十代という地獄

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ふと横をみると、ぶざまにでっかいペニスのジャマイカ系人が、透きとおるような白い肌の、18世紀に流行った上流階級人の肖像画から抜け出てきたようなブロンドの女の子に、自慢のペニスにコカインの白い粉をあますところなくかけさせて、「おまえ、これが欲しいのか?」とお決まりのセリフで訊ねているところで、
女の子は欲情に火が付いた薄い青い目を燃えるように輝かせて頷いている。

酔っ払ったときに義理叔父に尋ねてみたことがあるが、日本の高校生たちもおなじようなもので、宮益坂に近い地下にあるレストランに、無理矢理買わされた「パー券」をもって出かけてみると、夏目雅子の母校で有名な広尾山の女子校の女の生徒が、酔っ払って、下着を脱いで、カウチを囲んでいる義理叔父男子学校の生徒たちが食い入るように見つめるなかで、後で警察幹部になるOさんとセックスを始めたところだったそうでした。

「むごたらしさ」という、使われているのか使われていないのか、ついぞ分明になったことがない日本語があって、この言葉がいちばんぴったりなのではないかとおもうが、十代という文字通りすべての人間が通過する時期は残酷で、むきだしで、露出した神経に直截こたえるようなところがある。

「図書室の高い窓から入ってくる太陽の光で鮎川信夫詩集を読んでいたんだよ」と義理叔父が述べている。
司書係は鼻持ちならない反動野郎の同級生のWだったが、案外なところがあるやつで、ぼくが、これみよがしにジーンズの尻ポケットからフラスコを出して生(き)でウイスキーを飲み出したら、ニヤニヤしてみていたと思ったら、「水を持ってきてやろうか?」というのさ。

そうして、ガメも好きだと言ってくれた、橋上の人の、例の

あなたは愛をもたなかった、
あなたは真理をもたなかった、
あなたは持たざる一切のものを求めて、
持てる一切のものを失った。
というところへ辿りついたら、みっともないことに、ぼくは泣きだしてしまった。
そしたらWのやつが、みないふりをして後で陰口を利いて笑い物にするだろうとおもったら、図書カウンタをまわって、カウチにやってきて、
大丈夫か、と聞いたんだ。

https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/02/10/ayukawa/

おれたちは、結局、まるで不倫カップルのように、(見つかると、お互いの学校のなかの政治的立場で、おまえは裏切ったのかと言われるからね)人目を忍んで、
その頃はまだ坂の下にあった日赤産院におりてゆく坂の途中にあった「味一」という名前の定食屋でビールを飲みながら、絶対に一致しない政治的意見を述べあった。

Wの父親が汚職事件でつかまったのは、その年の冬のことだった。

おにーちゃん、この青い塗料、なに?
と妹に聞かれて、ぎょっとする。

自分の服は自分で洗うと言ったじゃないか、おぼえてないのか、と怒ったときは、もう手遅れで、

おにーちゃん、昨日、Kに出た暴力男の記事を読んだ?という。
顔を青と白に塗りわけて、満月の夜にひとりで現れて、両手にクリケットバットを握りしめて、集まっていたスキンヘッズをひとりで全部殴り倒して、夜空に向かって吠えていたというの。
マンガみたい。
この頃は単純な人間が増えたというけど。

どこのバカ男だろうと友達と笑っていた。
スーパーマンのつもりなのかしら。

世の中には、自分が正義だと思えば、他人に怪我をさせてもいいと考えるサイテーなやつがいるのね。

まさか、おにーちゃんの知り合いじゃないでしょうね?

