甘い生活 1

成人は一日でだいたいティースプーンで40杯分の砂糖を摂取するのだという。
オーストラリアのDamon Gameauがつくったチョー有名な「That Sugar Film」の受け売りなので、言っていて気恥ずかしいが、しかし、正直に述べてぶっとんでしまった。

もちろんチョコレートやローリー(キャンディ)のような嗜好品は含まれていなくて、いわゆる「甘い物」が好きな場合は、この40杯分の砂糖に10杯分、20杯分と砂糖が積み増しになってゆく。
わしがチョーチョーチョー大好きな生ジューススタンドのスムージーは一杯にティースプーン36杯分の砂糖が入っているそうで、映画を観ておとろしい現実が判明したからといって飲むのを止めたりはしないが、この頃は、ストローでひと吸いするたびに、いまので砂糖ティースプーン3杯くらいかなあーと考えるので、スムージーを飲むとき特有の幸福感そのものが、やや損なわれていなくもない。

砂糖は人間を幸福にする。人間の大脳は砂糖が大好きだからです。
問題は「幸福」は砂糖を口にしてから、ほんのわずかしか続かないことで、膵臓からインシュリンが放出されて、あっというまに血糖値がさがる。
そのあとで、血糖がさがると、今度はアドレナリンが血液中に放出される。
アドレナリンは、人間の気持ちを亢進して、不安定にし、ひどいときにはパニック症状を起こすことすらある。
砂糖が大脳に与える影響は他人の愛情を感じたときに大脳が示す活動と瓜二つだというが、そんなとこまで恋と似ていて、どーするんだ、と思わなくもない。

結果として糖分をとりすぎる人は躁鬱病的な挙動を示すようになって、情緒不安定になる。

最近になって、映画やテレビで、砂糖の健康への影響を問題にするものが増えた。
有名無名、なんだかたくさんあります。
油断すると、毎週いちどは、「砂糖は健康にわるいぞ番組」を観ることになる。

中心になっている知見は、ちょうど福島事故の放射能の影響に似て、なかなか証明しにくい問題というよりも、フードジャイアントが「ダイジョブ科学者」たちにばらまいている巨額の金銭をおもえば、ほぼ未来永劫科学的には「気のせい。ダイジョブ」にされてしまうのが見えているような、例の、「おなじカロリーを摂取しても、糖分には肥満を促進する(カロリーとは別の)なにか他の要素があるのではないか?」という疑問です。

高校生のとき、肥満を考えるのにカロリーという指標はほんとうに正しいのだろうか?と考えて、自分の身体を使って実験してみたことがあるが、
加工食品を中心の食事とブロッコリやアボガド、トマト、の自分で調理して食べる食べ物中心の食事では、おなじカロリーを摂っているのに一ヶ月で6kg体重が異なって、びっくりした。

たとえば公にして発表するような実験ならばコントロールにしても、カロリーの測定にしても、もっと精確に行わなければいけないに決まっているが、なにしろ自分ひとりの身体のことなので、「おなじカロリーでもプロセストフードは太りやすいのだ」と勝手に決めて、英語圏のおおきなスーパーマーケットでいえば壁沿いでしか買い物をしなくなった。
スーパーの壁沿いには、野菜、果物、肉、ベーカリーというようなものが並んでいて、まんなかの棚にはWeet-Bixやコーンフレークス、缶入りスープと云ったものが並んでいるからです。
ここでは理由は書かないが、子供のときは一日に2リットルくらい飲んでいた牛乳も、コーヒーのラテ、カフェ・コン・レチェにするくらいしか飲まなくなったのも同じ頃でした。

わしは日本語では、ヘーキで「私は放射脳ですから」と書く。
卑屈になっているわけではなくて、その逆で、福島事故からあとの日本社会の顛末をみていて、妙に親切心をだして放射性物質の害を説いても無駄だと判っているからで、すぐに歯をむきだして「この程度の放射性物質の害を言い立てるなんて、おまえは非科学的だ」と言いたがる日本の「科学者」に放射性物質が長期的には有害である可能性が高いことを説明するのは猫さんに経済の仕組みを講義するよりも無意味だとわかっているからです。
おれは日本中にばらまかれて蔓延している放射性物質は危ないに決まってんだろ、と自分の頭で考えて判断してるんだからガタガタ言うんじゃねーよ。科学者科学者って、ふたこと目には、うるせーんだよ、そんなん聴いて恐れ入るのは冒険ダン吉に出てくるドジンだけだぜ、と思っている、という意味。

