Monthly Archives: March 2017

Brexit

夜の山道に、乳白色の霧がたちこめていて、遠くにぼんやりと明かりが灯っている。ときどき、奇妙に切れ込むように鋭く曲がっている、霧で見通しが悪いカーブにひやひやしながら灯りに近付いてゆくと、レストランの看板が照明に照らされていて、予約もなにもないけれど、おいしそうな佇まいだから、今夜はここで食べて行くかなあ−、と考えている。 山道を来たのに、魚の絵の看板が不安でなくもないが、ドライブウエイの向こうに見えている建物の姿が、いかにもおいしい店であるように見えます。 ローマがあるラチオ州は、ローマからちょっとクルマで北上すると、意外なくらい貧しい州で、イタリアのイメージと異なって、日本でもよくある、日本ならばパチンコ店にあたる、スロットマシンを並べた店の看板が、せっかくの美しい風景を台無しにして、道の両側に並んでいたりする。 わずかに州の規制で、ちょうど道路標識を少し大きくしたような看板の大きさが同じになっていて、それが異なるだけのことで、あとは、軽井沢を東西に通り抜ける国道18号線に似て、ただ醜悪なだけの店舗やホテル、金の買い取りの看板が続いている。 その日本的な光景を抜けて、県境に近い山道に入ると、ところどころレストランがあって、そういう料理店はおいしいものだと決まっていて、例えばラチオでは、値段は忘れてしまったが、まるでカップラーメンのような、プラスチックの容器に入った、fedelini(細いスパゲッティ)が、うわっとびっくりするほどおいしかったりする。 ひさしぶりに、国際面のトップが、あの見るからに卑しい顔つきの、薄気味の悪い手振りの、アメリカの大統領にまで成り上がった老人でなくなって、ほっとしたら、メイ首相がいよいよBrexitを決定する書類にサインをしている写真で、連合王国が、ついに大陸欧州と離婚する手続きに入ったことを告げる記事で、苦笑いさせられてしまった。 連合王国の側でも、大陸欧州側も、ほとんど誰にも望まれないBrexitが、引き返せないところまで来てしまったのは、無論、政治的にはキャメロンの信じがたいほどの愚かさが原因だが、自暴自棄というほかない投票を行(おこな)ったひとりひとりのイギリス人にしてみれば、イギリス人らしく、普段の生活ではおくびにも出さなくても、「もうこれ以上外国人にのさばられて、心地がよく、穏やかだった社会を破壊されるのはまっぴらだ」という、やけのやんぱちな気持ちがあったのだと思われる。 セブンオークスやトンブリッジウエルのような町に限らず、ロンドン自体が、大都市というよりもおおきな田舎町で、生来迂闊なぼくが、財布を忘れて出かけても、たいして困ることのないような町だった。 小さな声で述べると、店主に外国人嫌いの人が多いと感じられるフィッシュ&チップスの店のおばちゃんのような人でも、「移民や難民には親切にしなくては」と自分を励ますように述べていたが、そう言ったあとに、自分で自分に呟くように「あの人たちは、良い人たちが多いのだから。そんなにたくさんで来なければ」と付け加えたりしていた。 そんなにたくさんでなければ、と必ず付け加えていたのを、たいして気にも留めないで来たが、実はそこにおおきな、抜き難い、否定的な気持ちがこめられていたのだ、と気が付いたのは、ずっと後のことです。 連合王国とアメリカ合衆国は、仇敵同士で、お国柄もおおきく異なるが、共通しているのはhonest baseの社会であることで、日本の人がよく口にする「性善説」とは似ているようで異なるが、善意志にもとづいて社会を建設・運営することが前提の社会で、要するに、アジア人やアフリカ人、なかんずく英語人の目には自己主張が強く、攻撃的にみえる中東人たちが増えることによって、といっても現実の中東人は、一向に攻撃性の強いところは見あたらないが、十字軍のむかしから、ほとんど定説のように中東人の攻撃性ということは英語人の頭にこびりついていて、移民の数が増えると自分達の社会が自分達のものでなくなってしまうと怯える人が増えていった。 