日が暮れて

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オークランドのいまの家を買うとき、裏庭の一角にバナナの木が何本か植わっていた。
カベンディッシュバナナで、見ると、ちゃんと実がたわわについている。
熱川のバナナワニ園みたいとおもって、おもわずワニを探してあたりをみまわしたが、ワニはいなくて、木の根元に、ワニをミニチュアにしたようなヤモリが一匹いるだけです。

ニュージーランドの北島は奇妙な極相を示す森林が多いので有名で、亜熱帯の樹木と亜寒帯の樹木が、ひとつの森で冠林をなして、クライマックスを形成している。
ブラジルからもアメリカからも、日本からも、したがって、毎年研究者がやってきて、「なんじゃこりゃ」とつぶやきながら写真を撮りノートを取っている。

バナナの木などは、オークランドの変態気候からすると、お茶の子さいさいで、だから、バナナ特有のしどけないというか、はっきり言ってしまえば、チョーだらしがない感じの成木が、どう表現すればいいか、まとまりのない、ばらけて散らかった感じで、だらっと立っている。

バナナの木は見た目が嫌いなので契約のセトルメントがすんだ途端に伐採してしまったが、土が案外によくて、いまでもいろいろな果物やハーブを植えて遊ぶ。
バジル、コリアンダー、イタリアパセリ、ローズマリー、トマト、なす、各種レタス、レモン、ライム…面白がってたくさん植えすぎて植物園みたいになってしまっているが、ピザをつくって、庭のテーブルで食べているときなどは便利で、もう少しバジルが欲しい、と思えば立っていてバジルの葉を摘んでくればよい。
カクテルのミントも、メキシコビールのコロナに押し込むライムでさえ、おなじ手ですみます。

広尾山のアパートでは、むろん、プランターでハーブを育てることしか出来なかったし、軽井沢というところも、何を育てるのも手がかかるところで、しかも庭は蔓植物やコケが一面に覆っている美しい庭で、掘り返すわけにもいかないので、町営の、月貸の菜園を観に行ったが、そこで観た光景は恐ろしいもので、多分もとはプロのお百姓さんだったひとびとが、丹精をこめて、というよりは全力をふりしぼって、隣地の菜園と競い合って、世にも美々しい菜園が並んでいて、こんなところで野菜をつくったら、それだけで一生が終わってしまうと感じられたので、友人の親切な申し出を辞退して、日本では、野菜や果物、ハーブを育てる楽しみは断念していた。

Twitterで

と書いてから、思い立って、いま、webサイトをあれこれ見てみると、あの人が述べたことは、そのままほんとうというわけではなくて、自給率は80%とかなんとかだったが、スペイン人であれば誰もが持っている安心の源は「スペインは食糧を輸入する必要はないのだから、いざとなれば、それで食べればいいのさ」で、この安心立命の感覚には、スペインを旅行すれば直ぐに納得できる背景があって、あの国は17州のどこに行っても町と町のあいだには「なににも使っていない土地」が広大に広がっている。
フランスのように空き地さえあれば何かに使いたい国民性とは異なって、スペイン人はなにしろスペイン人なので、荒れ地でも岩地でもない土地が、なぜか何にも利用されずに延々と地平まで続いている。
潜在的食糧自給率、というのはヘンだが、実感として「ここにオリブを植えれば食えるよね」と思うのは、人間の自然の感情であると言わねばならない。

調べてみて、そーか、スペイン人はナマケモノというのではなくて、人間がもっと本質的な部分で、余裕をもってのんびりだが、あののんびりの理由はこれか、と思ったりする。

翻ってニュージーランドを考えると、自給率は、めんどくさいから調べるのは嫌だが、たしか500%だかなんだかで、しかもスペインよりももっと農耕可能地は余っているが、食べ物だらけで、最近はバブルで、スーツを着て稼ぐ方が忙しくて、まるで先進国のような顔をして暮らしているが、もともとは、わし母校の研究者が、ニュートンゆかりだからね、と凡庸な冗談を述べながら、二万キロを南下して、りんご園で、りんごを拾うバイトを兼ねて、母国の神の悪意を感じる冬を避けて、夏の、パラダイスをそのまま地上に移転させたようなカンタベリーで研究にやってきていたりしていた。
夜明けとともに起きて、机に向かって、昼間はりんごを拾って、夜は同じ大学の研究者同士でフォークとナイフを両手にもって、農園のおかみさんや厨房人がつくってくれたステーキとマッシュドポテトと温野菜の皿をつついて、隣のヴィンヤードのおごりのワインをたらふく飲みながら議論をする。

