日本の凋落_1_貧しい繁栄

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日本人から見て、20世紀の世界と21世紀の最もおおきな本質的な違いは、21世紀が「日本が要らない世界」になったことではないだろうか。
国際共産主義とドミノ理論にパラノイアを起こしたアメリカ合衆国が戦後、防壁たる日本に過剰投資を行ったことと、その過剰投資を、アメリカの意向どおりにばらまかずに、重点をおく業界に傾斜させたネオ国家社会主義経済政策で、造船、炭鉱、から自動車・VTRへと資本を集中させたMITIの政策があたって、日本は短期間に巨大な経済を築いた。
いまでいえばシンガポールが大国規模で出現したようなもので、日本のような自由主義の看板を掲げた全体主義社会におおきな顔をされては困ると思ったものの、これに衰退されると世界中大混乱に陥るので、オカネの環の一角には加わっておいてもらうが、国際社会には存在していないことにする、という曲芸のようなことをやって自由世界は日本の存在に適応してきた。

その、「どうしようもなく強い日本」がコケ始めたのが1990年代で、それから4分の1世紀のあいだ単調に衰退して、いまでは、まだ中国の3分の1超のGDPはあるものの、ゆっくりとなら経済的に破綻しても、なんとか世界として日本の破綻を消化できるところまで来た。
経済指導者たちからすると、ひと安心、なのであると思います。

日本が衰退しはじめた根本の原因は、繁栄しても少しも個々の人間の生活がよくならなかったからで、異様な物語である「三丁目の夕日」を観て判るのは、日本人がなつかしんでいるのは日々成長するビンボ時代であった50年代から70年代で、そのあとに現実に達成された経済的な繁栄は索漠としたものと感じられている。

80年代後半の日本を眺めると、一般の、たとえば東京に住む日本人にとっては、家と呼ぶのがためらわれるような一戸建ての家を買うのに30年というローンを組まねばならず、家賃は上昇し、労働時間は長くなっていった。
地上げを拒んでいることで噂になっていた近所の長屋には、やくざがクレーン車でつっこんで物理的に破壊したという記事が朝刊に載っている。
大企業に勤めている人間には、マスメディアには載らない情報として、何千億円というオカネが簿外で銀行から暴力団に無担保融資されていることを同僚から耳打ちされる。

それまでは暴力団のほうから人目を避けて首相に会いに行っていたのが、立場が逆転して首相のほうから腰を低くして暴力団の組長のほうに会いに行くようになったと初めに証言された中曽根首相の在職は1982年から1987年です。
この頃から政府の行政指導は滅茶苦茶になっていって、使い途がない通信施設を強制的に公社に納入を迫ったり、当時公務員だったひとびとの話を聞くと、リクルート事件などは小さく見えてしまうような腐敗ぶりで、つまりは、チャンスさえあれば利権を手に入れて札束を自分のポケットにねじこむ人々が雲霞のようにあらわれて、それぞれに表沙汰には出来ない財産を築いていった。

飼い慣らされて忠実な犬然としたマスメディアの蓋で、うまく覆い隠されていた日本国内と異なって、海外からは、かえって、こういう日本の事情はよく見えていたので、例えばオーストラリアのゴールドコーストには日本においておくと持ち主の手首に手錠がかかるか税務署によって莫大な追徴金が掛けられる運命のオカネが大量に流入して、日本の後ろ暗いオカネがどんどんリゾートマンションを一棟買いしていったことが、いまだに話のタネになっている。
オーストラリアの隣の小国ニュージーランドでも、いまだによく話題になって、当時は租税条約が結ばれていなかった日本から、明らかに賄賂や脱税と判る巨額の資金が流入しつづけていた。
クライストチャーチにはフェンダルトンという高級住宅地があるが、当時の日本人の豪邸を買い漁るーーいまの日本で流行している言い方をまねればーー「爆買い」ぶりは、ただでもひがみやすい地元人の神経をさかなでして、特に日本人が集中して住んでいたエーボンヘッドを、おとなたちがジャポンヘッドというカタカナでは伝わりにくい憎悪と軽蔑がこもった言葉で呼んでいたのを、いまだにおぼえている。
通常は日本に住んでいる買い主が、息子や娘を留学させて、好奇心に駆られたひとびとが「おとうさんやおかあさんは、どんな職業の人なの?」と聞いてみると「公務員」と答えられたりして、フェンダルトン人は日本では公務員は医師を遙かに上廻る高給なのだと長い間誤解していたという笑い話まである。

