらしい。 マンハッタンの、汚いヴィレッジのアパートメントの地下で、クオーターを4枚突っ込んで、洗濯機を蹴っ飛ばしていたりしたわしとは、どだい、生活への概念そのものが異なるもののよーである。 モニさんにとって東京が「懐かしい町」なのは、そういうことで、ブログ記事にも書いたが、深夜の国会議事堂前で、まるでスカートにじゃれつくような銀杏の葉と一緒にスピンするモニや、人形町の路地で、ピンセットで江戸時代を探すような目でカメラを構えるモニをおもいだす。 https://gamayauber1001.wordpress.com/2010/11/20/hurdy-gurdy-man/ 鮨がおいしかった! というようなことのほかは、たとえば軽井沢の「山の家」を出て、佐久の奥へ出かけて、舗装道路のまんなかに敷物をひろげて、シャンパンを抜いて、サンドイッチを広げてピクニックをした。 日本は面白い国で、観ればすぐにわかる、というか、一面、紅葉に覆われていて、何週間もクルマが通ったことがない立派な舗装道路が建設されている。 じめじめした森のなかの地面よりも、アスファルトで整地された、そういう道路のほうがずっとピクニックに向いていて、モニとぼくは、よくそこでピクニックをして遊んだ。 もうひとつ良かったのは、日本が統計上の、あるいは統計にあらわれない真の犯罪発生率がどうであれ、気分として安全な社会で、たまには具体的に述べればモニさんは、cmでいえば182cmかそこいらの身長のはずだが、靴をはくと187cmくらいで、そうすると、雲海に頭が出た人のようなもので、たいていの日本人は頭髪しか見えない。 わしとは異なってモニさんは失礼なことはわしにしか言わないので、まさか口にだしては言わないが、付き合いが長いことの良い点で、言わなくてもモニさんが時々笑いをこらえて「日本の人は小さいなあー」とおもっているのが判る。 モニは細こい人なので、ほんとうはどうなのか判らないが、物理的に日本の男びとを「怖い」と思うことはなかったようで、ばらしてしまうと、日本のお巡りさんが自転車をこいで移動するところまで「かわいい」と言って写真に撮ったりしていた。 日本が安全な社会であることは、やはり日本の宝であるとおもう。 深夜に近い日比谷線で急に「ガイジン、帰れ!」と言われて、殴りかかられたことがある。 蹴ったりもしていたが、なんというか、子供が殴りかかっているようなもので、腕をつかんで、日本語で「やめなさい」と述べていると温和しくなった。 あるいは、これもブログ記事に書いたことがあるが、泥酔して、新橋の裏通りの道路の真ん中に正座して、全裸で、下着から背広まできちんと角まで畳んで積み重ねて「申し訳ございません。わたしは酔ってしまいました」と深々と頭を垂れて道行く人びとに詫びている若い会社員がいる。 そういうことを思い出しても、日本はワンダーランドで、楽しかったなあーと思う。 上海に来いよ! 日本よりも、ずっと面白いぞ! と上海で英語教師をしているエマ(←仮称)が述べている。 上海はサイコーだぜ、ガメ。 おれはインターナショナルスクールからあてがわれた「高級」マンションに住んでいるが、昨日は轟音で目がさめた。 なんだったか想像がつくかね。 階段が3階から11階まで、なんの理由もなく崩壊した音だったんだよ! 3階から11階まで! おまけに、このコンドミニアムには共有プールがあるんだけど、作った奴が排水溝をつけるのを忘れたので、いつも空っぽのままなのさ。 ガメ、遊びに来いよ、こんなに面白い町はない。 小籠包、うまいぞ、と書いてある。 こういうことは、いつも、うまく言えないが、世界はどんどん変わっていく。 東アジアで言えば、いまはもう日本の時代ではなくて、香港や上海の友達と話していると、フォーカスが、すこおおおしだけ移動して、中国の都市やシンガポール、ペナン、というようなところに移動しているのがわかる。 日本は、だから、すっかり田舎になってしまったのかも知れないが、それでも、東京は、ぼくにとっては特別な町なのだから仕方がない、と考える。 20世紀が21世紀に変わる前のロンドンと同じで、ぼくが知っている東京はもう存在しないのかも知れないが、それはそれでいいか、という気がする。 2000年に東京へ5年ぶりに出かけたとき、「丸ビル」がなくなっていたのでチョーぶっくらこいてしまった。 あのビルの裏側には「サラリーマン竹葉亭」があって、本店ならば3000円ださなければ食べられない鰻重を、ときどき縁が欠けている丼にいれて、1200円で出していて、コミューナルテーブルに並んで鰻丼をかきこんでいるサラリーマンたちの姿が好きで、よく、せがんで、連れていってもらったものだった。 … Continue reading

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