そういう生活をしていてマヌケな連合王国の大学人にも判ってくるのは、オカネがいらない生活の素晴らしさで、その頃の南島経済などは牛の挽肉は2キロ5ドル(300円)で、リンゴは、どうしても払いたければ木箱が10ドル550円で、木箱でいるほどジャムをつくったりするのでなければ、つまりはタダでもらえた。

つくってみた人は知っているとおもうが、そうして、ジャガイモなどはワインで酔っ払ったついでに、芽がでて古くなったやつをガレージの裏のそこここに埋めておけば、これでもかこれでもかというくらい勝手に増えるので、ニュージーランドはもともとはつくづくオカネがいらない国で、わしがニュージーランドに土地鑑があってよかったと思うのは、「なにをやっても全然ダメなら、ぬわあにニュージーランドへ行って、リンゴを拾って、ジャガイモをぶちまいて暮らせばいいのよ」で、自分の一生において、なにごとかを企んで、ものの見事に失敗するという起こりがちなことへの恐怖心がまったくなかった。

実家はオールドマネーというのは強いもので、両親に話を聴いても頭に入らないくらい豊かな様子だったが、子供の頃からロビンフッドだのホーンブロワーだのを読んでいて、裏切って実家のオカネで一生を送るわけにはいかないので、問題にならなくて、したがって「借金をしない」ということをゆいいつの経済方針として、
ダメならダメで、友達の農場でファームハンド、つまりは作男をするからいいや、と決めてあった。
南島の農場には、作男専用の住居があって、案外3寝室の立派な建物です。

両親が持っている「牧場の家」は英語でいうホビーファーム、「ライフスタイル」と呼ぶ牧場風の家(1〜5エーカー)と「リアルファーム」(200エーカー〜)のあいだに位置する農場で、子供のときから、ここで馬に乗ったり、牛さんとにらめっこしたり、四輪バギーで横転(←クビの骨を折るのでチョーあぶない)したりしていた。
そこで、農場の面倒をみてくれているJさんから、牛の乳のしぼりかた、羊の毛のかりかた、じゃがいもやリークの栽培、トラクターの運転、屠殺小屋に追い込んで殺す鹿の撃ち殺し方まで、さまざまなことを教わって、未来の作男生活に備えた。

社会の繁栄をGDPや、個人の収入で計るのに現代の人間はなれているが、
では経済がぜんぜんダメということになっていて、実際にも数字をみると、いかにもダメダメなスペインやイタリアを旅行すると、ひょっとして個々の人間にとっての「繁栄」の指標がアメリカやイギリスのような国とスペインやイタリアでは、ぜんぜん違うだけなんじゃない?と思う事がよくある。

コモ湖のLennoからTremezzoへ。郷土料理定食屋をめざして丘の上の道をぶらぶらと歩いていくと、やがて眼下に住宅地が広がり始めて、どの家も道からよく見渡せるが、イタリアの家はたとえば、芝の広がりを愛するイギリスの家と根本から庭というものの思想が異なっていて、あまり小さくもない庭全体が菜園になっている。
定番のトマトはもちろん、カボチャ、なす、さまざまなものが畝をつくっていて、あるいは棚からぶらさがっていて、このあたりのカフェにはいると、ピザなどは卵は鶏舎から、バジルやオレガノは庭から摘んで、足りないものは近所の人が箱にいれて朝もってくる。
大陸欧州では、消費税が高いこともあって、表面から見えるよりも物々交換経済が盛んだが、それも、もともと食べ物を自前ですます下地があるからであるように思えます。

