Diary2

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世界の都市という都市の、高層ビルの、何百万何千万という窓のガラスがいっせいに割れて、無数のガラスのかけらが陽光のなかで輝きながら落ちて来る日を夢見ることがある。
ぼくは全身にガラスの破片が刺さっていくのを感じながら、血まみれの頬や腕をぬぐって、空をみあげるだろう。
無限に落ちてくるガラスの欠片をみつめながら、盲いる日を願うだろう。

それがなぜなのかを理解できない人と話しても仕方がない。
人間の根源的な欲望を知らない人と話しても仕方がない。

破壊と建設が対立する概念ではないことを知らない人と、なんの話ができるというのだろう?

人間が人間であることに意味なんてあるのか?

昨日は、Halsey

ばかり聴いていた。
この初めの日本語のナレーションは原曲にはないのだけどね。

Halseyは新しいポップスの地平線に立って向こう側を見ている。
Badlandsは素晴らしいできばえのアルバムで、聴きだすと止まらなくなる。
ポップスなのだから、なるべく繰り返して聴いて、さっさと消費しようと考えるのに、それを許してくれない。

仕方がないから、(普段はZ-FMを聴いている)クルマのなかでも、ブルートゥースでつながったSpotifyのHalseyを聴いている。

聴いているうちに、モニもぼくも、すっかり高校生のような気持になって、
いつもなら制限以下になるように気をつけて飲むランチのワインを飲み過ぎて、
家の人に迎えに来てもらうことになる。
チョー酔っ払って、後部座席の窓から町をみている。
雨のなかを、びっしょり濡れながら歩くひとびと。
口論している夫婦。
警官とマオリの子供たち。
怒りで赤く染まった、険しい顔。
怯えた顔のマオリの子供たち

高級車に乗って得意そうな不動産セールスのCがすれ違う。
会釈する。
半年前には、なんだかおどおどした、クライストチャーチから出て来たばかりの青年で挨拶に来たのをおぼえている。
いまはトップセールスマンになって、先週はトップモデルとの交際がゴシップ雑誌に出ていた。

悲惨、という言葉をおもいだす。

Pan Amというドラマがあった。
Mad Menは人気ドラマだった。
Downton Abbyちゅうドラマも人気があるよね。

英語世界で人気のドラマには、でも、皮肉な立場に立つと、「白い人しか出ないドラマ」である。
日本人にはとても人気があるのだとUKで報じられていたホームズシリーズもそうである。
真っ白なドラマが画面を席捲していてアフリカ系人の俳優/女優たちが拳をふりあげて抗議している。

日本の人達は相変わらず、のほほんとした「準白人」のつもりなので、おーシャーロックホームズかっこいいでテレビを観ているが、あのスクリーンの裏側には言うに言われない葛藤がある。

肌の色が、また人間の世界を悲劇に引きずり込もうとしている。

すべてをぶん投げて、親族とも、UK全体とも絶縁してでも結婚したいと考えた濃いチョコレート色の肌をした、あの美しい人は、明るいヘイゼル色の目をしていた。
「先祖のどっかにガメの同族がいたのね」と笑っていたが、ぼくは、あの人が述べる言葉のひとことでも理解していただろうか。
アングロサクソンはアングロサクソンであること、それ自体によって世界を誤解しているのではないか。

こんなことを日本語で書くことには、何の意味もないのは判り切ったことだけど、
でも英語で書けるわけはないしね。

いまでは科学的には、はっきり否定されている「人種」という概念は、人間の思考にとっては呪いのようなものである。
まったく正当性を欠いているのに、言葉にしみついて、どこまでも追いかけてくる。

