世界の痛みを感じる、ということ

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いまは馴れてしまったが、むかしは空港に用事があるたびに、出かけて、到着ロビーで繰り広げられる光景に、思わずみとれてしまうことが多かった。

いつまでも抱き合っている恋人同士、不安そうな顔が、「花が開くように」笑顔になって、カートを押して、年長のカップルに向かって歩いてゆく若い女の人、
爆発しそうな喜びを抑えつけるように、むかしからの友人なのでしょう、お互いの目をみつめあって、永遠のように長い握手をしているふたりの老人。

見飽きることがなくて、人を迎えに行くのに、わざと1時間も早く出て、出口の前のベンチに腰掛けて、手にもったカップのコーヒーをすすりながら、ぼんやり「幸福」の姿を眺めていたものだった。

社会には人間を幸福にする力はないが、不幸を強制する力はある。
70年代くらいまでは、いったんダメな社会に生まれついてしまえば、もう悪戦苦闘の一生を送る以外には途がなかったが、いまは「住む社会を変える」という選択肢があることは前にも述べた。

日本に滞在していたときは、英語社会に移住するには英語ができないと無理なのではないかと思っていたが、英語社会にもどってきて、観察していると、21世紀の英語社会では、英語がひとことも話せなくても、諸事万端、支障もなく、幸福に暮らせるのだと判ってきた。

中国の人達は、賢くて、とにかくどんどん移住していって、おおきなコミュニティを作ってしまう。そうして、そのコミュニティを本国と連絡することによって市場を飛び地のように形成する。
感覚的には1割くらいの初代移民夫婦は、子供達に、時には家庭内で中国語で話す事を禁じさえして、英語社会に同化させてゆく。

インド人たちは、すでに独自の英語文化を持っているので、ちょうど連合王国人の移民のようにして、さっさと社会に溶け込んでいく。
このグループは中国の人達ともまた異なって移住というよりも移動で、日本でいえば東京から京都に引っ越す人の煩雑や戸惑いはあっても、それ以上の違和はないように見えます。

人間の移動が広範囲に及ぶようになって本質的によいことのひとつは、以前なら観念にしか過ぎなかった、例えば「シリアのひとびとと痛みを分かち合う」というお題目が、否応無い現実として眼前に立ち現れるようになったことで、次から次にやってくる難民の人々を前に、欧州人は、いまは苦闘しているが、大陸欧州で暮らしている友人たちと話し込んでみると、本人たちは「もうダメだ」ばかり言っているが、聞いている方は、どうやら欧州は自分を変革してアップグレードすることによって、この大変化を呑み込んでいきそうだ、と感じる。
いまの歪な、ムスリムへの嫌悪についても、よく観ているとイランを西洋世界から切り離した、宗教指導者たちのインチキな約束に見事に騙されたイラン人自身と、疑心暗鬼に駆られた西洋世界、特にアメリカの失敗から来ているので、
シリアよりもイラクよりも、まず「イスラムよりもペルシャ」であるイランを受けいれて、移民も大量にいれて、ふたつの文明世界の、いわば調停者としてペルシャを受容するのが最も近道に見えます。

外からは見えにくいが、彼らによると、「ほんのちょっと言語に興味があれば、トルコ語とアラブ語とイラン語はお互いに通じ合えて、そーだなあー、きみらの言葉で言えばイタリア語とスペイン語くらいの違いしかないよ」だそーで、それがそのまま真実なのかどうかは、なにしろこちらがアラブ語がパーなので、判定のしようがないが、少なくとも「そう言ってみてもよい」というくらいの背景はあるのでしょう。

アメリカは、ようやっと中東を安定させようとおもえば、イランの非宗教勢力と手を結んでいくしかないのだと気が付いたところで、一方ではイランの宗教者たちも、これ以上イスラム的抑圧を加えつづければ、若い世代から、社会内での叛乱が起きるのを避けられないと理解しはじめたもののようで、いまのイスラムと西欧との文明的軋轢は、最後には、ペルシャによる文化的な調停という、考えてみれば歴史的な帰結に向かっていくもののように見えます。

ペルシャ人は昔からアラブ人をバカにしていて、スンニとシーアの対立というお題目的な宗教対立以前に、アラブは野蛮という抜き難い偏見を捨てていないが、なにしろ付き合いが長いのと言語が似通っているのとで、お互いに、付き合い方がよく判っていて、やることなすことヘマだらけで、挙げ句のはてはシリアを「人間が住めない国」にしてしまったアメリカの直接介入よりは、イラン人にお願いした方が、よほど気が利いている。

