ミナへの手紙

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祖父の代の小学校の教科書には「世界のひとびと」という章があって、世界にはいろいろな人々が住んでいます、アフリカ人は乱暴でなまけもの、中東人は攻撃的で喧嘩ばかりしている、と続いたあとで日本・中国・韓国のところになると
「マネは器用にやってみせるが、良いことをする意志がなくて、ずるくて、ウソばかりつくので気をつけなければいけません」と書いてある。

だいたい、いまの世界を覆いつつある白人優越主義のおおもとが、どんなところにあるのか、読んでいると判るような気がします。

ミナがやってきたメルボルンは、オーストラリアで最も早くから多文化社会をめざした町で、戦争直後、大集団で移住してきたイタリアやギリシャからの移民が、そのもとをなしている。
ミナのことだから、何度か店をやってみて自信がついたら、まずメルボルンに越そうと思っているのかもしれないが、もしそうなったら、クルマを運転して、メルボルンから北西へ100kmと少しくらい行ったとこにある、デールズフット(Daylesford )という町にでかけてみるといい。
湖がある、週末をのんびり過ごすのに良い町です。
そのまた十数キロ北に、Hepburn Springsという町があって、ここにはイタリア村の跡があります。
イタリア語圏スイスと北イタリアの人たちが、むかし、大量に移住してきたからで、硬水で、発泡性のミネラルウォーターまであるこの町が、あの人達はたいへん気に入ったようでした。

タウンシップを歩いていると、イタリア語が並んでいて、
Savoia HotelやカフェのLucini’sの看板を眺めて、なんとなく楽しくなってしまう。マカロニ工場だった建物(たしか、いまはレストラン)もあって、どこからどう見てもイタリアの建築だし、町から少し離れた公園には、壁いっぱいにイタリア式の彫刻があるパスタ工場がある。

そして、もちろん、ミナがメルボルンに住むことになったら、絶対に訪問するに決まっている町バララットは、Daylesfordから南西へ40分ほどクルマを運転していくところにある。

バララットはオーストラリア人の自由主義と勇気の象徴で、ミナがよく知っているとおり、1854年の自由主義者と政府軍の戦い Battle of the Eureka Stockadeによってオーストラリア人の自由主義の気風は確立されたのだと言って良いと思う。

ぼくは、この町に50歳年長という、とんでもなく歳が上の友達がいて、バララットの大学で教員を長くやって、そのまま町に定住していたので、よく遊びに出かけたの。

Ballaratの面白いところは、町全体が豊かな金鉱の上に建っているところで、博物館にいくと犬をつれて散歩していた子供が見つけた、でっかい金塊(nugget)があったりして、いまでも地表に露出した金塊を求めて、うろうろ森のなかを歩いているおっちゃんがいる。

ミナが滞在しているPrahranは、むかし(80年代)は日本の人がたくさんいた町です。
ブログ記事によく出てくるとおり、北へ向かって歩いていくと、ぼくの大好きなヤラ川が流れていて、夏の夕暮れ、ちょうどいまくらいになると、川岸に並んでいる艇庫から学生たちが艇をだして、オレンジ色の長い陽のなかを、川上に川下に、滑るようにボートが流れてゆく。
川の南側にカフェが並んでいるでしょう?
あんまり、おいしそうに見えないが、案外「いける」店が多くて、グレコという、ぼくが子供のときからご贔屓のカフェ、なにしろニュージーランドにいるときには、信じがたいことに、ちゃんとしたカラマリフライが食べたくなると、家からいちばん近い店が2500km離れたこの店だったので、よくつれてきてもらった店が、VIPクラブにいろいろ怨みがあるCrownカジノの入っているビルの一階に、いまでもあるはずです。

セントキルダ通りのRegent Theatreのほうへ歩いていったほうにある二階のイタリアレストランも、これもまた全然おいしいものを出すように見えないが、リゾットがちゃんとアルデンテで、お米が噛みしめたくなるようにおいしくて、Regent Theatreで面白そうなオペラがあるときには、よく行きます。

Prahranのよいところのひとつは、多分、それで昔日本の人に人気があったのではないかと思うが、日本の総武線にそっくりな雰囲気の電車で都心に出られるところで、夜ふけ、駅のホームに立っていると、飲み過ぎてげーげー吐いている酔っ払いにいたるまで、なんだか新宿にそっくりで、モニとふたりで顔を見合わせて笑ってしまうことがよくある。
夜になると、お巡りさんたちが立っていて、当たりを睥睨しているところが日本の駅とはちょっと異なるけど、平和なもので、安全で、いままで危なそうな光景をいちども見たことがなくて、例えばサンフランシスコの、やはり安全だということになっているBARTの、十倍くらい安全に見えます。