そうやって、全体主義的な傾斜投資によって生まれた巨大な冨は、本来は賃金の上昇という形で分配されなければならなかったが、日本の経営者は、会社の社員のモラルや忠誠心の問題と上手にすりかえていって、文化の強制力で労働賃金を安く抑えることに成功してゆく。
当時の雑誌や新聞を読むと面白いのは、そのやりかたの「絶妙」と呼びたくなる巧妙さで、たとえば、その頃はいまと異なって圧倒的な人気があったらしい野球に絡めて、優勝チーム監督の選手管理の巧さを、なぜかビジネス誌が取り上げている。
広岡達郎というような名前があがって、個性的な田淵のような選手はダメだ、江夏は個人主義的にふるまいすぎた阪神ではダメな投手だったが、西武に入って全体に貢献するということを理解してから本物の野球選手になった、と言わせたりして、社会全体が全体主義を維持するためのメタファーのなかに、どっぷり漬け込まれてゆく。

あるいは渡辺美智雄の、伝え聞いたアフリカンアメリカンを激怒させた
「日本人は破産というと夜逃げとか一家心中とか、重大と考えるがクレジットカードが盛んなむこうの連中は黒人だとかいっぱいいて、『うちはもう破産だ。明日から何も払わなくていい』それだけなんだ。ケロケロケロ、アッケラカーのカーだよ」
発言が典型だが、人種的優越意識をからめて、日本の全体主義的な社会維持こそが正しいのだ、と強調することをおこたらなかった。

日本指導層の冨を賃金労働者にまわさず、その結果、労働コストを低く抑えて、しかも会社への帰属心をテコに労働時間を際限なく延長させていって、競争力を増大させるという方針は巧くいった。
なにしろ「自分の個人としての人生はなくてもいい」と決心しているかのように、長大な時間を労働して有給休暇すら取らない、祖国愛に燃えた忠実な兵士のような労働力を大量にもっていたので、日本経済は恐れるものをなにももたなかった。
フランス首相のÉdith Cressonなどは、労働者も自分の幸福を夢見る一個の人間であるという当然の認識をもたない日本社会にいらだって
「日本人は兎小屋のようなアパートに住み、2時間もかけて通勤し高い物価に耐える蟻のような生活をしている」「日本人はfourmis jaunesだ」
と公式の場(!)で散々発言して、日本語マスメディアで伝え聞いた日本人たちが憤激して東京のフランス大使館に押し寄せたりしたが、フランス人らしく口汚く罵る性癖のあるÉdith Cressonが目立っただけのことで、アメリカ人も、イギリス人も、オーストラリア人も、ニュージーランド人も、口にしないだけで、内心では日本人支配層の不公正さを呪い、日本人企業戦士たちのナイーブな愚かさを呪詛していたのは想像しなくてもすぐに判る。

目先数年、という範囲では小気味良いほど巧くいくが、数十年というスパンで見直して考えてみると本質的なダメージを社会に与える方策をおもいつくことに長けているのは、もしかすると日本文明の本質なのかもしれない。

一見、うまくいった支配層の方針は、個々の国民が子供をつくりたがらなくなる、という予想外の結果を社会にもたらした。
税金の徴収についても国民をうまく騙して、日本に住む外国人たちが「ステルス税」と呼んで笑っていた、税金と名前のつかない税金たち、年金の積立金、高速料金、…しかも、手をかけてわざわざ複雑な体系にして、目を凝らすと、税理士を雇う支配層ならば、たくさんの租税回避の抜け穴のある膨大な金額の(広義の)税金を納めて、可処分所得が途方もなく小さい上に、GDPの成長にまったく見合わない低賃金で、生活の質そのものは中進国のレベルにピンで貼り付けられていた賃金労働者たちは、子供をつくることを拒否しはじめただけでなく、やる気そのものを失っていった。

