Why me?

アオテアスクエアを横切って、きみに会いに行くんだよ。
モニさんと一緒にね。
なにもかもがデタラメだったマンハッタン時代の話をしに。

きみはあの頃、コカインのパイプが床に転がっているイーストビレッジの部屋で、
新しいものはもう古いのだと訳の判らないことをつぶやきながらシェークスピアに読み耽っていた。

おぼえているかい?
きみは、シェークスピアを「読んで」いたんだぜ。
ぼくは後にも先にも、あんなヘンな読書の習慣を持った人間を見たことはない。

きみは、あの頃コカイン代を稼がねばならない焦慮に駆られて一心に原稿を書いていた。
ときどきコカインがさめて、正気に返ると、電話をかけてきて、あのウクライナ人たちのカフェで会って、夜が白んでくるまでブンガクの話をした。
五月は友達たちが集まる月で、アイルランド人のMもオークランドに来ているのさ。
昨日は酔っ払ってテラスから花火を打ち上げていたって。

警察から電話がかかってきて、
「ガメ、この人、頭がおかしいのかもしれないけど、きみの知り合いだっていうんだよ。
きみに電話をかけない場合は、国際外交問題に発展するぞ、と荒唐無稽なことをいうんだけど、驚いたことにきみの電話番号を知っていたものだから…」

アオテアスクエアを横切って、きみに会いに行くんだよ。
モニさんと一緒にね。
Mとも落ち合って、Mが得意な、Mがいたダブリンの精神病院のいかれた話を聞こうよ。
昨晩はMはわざわざロンドンに電話をかけて、

ガメがタコ焼きという食べ物がおいしいと主張するので、食べてみたら、死ぬほどまずい食べ物で、おまけにほんとうにタコが入っていて、わたしの魂は穢れてしまった、と述べていたって。

もう、みんな30歳をすぎているのに、中空に浮遊するもののけのように生きていて、足が地につかない。
なんだかマジメな顔をして戸口に立っているけど、よく見ると、足下が地面から30センチくらい浮いているんだよ。

ぼくの友達は、十代の頃から、そんな人間ばかりだったような気がする。

アオテアスクエアを横切って、きみに会いに行くんだよ。
モニさんも一緒にね。

Pが死んだときには、ロンドンからニューヨークからダブリンから、もののけたちが集まってきて、ぼくたちのなかでは誰よりも人間らしかったPを悼んだ。
Pは珍しくたくさん入ってきたオカネに浮かれて、特級品のヘロインを買ってきたのはいいが、あいつ、高価なヘロインは純度が高くて、いつもの半分以下の量にしなければ致死量になってしまうのを忘れていたらしい。

太陽がのぼるころには、Pはロサンジェルスのホテルの部屋で冷たくなっていた。

なんの努力もなくPの人間とはおもえないくらい美しい肉体が(苦もなく)維持されていたのは、おどろくべきことだとおもわないか。
生命が失われれば、あっというまに腐った肉になって、うみ崩れて、形を失うあの肉体は、Pが生きているあいだは、薔薇色の頬と、輝く金髪と、透きとおってゆく冬の北欧の空のように灰色の眼をもっていた。

きみが気に入ったと述べていたマレーシア料理屋は、言うと怒るかもだけど、あれ、チェーン店なんだぜ。
オーストラリアなんかにもたくさんあって、若い人たちに人気がある店なんだよ。

「あなたはヒアシンスの花束を抱えて雨の中に立っていた」
「ぐっしょり濡れて、捨てられた仔犬のように、寒さに震えていた」

もう、どうだっていいんだけど。

(アオテアスクエアを横切って、きみに会いに行くんだよ。
モニさんも一緒にね)

あるとき、きみは夜明けの頃に電話をかけてきて言うんだ。

「空も地面も、ぼくを拒否している!
いったい、この世界のどこにぼくの居場所があるというのだろう!

Why me?

どうして世界はぼくに襲いかかってくるのか、どうしてもわからない。
ガメ、どうして、きみはたったいまここに来て、ぼくを助けてくれないんだい?