日本語の丘に立って観ていると、失念しやすいことだが、連合王国ではアングロサクソンは、記憶もあいまいな歴史の昔から、あの天気が悪い島に住み着いているのだという気持ちがあって、オーストラリアやニュージーランドでは、白い人ばかりで酔っ払うと、田舎町のパブでは、politically incorrectな発言の大会が始まって、 普段は親切に応対している中国の人や、日本の人、アラブの人の悪口を述べ始めると、悪酔いした頭の弱いおっちゃんが 「あいつら、みんな自分の国に送り返しちまえ!」と叫んで、 すると、誰かが「そうだそうだ! でも、じゃ、おれたちもイギリスに帰らないと!」と混ぜっ返して、ガハハと下品に笑いこけたりするが、 イギリスがイギリスでなくなってしまえば、もうあのなつかしい故郷はなくて、 どこにも行き場はなくなってしまう。 奇妙なことに、自分が話した範囲では、このことをはっきり口に出して意見を述べたのはイラン人の友人だけで、 「ガメ、考えてごらんよ。イラン人もアラブ人も、自分達が住んでいるアメリカやイギリスの悪口ばかり言っているが、おれたちイスラム人が幸福なのは、アメリカやイギリスだけだ。 どのイスラム国が住んでいる人間を幸福にしているというんだい? そんなイスラムの国なんて、この世界にはひとつもないんだぜ?」 と英語人が英語で言ったら、いっぺんに友達がいなくなるようなことを、明瞭に述べる。 なにか、文字通り、口にするのに憚られる現実がそこには隠れていて、その言葉によって検討されない暗闇から飛び出してきた魑魅や魍魎がBrexitの正体なのでしょう。 少なくとも、Brexitのもともとの論点である、金融規則や、社会運営に対するブリュッセルからの細かい規制のうるささが原因ならば、国民投票で離脱が決まるわけはない。 エラスムスが、不味い食事と、ワインすらない文明の欠如を呪詛して、愚痴をこぼしまくりながらイングランドに滞在し続けたのは、因循姑息な国民性であるのに、意外なことに社会としては自由闊達な、手品じみた知恵で運営されていたイングランドの空気のなかでしか、15世紀末から16世紀初頭の欧州人には自由な思考の可能性がなかったからであって、18世紀欧州の「常識」から疎まれたエマヌエル・スウェーデンボルグがたびたびイギリスに滞在したのも、おなじ理由によっている。 イギリスは欧州の端っこの島国であることを利用して、常に欧州全体の未来への窓として機能してきた。 日本語人には「え?イギリスと欧州は別ですよ。ぼくはイギリスに5年いたけど、イギリス人だって自分達を欧州人とは区別していますよ」という人がたくさんいるのは知っているが、現実は連合王国人は、むかしから北欧との行き来が盛んで、北欧州と北海文明を共有していて、特別に欧州人意識が強いスコットランドを別にしても、やはり骨の髄まで欧州人で、口では「イギリス人は大陸欧州人と異なる」と述べる人も、心底では自分が欧州人でしかないことを、言葉の底に堆積した真理を見つめるようにして、よく判っている。 メイ首相の書類へのサインを合図にして、世界中の新聞が「連合王国と欧州の離婚」を書き立てているが、現実は離婚であるよりもシャム双生児の片方が包丁を手にして本来ひとつでしか機能しない身体をふたつに切り裂こうとしているようなもので、ひょっこりひょうたん島という大洋を漂流する島というアイデアがおもしろい人形劇が60年代の日本では人気があったというが、なああーんとなくイメージとして、Brexitを決めてしまえば、連合王国ごと大西洋を西に移動できるような気持ちだった支持人たちも、決まってしまえば、小ブリテンと区別するために大ブリテンというエラソーな名前が付いた島が、実は移動できなくて、あいも変わらず、晴れた日にドーバーの白い岩の崖っぷちに立てば、向こうに欧州大陸が見える近さで自分の住む島が座り込んでいることにボーゼンとしている。 