さらにおおきな問題は、やはり企業にとって労働コストを低く抑えるために、社会全体として無賃金残業を際限なく増やしていったが、それを支えるためには専業主婦の奴隷に似た、というよりも愛情という糖衣を省いてしまえば奴隷そのものの家庭内での献身に全面的に依存して、男の配偶者が家事を何もしない文化を社会を挙げて育てていたので、女の日本人たちが社会そのものに対して不信を起こすという異様な事態にまで発展していった。

ニュージーランドは、ながいあいだビンボな国で、自他ともに認める「世界いちビンボな英語国」で、そのことに倒錯した誇りをもってさえいた。
どのくらいビンボだったかというと、オタゴあたりに行くと、特に貧困家庭出身ではないのに、「子供のときは家にオカネがなかったので、段ボールで靴をつくって学校へ通っていた」と屈託なく笑う70代の人がいくらでもいる。
ちょっとビンボなほうになると、英語では食事をteaとも呼ぶことを前にも書いたおぼえがあるが、文字通りで、一杯の紅茶とビスケットだけの食事も普通だった。

ところが、21世紀になる頃から風向きが変わって、社会にオカネが流入してくる。
繁栄に向かう社会の一例としてあげようとしているわけだが、そうすると、どんなことが起きるかというと、「目に見えて社会がどんどんよくなる」のが普通の国で起こることで、ニュージーランドも例外でなくて、図書館の本棚には目立って新しい本が増え、1日$1で借りられるDVDには最新作が並ぶようになり、コンサートホールが建設されると、欧州やアメリカ、インド、オーストラリアからモダンダンスカンパニーやオペラ、シェークスピアのカンパニーが呼ばれて、町が綺麗になりはじめ、通りを歩くひとびとの身なりがあっというまに良くなっていく。
食材に広がりが出来て、外食する食べ物すらどんどんおいしくなってゆく。
特にニュージーランドに限らず、本来は、賃金の上昇を柱に、税率がさがり、個々人の生活が豊かなものになってゆくはずで、日本の衰退の最大の原因は、それがなぜか起こらずに、「社会は繁栄しているのに個々の人間の生活は良くなるどころか相対的に貧しい労働時間の長い生活になっていった」ことにあるように見えます。
日本文化からムダは多かったが闊達なところがあった「無責任男」に象徴されるような文化が失われ、初めは「常勝監督川上哲治の巨人軍流管理術」のようなものから始まったようにみえる「管理」をキーワードにした支配層の締め付けで、それがやがて極端化して社会全体の軍隊化を引き起こして、組織が軍隊化すれば必ず症状として表れる組織の硬直化、いじめ、頑として新しいものを拒む社会が現出する。
その結果は、やはり社会全体が完全に軍隊化していた1930年代から1945年に至る日本社会とおなじことで、世にも無能な純粋培養秀才の将校=幹部が、自分では優秀だと思い込んでいる愚かな教科書訓詁的な頭脳から現実と事情があわない観念的な施策を垂れ続けて、それを、さらにもう一段愚かなイアーゴーたちが岡っ引きよろしく虎威を借りてしらみつぶしに個人のプライドを奪って社会を解体に導いてゆく。

日本の経済的な失敗と暗い未来への予測は、具体的には、例の傾斜投資方式がコンピュータ時代への転換期にあたってはミニコンすら許容しない大型電算機1本にしぼって、パーソナルコンピュータを役にも立たないオモチャと冷笑した当時の研究者と政府の役人に原因が帰せられるが、考えてみるとそれは表層の契機にしかすぎなくて、やはり全体主義社会の発展は構成員個人の幸福を達成できないというその一点において、最期には崩壊の運命にあるという物語の、もうひとつの例証であるだけのことかもしれません。
理屈のうえでは、そうやって、歴史のなかで何度も繰り返されてきた全体主義の宿命的な帰結であっても、いま現にこの世界を生きている日本人ひとりひとりにとっては、なんとしてでも、おおいそぎで全体の側から個人の側へ視点をとりもどして、「自分を幸福にしないことはやらないほうがいいのではないか」という所から考え直していかないと、25年続いた衰退が、もう25年続き、50年続いて、結局は逃げ遅れた乗客をのせた老朽船のように歴史の海底へ藻屑となる運命にあるのかもしれません。