Why me?」

ホテルのロビーに着くと、きみは何事もなかったかのように、カットのいい、すっきりしたスーツを着て立っていて、腕をさしだす。

握手というわけにはいかないので、ぼくはきみの肩を抱いて、元気だったかい、ぼくの大事な友達、と述べる。
その虚しさですらが、ぼくときみとが住む世界の礼儀であるのを、ぼくもきみもよく知っている。

そうして、モニさんとぼくは、きみとテーブルを囲んで、落ち着き払って、このフィレとスコッチフィレを組み合わせたシェフの料理のアイデアはたいしたものだと言うだろう。
ソムリエが勧めていったピノノアールについての論評すらするかも知れない。
まるで、この世界で成功しか見なかった人のように。
この世界に退屈しきった人の言葉で。

とても疲れたので、お先に失礼します、と誰かが述べている。
あれは、ロンドンのぼくの両親の家で、初めて泊まったときに、きみが木が覆い茂った裏庭を眺めて「ほんとに、ここはロンドンなのか」と笑っていた部屋です。
きみやぼくが見ている世界を説明できる言語なんて、この世界にあるのだろうか。
ぼくは英語で話しているが、それはきみとおなじ英語ではない。
おなじ英語で話しているのだけど、ぼくはきみとおなじ人間じゃない。
そんなふうに詩人をまねて言ってみればいいのだろうか。

世界に拒絶されて死んでいった友達たちを見送ったあとで、この世界に満ちている悪意に頬を強張らせながら懸命にひと幕の演劇を演じきった友達に、たったひとりの喝采を送ったあとで、ぼくの気持ちを説明する言葉なんて、この世界にあるだろうか?

どうしようもない。
誰も鍵をもっていないドアに肩をあてて押し開けようとしている。
あきらめている。
冷たい空気が入ってくる窓を開け放って明け方の空を眺めて、今度こそは帰らない旅に出るのだと考えている。

ここを立ち去れない、とうしろめたい気持ちでいる。
お互いを罵りあっている。
静かに手をつないでいる。

愛しあっている。

Why me?

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About gamayauber1001

ver.6 https://leftlane.xyz もあるよ
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2 Responses to Why me?

  1. junichi says:

    両親や家族ではなくて、
    ある場所とそこの空気と楽しかった時間をともに過ごした親しい友が
    突然地面を蹴って浮遊して、戻ってくると思っていたらそのまま飛んで行ってしまったときの
    どうしようもなくてやりきれない気持ちと心の空っぽになってしまった記憶が、
    たこやきの味と一緒に浮かんできたよ。
    言葉にしようとすると安っぽくなってしまいそうでカッコ悪いので
    なかなかできないのだけれど、
    ガメさんはそういうのもうまいな。

    Liked by 2 people

  2. キラキラ大島 says:

    自分というものと外界を隔てるものが物理的な皮膚だというのなら簡単な話で、外界の住人に過ぎない他人とはつながれることなど永遠に無いと割り切ることもできる。しかし精神は皮膚などで隔てられている訳などなくて、だから、つながれるんだという幻想が存在する余地も出てくる。

    以前もこのブログのどこかにコメントで書いた、とんでもない旧友の、僕に宛てた最後の言葉は「やられた」だった。それが彼の最後の言葉だったかどうかはわからないのだけれど、もしかしたらそうなのかもしれないという想いは今も消えずに残っている。一体何にやられたのかは、前後の文脈を見なければ想像もつかないはずだけど、文脈を知っている僕自身にもやっぱり解せないままで、だから、僕はその旧友と本当に精神的などこかでつながっていたのだろうかと、ちょっとだけ疑いはあるのです。

    大学生の時に別の友人と「人と人はわかりあえるのか」について議論をしたことがあって、僕はどちらかというと「わかりあえる」派。人はそれぞれ生まれも育ちも吸収してきた知識も体験もすべて違うので、ある事象について違った意見を持つのも当たり前。でも、なぜそういう考えに至るのかについてちゃんとお互いに説明を尽くせば、いつかはきっとわかりあえるというのがその理由。現実にはそんなに思考背景を共通にするほどに説明を尽くすことが難しいので、結局はわかりあえないことの方が圧倒的に多いのだけれども。

    それでも近しい友人とは、本当の本当に近しい友人とは、言葉を超えたところでわかりあえるのではないかという期待を持っていたし今も持っている。けれど、本当の本当に近しかった友人の最後の言葉の意味を、半年過ぎた今も腑に落ちる結論に至ることが出来ないという現実が、その期待を持ち続けていいのだろうかという疑問を台頭させる。

    それでも、自分以外の誰かと、わかりあいたいのですけれどもね。自分を確認するためだけの意味しか無いのかもしれないけど。

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