欧州人の思想には、おいしい食べ物があって、そのうえで、これはこれでまたいつか別の記事にしようと思っているが子供の養育を第一子においては親と社会が半々に労力とコストを分け合って、助けあって、第三子ともなれば、社会のほうで手を挙げて、ああ、もうあとはわたしが面倒みますから、というふうになっていれば、自分が住む社会は、それで十分で、それ以上の役割は期待していません、という気持が濃厚に存在する。

夕飯の仕度にスーパーマーケットに出かけるのは、いまでは世界じゅうで見られる夕暮れ時の風俗だが、前史を別にして、Michael J. Cullenが初めて近代的なスーパーマーケットを開いたのは1930年のことで、60年代になるとアジアの街でもスーパーマーケットは個々の商店を淘汰していった。
レジでオカネと引き換えに食物を受け取る、「夕飯の買い物」のイメージは、だから、そんなに長い歴史をもつものではないが、このスタイルで食物を手にする習慣が確立されたことによって、食品は工業製品になった。
パックされて製品化されるまで、いっとき製品に「生命」が宿るだけのことで、鶏肉といえどプラスティックの皿やペーパータオル、トイレットペーパーのような製品と寸分違わぬマネジメントや親会社のローンによる一種の金融支配によって産業が成立していることは、無数のドキュメンタリに描かれています。
このブログにもいくつか記事がある

「プラスティックミート文明」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2015/05/26/food_1/
「あすこそ仏滅」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2011/11/07/butumetu/

日本の都会を含めて、都会に住む人間が根本から疎外されて、なんだか立っている地面がおぼつかないような、見るもの聞くもの腹が立つとでもいうような、いてもたってもいられない焦慮に似た虚しい怒りに駆られているのは、このオカネと食べ物が等価である生活のイメージに依っている。

欧州系人の社会ではファーマーズマーケットが昔から盛んで、時間があれば必ず出かける、というほど人気がある。
だいたい土曜日か日曜日に開かれるマーケットには、自家製のチーズやソーセージ、自分の農場でとれた野菜や果物が並んで、どのマーケットも盛況をみせている。

オーガニックブームというようなこともあるが、気持のどこかにスーパーマーケットはなにかが不自然だ、という気持があるからで、これは実際に、ここでは詳しくは述べないが、スーパーマーケットの棚に並んでいる食品には実に70%を越える品目に遺伝子工学製品のトウモロコシからとれたシロップが入っていることで、顧客の勘が正しいのだと判っている。
日頃、ふつうの人間が口にしているのは、食品の外形をもった工業製品である事実は現代の最もおおきな問題のひとつなのでもある。

バナナの木立ちを「見栄えがわるい」というケーハクな理由で、にべもなく切り倒してしまったことへの反省もあるのか、そのあとにはリンゴの木を植えることにした。一回失敗したので、いまは二度目に植えた木が育っているところです。
ヘッジの下にはきのこの原木を並べて、そのうちの数本は椎茸にしてみようかと考える。椎茸は7,8個入っている小さなパックが8ドル(600円)くらいもするので、買うたびに日本での値段を思い出してバカバカしくなるせいもあります。

予期しなかったことは、この裏庭の一角における食べ物の生産量が増えるにつれて、世の中がみるみるうちに違う姿に見えだしたことで、具体的にはオカネというものが必需品であるよりは余剰価値であるようにおもわれだした。
あるいは、単純にオカネを使わなくて、ケチになった。

もしかすると、いままでオカネを使っていたのは、多かれ少なかれ中毒の一種だったのかしら、という気がしてきた。

日本語で書いているのだから日本のことを述べねばならないが、たとえば新潟や長野で農家の人と話しをしていると、「あのね、日本では他人に頼んで代作できないの」と言われたりする。
もしかすると聴き取りそこなって、間違っているのかもしれないが、休耕地というか、要するに、むかしは農耕地だった荒れ地だが、それを誰かに貸したり売ったりしようとするのにおおきな制限があるらしい。

