Kロードのカフェで

まだ、きみがパートで働いている鮨屋に行ってないんだよ。
ポンソンビーは家のあるリミュエラから見てCBDを挟んで反対側で、きみも知っているとおり、少し速すぎるスピードで経済成長を続ける国らしくCBDは建設工事だらけで、クルマでしか出かけないぼくにとっては億劫なのでもある。

もうひとつには、相変わらずの人見知りで「大庭亀夫Tシャツを着ていくよ」なんて言わなければよかった。
仕事でやむをえないときをのぞけば「偶然出会う」以外には人と会うことがないぼくは、なんだかもうネットで知っている人に名乗ってあうのは、ヘンテコな気持ちになりそうな気がする。

きみが日本ではビッグネームである東京大学を卒業しないままニュージーランドに来たのを知って、とても嬉しかった。
相変わらずの粗忽で、てっきり卒業してやってきたのだと思っていました。
あのあと義理叔父に聞いたら、「ああ、あの大学は一浪一留、二浪、二留、といって、2年までは現役と変わらないというんだよ」と述べていて、へえ、と思ったが、それでも浪人という時期を経ないで(きみとおなじ高校を出た義理叔父が「あの学校を出て浪人しないのか、ヘンな奴だな」と述べていた)いわば「まっすぐ」に進んできたきみが、1年間猶予をつくって英語社会を見てみようと考えられたのは、きみ自身の知性の力だと思っています。

ポンソンビーは、目が慣れてくるとわかるとおもうけど、家が小さいのね。
小さいといってもコロニアルスタイルの、ニュージーランド人が「キャラクタ・ホーム」と呼ぶ、あの日本の家より少しおおきい程度に見える正面からの想像とは異なって、たいてい、ずずずずずうっと奥まで細長くあって、中に入ると直感したよりはずっと大きいのだけれど、それでも、例えばリミュエラの家に較べると、小さい。
もとはビンボ人が住む町だったからで、そこに家賃の安さにつられた画家や詩人たちが集まって、彼らが有名になって町を出て行ったあと、「文化的な雰囲気」に惹かれてヤッピーたちが集まって出来た町の歴史は、例えばマンハッタンのイーストビレッジに似ていて、あれはあれで英語社会の町の形成の文法にあっている。

むかしはblissというコーヒー屋があって、ぼくはそこが好きで、よく出かけたものでした。
ブログに出てくる「ポンソンビーのカフェ」というのは、このblissという店です。

多文化社会
https://gamayauber1001.wordpress.com/2012/03/15/multicultural-2/
ここは、4人で出かけたりすると、ただひとつリラックスして話せるテーブルが実はトイレへのゆいいつの通り道で、目の前をトイレに行く人が年中「ちょっと失礼」と言ってあいだを通ってゆくというヘンな店で、結局、つぶれてしまったが、
まだアフリカ系の人が通るとみなが振り返っていた頃でも、人種の異なるカップルが集まっていたりして、どういう理由なのか、ここだけは自由の風がいつも吹いているような店だった。

ポンソンビー自体は、例えば海外で有名になった俳優や女優、シンガーやファッションモデルなんかがニュージーランドに里帰りしてきたときに「ガメ、もどったぞ、会おうぜ」と電話がかかってきて会うのは、たいていポンソンビーで、すっかりそういう町になってしまったけど、いまでもずっと後まで保守的な気風だったニュージーランドで60年代にピンクのジーンズとシャツで、おおきな似合いもしないサングラスをかけていて道をいくひとたちに、すれちがいざまに「オカマ野郎!」と罵られたり、夜にドラグと酒のパーティを開いて、通りに駐車したクルマに火をつけて笑い転げたりしていた、当時の軌道を完全に外れた若い人たちの匂い宇が残っていて、アートセンターやなんかに行くと、その頃の残り香が貸しスタジオに残っている。

Kロードという、あのCBDに降りてゆく道は、カランガハッピロードというんだよ。
ぼくが子供の頃は、ストリップ劇場とポルノショップがずらっと並んでいて、かーちゃんが一緒だったりすると、目のやり場に困ってクルマのなかで必死で下を向いているような通りだった。
あの通りのインド・ベジタリアン料理のRasoi
https://www.zomato.com/auckland/rasoi-vegetarian-restaurant-karangahape-road
に、むかしはインド菓子を買いによくでかけた。
いまはインドからの移民の人がものすごく増えて、サンドリンガムや
フラットブッシュ、オタフフというようなところに、もっとずっとおいしくて安い店ができたので行かなくなってしまったけど、生まれて初めてladduを食べたのは、あの店だったとおもう。
そのときは、ちっともおいしいと思わなくて、「インドはやっぱり貧乏な国であるな」という可愛くないガキ然とした感想をもっただけで、おまけにイギリスに戻ってその話しをしたら「インド人の食べ物を食べるなんて、不潔ですよ、とんでもない!」と家の仕事をしていたばーちゃんのひとりに怒られたが、後年、インドの小説を読んでいるとladduは特別な意味をもった菓子で、食い意地のはった子供らしく、そのくらいのところからインド文化に近付いていった。

