空を見上げる若い人への手紙2

少なくとも英語の世界では、いまでは忘れられてしまった小説、トーマス・マンの「魔の山」の出だしは、たしか、
「ひとりの青年が旅にでかけるところだった」というような文だった。
こんなに上手な物語の書き出しがあるのか、と考えて感心したのと、物語を読むにつれて青年の「旅」が重層的な意味を重ねていくのに感嘆したのとで、その物語の出だしをおぼえている。
T.S.エリオットの「四月は残酷な月だ」という有名な「荒地」冒頭の句も、ほんとうは、この小説からの引用なのだよね。

好きな詩人の名前に、Paul MuldoonやDylan Thomasやなんかと一緒にT.S.エリオットをあげたら、オーストラリアで文学の講師をしている人に「中学の教科書を思い出しますね」と言われたことがあって、その人はなにげなく言ったに決まっているが、そのひとことを憎んで、もちろんなにも言いはしなかったが、絶交してしまったことがある。
Emailをもらっても、テキストが来ても、いっさい返事をしないでいたら、あたりまえだけど、何も言ってこなくなって、それきりになってしまった。

ぼくは友達がいらないんだよ。
傲然とした気持ちや冷たい気持ちで述べているのではなくて、この世界に何も怖いものがないのとおなじように、友達と長く付き合っていたいと考えたこともない。
勇気をふるいおこして、「友達でいたいのなら、これまでのひどい仕打ちは忘れてもいい」ときみは話しかけてくれたけれども、ぼくは返事をしなかった。
シカトしたというつもりはなくて、ただ、なんとなく返事をしないほうがいいような気がしたからしなかっただけで、多分、きみとはもういちど会うような気がします。

きみがいたSEALDsは再結成だとかでニュースになっていて、ひとの悪いぼくは、なんとなく笑ってしまった。
時は満ちるもので、時が満ちてしまえば、人間は実質的な能力すら増大する。
だが同時に時は曳汐にように退いて、潮が退くときには、寄せ返しさえしなくなる。

ぼくはきみに「政治的な人間になるな」と述べたことがある。
きみには、やや信じがたいほどの善良な魂と同時に、頭の表層でいじくって知恵の輪を解いてみせるというような、頭の働きのよい人間が陥りやすい浅薄なもの思いにひたる癖があるからです。
きみは持ち前の善良な、善の存在を信じる魂ゆえに、不正で卑劣な社会に憤りをおぼえて、しかも狡い人間は他の何にも能力はないのに他人を陥れることだけは常に常人にすぐれて、きみを失望から怒りへ、怒りから憎悪へ、引きずり込んでいった。
目が眩むような怒りで世界の薄汚い姿を目の当たりにさせられた人間の反応は、政治的な思考に向かうことで、政治的な思考とは、実は言語の、暴力への憧憬にしか過ぎない。

むかし、岩田宏という言語運用能力に恵まれた人がいて、
「おれはこの街をこわしたいと思い
こわれたのはあのひとの心だった」と書いたけど、
南米をオートバイに乗って旅行して、見て回って、貧困と政治の暴力をつぶさに実見して、冷厳な革命家に変貌して、後年、「あの人は尊敬すべき革命家だったが他人に厳しすぎた」と言われることになる、気持ちのやさしい医学生だったゲバラや、1968年に、通りに立って叫び、次々に人生を諦めねばならなくなっていった欧州の学生たちは、みな、国家という力の壁に、政治性という暴力を模した言葉で立ち向かって、こぶしで戦車を打撃する人のように、ガラスのように心を砕け散らせて、恋人を、友を、あらゆる善意のひとびとの心を破壊していった。

日本語で、そういう経緯をつぶさに知りたければ、古本屋に足を向けて、戦後の、火炎瓶闘争時代の日本共産党員で、地下の工作員として革命活動に明け暮れて、革命の大義のために、友を公安警察に売り、恋人を政治活動の成就のために利用して、自分もまた平和政党に衣替えするために、暴力革命をめざした党の歴史に口をぬぐって、冷然と活動家たちを見捨てる方針に鞍替えした日本共産党によって存在しない党員だったことにされて弊履のように捨て去られた、天才詩人堀川正美の経歴を書いた文章を探しに行けばいいと思う。