この手の日本人は、特に不愉快なウソツキ人間がおおいので、自分が日本人であるか日本に住んでいるのならともかく、日本とのつながりは日本語しかありはしないので、
不愉快な思いをしてまで、やくざな勘違い科学人をマニンゲンにする努力をすることはない。

ところで、ふと考えを横切ったので、記事と全然関係のないことを唐突に書いておくと、福島事故のようなことが起きて、直観的に「危ないんちゃう?」と思って、大学の研究者たちが「科学的に考えて安全です。保証します」と述べだした場合、大半の英語人が知性的選良であるはずの研究者たちを鼻で嗤うのは、常識が豊かであるから、というよりも、「おまえたちは直截にか間接にか企業からカネをもらっているから、そんなことを言うのに決まってるだろうが」と下品なことを考えているからです。

「秀才は信用できない」は、英語人の伝統的な信念で、そのせいでわしなどは子供のときから苦労ばかりしてきた。

なんちて。

閑話休題。

 

 

砂糖を煙草やなんかと同列において疑惑の目で見るようになって以来、ガキンチョのときには気付かなかった、たくさんのことが見えるようになった。

あれ? ひょっとして、そうかな?と思って調べてみたりした事柄のなかで最もぶっとんだのは、現代の世の中の食品には、ほぼ、なんでもかんでも大量の砂糖が入っていることで、たとえばパンにまで砂糖が入っている。

いま、便宜的に「砂糖」と一緒くたにして話しているが、glucose、fructose、galactose、ほんで通常「砂糖」というときにひとがイメージするsucrose、どれも健康への悪影響という点では皆おなじです。

科学人は、コカコーラやm&mにオカネをもらって、砂糖は悪くない!と相変わらず頑張りつづけていて、最近は旗色が悪いので、一歩だけゆずって、悪いのはsucroseで、他の糖分には罪はない、なんちゃっているが、説明するのもめんどくさい、そんなのは「証明しにくそうなことは、なんでも言いくるめちゃるど」という例のサイテー科学者の常套手段であるにすぎない。

以前に「GRAS」
https://gamayauber1001.wordpress.com/2013/05/02/gras/
という記事やほかのいくつかの記事で、このブログにも書いたが、現代の食品は工業製品化が進んでいて、外形が伝統的な食べ物なせいでおなじものを食べているのだと思っていると、中身は見た目とまったく異なる企業の営利目的ですっかり作り変えられた食べ物になっているのは、世界中に共通した事態です。

最も悪化しているように見えるのはアメリカで、アメリカに行くと、工業製品に作り変えられていないまともな食べ物を入手するのは、たいへんに難しいのが見てとれる。
食べ物の点からいうと「普通の生活」をするのにたいへんなコストと労力がかかる国です。
その結果、わしガキの頃から、いままでの20年くらいの変遷を振り返っても、異様なくらい肥満が増えて、社会全体が脂肪でぶよぶよしている。

だから、アメリカ人は….というようなことを述べるのが好きな人もいるが、どちらかといえば、アメリカで起きることは、時間をおいて他でも起きる、と考えたほうがいいようにおもえる。
フードジャイアントがいずれも多国籍化していることや、アボリジニ人の砂糖の摂取量が、かつては欧州系オーストラリア人が一日で摂る砂糖の量の一年分以下であったことやなんかを考えても、食習慣は文化や生活習慣と密接につながっていて、いまでもアメリカ式の生活習慣は強い他文化への浸透力をもっているからです。

日本も、アメリカほどひどくはなくても、ダイジョブとは言えなくて、わしガキの頃は、肥満している人に対して、「死にたくなければ日本人が食べるものを食べろ」とアドバイスする医者が多かったが、最近は言わなくなった。
食習慣の変化で、だんだん西洋型に寿命を縮めた死に方をする人が増えているのが、なんども報道されているからでしょう。