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8 Responses to 日本の凋落_1_貧しい繁栄

  1. やっら びーな says:

    「繁栄しても少しも個々の人間の生活がよくならなかったから」
    「自分を幸福にしないことはやらないほうがいいのではないか」
    イヤー、全く同感です。

    日本人の海外駐在員が帰国時に英国人夫妻を自宅に招いた祭、自嘲気味に「日本の住宅はRabbit houseだから、狭くて…」と言ったところ、あとでその英国人が「Rabbit houseというよりDove houseだと皮肉を言ってやった」と。これ、私の妻がその英国人から直接聞いた話。

    生まれ落ちたときから、「人に迷惑をかけるな」だの「和を持って貴しとする」だの言われ続けて忠実かつすがすがしい、お行儀のよい(?)人間になったつもりが、気が付くと数十年のサラリーマン生活で、国に丸裸にされてしまって、なーんにも残っていない哀れなわが国民の大半。

    老境に達した今、せいぜいわがままで、言うことを聞かない、手に負えない鼻つまみ野郎になってやらねば…と思っても、そう勇ましいことなんか、いまさら急にできないよね。
    せいぜい脱原発のデモに行って、憲法書き変えにNoの票を入れる程度の抵抗しかできんだろう。

    子供には、さっさと日本を捨てて海外に移住しろと急き立てている。
    早く、早く。

  2. 「本来は、賃金の上昇を柱に、税率がさがり、個々人の生活が豊かなものになってゆくはずで、日本の衰退の最大の原因は、それがなぜか起こらず」
    「ビンボ」な時代のNZから見ていて、これが僕には不思議でならなかったんだよね。バブルで大金持ちになってるのに、人の顔が幸せそうになっていかない。夜、大規模クラブで踊り狂ってる人たちの顔もちっとも幸せそうじゃない。そんなはずないだろうと思って見てたけど、その後も変わらず、今度は徐々に金がなくなって、不幸な顔だけがどんどん増えていった。ガメさんの言うように、昔は、貧乏でも社会がゆるくて笑顔があったのに、一旦徹底的に管理されて、そのおかげで金持ちになって、その後管理だけが残って貧乏になったから、笑顔に戻れない日本なんだろうと思う。

  3. DoorsSaidHello says:

    ちょうど昨夜、「ニュージーランドと日本人」
    https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/08/28/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%89%E3%81%A8%E6%97%A5%E6%9C%AC%E4%BA%BA/#comment-10410
    を読み直して、以下のコメントを書きかけていたところでした。

      * * *
    『だいぶん年上の知人に、バブル時代の証券業界で荒稼ぎをしていた人がいる。
     メルセデスに乗り、運転免許取り立ての子どもにも小さいメルセデスを買い与えて、都内の一等地に住み、ハイウェイではセンターラインを跨ぐような位置取りで何メートルでも車を走らせていた。事故にならないのかと聞くと、「95対5でこちらに責任があっても、車体価格が違うから相手の負担金額が大きくなる。だからどんな運転をしても、誰もが遠巻きにしてくれるのが高級車の良いところなのだ」と述べた。モラルを金の力で踏み越えることを快感としているように見えた。
     その知人が「オーストラリアはいいぞー、別荘を買おうかと思う」と言いだしたことがあった。ちょうどバブルの終わり頃だった。言葉はどうするのですかと尋ねると「金のある人間に語学なんて要らないのだよ。通訳を雇えばよい」と言う。外国語を学ぶという発想を持たない人が海外移住を口にしたので、思わず「なぜですか」と聞くと、その人の周囲ではオーストラリアにアパートメントを持つことが一種のブームで、誘われているのだと言う。その周囲の人びともやはりセンターラインを跨いで車を走らせることに快感を覚える人なのだとすれば、そういう人が大挙して不動産を買った先はあまり住みやすくはないだろうと思えた。』
      * * *