真打ち、では質の悪い冗談になってしまうが、こういう「痛みの世界化」で近未来に予測される最大のものは、ナイジェリアを初めとするアフリカ大陸のいくつかの国からの人口流出で、特に世界一の人口爆発を起こしている一方で、政府がまったくの無能で統治能力をもっていないナイジェリアの問題は、深刻どころではなくて、欧州の息の根を止めるだけのちからを持っている。

ちょうど先週、難民船が沈没して両親を失ったナイジェリア人兄弟が抱き合って号泣している画像がviralになっていたが、そのくらいが嚆矢で、あとで振り返って、ああ、あの頃がナイジェリア人が世界のなかへ浸透していく初めだったのだなあーと思い出す事になりそうです。

ニュージーランドのように遠く故国から離れた土地にも、ナイジェリアの人は増えて、例えば、このあいだuberのドライバと客として会ったナイジェリアの人は、
大学で日本語を専攻して、日本に移住しようとしたが、人種偏見が強すぎてダメで、韓国人は受けいれてくれたので、そこに長く住んで、子供の教育のために英語圏に住まなければと考えてニュージーランドに来た、と述べていたが、
「いまはナイジェリアは、教育さえあれば外国へ住むという段階だが、もう数年すると、教育がない人間でも、たとえ徒歩で北上しても、欧州をめざすことになるだろう」と述べていた。
なんだかケミストリが良い人で、クルマを駐めて、カフェで話してみると、ナイジェリアはマスメディアを通じて知っているつもりの状況よりも遙かに深刻で、一国の社会だけで解決できるものではなくて、移民/難民という形で、「痛み」を共有するしかないように聞こえました。

日本が最も近しいと感じているアメリカは、この二十年間でGDPがだいたい1.3倍になっていて、日本はほぼ二十年間変わらぬGDPであるのは、日本以外の国ではどう受け止められているかというと「国のまわりの壁を高くすると、ああなる」という典型と受け止められている。
どんな社会にも、通常は老人を中心に「新しいもの、自分と異なるものは受け付けない」心性のひとびとがいて、そういう人間のゼノフォビアが連合王国ではbrexitという、本来はもっとまともな議論が交わされるべきだった自分の身体をふたつに割くような決断を感情的なポピュリズムの洪水によって決めてしまって、自分でも茫然とする世にも愚かな結論をくだしてしまったり、醜悪な憎悪を燃え立たせることで人気を博して、ヒラリークリントンを苦戦に追い込み、「もしかするとアメリカ最後の大統領選挙になるんじゃない?」と他の英語国人からは揶揄されている、少なくとも半数に近いアメリカ人は、いまでもKKKの予備軍で、口に出していわないだけでラティノ人もアフリカ系人も中国人も日本人も、みんなまとめて合衆国からたたきだして、自分たちだけの、郷愁の「白い夢」のなかでまどろみたい夢想に浸っていることがばれてしまったが、仮に両者が孤立の政策をとると、文明などはまるごと欧州大陸に引っ越してしまうだけで、世界は縮んで、その直接の結果、世界の至る所で貧困と飢餓が生まれる。

なぜそうなるのかといえば、背景にある最も大きな絵柄は、地球のおおきさは一定であるのに、人口が爆発的に増えて、むかしから科学者を中心に「これは拙いんじゃない?」と述べていたことの、初めの顕れが巨大な難民/移民の移動なのだと考えることが出来る。
失政や戦争は、案外、端緒であったり結果であったりするだけで、根本にある圧力は「地球が全員が住む部屋としては狭くなったのだ」ということになりそうです。

ではドアを閉ざしてしまえばよいではないか、という一見もっともらしい施策を実行するとどうなるか、というギニアピッグじみた実験の結果が日本社会で、換気口をすべて閉じて、窓に移る景色もメディアが加工した人為の景色に変えて、つくりものの「外の世界」を見せて、一億を越える人口を世界から切り離して閉じ込めれば、そこには狂気が猖獗するだけであることを日本の社会は教えている。

そうして常識を失ってしまった社会は、細部でいえば、例えば家電王国であったのが、「日本の職人技でつくったよい製品だから」とセールスマンが品質と機能において韓国製に劣る冷蔵庫を2倍以上の価格で売りつけようとする鈍感さで、いまでは家電店から日本の会社の名前がついた製品は、ほぼ一掃されてしまった。
社会の閉鎖性は、市場の変化に鈍感な体質を作り上げて、なんだかピントがずれたマーケティングにも顕れて、65インチの高画質を謳いあげるテレビにHDMIの端子がふたつしか付いていなくて、これでは買いようがない、とつぶやくことになる。
新しいことには何によらず逡巡して、韓国のたとえばサムソンに、つねに1年遅れる後追いマーケティングと、売れないことからくるバカ高い価格と、それを「日本製品は優秀だから」という傲岸な怠惰でjustifyしようとして、販売店の購買段階で相手にされなくなってゆく。
そうこうしているうちに、いまはどのくらいの段階かというと、もう新しい技術に投資しようと思っても、それが出来ないくらい会社が落ちぶれた段階に来てしまった。

