2050年への覚書

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いまの世界に潜在している最もおおきな問題は言うまでもなくナイジェリアに象徴されるアフリカの人口爆発で、もしこの問題になんらかのブレイクスルーが起きずに、いま見えている地平上でナイジェリアの人口だけで4億になる2050年までの人口急増に対処しなければならないとすると、それは、まっすぐに人類の破滅を意味する。

16億6000万人のインド、14億の中国、4億ずつのアメリカ合衆国とナイジェリア、3億6千万人のインドネシア、3億5千万のパキスタンと並んでゆくことになるが、インドや中国には、国家として、なんとか国内を統治していけるだけの機能が備わっている。
問題は、というか、性格が新しい人口爆発は、ナイジェリアとパキスタンで、特にナイジェリアは政府がほとんど機能していないので、だいたい一億人超の人口流出が見込まれる。
簡単に言えば、シリア難民と同じ現象が桁が違う規模で起きるだろう、とナイジェリア人たち自身が述べている。

目下は「高等教育を受けていさえすれば外国に移住する状態」だとナイジェリア人友たちは言うが、一方で「教育を受けていないナイジェリア人たちが、いたたまれずに移動しはじめるのも時間の問題だ」と述べている。

では、どういう手立てがあるかというと、大問題が起きてから考えるという他はなにも手立ての見込みは立っていない。

シリア難民の、たった、あの程度の数の難民の移動で、すでに欧州は混乱している。
排外主義が勃興し、連合王国に至っては愚かにも、まるで、離脱しさえすればブリテン島ごと大西洋を渡って移動できるのだと言わんばかりの態度でEUを離脱して、ただでさえ危うい未来を、更に危うくしてしまった。

今度はどうするか。
どうするあても立っていなくて、「問題が起きてから心配しよう」ということになっているが、ほんとうは問題が起きてからでは遅いのは皆が知っていて、内心は、
おれの任期中は話題にするのをやめてくれ、と考えているだけです。
解決がない問題を、おれの机のうえに積み上げないでくれよ。

東アジアが中国圏に帰するのは、ほぼ自明で、「ヒラリー・クリントンの奇妙な提案」の頃から、ずっと何回も述べてきたように、ゆっくりと、歴史の自然の流れのなかで目に付かないように配慮しながらアメリカは勢力圏を1940年当時に戻して、縮退させている。
この戦略にとって障害になっているのは中国が南沙諸島に軍事拠点をつくろうとしていることで、囲碁が得意な人なら感覚的に判りそうだというか、なんというか、
要するに、そう簡単にオーストラリア=フィリピン=グアム=ハワイのアメリカ版「絶対国防圏」を作らせるわけにはいかない、ということで、日本や韓国の合衆国との同盟国との頭越しに自分と直截あたらしい関係を構築しろ、ということだろう。

これも考えてみると、2050年を節目と睨んでの動きで、どうやら世界じゅうの政府は2050年という年を里程標と考えて、いろいろに動いている。

ベトナムやフィリピンが初めに極めて強硬な態度に出てみせて、中国の「やる気」を観察してから、そういう感じか、と見定めて、ほぼ、昔、野田首相がなぜかとち狂って国有化すると言い出すまでの、日本が尖閣諸島に対してとったのと同じ棚上げの状態に持っていこうとしているのも、やはり2050年を睨んで、この辺で動きをゆっくりさせていかなければ、急展開では困る、と思っているからでしょう。

NZの小国間条約に過ぎなかったTPPを取り上げて対中国包囲網の道具に使おうとしていたアメリカが、なぜTPPを必要としなくなったか、ということの意味を日本の人は、もう少し真剣に考えてみたほうが良い。

初めはインドネシアにとっては苦笑するしかないような「対インドネシア対策」が名目だったダーウィンの軍事拠点化も、2050年の平衡を念頭においている。
ダーウィンの拠点化と並行して、ブリスベンの強化、ニュージーランドとの軍事同盟の復活と関係強化と、アメリカは、ここ数年、打つべき手を打ってきていて、日本の南洋捕鯨に反対する、誰にも異議を唱えられない錦の御旗で、いわば復古的な同盟を復活させてきたのは、なんども書いたが、ケビン・ラッドが国際司法裁判所に訴えてでるという、冒険的な手段に出て、しかも賭けに勝利して、あとはアメリカ・オーストラリア・ニュージーランドの思惑どおり、利権を諦めるということが出来ない体質の日本が、国際司法裁判所の判決をシカトする形で捕鯨を続行することによってヒラリー・クリントンの奇妙な提案は、完結して、将来に向かって日本を太平洋同盟から締め出す準備が完了した。

このあとは、どうなるかといえば、ちょうどキッシンジャーがニクソン大統領時代に、日本の頭越しに、日本には教えないで直截に友好条約を結ぶために動いたのと同じことを、頃合いを観て、打ってでて、アメリカ・オーストラリア・ニュージーランド英語三国の同盟側と中国とで太平洋の新しいパワーのバランスを作る事になる。

日本から最も見えにくいことで、このブログで再三のべて、情報公開法で公開された文書などを使って説明してきたことは、1945年以降、アメリカが日本を国家として信用したことは一度もないという現実で、何度も政府の高官によって明瞭に言明されているとおり、日本人を守る為だと表面は説明されている巨大な日本駐留軍の本来の目的は日本が再び軍事暴走することを抑圧するためで、日本に独立を許してきたのは、直截占領のコストの高さから、ゆるやかな傀儡政権体制を岸信介の当時から確立してきたのも、そのためだった。