あるいはJAの人と話していると、「日本は食糧の自給率っていったって、あんなの石油しだいだから」という。
意味が判らないので聞き返すと、肥料やハウスにおおきく依存している日本の農業は原油が仮に暴騰すると即死だから、といって笑っている。

面白い事に「たとえば肥料を一定量、割り当てられただけ使わないと次の年に種子の割り当てがこなくなるんだけど、それを、ガメちゃん、SNSで書いてごらん、面白いことが起こるから」という人がいて、やってみたら「わたしは実際の農家ですが、そんなことは起こりえないのを知らないのか」という見知らぬ人からのリプライがたくさんくる。
「あれ、誰かが雇っているんですか?」と聞くと、曖昧な顔で、ふふっ、という。
農業って、闇が深いんですよ、と付け加える。

ときどき、日本のことを考えると、あの国では社会は何のためにあったんだろう?
と不思議な気持で思い出します。
育児を助けてくれない。個人が、具体的には家族4人でせめて200平方メートルは床面積がなければ通常の生活が送れないはずの住居を、せめて10年ローンで買うだけの手助けをしてくれない。
学校は無料ではなくて奨学金は存在しない。
ところがステルス税
https://gamayauber1001.wordpress.com/2012/01/20/stealth-tax/
を加えると、税金は北欧福祉国家よりも取っている!

子供をのんびり育てられず、食糧も工業製品といして流通している社会では、ストローラー(ベビーカー)を押して地下鉄に乗り込んでくる若い母親をにらみつけ、エスカレーターの右側に立って、ぼんやり天井を眺めている、日本社会の暗黙の了解を理解しないマヌケなガイジンの妙に長大な身体の後で聞こえよがしに舌打ちをしたくなるのは、当然の結果なのかもしれない。

ひとつの解決は、「オカネがいらない世界をめざす」ことで、具体的には、まず「都会に住まなくてもいいや」と思う事から始めるのがよさそうです。
廃村の廃屋を、自分で住めるようにして、自給の菜園をつくって、週に3日だけ町に仕事をしにいける生活をめざすのは良い考えかもしれない。
会社勤めをやめて、森のなかで、あるいは海辺で、自分では育てられないものを購う最小限の収入をうるためだけに世の中と関わろうと決意して、近代の理屈に背を向けて、半農の1日の終わりに、砂浜に椅子をだして、大好きな小説家の物語の第1ページを開くとき、同時に、きみは自分の新しい生活のページを開いているのかもしれません。

もう日本語の社会は日暮れなのだから、日本に住みたければ、夕暮れどきには夕暮れどきの過ごし方があるというだけのことなのでしょう。

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4 Responses to 日が暮れて

  1. イートン says:

    ブログやtwitterをいつも拝見しております。
    毎回、素晴らしい文章をお書きなさっているのですが、今回は特に素晴らしいというか、人間の本質的な事柄に関わる部分だと感激いたしました。

    私にとって食事とは、ずばり食費です。店で買うことしかできないので、数字しか見ません。業務用スーパーで、一番安い食べ物を選んで買うことが日常です。日本でも場所によっては違うのかもしれませんが、少なくとも私の人生では、食べ物は店で買うしか選択肢がありませんでした。なのでお話し中のNZや、スペイン、イタリアといった欧州の食べ物観は新鮮でした。しかし、とても人間らしいと思いました。羨ましいです。

    食べ物の工業製品化で、私が連想したのは「食パン」ですね。あれは安くて、どこにでも売っていて、どれを食べても無難な味がします。しかし、調理といっても焼く位しかできず、そのまま食べると全然味がしないので、応用がほとんどできません。たまにならともかく、あれを毎日食べていると、食べる前からあの無機質な味と食感が思い出されて、食欲が失せてしまいます。もっとも、私はそれしか食べられないので、お湯に浸けて無理やり食べています。そういう瞬間、工業製品を食べて動くロボットの気分になれます。