南隣りのセントキルダも、こじんまりして、ミナは好きなのではないかしら。
もしかしたら、もう行ったかも知れないが、ここにはLuna Parkという、メルボルンに住んでいる子供なら誰でも行ったことがある遊園地があって、あるいは娘さんが喜ぶかもしれない。

セントキルダは、地元に長く住んでいる人でも知らない(知らないふりをしている)人がいるが、実は、もともとは有名な売春街で、あの古い商店街の店舗がどこも二階建てなのは、あの二階が全部、売春宿だった。
イギリス式に看板を出さないbrothelがたくさんあった。
いまでは、そういう後ろ暗い過去は隅々まで雑巾掛けしたように拭き取られて、まるでなかったことのようになっているが、ぼくなどはひとが悪いので、道の反対側から商店街を眺めて、往時を想像して、オーストラリアらしい、とにんまりしてしまう。

ほんとうはレンタカーでも借りて、M11をSorrentoくらいまで行ってみるといいんだけど、今度は、そんなヒマはなさそうね。

Sorrentoには、イルカドライブだったかなんだったか、日本語みたいなヘンテコリンな名前の通りに、カッコイイ家があって、悪いくせで、おお、買っちゃおうと思ったことがあったが、不動産屋を呼んで話を訊いてみると、2億円だとかで、このくらいなら1億円以下だろうとあたりをつけていたぼくは、たちまち興味をなくしてしまった。
不動産屋のおばちゃんも、買う気が失せたぼくの様子を見てとって、世間話モードに会話を転換して、メルボルンの駅のすぐ近くにアパートを持っていて、ときどき遊びに行くのよ、というおばちゃんと、メルボルン生活の話をした。

おばちゃんが推奨するライフスタイルは、ソレントあたりに家をもってメルボルンに遊びに行くライフスタイルで、なんのことはないロンドンあたりの人間とおなじ考えです。
「メルボルンあたりだと特に、tatooパーラーが盛り場にある町をさけて家を買うといい」と述べていた。

おばちゃんには言わなかったが、ぼくの家はToorakというところにある。
いまは人に貸しているけど。
かーちゃんがもともと持っている家が通りふたつほど向こうにあって、土地鑑があったので、Toorakにした。
もう気が付いているだろうけど、ミナのいるPrahranのすぐ隣なのね。

むかし、夏になるとメルボルンにクライストチャーチから毎週末のように出かけていた頃は、ときどき、長くいることに決めたときは、一家でToorakの家に着くと、次の日にはクルマで、東京で言えば高尾山だろーか、Dandenong Rangesに出かけたりしていた。
メルボルンは、ぼくにとっては子供の頃の楽しい思い出がいっぱい詰まっている町で、いまはバブル都市になってしまったけれど、むかしはちょうど、でっかいクライストチャーチみたいな町で、南半球の良さがいっぱいつまっていた。

前にも言ったけど、ミナ自身、まだ気が付いていないようだが帽子デザイナー(milliner)はイギリス系社会では特別な地位を持つ職業で、考えてみると、日本に生まれた人が英語圏の上流社会と付き合ってすごすことになる可能性が最も高い職業のひとつかもしれない。
ミナは、ああいう奴だから、「ハイソサエティ」みたいなけったいなものとは一生関わりになりたくないと思っているに違いないが、ジュラシックパークみたいなものだと思えばいいというか、アメリカを見ていても絶対に判らない英語社会のそもそもの成り立ちが、露骨な形で出ている社会を死ぬまでに見ておくのも、いいことかもよ。

これで、ミナがオーストラリアなり連合王国なりに定住すると、ぼくの昔からの日本語友達は、ほとんど日本の外に住むことになります。
日本でのゲームデザイナーの高給を捨てて、無謀にも会ったこともなかったヘンな人(←ぼくのことね)のアドバイスを信じて、見知らぬブライトンの町で英語を学習して、何度も「知らない国でのプー生活」という、夢の生活に陥る危機に遭いながら、いまはオレンジカウンティに住んで、お大尽アマゾングループでデザイナーをやっているjosicoはんや、なんだか、どっからそんな勇気がわいてくるんだかわかんない勇気をふりしぼって、帽子デザイナーという不思議な職業をおもいついて、軌道に乗ったとおもったら、もう英語世界を目指しているミナのような友達がもてたことに、強い誇りを感じている。