     あの時は何が起きているのか分からなかったけれど、ヨーロッパの高級品が大好きな「俄富裕階級」がなぜオーストラリアに大挙して移っていったのが、ようやくすっきりと分かります。そしてその後日本社会に起きた、少子化や貧困化と同じものであったことも。自分の間近に起きていることほど、よく見えないものなのだなと思います。

    名作ブログだと思う。

  4. 萩谷 良 says:

    大いに頷きながら読ませていただきました。。
    日本が外国に悪影響を与えている例として、オーストラリア、ニュージーランドの例は、これらの国に不案内な私にはじつに啓発的です。爆買いの元祖は日本人なので、中国人を嘲る資格はないわけですが、そんなときにも、パリでグッチを買いあさる大して罪もない若い女性を槍玉にあげるのが、ミゾジニーの国ニッポンなのです。
    バルセロナ五輪で日本企業が入り込んだら、スペイン人がシエスタをやめたなんてことも考えると、東の果てのシャカリキになって働く軍隊列島国民の害は、他国の文化と生活の破壊ではないかと思われてなりません。Look Eastなんて、とんでもない話。マダム・クレソンが正しいのです。
    ただ、ふたつ、私には、どうかなと思った点があるので。
    1.少子化って悪いことでしょうか。日本の支配層の怪我の功名ではないかと思います。こんなに多消費の国民が増えて、人類にとってプラスになるとは思えません。つまらない生活をしいられて少子化するより、みんなゆったりと暮らして、子ども達にもコンドームの使い方をよく教えて少子化すべきだと思うんですが。17歳の女の子が25歳の青年にむかっても、コンドームもってきた?なかったら私もってるけど、と気持良く言える文化です。
    2.歴史のスパンが戦後だけに限定されていますが、今の日本をこうしたものは、戦前から続いています。文中にそれを示す文言がありますが、この記事のテーマが拡散するのを躊躇われたためか、ごくわずかです。私達が日本の佳き時代として思い浮かべる昭和30年代はすでに、支配層の企みが効を奏しつつあった時代でした。朝鮮戦争から始まった逆コースは、旧財閥系資本の復活を促しましたし、国民は、ただ働いていれば幸福になれるという松下幸之助や谷口雅春信者のような信仰に浸り、景気はいつまでも右肩上がりと信じ、政府がデベロッパー、土建屋、銀行などとつるんで進めた持ち家政策に乗って、インフレを期待したあげく、バブル。その原因は分配の不公正であるとは、マスコミは一行も書かずに日銀の金利政策を責めたのなどは、断水は蛇口のせいだといって、水源の枯渇を考えもしないようなものです。

  5. oniku says:

    相変わらずの知識&編み方がすごいな、ガメさん!
    普段、考えていたことや、90年頃からの自分の記憶のいろいろ、点と点が繋がっていく感じ。自分でも、ちょっと考えてみます。
    ところで、日本語の愉しみというブログ、感想を書こうとして消えてしまったけど、パソコンの画面の向こうから聞こえてくるガメさんの声は、ポリフォニックですね。それはこのエントリを読んでもそう思う。言語、というものについても考えさせられます。

  6. 太郎 says:

    面白い記事でした。
    読んで興味を感じた事柄として、日本の支配層の本質とは何なのか、という問題です。日本の衰退は支配層の無能(より細かく言えば、経済的支配層である日本の経営者達、特に60代を中心にした大企業の官僚的経営者の企業経営における無能。政治家などの話はそのおまけ。)に起因しますが、何故このような支配層が形成されたのかという問題は、検討する価値があるでしょう。結局、支配層としての訓練を受けない人達、すなわち、統治の本質や目的を本当に考えた事の無い人達を支配層にするシステムが構築されたことが原因ではないかと、個人的には考えています。(要するに暗記テストの成績が良い大衆のメンバーをそのまま支配層にする。こういう人達が公共の利益を看板にして私益を貪るのは当たり前。)
    支配層の無能が没落の原因なので、無能を解消する以外に没落を止める方法はありませんが、内生的要因による改革というのは不可能で(出来ればとっくに出来ている)、外的要因による変化があるかどうかでしょう。具体的には、例えば、経済的な没落に伴うアメリカ、中国などの経営者や考え方の流入により変化が起きるかどうかではないでしょうか。(長期的には、移民がどの程度入るかどうか。移民を受け入れながら貧乏になるか、移民を受け入れずに物凄く貧乏になるか、の選択肢ですが、「貧乏」とか「物凄く」という言葉の意味が分かるようになれば、国民の意識が変わるかと。政治家とか官僚とか他人のせいにする日本の人が多いが、今のコースは日本の人が自らの選好に基づいて選んだものです。)