書いていて、悪い癖がでて、だんだんめんどくさくなってきたので、経過を端折って、結論だけ書いてしまうと、Brexitは、要するに自分のアイデンティティを自分で殺してしまった事件で、連合王国は、少なくともひとつの小文明としては、ここからゆっくりと瓦解して、退屈で凡庸な小国へ転落していくだろう。 インデックスをみると、史上に最も愚かな宰相として名を残すことになったキャメロンの時代は、戦前の英帝国時代も含めて連合王国の最盛期で、イングランドがあれほど繁栄したことは、かつてないことだった。 貧富の差の激しさを言い立てる国民性は、不平に酔っ払うのが好きな国民性の盛大な発露だが、実は、貧乏人の生活が最も質の向上が高かったのもキャメロン時代だった。 キャメロンが賢い宰相だったわけではなくて、愚かな男なりに運に恵まれて、ちょうど、荒事師サッチャーから始まった連合王国の再建の収穫期に首相になった、ということなのでしょう。 移民のひとびとのブロークンイングリッシュが、やや流暢になって、お互いに意思が通じ合えるようになった頃に、大陸欧州から自分を切り離して、血まみれになることになったのは、偶然の一致ではないが、いまここで、その機微に触れるわけにはいかない。 だいいち、日本語でそんなことを書いても、読んでなんのことかわかる人がいるはずもなければ、なんらかの意味もあるともおもえない。 いよいよ連合王国はBrexit人が、そう思いたがっていたとおり、非欧州の国となって、これからの連合王国人は、アイデンティティの上で、連合王国人であるか欧州人であるかを決断しなければいけなくなるのが、実際には、個々のイギリス人にふりかかる最もおおきな影響だろう。 ぼく自身は、是非もない、その決断をくださなければならないときに遭遇したら、躊躇せずに欧州人であるほうを選ぶだろう。 小さい人々がおとなになって、老人になる頃にはもう、なんだか冗談じみているが、大陸欧州による連合王国の併合という図式で、また連合王国は欧州の一部になってゆくだろうが、Brexitが進行してしまえば、自分が生きているあいだに、それが起きる気遣いはない。 手続きの国として政治的健全を自動的に回復する制度と、まだまだ個々のアメリカ人が強い自由社会保持への意志を持つアメリカの事情を考えると、バノンがトランプの右手をむんずとつかまえて、とらえて、核戦争のボタンを押しさえしなければ、Brexitはトランプ政権の誕生などよりも遙かにおおきな歴史上の事件で、連合王国の自殺は、人間が永遠に記憶する愚行として記憶されていくに違いない。 … Continue reading

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シェイクスピア

“From this day to the ending of the world, But we in it shall be remembered- We few, we happy few, we band of brothers; For he to-day that sheds his blood with me Shall be my brother; be he … Continue reading

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ありふれた光景

ときどきミサイルが落ちてくる生活、というものを送った初めての国民はイギリス人で、1944年、成層圏から超音速で落ちてくるV2ロケット、Vergeltungswaffe 2は、戦争が終わるまでに1400発を数えた。 文字通りの晴天の霹靂であることもあって、では悪い冗談だが、それまでのパルスジェットを推進力とするV1に較べて、諦めが先に立つ、というか、「頻繁に起こる天災」というような感じだったようです。 V1は巡航ミサイルであるよりも無人飛行機で、迎撃に飛び立ったスピットファイアの熟練したパイロットたちは、幅寄せをしていって、翼をflipして、というのはつまり、ピンッと跳ねて、姿勢を崩させることによって、撃墜したりしていた。 