子供のときは、勇気と人間性の保持は関係がないんじゃないかなあーと漠然と考えていたが、josicoはんやミナを見ていて、なるほど人間が人間でいるためには勇気が、うんとこさ必要なのだと理解できるようになった。

そのことにも、改めてお礼を言います。
蓋を開けてみれば、誰でも、「あ。なるほどー」と思う理由で、ぼくが日本語を書くこととネットで知り合った友達と現実に顔をあわせることは両立しない。
日本の社会については、サンクストゥーおっさんトロルたちで、愛想がつきたが、日本語と日本語友達には、まだ愛着があるので、すぐに顔があうかどうか判らないが、先にいけば先にいったで、どうも話し言葉としては日本語は嫌いであるようなので、自分にとっては母語である英語で楽ちんをさせてもらうとして、ミナやjosicoはんも、このペースで行けば、あっというまに準母語になっているのではなかろーか。

虫がいいことばっかり言っているけど、友達同士などというものは、そういうものなので、我慢してもらわなければ。

クリスマスが終わってしばらくしたら、用事があるので、ぼくも最低でもそのときと、定例の用事がある3月にはメルボルンに行きます。
その頃もメルボルンにいたら、テニスの会場か、Embassy Taxi Café で会えるかも知れない。
それとも、マーケットの店へこっそり覗きに行ったりするだろうか。
その場合はモニさんに言い含めてひとりで行かないと、組み合わせとして、ガメバレ(←ユニバレの派生語)してしまう。

友達がいるって、楽しいね。
ミナと会えて、とても良かったと思っています。

でわ

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One Response to ミナへの手紙

  1. 日本社会のリハビリにどのくらい時間がかかるだろう?と思いながら事を荒立てない最長範囲の二ヶ月のチケットをとってAirbnbで宿を全部予約してからちっさい人の手を握ってメルボルンにきた。

    ちっさい人のわがままは、パパや友達の不在から寂しいのか増す一方でダンゴムシをトラムに持ち込んで歩かせたり、車内でつばの飛ばしっこし始めたり、そこら中でわたしを困らせる。でも公園やトラムや街中でこの街の人々はいつもニコニコして私達ふたりを眺めていることに気づく。眉根を寄せてめっ!としているわたしがふと横をみるとそれは優しい顔で娘を見つめている女性やらおじいさんやらがいて、「ごめんね、だって可愛すぎて」とプッと笑ってるので、わたしも一緒に肩の力を抜いて笑ってしまう。あと2週間ほどたてばeye rollingの表現を上手に身につけそうです。

    人に優しくされるということがいつも何かの代償を要求される気がしてしまいだしたのはいつからだろう。ピカピカの笑顔で白いタイツを履いて会社に行き、それをみた同僚から失笑を買ったり、ノースリーブを着ていったら裸で会社に来たと大さわぎになった頃だろうか。いつしかそういうものを軽くいなせるようになり、バリバリと音を立てて仕事に猛進しながらわたしは家に帰るタクシーの中でいつも涙を流していた。

    自分の大事な部分を切り売りすることはやめようと決心してから、自分が欲しかったものがなかった、という理由で帽子を作り始め今はその帽子がわたしを色んなところへ連れていってくれる。娘が「ママは帽子作るの!」と誰彼構わず声を張り上げる時ほど誇らしい瞬間があるだろうか。

    ひとをそのひとたらしめてしるものは何だろう。ガメさんが勇気とよぶ、自分が進む道にある向かい風を自分一人で受け止める、受け止めたいと思う心。わたしには、向かい風はいつのまにか幾重にも折りたたまれた窮屈な心を拡げていってくれる気がします。

    今わたしはここに立ってる。その実感は日本では何故か得難い。

    言葉が通じず思い通りにならない時、同い年くらいの子へ険しい顔をして砂を無言でなげている、ちっさな人もまたこの場所で真剣にたっている。わたしはそれが愛おしい。

    ガメさんが、おぉminamaedaだ!まだいたのか、とツイッターで叫んでから君はいつもわたしの心にいて、いつも君とモニさんの幸せを願っているし、負けないくらいわたしも幸せになるのだ。

    ありがとう、ガメさん。

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