ところが中国の強大化に伴って、日本の役割が変わって、なにしろGDPという、地政学的にみれば戦争エネルギーの目安で、中国の3分の1に転落したので、アメリカは、今度は自国の利益のためには日本を従属的な片務同盟国から、一歩すすんで衛星国化しなければならなくなって、一朝ことあれば5万程度の兵力を拠出できるようになってもらわねば困るわけで、安倍政権は、そういう目でみればアメリカ衛星国としての日本の第一期政権なのだと見られなくはない。

いったんパワーバランスの上で独立に、伝統の国家的な好戦性を発揮して侵略を始める心配がなくなったとなると、日本はいかにも便利な国で、アメリカにとっては自分で血を流さずに戦争という外交手段に訴えるチャンスさえ出てくることになる。

東アジアの新しい枠組みが見えてきたので、アメリカの心配と関心は、ほぼロシアに向けられている。ブッシュ時代のコンドリーザ・ライスで判るように、アメリカの伝統的な外交エキスパートは、もともとこの分野に集中しているので、外交の焦点が、落ち着きがよいところに落ち着いたのだとも言えます。
ロシアは自意識としては防衛的であるのに現実の政治・軍事行動としては常に侵略的・領土拡張的である面白い国で、国際政治を志す人間にとっての醍醐味に満ちた国だが、プーチンは、印象に相違して、例えば対日姿勢において弱腰と非難されるくらい、比較的に落ち着いた指導者で、極東についてはアメリカは「プーチン後」に思考を集中しているらしく見える。
日本からすると、プーチンの後継者と目されるひとびとは軒並みに対日強硬論者で、なんだか見ていておっかないが、当の日本の人は、のんびりしたもので、なんとも思っていないらしくて、返ってロシアの事情に通じた英語人が訝るていどの反応で、どうなってるんだろう、と思うが、そこはきっと日本の人間でないと判らない機微があるのでしょう。

2025年から2050年にかけて、世界は、いままで人類が見たことがない「資源が絶対的に足りない世界」を渉ってゆくことになる。
技術的ブレイクスルーは、そのうちには出来るのかも知れないが、どうやら、最も楽観的な予測ほどには、完全に間に合うということはなさそうです。
弱っている国、老いた国、社会が病んでいる国に住む人間には、この資源の不足は堪えて、容赦なく襲いかかってくるだろうが、これも何度も述べているように、いまは21世紀で、国境の敷居は途方もなく低いので、あちこちの国が動いてゆく様子を見定めて、では自分はあの国の国民として生きてゆくのが最もよいだろうと判断して生きていけばいいだけなのは、20世紀でいえば、ちょうど企業への就職と似ている。

巨大企業にあたる中国やアメリカに移民することが、シンガポールやオーストラリア、ニュージーランドのような小企業に移民するよりも必ずしも賢明な選択にならないことも、とても20世紀のキャリア形成と似ていると思います。

だから仮に自分が生まれて育った国が、誤判断を繰り返して、どんどんボロくなっていっても心配することはないが、個人としてでなく全体の側からしか世界を見られない人たち、簡単に自分が生まれた国と同化して、自分が出身国の分身であるように思うタイプの人達にとっては、いっそ、訳が判らない世界と感じられてゆくに違いない。

政治が世界を変革できる時代は終わって、左翼でも右翼でも、どうでもよくて、本質的に、というか論理上の源泉が暴力である近代政治の世界支配論理が寿命を終えて、テクノロジーが政治に変わって世界を変革する力になった世界のとばぐちに、いまの世界の人間は生きている。
そのテクノロジーの波の初めのものがインターネットで、多分、第二波は、いまとりあえずブロックチェーンと呼んでいる思想に立脚した技術革命になる。
ブロックチェーンがもたらす最もおおきな変化は、仮想世界のほうが現実世界よりも堅牢になることで、脆弱な現実に代わって、ブロックチェーンの数学理論に支えられた堅牢性が高い仮想世界が世界の運営原理になって、ちょうどこれまで現実世界からのアナロジーで構想され、現実世界の要請で仮想世界が構築されてきたように、ちょうど立場が逆になって、仮想世界の要請で現実世界が変更され、構築されるようになるのは誰の目にも見える近未来の現実になっている。

現実世界は、株式相場ひとつとっても、背骨となる数学理論をもたず、いわば心理的な要素がおおきい情緒的であぶなっかしいブラウン運動市場に過ぎなかったのが、ようやっと理論の裏打ちを持てるところまで進化しようとしている。

いま見えている地平では資源の絶対的不足と人口爆発というような問題に解決策が存在しないが、比較的楽観していられるのは、理論のないテキトーな世界から、理論を持つ可視化された世界へ、世界が移行しつつあって、いったん可視的な手順が判ると、そのあとには急速な解決が準備されるはずだからです。

世界じゅうで、夢中になっていた数学の手を休めて、ま、なんとかなる、とつぶやいているひとびとのタメイキが聞こえてきそうだが、人間はこれまでも綱渡りに綱渡りを重ねて、なんとか生き延びてきたので、いろいろ心配はあっても、なんとかなるかなあー、と、ぼくも思っているところです。

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