トルコ・カフェで水煙草を喫いながら、人品のよろしくない声で、げっはっはと笑っているマオリ人や欧州系人たちのグループは、見るからに胡乱だが、あれがオークランドの第一線の芸術家グループです。
絵描きや詩人たちは、なにしろ貧乏なので、たいていレヴィンやパーマストンノースのような人気のない町の、そのまた郊外の、
「ガメ、この町は人口の40%が生活保護家庭なのを知ってるか?」と笑って話すようなとんでもないビンボ町に住んでいるが、なんとか食べられるようになってくると、ヘンダーソンやポンソンビーの貸しスタジオを借りて仕事をして、カランガハッピロードのカフェで、他の芸術家友達とゲハゲハ下品に笑いながら、道行く若い女の人に声をかけてみたりして、顰蹙を買ったりしている。
一緒に酒を飲んだりしていると、突然、マルドゥーンの詩を口ずさんで、涙ぐんだりしているのと同じ人で、人間がどんどん人間になってゆくと、下品と上品がおなじになって、なんとも言えない「human」になってゆくのだと、よく判ります。

前にも話したとおり、だから、ぼくはポンソンビーからカランガハッピロードを通って、クイーンストリートを下りて、ブリトマートに抜ける道をよく散歩するんだよ。
むかしはいまの店の道の反対側にあってニュージーランドのポップカルチャーの中心だった
Real Groovyや、Qシアターで、もしかしたら会うことがあるかも知れないね。
ニュージーランドは国中が栄養がいきわたってまるまるとした健康坊やのような国なので、ぼくぐらいの背が高い人間はいくらもいるけど、モニさんが横にいれば、特に勘を働かせなくてもすぐに判る。
美しい人というものが、どのくらい人間の常識を越えて美しいか、ということも納得されると思います。
多分、女神様が地上に遊びに来ていて、ボディガードをつれて歩いているような印象なのではなかろーか。

ニュージーランドは日本はおろか、アメリカのような国と較べても圧倒的に若い国で、歴史がなにもなくて、ぼくは子供の頃、ニュージーランドの歴史的遺跡を訪ねて、ガイドの人が、1850年に出来たこのチョー古い遺跡は、というところで、何の弾みか「ぷっ」と吹きだしてしまって、かーちゃんに冷たい視線を投げられたことがあったが、モニとぼくがニュージーランドが大好きなのは、まさにその歴史がないところだと思っている。

歴史がなければ、日本からぶらりとやってきた風来坊であるきみが毎日を暮らしていることそのものが歴史で、毎日、笑ったり怒ったり、酔っ払ってみたり、海岸を走ってみたりしている人々の生活そのものが歴史だからです。
新しい移民たちの一日一日が国をつくっているのが刻々と感じられて、実際、オークランドの変化の激しさは、当のニュージーランド人たちがついていけないほどのものになっている。

ブリトマートにORTOLANA

http://britomart.org/tenants/ortolana/

というカフェがあって、だいたいぼくの散歩の終点はここです。
ここでワインを飲んで待っていると、モニさんがクルマでやってきて、拾って家に帰ってくれる。
もうすぐ、また欧州が半分の生活に戻るとおもうけど、ぼくはいまはロンドンよりもオークランドが故郷の町で、その気分には生まれた家のせいでいろいろなものが揃っているロンドンの環境と異なって、オークランドにあるものは、どれもこれもモニさんとふたりでつくってきたという気持ちが強いからだと思っています。
ローマかロンドンかパリか、まだ欧州のどの町に新しい根拠をつくるか決めていないけれど、モニもぼくも、オークランドを恋しいとおもうのではないだろうか。

また、手紙、書くよ。
ポップアップシアターのシェークスピアは、どうだった?
15ドルの席は立ち見だろうから、劇中に俳優たちが分け入ってきて、話しかけられたりして楽しかったでしょう?
英語人は、ああいう「ざっかけない」雰囲気が大好きで、ローマ人に支配されて、あまつさえ自分たちの女王を強姦されたり、ノルマン人にぶち殺されたりしながら、この厳しい世界を肩を寄せ合うようにしていままで生き延びてきた。
きみのことだから、もう気が付いているはずの、英語人同士の強い仲間意識と、お互いをいつも気遣ってそれとなく観察して手をのばすようなところは、ああやって出来てきたのね。

きみが、ぼくたちのひとりになって、一緒に肩を寄せ合って、ときには肩を抱き寄せ合って暮らすようになることを願っています。

では

Advertisements

About gamayauber1001

ver.6 https://leftlane.xyz もあるよ
This entry was posted in Uncategorized. Bookmark the permalink.