    つまらない文章を書いた理由は、ガメさんが褒められればもっと書く気が起きるとおっしゃっていたからです。ガメさんのような文章を書ける人は、日本語世界には存在しません。なぜなら、ガメさんが文章を書く動機にあたる思想の部分が、日本社会には存在しないからです。これからも、少なくとも私が生きている内には、存在しないままでしょう。本当に、私はガメさんに出会えて良かったと思っています。色々と難癖をつけてくる人々がいることは知っていますが、彼らは、ただ自分の周りのすべてに文句を言いたいだけの人たちで、自分でも何を言っているのかわかっていないのです。そういう人は、寂しくてたまらないという人達は、日本社会が生み続けている壊れた工業製品の一つです。私もまた、そのうちの一つですが。

    放射能やら戦争やらで、私の命もいつまであるかわかりません。しかし生きている限り一人のファンとして、ガメさんを応援し続けたいと思っています。私以外にもきっと、隠れファンはいるでしょう。ガメさんは、そういう人たちにとっての光です。

  2. vida768 says:

    お金のあんまりいらない生活って、始めてしまうととっても楽しい。
    忙しいさなかに始めた料理にじっくり取り組めるし。
    仕事中も、頭の中は明後日の方向だったせいかもしれない。

  3. setu says:

    江戸時代の農家というのは、年貢は生産物で納税すればよかったので、現金を持つ必要がなかったそうです。現金経済の外にいたらしい。

    それが、明治になって農地の評価に応じて現金で納税することになった。現金経済の一部に組み込まれ、税金も高くて、不作の時には納税のために土地を売る農民も出た。

    武士は、米で給料を貰ってたわけで、江戸時代というのは、「貴金属の貨幣」と、「米という時間とともに価値の減る通貨」の二重の通貨で経済が構成されていたわけで、興味深いなあと思います。「時間とともに価値の減る通貨」は、地域通貨の話では重要な概念で、どれだけ素晴らしい効果を社会や経済にもたらすかと言うのを聞きますね。

    当時の肥料というのは、肥えなわけですが、これも素晴らしかったそうです。人間の排泄物を使うのですが、そのまま使うのではなく、しっかりと発酵させて出来上がった肥えを使うわけです。発酵で、有害な微生物や寄生虫は死滅するそうです。

    人間の消化器というのは効率が良くないらしく、食べたものの栄養の多くが出てくる。なので、家畜の排泄物よりも人間のもののほうが良い肥料になる。農家は江戸の住宅地に排泄物を買いに来たそうです。買うと言っても、野菜と交換してくれる。

    で、高級住宅街の人々は良いものを食べてるので、排泄物の栄養も高く、農家は高く排泄物を買ってくれたそうです。いっぱい野菜をくれた。

    なので、排泄物を処理する仕組みがあったので、江戸の街というのは衛生的だったらしい。排泄物を経由する病気の壊滅的な蔓延も防いでいた。

    農家をしている友人の家は、おばあちゃんが反対して汲み取り式のトイレのままだったそうです。「これで作った野菜は美味いんじゃ」。おばあちゃんが亡くなって、今は水洗式のトイレになったそうな。

    京野菜というのは、不思議なことに京都周辺でしか育たないんだそうな。ある京野菜の農家は、年々野菜の出来が悪くなってきたので、肥を復活させたそうです。

    つい長く書いちゃったw

  4. noriko haikake says:

    自給生活憧れます。季節ごとにその旬の物を食す。日本では畑に雑草が生えただけでも隣から苦情が来る。毒(除草剤)を撒くのは許されるのに… 日本の田舎も難しいです。田舎で緑が一杯の所でも大型スーパーで遠い生産地の物が並んでる。不思議な国。コンビニの色鮮やかな繊維だけのようなサラダが売れているのを見ると、悲しくなります。放射能もダイオキシンにも無関心な人が多い、特に若者や小さな子どもを育てている人たちのその姿に日本の教育(拝金主義的な)が行き届いているなとつくづくそう思います。NZは農薬などの関心はどうなんでしょうか?

コメントをここに書いてね書いてね

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