もっとマンガ的な例を挙げると、インド人は遺伝的に太らない体質なのではないかとオオマジメに書いているイギリス人が昔は存在したが、最近は、そういうアホなことを述べる人間はいなくなった。
理由は簡単で、通りに出れば、インド人が太りにくい体質ならばいるはずがない、でっかい身体をずりあげながら、えっちらおっちら歩いているインド系移民がたくさんいるからです。

日本の例をあげると、さっき述べたスーパーの外側の壁に並んでいる食べ物でも、ベーコンなどは、「外形がベーコンと似ている食用可能な工業製品」とでもいうべきもので、ベーコンというものを知っていて、あれをベーコンだと思う人はいない。
案の定、というか、袋の裏をみると、これでもかこれでもかこれでもか、と人工添加物が並んでいて、もっと嫌なことをいうと、あれで、法律で表記しなくてはいけないことになってしまった添加物だけが書いてあって、あの他にもまだまだいろいろなものがてんこ盛りになっているのは、想像に難くない。

現代の世界は、利益を極大化するためにありとあらゆる知恵を絞って、実態が判ってみると、どんな陰謀論者もSF作家も、どっひゃああああ〜、うっひゃあああ〜と叫びながら裸で通りを走り回りそうな事象にあふれている。
就任以来数ヶ月で、徹底的な無能さとデタラメさを、あますところなく見せつけているドナルド・トランプを大統領に選んだことをからかっても、いまだにアメリカ人たちが「それでもヒラリーよりはマシさ」と述べる人がたくさんいるのは、つまりは、アメリカのウォール街が代表している「よく出来たインチキ」に対してアメリカ人たちが本能的に拒否反応を示し始めたからだが、その最も直截な脅威は、核ミサイルではなくて食品にある。

英語人が、そーとーパーな人でも、食品の危機とフードジャイアントの世界に投げかけている暗い影のことをよく話題にするのは、つまりはテレビや映画の形で、年がら年中「おかしいんちゃう?」をやっているからです。

もう最近はこのブログでもツイッタでも何度も何度も述べているように、知らない人はどーでもよい、というか、日本語全体に対する興味もやや低下してしまっていて、日本語というのではない「日本社会」のほうになると、こっちは昔から興味がなくて、日本語を伝ってヘンな話が眼前にあらわれると話題にするという程度だったが、最近はますます関心が減退して、お友達と話すためだけに日本語を続けているふうになっているので、お友達に伝えたいことを考えると、日本語ではぎょっとするほど話題にならない食品と食品業界の現況ということが含まれる。

また、ショボショボよたよたとブログを書いて、それを肴に、いつものマストドンのコーナーに集まって話をしたいと思っています。

ほんでわ

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About gamayauber1001

ver.6 https://leftlane.xyz もあるよ
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2 Responses to 甘い生活 1

  1. Lúcia Pimenta says:

    I remember Supersize Me. What you eat is what you are indeed.

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  2. 娘さん二人が登校拒否になってしまい、デンマークに5年間母子だけで暮らした知り合いがいます。「日本のバターはロウソクみたいな味だとしか感じなくなってしまった。」と言っていて、チーズはコンビニでも外国製のものが買えるのに、バターはなぜかロウソクみたいな国産しかなくて、しかも200gで400円以上もしていたのがまた値上がりしているので、デンマークみたいなバターが食べられる日は来ないのかな。食べてみたいのに、というのが年来の願望だというくらいです。
     お砂糖を食べないという戒律のあるキリスト教の宗派がアメリカにあって、そこの人はガンになりにくいとかいう本も読んだのですが、そうすると膨大な手間をかけて色々なものを自分で作らないとならない。
     パンも元気だった時は自分で焼いたり、神田精養軒の、お砂糖が入っていないパンを、注文しておけば市内で買うこともできたのに、そういうふわふわしてないドイツ風のパンは日本人の口には合わないようで買えなくなりました。お米が体に悪いとか、グルテンが悪いからパンやパスタは体に悪いという人もいますが、卵すら食べないヴィーガンとか、私のようなものが真似すると、栄養失調で免疫力が下がる気がします。ごちそうは滅多に食べられなくていいので、ハムやベーコンに水を注ぎ込んでカサ増ししたり、カイガラムシで色をつけたりするのはやめてくれないかな。あと梅干しに人工甘味料のステビアを入れないでほしい。自分で作るしかなくなるので。塩とシソと梅しかいらないものなのに。

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