世界をうまく考え抜くコツは、ネクトン、プランクトン、ニューストン、ペントスというように、遊泳能力とは別に表層や深層にあるかどうかの勘を持つことで、この勘を持たない人間は、どんなに本を読んで、どんなに思索しても、ただケーハクな、つじつまあわせのような考えに至ることしかできない。
その能力を身に付ける方法は、どんな言語でもいいから、言語の感覚を身に付けることで、言語感覚を身に付けるというのは、要するに、死者のもの思いが堆積した結果である言語のひとつひとつの語彙に、耳をすまして、その語彙の奥から、どんな叫び声や囁き声が聞こえてくるか、聴き取りにくい声を、どうにかして聴き取ることだと思います。

そうして語彙がひそやかに隠しもつ人間の声を聞き分けるためには、シェークスピアやT.S.エリオットに典型的であるように、言語の音楽性とリズムを理解するか、さもなければ、言語が必ずもっている、文字や音韻に依存しない、「これはこうとしか言われない」という定型を目に見えるようになるまで観念の高みをのぼっていくほかには方法がない。

そうでなければラテン語をひとことも分からないのに、難しい顔でガリア戦記のページをめくって、ゆっくりと考えながら読んでいる人とおなじことで、言葉は辞書の定義による単語が並んで、文法によって接続されているが、つまりは死語としてしか読まれてはいなくて、大量に読書をしているのにまるで箸にも棒にもかからないような頓珍漢な世界への認識を持っている人は、たいてい、お粗末な言語感覚のまま、本を読む行為に淫してしまった結果であるように見える。

ぼくは、この手紙を、いつか書いた「空をみあげる若い人への手紙」

https://gamayauber1001.wordpress.com/2015/07/15/letter5/

の単純な続きとして書いている。
友達を必要としないのと全くおなじ理屈によって、いちど友達と考えた人間を、友達でないとおもうことがないからです。

ぼくはきみの軽薄さと浅さが嫌いだし、きみの底なしの善良さとクリスタルが陽光に輝いているような純粋さが好きである。

きみは、たしかぼくより10歳年下なので、もうすぐ23歳になるのかな?

ぼくよりずっと若くて、きみから見ればぼくはおっちゃんだけど、
この手紙は年下の人間への忠告として書いているわけではありません。
英語の世界の習慣に従って、年齢が異なるだけの、友人への手紙として書いている。

「政治的人間になるな」という言葉には、異なる側面もあって、若いときには「致命傷を避けよ」という意味もあります。

ぼくには、過去にはガラスが粉々になるように、一瞬で人生を粉砕してしまった友達がたくさんいる。
親とのケミストリが悪くて、この世で最も相性が悪い人間が親である事実に耐え切れなくて、自暴自棄になって、酒に酔って、ぼくが通りで出会った仲間に聞いて大急ぎで駆け付けてみると、すでに集団強姦に遭って、ぼろきれのようになっていて、いまでもその体験から抜け出せない女ともだちがいる。
あるいはデモの街頭で警官に殴打されて身体障害になって、いまだに身体の痛みとともに、世界への憎悪にうなされるようにして生きている友達がいる。
狡いようでも、取り返しがつかないダメージを自分に与えないですむかどうかを考えてから思い切った行動に踏み出すのがよいと思う。

きみをいままで見ていて、友達ならば、このくらいのことは言わねばのちのち寝覚めが悪いだろう、と思うのは、要するに「致命傷を避けるように」という、ただこれだけで、あとはあとで自分で思い出して恥ずかしさと危なっかしさに飛び上がるような気持ちで「あっ」と叫ぶような体験になっても、なにやったって、いいに決まってるのさ。

また、きっと会えるよ。
人間の世界は不思議なもので、というのは、多分、この世界にはきみやぼくの哲学では説明しえない法則が働いていて、会うべき人は、どうやってもどうしても会うように出来ているもののようです。
日本の人は、そのことを仏教的に理解して「縁」と述べたりするよね。

ある日、きみが、乾坤一擲キチガイじみて、決断して、日本で積み上げたすべて捨てて欧州に渡る決心をして、セキュリティゲートで、ふと前を見ると、真っ赤なゴジラのTシャツを着た、妙にでかいおっちゃんが立っていて、係員に「靴は脱がなくてもいいのかい?」と聞いていて、よく見ると、右肩のところに、ご丁寧にも漢字で「十全外人大庭亀夫」と書いてある。

ガメなのか?
と聞くと、ニカッと笑って、おお、このときを待っていたぞ、
とぼくは言うだろう。

そのときを、心待ちにしています。

でわ

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