未来鮨

dsc01974

AucklandとOaklandの発音はどう違うのか、と聞かれて、困ったことがある。
Oaklandをニュージーランド人が発音したのがAucklandの音だと述べたら、困惑したような、納得しがたいような、曖昧な顔をしていた。

と、ここまで書いただけで、鬼の首を取ったように、というのは表現で、実際は鬼の首をとったらどんな様子になるのか知らないが、ともあれ、大得意で、
ええええー、やっぱりニセガイジン!いま英和辞典をひいたけど、発音記号からもう異なるではないか、そんなことも知らないのに英語人であるわけないじゃん!!
と、いいとしこいて欣喜雀躍する、いつものおっさんたちの顔が思い浮かぶようだが、同じ音をニュージーランド人が発音しているのとアメリカ人が発音しているのを、聴き取って発音記号にすると、ああなる、というだけで、その証拠に、
去年はOaklandに行くつもりでAucklandに来てしまったんだけど、どうしましょう、と出頭したアメリカ人の青年が存在した。
(あれは、いったいどうやってセキュリティやパスポートコントロールやゲートの改札を通り抜けることになったのだろう?)

もっと判りやすい例で述べると、Melbourneはメルボルン人と他の英語人では発音が異なって、カタカナで書くとメルボンに近い地元発音に較べて、最も遠い所にある発音であるアメリカ人は、メルボーンと書いてみたくなるような発音で、よく笑い話になる。
もっとも、そういうことで他所様の人間を笑うのは悪趣味なので、マンハッタンの
Houston Streetは、ハウストンでヒューストンではないが、「ヒューストン通りには、どう行けばいいですか?」と聞かれて、ラガーディア空港への道を教えるような意地悪なことをしてはいけない、と釈尊は教えている。

閑話休題。

Oaklandが舞台のEast Side Sushi
http://www.imdb.com/title/tt2340650/
という二年前に公開された映画を観ていたら、あまりに良い映画なので感動してしまった。
モニとふたりで感動して、感動のドライブがかかった加速的なちからで、立て続けに二回目を観るくらい面白かった。
メキシコ系アメリカ人の若い女の人が、寿司シェフになろうと思い立って、寿司屋という男世界の壁、ガイジンお断りの職業的なゼノフォビアの壁にぶつかりながら、なんとかしてカウンターに立つスシ・シェフの立場に立ちたいと願う。

映画の結末を言うと怒る人がいるので言わないが、アメリカ社会を縁の下で支えているのに存在しないことになっているラティノの社会的地位や、父親と娘がそれぞれダブルジョブで朝4時前から夜遅くまで、フルーツスタンドやスポーツジムの清掃、衣料品店の店員、手洗い洗車、とくたくたになるまで働いても、やっと食べられるかどうかの、文字通りのhand to mouthの生活が語られてゆく。

無名の女優、Diana Elizabeth Torresが演じる、7歳くらいの娘をもつ20代前半のシングルマザー、フアナ(Juana)が、仕事の帰りに通りかかったスシバーのウインドウから、覗き見て、カリフォルニアロール、レーダーロール、色彩豊かな寿司に「ここではないどこか」の世界を見るシーンは、美しくて、映画のなかの寿司の描写では、最も美しいものではないだろうか。

求人の張り紙をみて、店内に入ってゆくと、そこにはユタカ・タケウチが演じる花板のアキが立っていて、
寿司屋の例の挨拶、「へい、らっしゃい!」と述べる。
このアキとフアナの交感の素晴らしさは、世界では悪評が定着した若い日本の男の人の美質と、風変わりだが真情にあふれた日本人の真心をうまく表現している。
これ以上物語の内容を暴露してしまうわけにはいかないだろうが、
この映画の寿司職人アキは、ここ数年の映画で描かれた日本人像のなかでは、現実感もあって、最も素晴らしい日本人像であると思われる。
少なくとも、英語人にとって、「ああ、日本人て、こんなふうに素晴らしいのだな」と理解しやすい人物像になっている。
しかもユタカ・タケウチは好演で、ぎこちないような日本人の誠実さを、うまく体現している。
ついでに、もうひとつ余計なことを述べると途中で日系のマネージャーが「vinegared rice」と述べたのを英語が母語である主人公が「very good rice」と受け取ってしまって、周りの英語が母語の日系や中国系人たちが大笑いして、結果として主人公がマネージャーに恥をかかせてしまうところが出てくるが、「何をはっきり言わないと伝わらないか」という日本の人が失念しやすい英語習得上の問題がよく出ていて、細部ながら、面白いと感じた。

ちょうど、East Side Sushiのことをツイッタに書いて、「みんな観るべ」と述べていたら、タイミングがいいというか悪いというか、大阪のある鮨店で韓国人や中国人、外国人と見るとワサビをてんこ盛りにしたりして嫌がらせをするという鮨屋が、バズって、おおきく話題になっていた。