一事が万事で、国の柴戸を閉じて、庵にこもって、老人じみた静寂にひたろうとすれば、世界経済の原理が働いて、社会は否応なく貧困に陥っていくことを日本は社会実験として実証しつつある。

オークランドの空港に、「葉山」というなつかしい名前の鮨屋が出来て、空港にでかける用事があるときには、早めに出て、鮨はよほどタイミングがよくないとおいしくないが、サーモンとマグロが載った「海鮮丼」は、日本の3倍ほども新鮮な刺身が載っていて、ご飯が酢飯だったり普通のご飯だったりするのが、いかにもニュージーランドで可笑しいが、不味くはなくて、毎度のように「紅ショウガ、もう一袋つけてね」「有料になるんですけど」「ケチケチしてはいけません」という問答でせしめる無料追加紅ショウガの味で日本での滞在を思い出して、懐古の感情にふける。

ロビーには、今日も、抱き合うひとびと、感情の洪水に負けて泣き出してしまうひとびと、見るからに希望に輝く表情の、一見して新着の移民と判る家族、いろいろな人が「明日」を信じてやってきている。

その、ニュージーランドでは珍しい、人いきれのする場所に腰掛けて、「世界が生きていかれなければ、我々も死ぬしかなくなるのだ」と述べた、反アジア人運動のさなかに人種差別を政治的フットボールの手段に使う政治家に対して、激しい怒りを隠そうともせずに述べた、痩せた、ちっこい、目ばかりがおおきな女のひとのレポーターを思い出す。
あるいは、W.H.Audenが
We must love one another or die.
という有名な詩句を、
We must love one another and die.
に書き換えてしまったことを。

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3 Responses to 世界の痛みを感じる、ということ

  1. snowpomander says:

     オークランドに永住できた知人がいる。かねてより交際していた中国系の女性と結婚したとメールが入り、祝辞を交えてお互いの暮らしぶりのことなど久しぶりにメールを交わした。それは春先のことで彼が結婚したのは昨年でしたが、慶事の知らせは何にしろ嬉しい。彼と日本で最後にあってから10年は経っている。311以来に顕著になった日本のへんてこりんな状況は彼にはさしたる影響もなさそうで、私は少しもどかしさを感じている。もどかしさよりは断絶感だと言うくらいの渡れぬ心の橋がある。「放射能」や「原発メルトダウン」などの言葉では共通の世界が成り立たない海外の暮らしを思うとその日常さが眩しく、涙が喉の奥に潜んでしまいそうになる。
     彼にとって私は彼の若さが切り捨てる過去の柵の向こうにいる。「いっそ国際結婚しすれば・・・」のメールに返事が出来ない。私の沈み込むような心が「反骨」という切り札を出して来た。ガメさんの小さな心温まるストーリーの中に人としての「反骨」が優しく包まれていると感じたからだろう。
     意地ではなく「ほんとうにやってみたいことはなあに」。空港での喜びや懐古のシーンの一片に自分を投影すると笑みがこぼれる。その笑みの「反骨」の起動が自分自身を救い出すのでしょう。
     オークランドの空港で「葉山」の海鮮丼を食す映像に私を投影させるこのブログ。それは心地よく飲み込んで忘れてしまうこともできる。でもわたしは「安全な海鮮丼が食べられる国」への誘惑付きで脳裏に張り付けておきます。

  2. zakki says:

    あさのあつこさんの小説、no.6を思い出しました。貧困と汚染で住めなくなった世界に閉鎖都市をつくって、暗記ばかりのエリート教育で子供を育てるディストピアのおはなし。

  3. vida768 says:

    スペイン語研修兼ねて、ヨーロッパ滞在2か月をやらかした10人の内2人はスペイン永住を決めてしまった。家電メーカーインド支店に跳んだ独身主義者は、そこでインド暮らし20年の猛者を見つけ、インドな人
    みたいになって一時帰国したが、今度はベトナムに跳び、多分ベトナムな人みたいな部分を身に着けて暮らしていると思う。(フォーの写真がうらやまし)メキシコに跳びたい私は、もうちょっと穏やかな国になって欲しいかと思っている。

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