寒い空

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注文したピザを受け取りに行ってみると、想像の3倍は優にある大きさで、一緒に歩いてきた友達と顔を見合わせてしまった。
3枚も頼んでしまった。

そういえば12インチペニスて、ポルノでも、でかいんだったな、と友達が不謹慎なことを呟いている。
14インチは、それよりでかいんだから、すごいわけだよな、ガメ。
気が付かなかったのか?

おおきさ、数字で書いてあったっけ?

雪がふってきた空を見上げながら、寒くなりそうだからワインでも飲む?
ガメのアパートは赤ワインしかないんだったでしょう?
ひさしぶりなんだし、お祝いにシャンパンで、いいんじゃない?

箱を抱えて、鼻の頭を真っ赤にしながら、毛糸の帽子にくっつきはじめた粉雪を楽しんでいる。
息が白くなって、低い空に覆われた、明るい灰色の背景のなかで広がってゆく。

ホームレスのおっちゃんがいるなあー、と、わし。
この頃、また増えたわよね、と友達。
ピザ、3枚は多すぎる、とわしが言うと、
友達も、すっかり楽しそうになって、ピザ3枚は多すぎる!
と歌うように繰り返している。
決まったね、と、わし、
うん、決まった決まった、と喜ぶ友達。

友達とわしはホームレスのおっちゃんの両側から挟み込むように階段に腰掛けて、
「ピザ、一緒に食べよう。買いすぎちゃったんだよ。ほら、あのコーナー曲がったところに新しくピザ店ができたでしょう?
初めて買ってみたら、チョーでかかった。
だから、ふたりでは食べきれないのさ」

おっちゃんは、きみたちはホームレスなれしてないから、お尻が冷えるだろう、と不可思議なことを述べて、段ボールを友達とぼくに分けてくれる。
おお、と言って、慌ててお尻の下に敷くと、まだまだ、と述べて新聞紙の束もくれます。
「これを敷いて座るといいよ。新聞紙って、意外と暖かいんだよ」と、おっちゃんが先輩風をふかしている。
出来たてで熱いピザを食べて、ジェッツの話や、バラク・オバマは合衆国で初めての黒人大統領になるだろうか、と、おっちゃんと3人で盛り上がっている。
コーラが欲しい。
ピザにはコーラだよなー、と駄々をこねはじめる、わし。

いい考えがある!
と言うなり、友達が雪が積もり始めた舗道を走っていきます。
ずいぶん、元気な人だね、とおっちゃんが笑っている。
ふと、おっちゃんには娘がいるのではないかと考える、わし。

戻ってきた友達の腕には3本のシャンパンが抱えられていて、ソーダガラスですらない、華奢な脚の、クリスタルのシャンパングラスを三つ買ってもってきてもいる。

「若いのに、クリスタルグラスなんて、豪勢じゃないか」と、おっちゃんが友達をからかっています。
パッと見て、必ず同じデザインでふたつ作るクリスタルグラスとソーダグラスの違いがわかるのは、おっちゃんには、富裕な時期があったからでしょう。

勢いよく栓を抜いて、シャンパンがあふれないように緊張しながら、みっつのグラスに注ぎ終えて乾杯していると、コートの衿をたてて、黒いボルサリーノをかぶった、近所に住んでいるらしい中年の身なりの良いおっさんが、「メリー・クリスマス!」と、にっこり笑って、つばに指をあてて敬礼して、挨拶してゆく。
クリスマスは、まだまだ先なんだけど。

おっちゃんは聡明な人で、話があまりに面白いので、立ち去りがたくて、
結局、ピザは3枚とも、そこで食べてしまった。
シャンパンも空になって、空き箱や空き瓶をまとめて脇に寄せたあとでも、まだ話し続けた。

おっちゃんは、友達とわしの父親のような気持になったのでしょう、子供のときにジョン・コルトレーンに会った話やアンディ・ウォホールのパーティに行った話をする。

まだ、ブルックリン橋のたもとのピザ屋にフランクシナトラが通っていたときの話も出たので、考えてみると、とても若く見える人だったのかもしれません。

いちどだけ、ため息をつくように、
「若いっていいなあ」と述べるので、
そうですか?
と訊きかえすと、だってまだ何回も失敗して、やり直す時間があるじゃないか。
おれの年齢でも成功はできるかもしれないが、もう失敗はできないよ。
そのことを考えると、なにをするのも怖くなってしまうんだ。
歳をとるということは失敗できなくなるということなのさ、という。

そのひとことが、相変わらずなにも考えない、わしのムードを変えてしまって、
おもいがけず、おっちゃんを抱きしめていた。
おっちゃんも、見れば、涙ぐんでいる。
友達も涙をぬぐっている。