東京にいるあいだ、決まった鮨屋にしか行かなかったのは、ひとつには鮨屋の「ガイジン嫌い大将」にまつわるホラーストーリーが外国人のあいだでは、もっともらしく、たくさん語られていたからで、銀座の一流鮨店のようなところは、経験上、鮨好きオカネモチ外国人の客としての質の高さが知れ渡っているので、もう偏見はなかったが、新潟や富山のようなところでは、外国人と見ると意地悪をする鮨屋の話をよく聞いたものだった。
韓国や中国からの観光客に対しては明かな侮蔑に基づいた意地悪で、聴いていると、次元が異なるものだったが、欧州系人に対しても依怙地な人は依怙地で、
「ガイジンに鮨なんて、わかるわけねーよ」とあけすけに常連客と立板や椀方と話す大将は、ぼくも遭遇したことがある。

映画のなかでも、興味深げに、オーナーには内緒で立ち場に立って鮨をにぎるフアナを眺めていた初老の白人の客が、遅れてやってきたオーナーに「新しいスシシェフには驚いた」と嫌味を述べるところがある。
「新しいスシシェフ?」と訝るオーナーに、
「若い女のシェフのことさ」と告げて、「この店のauthenticityがみんな好きなのだからね」と言う。

「鮨屋の職人は日本人でなければ」は、日本の人だけが持つ偏見ではなくて、白人客も黒人客も持っている。
フアナがアキを説得しようとして、「メキシコ料理屋に入って、見渡すかぎりぜええーんぶアジア人のシェフと店の人だったら、わたしだって考えてしまうけど」
と述べるシーンがある。
「でも、みーんなメキシコ人で、たったひとりだけアジア人だったら、まあ入ってもいいか、とわたしならおもうわ」という。

この鮨店のメニューは土台が伝統的なにぎりや巻物で出来ているが、黒板には、ハラペーニョで巻いた寿司や、さまざまなコンテンポラリー寿司が並んでいて、特に説明されなくても、寿司が土地土地になじんで、ゆっくり、でも確実に日本のものから世界の料理に変わってゆく様子が判る。

ラーメンが寿司とは異なってauthenticityの問題なしに、すんなり世界中で流行したのは、多分、長い伝統がない料理だからで、ラーメン屋で日本人が職人でないから嫌だと駄々をこねる人は少ないような気がする。
オークランドのノースショアに新しく出来た麺屋はおいしいんだぜ、と中国系の友達がいうので、でかけてみたら、たしかにおいしかったが、西安・四川系とおぼしき麺がずらっと並ぶメニューは全部、なんとかラーメンとしるされていて、坦々麺まで坦々ラーメンで、おー、中国の人のあいだでもラーメン流行っているんだなーと考えたが、自然に興味の中心はauthenticityより供される麺とスープそのものにあった。

それが同じ麺でも、蕎麦になると、やや微妙で、少し鮨に似た複雑を帯びてくる。

そうやって鮨と国際化のことを考えていると、なんだか鮨は日本文明そのものに似ていて、排他性や過剰な厳格さ、暗黙のうちに了解されているコードに満ちた世界で、文明の普遍化といっても、その過程で個性を失ってしまうものもあれば、うまく個性を生き延びさせて、海苔がハラペーニョに変わり、トロの代わりにアボカドが巻かれる、というふうにうまく本質を保ちながら普遍化して受容されるものもあって、失敗しつつあるほうの例を挙げれば、アニメが代表になるだろう。

バルセロナのタイ料理店は、たいていフィリピン人たちの職場で、日本のインド料理店のシェフは圧倒的にネパール人が多い。
アジア人の観光客が多いピカデリーサーカスあたりの伝統的で格式のあるパブは、だいたいニュージーランド人かオーストラリア人がマネージャーで、制服を着て恭しくテーブルに銀のトレイを運んでくるのはチェコやポーランドのひとびとです。

ニューヨークやロスアンジェルスのauthenticityが売り物の鮨屋でも、椀方や煮方以下は韓国や中国の人が立っていて、見た目は伝統的だが、中身はどんどん国際化している。

そうこうして、偏見と呼んでもいいし、店と客の双方の偏狭さと言ってもかまわないが、なんだか姑息な外見だけのつじつまあわせをしているうちに、
「でも、たくさんのメキシコ人のうち、たったひとりだけアジア人なら、メキシコ人のわたしでも食べてもいいかな、と考える」というようなことをとばぐちにして、いろいろな肌の色の、さまざまなバックグラウンドをもつ「板さん」たちが、カウンター越しに、英語やスペイン語で冗談を述べて笑い合いながら楽しい夕食のときを過ごす、「黄金の未来」がやってくるのでしょう。

そのとき、目の前の鮨板には、伝統的な握りと並んで、どんなコンテンポラリー鮨が並んでいるだろう、と考える。

ハラペーニョ、照り焼きチキン、ビーフ、オクラやインド風に調理したナスもおいしそうです。

一足飛びに、誰か、「未来鮨」やらないかな。
そしたら、どんなに遠くでも、飛行機に乗って行くんだけど

へい、らっしゃい!