6 Responses to Kロードのカフェで

  1. tokidokichiba says:

    人間らしく生きよう、と一歩踏み出した仲間への優しい気遣いにあふれていて、介護の合間に期限切れのパスポートに気づいたショックが和らぎました。

    Like

  2. nawoto says:

    老いちゃんは年寄りだけど まだ亀さんのブログ読みたいだよぉ。マストどん とやらに行っちゃって、もう読めないのかと思っていただよ。亀さんはまだ、人生の機微っちゅーことを知らないだらう?人生の機微っちゅーのはたとへば斯うゆーことです。老いちゃん母ちゃんと仲悪いんじゃあないけど、たまに母ちゃんが在所に帰って一晩居ない日 ああああーー背筋が伸びるうううーーって、此れが3日も4日もってなるとたいへんなんだけどぉ・・・。とまあこの話しに集約されているんですけど。いつか亀さんが「あああーー今日はモニさんが しかも小さい人たちを連れて イギリスに行ってるから楽じゃのぉ。」って書く日を楽しみに読んでいます。

    Liked by 1 person

  3. sueede says:

    ブログを再度読めるようにしてくださって、本当にありがとうございます。

    若さも財産も健康もなく半病人を抱え、このまま日本と一緒に滅亡するしか道はなさそうで、大切な人たちも逃がしてあげられそうになく、行くあてもない身ですが、ブログを読んで、パスポートだけは取りに行くことにしました。落とした魂をどこかで拾えればいいのですが。

    ここから先はDMがわりなので、出来ればコメントごと消してください。
    日本のGW中、またしょうもない輩が大量にわいて、しつこく絡んでいたようですね。
    全員、ほんと土に還っていただきたいです。
    なぜ被害にあったガメさんが自衛して、アカウントに鍵をかけなくてはならないのか。
    トロルに対しては、怒りと(同胞に対する)情けなさと軽蔑心しか湧きません。

    この何年間か特に、日本社会とはできるだけ関わりを持たないようにし、ツイッターアカウントも持たなかったので、結果として今回もガメさんを援護せずじまいでした。
    ごめんなさい。

    正直、うまく登録できるかわからないけど、いつかマストドンで、ガメさんの盾になれれば恩返しできるでしょうか・・・。

    追伸 フォロー数0の今月登録した怪しいアカウントは多分自分のです(メールアドレスはこちらと同じですがアカウント名は別)。ガメさんにDM送るために先日初めて作りましたが、役に立たずじまいでしたので、あとで消すか、フォローを外しておきます。

    Like

    • sueede says:

      追加
      最初に、当初のコメントに失礼もしくは卑怯な点があったらお詫びします。
      真下にあるガメさんのコメントの「これ」は私にあてた”Hey,man,wake up!”なのかそれとも他の方に”This comment is sxxt”なのかわかりませんでしたので(ちなみに、はてな界隈の人たちのお仲間ではありません)。

      本日は共謀罪が強行採決されました(NHKの国会中継なし)。
      ブログに投稿できなくなるのも時間の問題です。
      「原発のような国策を推進する企業に対してSNS上で集団で批判を書き込む」というような行動に対しても「共謀罪は適用される」そうで、きのこ採りも対象ですからね。

      マイナンバーカードの氏名、住所、顔写真などの個人情報、既に警察に提供されたとか。顔認証システムや、リアルタイムで警察とそのうちつながる監視カメラと組み合わせて、”1984”の出来上がり。おまけに国民自ら上にはへつらい、下には集団いじめをはじめとする暴力で発散させるのが大好きなので、周りには今以上に本音を話せなくなります。もう「戦争が廊下の奥に立っていた」とも詠めなくなる。このままでは結果的に戦争を黙認、加担することになるでしょう。その前に、北のミサイル、早いうちに自分の真上に落としてもらったほうが幸せかも(間違った考えだけど)。

      日本は既にこんな国になってしまいました。本当に、もうどうにもならなさそうです。

      「官邸お抱え記者「山口敬之」、直前で“準強姦”逮捕取りやめに 警視庁刑事部長が指示」
      *閲覧注意*
      https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170518-00521340-shincho-pol&p=1
      https://www.dailyshincho.jp/article/2017/05180801/?all=1

      Like

  4. みなみまる says:

     はじめまして。
     別のサイトから漂着して、ガメさんの考え方にずいぶんと同感できるので、びっくりしました。
    私は1989年に日本で定職を得ましたが、バブル崩壊後の金融界や霞ヶ関を眺めるうち、厭離穢土というか祇園精舎の鐘の声というか、どっかへの移住を考え、2007年にNZはケンブリッジ(ハミルトン近郊のほうの)に来ました。いいところです。
     話は変わりますが、北朝鮮の件、どうもかつての帝国陸軍に似ているようで。石原完爾という将軍が日中戦争の不拡大を若い参謀に説いたとき、「私たちは閣下のやったことと同じことをしているのです」と反発されて二の句がつげなかったとか。出世のための対外侵略、ですね。核を持てば一目置かれる、というのは毛沢東が始めたことで、金王朝はまねっこしている、ような。
     井上成美いうところの「政治屋が剣を持てば幕府なり」を想起します。
    また来ますね。
    みなみまる

    Like

コメントをここに書いてね書いてね

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s