V2のほうは、突然青空から落下してきて、建物が破壊されて、そのあとから、それが悪夢ではなくて現実であることをひとびとに思い知らせるかのように轟音が轟く、という人間の感覚とは順逆がアベコベな事象で、返って非現実な感覚をロンドン人に起こしたようでした。 近くにはスカッドミサイルという例がある。 1980年から8年間に及んだイラン=イラク戦争では、双方の手にソビエトロシアが外貨獲得のために大量に輸出したスカッドBを元にしたミサイルがあって、 イラクからは520発、イラン側からは177発のミサイルが発射されている。 年長のイラン人の友達に訊くと、拡大版V2というか、損害は決して小さくはなくて、瓦礫のしたで息絶える友人や、家に帰ってみると、かつて家であったところは廃墟で、家族全員が死亡していた、というような話を教えてくれます。 2017年になって北朝鮮がぶっ放した4発のミサイルは、スカッドの最終型であるスカッドDよりも遙かに洗練されていて、アメリカ人たちを驚かせた。 北朝鮮軍ミサイルパフォーマンスの最も重要な点は、4発のミサイルを、綺麗に80km間隔で落としてみせたことで、これは北朝鮮が制御技術を飛躍的に発展させて、ピンポイントで目標を攻撃できるようになったことを意味している。 過去には例えば赤坂の官邸をある日突然破壊するためには、官邸をターゲットとして少なくとも10発くらいはぶっ放さないと当たりそうもなかったが、いまは一発で必中する。 やる気になれば首相暗殺の目的にも使える。 パトリオットがあるじゃないか!という、パトリオットな人もいそうだが、パトリオットはいまのPAC-3であっても、迎撃爆破ポイントが地上に近すぎて、角度高く打ち上げられて目標の直上から地表めがけて突進してくるミサイルを撃ち落とすのは、出来なくはないが苦手なんです。 その欠陥をカバーするために開発されたのがTHAADシステムで、このシステムは中距離以上を飛来して、垂直に目標に向かって超音速で突進してくるタイプのバリスティックミサイルを粉砕するために特化されている。 近距離ミサイル迎撃が得意なPAC-3と一緒にセットで使ってね、ということでしょう。 中国の主張は、もっともな点もなくはなくて、1セット900億円近くもするTHAADを韓国に配備するのはおかしいではないか、ということに尽きている。 北朝鮮が韓国を攻撃するために使う予定の近距離ミサイルを迎撃するのに中距離以上に特化されたTHAADが必要であるわけはない、目的は言い訳と異なるのではないか。 多分、中国の言い分のほうが正しいので本来防衛システムであるTHAADにはアグレッシブな情報収集としての機能が備わっていて、別に特別な軍事知識がなくても、THAADを韓国に配備する理由が、人民解放軍の動きを即時的網羅的に把握する以外の目的があるわけはない。 金正恩は、安倍政権がトランプ政権に尻尾をふるように「仰ることは何でもやります」の、プライドもなにもかなぐり捨てた、これからは国家の独立性なんて、むかしみたいな駄々はこねませんから、という態度に出たのを見て、深刻な衝撃を受けたという。 のらりくらりと、平和憲法を盾に、面従腹背、アメリカの言うことを一向に聞かなかった歴代政権とは打ってかわって、進んでアメリカの走狗となることを表明した安倍政権は、金正恩の立場に立ってみれば、これまでにない脅威だった。 こっちを詳しく敷衍的に説明していると長くなってしまうので端折るが、経緯で、中国が不快感の表明として実行した北朝鮮からの石炭購入の停止という、ちょうど戦争前の日本でいえばルーズベルト政権の日本への屑鉄輸出の禁止くらいの段階にあたる経済制裁で痛い思いをしていることと相俟って、金正恩のフラストレーションの原因になっていた。 傍で見ていて不思議なのは、なぜアメリカがそこまで北朝鮮を追いつめる必要があるのか、ということで、オバマ政権と打って変わって、トランプの政権は殆ど戦争を起こしたがっているかのように振る舞って、金正恩を追いつめている。 