チップっぷ

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ニュージーランドではタブレットの画面にサインする機会は殆どない。
振り返って考えてみると、ここ1年で、画面にタッチペンでサインをしたのは家のセキュリティシステムをチェックしに来たおっちゃんが「はい、終わりました」と述べて「内容を確認して、よかったらサインしてください」というのがあっただけだった。

カリフォルニアにやってくると、買い物の支払いから何から、なんでんかんでんタブレットへのサインなので、アメリカに戻ってきたなあーと思う。
もともとヘロヘロなサインがツルツルする画面のせいでますますヘロヘロになって、なんだかミミズが手術台の上で悶死しているような惨状を呈するが、観ているとどのひとも同じようなもので、いっそ将来アメリカに越してきた場合はヘノヘノモヘジのような特徴が明瞭なサインのほうが良いのではなかろーか。

アメリカが昔から、サイン方式を採用していて、UKやNZのピン方式と対照をなしているのは、つまりはチップ社会だからです。
ピン方式でも、チップを入力するようになっていて、観光客などはうっかり騙されてチップを払ってしまうらしいが、わしなどは筋金入りのドケチUK/NZ人なので
「なあーにを夢みておる。ぶわっかたれめが」と呟きながらゼロと入力するが、日頃チップを払わないと食事が永遠に喉につかえる気持ちになるらしいアメリカ人友達たちなどは、理性の判断に反してチップを払ってしまう。

で、やってみれば簡単に判って、やってみなければいくら説明しても判りにくいが、チップが習慣の国では、手でサラサラと書いて、はい、と渡すほうがリズムとしても合っている。

自分では、特に決めているわけではないが、だいたい2割を目安にチップを渡しているもののようである。
支払いが$32.6であるとすると、$39.12なので合計$40.00手渡す。
まるめれば、支払いが坊主になって解脱に近付く、というような宗教的信念があるからではなくて、ただの習慣です。

1980年代にガキンチョとして大西洋を越えてから、アメリカに行くたびに、おもうのは、アメリカ人たちが段々チップを払うことをめんどくさがるようになっているはっきりした傾向で、例えばEmbassy Suitesの勃興は窓外の風景がデッタラメ(←わしがいちばん初めに泊まったEmbassy Suitesは、カーテンを開けると外は油田だった)な代わりに、広々として、安くて、あんたは象ですかと訝られるほど大量の朝食を摂るわしとしてはキャキャキャなことに朝食は食べ放題で無料であって、アメリカ人がつくるパンケーキは美味いので、いっぺんに10枚食べて、妹に「観てて恥ずかしいから同じテーブルに座るな」と言われたりしていた、「おおらかな感じ」に理由が求められるだろうが、しかし、もうひとつ要因が考えられて、到着してから出立するまで、チップを払う機会が殆ど存在しない。
クルマで玄関につくとドアマンが出て来て「手伝いますか?」と聞くが、「自分でやるからいいです−」と応えると、全部自分でやらせてくれます。
荷物運搬のワゴンを自分で持ってきて、クルマのテールドアを開けて、えっこらせとスーツケースを移して、チェックインして、それがこのホテルチェーンの特徴の、でっかくてジャングルぽくしてあるコートヤードを望観しながら、チョー遅いガラス張りエスカレータで、ゆるゆるゆる、ゆるゆるゆる、と自分の部屋にのぼってゆく。

朝ご飯のときにオムレツや目玉焼きをつくってくれるシェフの人に、当時は1ドル、いまは2ドル渡す。
夕方のカクテルが無料の時間に下におりていってポップコーンを食べながらMLBの試合を観て、グリーンモンスターをひさしぶりに眺めながら、また一杯あたり2ドル渡す。

あとは部屋の清掃の人に毎朝ピローマネーを置いておくだけのことで、楽ちんなので、流行っているのではないだろーかと睨んでいる、睨んでいるが、わしが睨むとたいてい外れなので、やぶにらみで、安心して信じていいのか、どうなのか。

マンハッタンのカナルストリートを、どんどん南下というかいま地図を見ると南東向きだが相変わらず地理音痴のわしの頭のなかではどう思い出してみても南下で、南下すると、中華街にたどりつく。
中華街なので中華料理屋がいっぱいあります。

座って、ひとりさびしくワンタンスープを食べている。
やることがないので他人を観察する。
少し離れた席に、こちらに背中を向けて座っている観光客らしいおっちゃんのはげ頭をみながら、はげの形が南極大陸みたい、とぼんやり考える。
そういえば、このあいだはアイルランドみたいな形に禿げているアイルランド人を観ておかしかった。
満月のようなハゲ、という表現が日本語にはあったかしら。