いま考えてみると、あれはカップヌードルだったんだよな、多分。
大学生たちに誘われて、応援に出かけたロックアウトの、積み上げた机と椅子のてっぺんに腰掛けて、
ははは、アルチュール・ランボーの「一番高い塔の歌」みたいと思いながらマルキ(機動隊)のほうを観ていたら、あの図体ばかりでかいやつらが、なんだかマグみたいなものからラーメンを食っていた。
暖かそうでいいなあーと思ってうらやましかった。

やがて、夜になって、放水車が迫ってきて、高校生同士、来たぞ、みんな油断するな、顔を伏せろ、と述べあって、ふと後ろを振り返ったら、肝腎の大学生たちはひとりもいなかった。
その夜に警察署にひきずっていかれたのは、全員、おれたち高校生だった。

おれは問題学生のなかでは勉強ができるほうだったので、指名されて、ネリカン(←練馬監獄)に収容されていた、先輩の家庭教師を仰せつかったが、意地でも東大に受かってやるという先輩が鹿の絵を指さして、これはなんというんだ?と聞くので「deer、ですね」と答えたら、「そうか、絵のことは英語ではdeerというんだな」と深くうなずく始末だった。

その先輩が、自分の調査書を盗み見たら、担任の憎しみをこめた文字で
「この学生は過激思想の保持者で大学教育には不適格」と書いてあったそーだった。

そして、ぼくは冬のロンドンで、いつも凍えていたんだよ。
寒いのに、いきがってTシャツ一枚でいたからだけどね。

雪が降り始めて、雪が降って、降り積もって、なにも人生に蹉跌が起きているわけではないのに、
涙が止まらなくなって、なんだか頭がおかしくなった人のように泣きながらリーゼントストリートを歩いていた。
ぼくは、この世界が好きになれなかった。
どうすれば、この残虐であることを隠しもしない世界が好きになれるのか判らなくて途方にくれていた。

パーティで、望まなかった(でも、ちゃんとNOと言えなかった)セックスの結果、妊娠して自殺してしまった女の子に「突っ込んだ」大学生は、あきれたことに若い下院議員になった。

ぼくは、この世界を愛さなかった。
野蛮なだけで、何の取り柄もない文明のなかに生まれたことを呪っていた。

十代のぼくに、いまなら、教えてあげられるんだけど。

きみは、子供のときに何度か行った、大西洋を渡ったアメリカの、ニューヨークという町が好きになるだろう。
その町のセントラルパークの東の住宅地で開かれたパーティで、ひとりの、途方もなく美しい女の人に会うだろう。

そのひとは、きみのベアトリーチェで、手をとって、きみの一生を思いもしなかった色で塗り替えてしまうだろう。

その人が教えてくれることには、自分と最愛の人を愛することだけが人生の価値なのだということが含まれている。

人間の一生は、とても単純なものだという真実が含まれている。

そうして、そのひとは、きみを途方もなく幸福にするだろう。

こうやって、振り返っても、十代という「剥き出し神経の時代」を生き延びられたのは、不思議な気がする。
十代の人間の行く末は本人の分別には依らない。
うまくいくのも、クソ世の中に殴られ続けるような十代の終わりになるのも、ただの運にすぎない。
すぐれていたから、なんとか十代を生き延びられましたなんて述べる人間は嘘っぱちなんだよ。
信じちゃダメだよ。

あきらめちゃダメだよ。
この世界のどこかに、きみが出会ったことがない真の友達がいる。
きみは、ひとりであるわけはない。
いまは、どんなについていなくても、きみを探している同じ世代の人間がいるのを忘れないでね。

きみに会えたら、いいのに

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About gamayauber1001

ver.6 https://leftlane.xyz もあるよ
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2 Responses to 十代という地獄

  1. Hikaru says:

    ちょうど昨日失恋をした22歳の僕にとって、これほど背中を温かい手叩いてくれるでメッセージは無いと思いました。

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  2. whaturlooking@softbank.ne.jp says:

    なぜガメさんの文章はネイティブよりも、作家よりも心を引っ張るのか。
    背中が読んでてぴりぴりする。
    なんか知らない扉が開いていく、今までの体験がつながっていく。

    これは2000年代に入って一番大きな出来事です僕にとって。

    ありがとうございます。

    もっともっといろんな人がこのブログに中てられるますように。

    KENTA

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