1941年に日本が太平洋戦争に踏み切った理由を考えれば判るが、忍耐の限度を試されるような締め付けにあえば、余程の外交能力に長けた指導者でもなければ勝算がなくても「ひとあばれして活路を見いだすしかない」と思い詰めるはずで、北朝鮮は、いままさに窮鼠で、猫だろうが虎だろうが、噛むときには噛みつくしかないと思い定めているのが容易に見てとれる。 事態が急展開を迎えたのは、案外、ホワイトハウスのなかの戦争を必要と感じる勢力の意向が強く働いた結果なのでしょう。 驚くべきことに相談もなく金正男を殺すという重大なメッセージを受け取った中国は、もう自分たちは事態をコントロールする意志をもたなくなった、ここに至ったのは何の目的なのかも判然としない米日韓枢軸体制を表明したおまえらの責任なのだから、あとは勝手にやればいい、と投げ出してしまっている。 考えてみると、いまの局面で中国が事態の収拾に乗り出すことには、相手がトランプでは恩に着せることも出来なくて、外交上のメリットがなにもないので、当たり前といえば当たり前です、 これまでの数次のミサイル発射テストとは異なって、各国が、現実のミサイル攻撃の予行演習だと受け取っているのは、つまりは外交の必然が赴くところ、今回は高高度ミサイル迎撃システムであるTHAAD配備が完了する前に北朝鮮が日本に向かってミサイル攻撃を開始することが最も自然であるからで、多分、去年、Stars and Stripesが不用意に使ったのが初めの日本攻撃の「rehearsal」という言葉で頻用されだしたのを見ても、各国とも、あるいはどのマスメディアも「日本が戦場化されてゆくのは避けられない」と看做しだしているのがよく判ります。 70年間平和が続くという世界の歴史にも珍しい日本の人には異常な事態でも、考えてみると、ときどきミサイルが降ってくる日常というのは、いわば「ありふれた光景」であるにすぎない。 1974年のエジプトのイスラエルへのミサイル攻撃に始まって、ソビエトロシアの2000発を越えるアフガニスタンへのミサイル攻撃、イラクのサウジアラビアへのミサイル発射、2015年にはイエメンすらサウジアラビアに対してミサイル攻撃を試みている。 かつては平和憲法をうまく利用して、国是ですから、を盾に戦争を回避してきた日本が「普通の国になりたい」という願望をもった、当然の帰結といえなくもない。 どうでもいい、というか、余計なことを書くと、北朝鮮の伝統的な戦争戦略は二重の構造で出来ていて、祖父の代からの伝統兵器におおきく依存した対韓戦略と、ロングレンジ化した現代の戦争に即した対日戦略の二本柱で出来ている。 対韓戦略の中核は数百単位の多連装ロケット砲と重砲群で、北朝鮮との国境に近いというソウルの地理的な特異性に由来して、重砲群のいっせい射撃によって対韓戦が開始されるのは、ほぼ自明とされている。 韓国系人の友達に訊くと、「ソウル人は、みな判っているよ。ほら、デング熱はタイのひとたちは、生活に伴うリスクだから、というでしょう?日本人たちは地震が来ると知っていても東京に住んでいるじゃない? あれと同じで、起きたら起きたでしょうがないと思っているのさ」ということだった。 ミサイル技術が向上したようなので、今回の4発のミサイル発射の翌日、ひさしぶりにCSISをはじめ東アジアに強いという定評があるシンクタンクや研究機関の公表されたレポートを読み漁っていて、なにしろ誰でもアクセス出来るように公表されているくらいで存在そのものが内緒な文書とは異なってびっくりするような新しい話は書かれていないが、革めて総攬すると、北朝鮮の軍備が意外なくらい洗練化されていて、しかも実戦的であることに驚いてしまった。 ケーハクなことをいうと、やる気あんじゃん、な感じでした。 いきなりそこまでトットと事態が進展するとは考えにくいが、北朝鮮が全面戦争を覚悟した場合には、特殊部隊の比重がおおきいという北朝鮮軍に特徴的な性格がある。 … Continue reading

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