多分、北海文明の「仲間意識」に淵源があるこの文化はどこまでも続くのだろう。

聡明なモニの子供なので、小さなひとびとは人種や言語にとらわれずにパートナーを見つけて、この年々ややこしくなっていく世界を生きていくだろう。
生まれたとき偉いお坊さんたちがやってきて、「この子は、世界を救うだろう」と述べていたが、言葉のとおりゴールデンチャイルドなのだとしても、はずれでも、モニとぼくは単純に親として見ているだけなので、 あんまり関係がない。
生まれてからいままで、猫ちゃんや犬さんとあんまり変わらないというか、アホで、チョー可愛くて、それだけで、もしかしたらマジメなモニでなく、父親に似て無限にとんでもない人になっていくのかもしれないが、それで一向にかまわない。

世界の都市という都市の、高層ビルの、何百万何千万という窓のガラスがいっせいに割れて、無数のガラスのかけらが陽光のなかで輝きながら落ちて来る。

全身にガラスの破片が刺さっていくのを感じながら、血まみれの頬や腕をぬぐって、空をみあげる。
無限に落ちてくるガラスの欠片をみつめながら、盲いる日を願う。

もう神はぼくを愛さないだろうから

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3 Responses to Diary2

  1. NIKITA says:

    いつもはコメントしないしするならもっと何日もしてからだけど、通知からすっ飛んで来た(今、Twitterに行ってないから)

    こんなに強烈に刺さってしまっては、もう抜けないのだ
    ガメが言いたいことは「違う」と言うのはわかるけど

    逆に我々の差異は何だろうと思った
    私がリアリティと手を切ってしまったことくらいしか思いつけない
    重大な差異だ
    だからどれだけ言っても私の言葉には力がない

    ただ感じるだけで
    遠い過去と今の痛みを
    それは私のであってきみのではないし、逆も然りなんだけれど

    それじゃ足りないのかな
    と、思った

    でも

    1と6が「絶対にわからない」なんて思えない
    思い上がりでも勘違いでも、他人事では到底ない

    この世に言葉がなければ、と思うことがある
    こんなに、伝えられないことがもどかしい

  2. Radio Cat says:

    ガメさん、はじめてコメントします。わたしは、最近まで、ガメさんと、このブログの存在を知らなかったのを、とても後悔してます。
    ガメさんのTwitterとブログは、わたしにとって、最重要なことを書いてくださっていました。

    ふだん、いろいろなくだらない情報を思いつくままに、頭の中に入れるがままにしてきたのですが、ただ、ムダな忍耐力を養ってしまっただけだとガメさんの文章読んで、気づきました。ムダな我慢。自分がオゾマシイ。自分がいかに卑怯か、思い知らされました。いくら、生存本能とは言え、やり過ぎでした。

    今は、日本国籍捨てたくて、堪りません。ネットに文章書き込むのは、ヘタレで臆病なのもあって、これが2回目くらいです。
    むかし、よく海外に行ってたのですが、成田空港で、鬱になっていました。ああ、日本に帰ってきちゃったと。

    そのあと、精神病院に2回入院したりして、すっかり臆病になってしまいました。
    いま、39才の女です。
    これから、どうにか人生やり直したいです。

    私もよく、ガラスが割れて、その破片のうえを、素足であるくという、悪夢をみます。
    ガメさんの表現力は、すばらしすぎますね。ほんとうに知性があるというのは、こういうことなのだなと、尊敬しております。

    ガメさん、ほんとに、図々しいのですが、こんな社会不適合者になにか、アドバイスくださいませんか?

  3. freebody says:

    2001年9月のテレビの光景、青い空を背景にビルから立ち上る黒煙とひらひらと舞い落ちる紙片やガラス片そして肉片がとても美しく見えてしまいました。いや、その光景を現実のものにしている見えざるエネルギー「意志の力」「憎悪の力」に背筋が凍らんばかりの美しさを感じてしまいました。まもなくして、自分もまた火を放ち宙に飛び出してみましたが、どういう訳か今もまだここにいます。

    なんでこんなことを書きたくなってしまったんだろう。

コメントをここに書いてね書いてね

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