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5 Responses to 未来鮨

  1.  昨夜たまたまデレビで外国の方に人気の日本体験ツアーが紹介されていました。とりわけ「鮨職人」が評判で中国からのご家族が思い思いの鮨を握って「帰国したら留守番のおじいちゃんとおばあちゃんに作ってあげよう」とおしゃべりしながら楽しそうに過ごしておられました。
     亀殿、私が子供のころは鮨は法事か賓客でもこない限り日本人でも口にできない高級食でした。自分で勤めだして上司に連れていってもらっても品書きの「時価」という文字に恐れをなして玉子とかっぱ巻しか注文できませんでした。回転ずしができ始めた頃、ようやく安心ーして値段を気にせず食べられるようになりました。
     今や鮨は世界的な料理となりました。それでもあえて日本で食べたいと来てくださった外国のお客様にそんな嫌がらせをするなんてあってはならないことです。家族、パートナー、友人達とすてきな思い出を作る時間であったはずです。お鮨は「幸福」の力がある食べ物です。近所でお葬式があったら不謹慎でも子供たちはお鮨が食べられると喜びまわり、来客があればあの人食べ残さないかなとふすまの陰からのぞいたりしたものです。間違いなくそこにある魔法のような幸せを世界中の人と分かち合えるはずの今この瞬間は未来を待たずとも手に入るはずなのにと記事を読みながらいろいろ考えました。
     亀殿、ご紹介の映画是非観てみたいです。子供の頃を思い出してお鮨で亀殿やお友達と幸福を分かちあいたいです。本日も良記事ありがとうございました。

  2. 野村正志 says:

    なんか分からないけど、最後の未来寿司のところで泣けて仕方がなかったです。素敵な文章ありがとうございました。

  3. teahupoo says:

    このような素敵な映画を紹介してくださってありがとう!
    少し長くなっちゃったけど、感想を書いてみたよ。
    http://wp.me/p7J4MP-L
    mahalo!

  4. roki says:

    スペインに留学してた時に、押し寿司作りました。粘り気がない米は炊きたてをぐいぐい押して固めて、具は生ハムでした。とても美味しかったので、今でも作ります。

  5. snowpomander says:

    名無之直人さんツイートでhttps://t.co/FT7FWP5T79、「East Side Sushi」鑑賞できました。ガメさん&名無之直人さん、ありがとうございます。会話が英語とスペイン語に日本語少々を英語字幕はとてもよかったです。最初はストーリー、二度目は会話を見るという次第。

    オーセンティックとかトラディショナルは語る必要はない世界と世代の様子が感じられた映画でした。今起きている未来文明の醸成が圧縮されてる感じがしたのは、幼い少女の「SUSHI」反応の変化、とてもうふふで楽しかった。コンテストで味覚を評価しないのはちょっと不思議だった。
    どこかの大御所がしたり顔で「こうあらねばならない」と言っても、曲芸みたいな芸術感過剰な料理を出されても、食べて美味しく感じなければ蝋細工の見本と変わらないと私は思う。

    鮨のように口中で夫々の素材が混ざり合う妙味はそれだけで楽しく面白いもの。そしてハンバーガーですら(差別ではござらぬ故ご容赦)まるごとをぎゅっと縦に圧縮してあんぐりとかぶりつくのとナイフとフォークで分解して食べるのとではまったく美味しさが異なる。バンズに縦断する味覚を前提に積み上げられている素材やソースやディップ、だから圧縮してがぶりと食べるのが一番美味しいと教えてくれたAU人がいた。ハンバーガー・シェフなるものがいるかどうか私は知らないけれど、裏庭のBBQ達人の素材仕込みと同じようにその食生活のそれぞれ自然な口福系セオリーだと思います。

    口福の妙味はこれとあれと一緒にするとどうなるのかな、今日はこれで作ってみようが第一段階。
    次は製作中の予感、最後に結果は残念なときもあるけれど思った以上に旨い!になるとかなり嬉しい。普通人の私の即興料理は再現性には乏しい、でも食べるまでに楽しめる変化は毎回ある。

    プロの才能とは作り手と食する側の期待を裏切らない相互幸福の感性に尽きると、そうあって欲しい。シンプルなサクセスストーリー「EAST SIDE SUSHI」から滋味のある思いを頂きました。

    再度、御礼にて。

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