    個人としてできる事は、そういう事は放っておいて、自分にとって一番良い方向に各自勝手に判断して行動することかと。(全体主義社会というけれど、日本の人って実は呆れるほど個人主義的で自分の事しか考えない人が殆どです。政治家(中央、地方とも)の動き方など良い例かと。)

  7. snowpomander says:

    個の管理について。東京オリンピックの頃の高校入試テストの変化について思い出した。問題の回答を考えて書く、それがマークシートになった。団塊の世代とそれ以降の人たちはは大学入試に至るまでマークシートの訓練が勉強となった。考えることよりも正しい答えを4つの中から選ぶだけ。選択の余地は四択管理教育の手の内のみとなった。それ故に出された条件から選ぶだけの人生になったのだろう。ユニーク答えなどあり得ないシステムに染まって考える才能はいらないということになる。個性はマークシートに反映されないものね。

    庶民の当時のお得な生活設計は「エスカレーター進学」→「滅私奉公就職」→「年金生活」が謳い文句だったと憶えている。老後を悠々自適で楽しむために、だから毎日苦労してがんばるのだとなる。いつも楽しみは未来形で、その悠々自適のはずの年金は国家ギャンブルで消えてしまった。

    国家の寿命に追い打ちを懸けているのが放射能汚染の嘘塗れアンダーコントロール。
    私達は人生を”To be or not to be….” と憂えるよりも”To do or not to do….”の事態になった。
    元凶への対策は”To do as not to do.” 、これは同調圧の奸計に満ちている。

    四択問題:今回の日本物語は英国ルネッサンス時代の四代悲劇のどれでしょう。
    ヒント:いっそ無用の国民の首を絞めましょうと抜け目無い提灯持ち大臣もいます。

    “Ten little Indian boys”
    One little Indian boy left all alone;
    He went out and hanged himself and then there were none.

    25年間後、さらに50年後の世界にも日本にも核開発はまだ続いているのだろうか。
    その頃にはガメさんが描いている日本の姿は存在しないかもしれない。
    人類の自傷行為と自然破壊が続く今、この文明世界の自滅は避けられないと私は感じている。

    多くの人々は四猿目の考え猿の登場に安寧を感じているだろうけれど。
    「そして誰もいなくなった」ら、その時の終わりは止められない。

  8. Junna says:

    ガメさん、以前にNZのことで教えてもらっていたのに、なぜかその後すぐツイッターがブロックされていて、ブロックされるような覚えが思い当たらないので、誤操作など、もし何かの間違いだったら解いてくださると嬉しいです。いつもツイート拝見して納得していたのが見られないのは残念なので…(私のフォロイーさんも間違いでブロックになっていたようでガメさんに解いてもらったと言ってました)アカウントは @myremin です。

    全体社会主義に嫌気が差して日本を出た1人です。4ヶ国に住んで働き、現在はマレーシアにいます。原発事故後に多くの人々には顕著になりましたが、私はもっと昔からこの日本という国の本質を知っていました。過去、まさに今話題になっている奨学金問題で負債を抱えて苦しんだのも1つです。離婚母子家庭の貧困層出身だったので。

    当時はまだ中流層が多くて話題にさえならず、お金のない人なんて周りにおらず、本当に辛かったです。就職氷河期にスッポリはまって仕事も見つからず。返済のためにグレーな仕事もしました。将来必ず大問題に発展すると思っていたら案の定です。

    三下り半を突きつけるつもりで日本を出ました。今や多くの若者が奨学金と偽称するサラリーローンに苦しんでいます。国は利息を取ってそれをビジネスにしている、若者の未来から儲けている…。この国の凋落はあって然るべきでしょう。指摘する人や他国が多くいても、素人役者集めて「日本スバラシイ!」番組作って酔いしれているのだから救いようがないです。

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