チェック、プリーズの声がするほうを観ると、支払ってテーブルを立つ客がいるが、なあんとなく、そそくさしている。

中華街ではチップをはずまないのは言外の常識と化している、というべきで、サービスが悪いから、ということになっているが、カテゴリー化していて、アジア料理店ではチップが少なくてもよいことになっているもののよーである。
いまはもう無くなってしまったが、中華街から離れたBoweryに昔はよく出かけた中華料理店があって、余計なことを書くと、近くに音楽スタジオがあるせいで、店内をふと見渡すとデイビッド・ボウイがなんだかニコニコして座っていたり、まだデビューしたてだったアデルがウエイトレスに冗談をぶっこいて大声で笑っていたりする店だった。
おなじ中華料理店でも、この店では観ていて判るくらいみなが盛大にチップを払っていたので、店の雰囲気が、満月が地球の潮の干満に影響を及ぼすがごとくチップの多寡に影響するものであることが観てとれる。

カリフォルニアに至っては、チップを渡す機会が大幅に省略されている、というか、ファーストフードでなくてもマクドナルド式のカウンタで注文して呼ばれるとトレイをもって自分でテーブルに向かう式の店が多い、というか、そういうスタイルの店の食べ物の質が高いので、考えてみると普通に暮らしていればチップを渡す機会は殆どなさそうです。
マンハッタンなどに較べてチップレス社会になっていきつつあるらしい。

わしは酔っ払いなので、よいことがあると$50くらいの食事に$100ドルのチップを渡して、アメリカ人友達の顰蹙を買うことがある。
ガメ、そんなにチップ渡したらダメじゃないか、とよく言われる。
ウエイターでなくても、バーで、中年のピアノ弾きのおっちゃんが、さんざんビートルズやバリー・マニローやフランク・シナトラのナンバーをリクエストされたあとに、途切れて、突然ラフマニノフのパガニーニの主題による狂詩曲を弾き出したことがあって、それがとんでもなく上手で、おもわず歩いていって$100札を渡したこともあった。

イギリス人には、上流人でもなければチップを払う習慣はない。
日本語なので、いや、そんなことはない、ロンドンではチップを払う!と怒る人がいそうだが、あれはどちらかというと「心付け」で、連合王国がチップ社会ならば、日本も立派にそうだということになる。
わし義理叔父はわしと同じでケチンボだが、料亭やなんかで、「いや、どうも今日はおかげで楽しかった」と述べながら1万円札を渡しているのを観たことがある。
タクシーに一緒に乗ると、「お釣りはいりません」の人で、けっけっけっ見栄っ張りめ、と思っていたが、雑誌や新聞もキオスクよりも、少し歩いて舗道に布を拡げて、多分拾ってきたものなのでしょう、丁寧にしわをのばした新聞をおっちゃんたちから買っているのを観て、そーゆー思想なのね、と納得した。

ニュージーランド人は、チップがいらない社会であることを誇りにしているので、最近はやりのチップの入力をうながすEFTPOS端末を観て、店の持ち主に、こういう下らない機械を採用してはダメではないかと怒っている人がいる。

チップはアメリカ人にとっては「人間性への信頼」の証しで、良いサービスを受けて多めのチップを弾むと、少し気持ちがすっとするらしい。
東京に行って、いちばん嫌だったのは、一流ホテルであるのに、小さな小さな女の人が、自分の重たいスーツケースを抱えて、よたよたしながら部屋に案内してくれて、しかもチップを渡そうとしたら断られたことで、あんなに申し訳なくて、自分が吝嗇な悪党に思えたことはなかった、とテキサス人が述べていた。

カリフォルニアにやってきて、思いだしたのは、アメリカ人たちがもともと博愛とごく自然な善意に満ちたひとびとであることで、マジメだが気難しいニュージーランド人たちとは、ほんとに同じ英語人だろうか、と思うくらい異なる。
おもしろいのは、こういう金銭を媒介にした博愛の思想は、もともとはいまアメリカで憎悪・攻撃の対象になっているイスラム人のものであることで、イスラムの社会では「持てるものが持たざるものに冨を与える」のは当たり前のことで、貧しい者にオカネを差し出さないオカネモチは、ニンピニンであるということになっている。

客をにらみつけるような顔で注文を訊く、倶利伽羅紋紋で、カイゼル髭を生やしたごっついおっちゃんのバーテンダーが、マティニと引き換えに渡した現金の額を観て、天使のよう、と言えばいいのか、やさしい小さな子供の笑顔になって、「ありがとう!」と述べるのをみると、アメリカはやっぱりいまでも良い国だなあ、と思う。
チップにこめられた善意が、国中を流通している国で、少し廃れ気味に見える、この不思議で、当のアメリカ人にとってさえ複雑な習慣が、いつまでも続くといいなあ、と酔った頭で考えました

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ver.6 https://leftlane.xyz もあるよ
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