「すまん」と、おっちゃん。
どおりゃ、アパートにもどってイッパツやるか!
と述べて立ち上がるわしに、「わたし、下品な男は嫌いなんだけど」と友達がいう。

友達は、おっちゃんの両頬にキスをする。
立ち上がろうとするおっちゃんの肩を押さえて握手するわし。

いい夜だったね、と友達は上機嫌です。
うん、チョーいい夜だった、と頷いている。

報道された「貧困女子高生」が贅沢だとかで、タイムラインに並んでいる言葉を見ていて、ビンボのことを考えて、あのホームレスのおっちゃんのことを思い出していた。
記事を読むと、多分、フィンランドのように教育がすべて無料なら、その気の毒な高校生は貧困を強く実感しないでもすみそうでした。
日本のいまの悩みは、税金は統計上判りにくくしてあるだけで世界の五指に入るほど高いのに、社会保障政策は下から数えたほうが全然早いほど手薄で、高税低福祉の不思議な国で、しかも、もともと産業のスタイルが時代遅れになったことが原因の経済の競争力の低下を、わざわざ再生に必要な崩壊を先に延ばしてしまうような、賃金の抑圧という最悪の手段で競争力をもたせようとする、個人の幸福を踏みつぶしながら断末魔の咆哮をあげて地団駄を踏む怪物のような暴れ方で、若い世代は、その社会ごと植物人間になっていこうとする延命装置の罠にからみとられた形で、惨めな生活を余儀なくされている。

ピザを買ってきたがわのわしが、おっちゃんに勝るのは、ただ運がよいというだけのことで、人間の一生などは、運次第で、いつでも立場が逆になるのは、よほど頭が悪い人でなければ誰でも知っている。
だから、お互いに、隙さえあれば親切にして、よい気持になって、楽しい時を過ごそうと考える。

そうやって考えると、貧困は、悪意のなかで研ぎ澄まされていくので、善意の社会では、貧困に起因する悲惨は、うまく育っていかないようです。

世界から善意が失われて、初めて、貧困は人間の魂を破壊しはじめる。

おっちゃんを見たのは、そのときが最後で、それから一度も見ることはなかった。
わざとそこを通るようにしていたが、いつまでも姿を見せないので、いつか座った階段に座って、ビールを飲みながら空をみあげようと立ち寄ってみると、足下の階段に
「楽しかった。ピザも、うまかった!
あのシャンパンは1本100ドルなのを知っている。
もう少し節約しないとホームレスになるぞ。
若い友達よ。

おれは、もう一回失敗してみることにしたよ
ありがとう!」と、フェルトペンで書いてある。

眼から涙があふれてきて、それがどんな感情によるのか判別はつかなかったが、胸がいっぱいで、わしはビールの瓶を空に向かって高く掲げて、祝いました。

多分、人間という儚い存在の尊さを祝ったのだと思います。

乾杯!

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6 Responses to 寒い空

  1. えり says:

    日本の貧困の一番一番ひどいところは、お金がないことではなくて、
    目をそらされていないことにされて、間違って目が合ってしまえば貧困に陥った理由探しをされて、だれも一人の人として向き合ってくれないこと。
    だから貧困=孤独で、それは運が悪ければだれでもそうなることをうっすら知ってるから、みんなますます自分とは関係ないというように振る舞って、ますます貧困が怖くなる。

    ガメさんのブログでは豊かに語られている内容が、自分の言葉にするとただの説明文でつまらないけど、時々でも自分の言葉で語らないとなんだか大事なことを忘れてしまいそうだから、書いてみました。

  2. このまま映画になりそうな話だなあ。日本だって、バブルの頃には「たんぽぽ」なんて映画があって、その中では文化的で豊かな暮らしを送るホームレスが描かれていたっけ。ただ、それは人の善意に支えられた豊かさではなく、社会に有り余って溢れてしまっているお金が支えるホームレスの豊かさだったのが今思えば残念だった。日本は、お金のあるうちにお金がなくなった時に役にたつ善意を育んでおくことができたはずなのに、何もしないでいるうちに社会全体が、精神まで道連れに貧しくなってしまいつつある。それが日本の失敗なら、もう一回失敗してみようかなと、人々は思うだろうか。日本には、まだ若さが残っているだろうか。

  3. DoorsSaidHello says:

    これ、クリスマスに読みたかった。
    だから私のコンピュータにクリスマスまで保管しておいて、
    クリスマスの日にうんとおいしいピザを焼いて、食べながら読み返すよ。

    私ももう一度失敗してみる。
    雪の空を見上げて、私もきっとそう考えるんだ。
    クリスタルのグラスで、ソーダを飲みながら。

  4. きゅうり says:

    素晴らしい文章を書くかただ。
    何と言うか、言葉に中身が詰まっていると言うか。
    ありがとう。

  5. まさにどんづまりってところにいますが、私、「もう一度失敗してみんべー」と思ってますwww
    人生は一度、楽しまなきゃ損w ( ´∀`)bグッ!

  6. うさぎ男 says:

    ガメ氏のこうゆう話は魂の救いになります
    ありがとう。

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