うららかな午後

アベノミクスなんてなかった、という顔をしているが、アベノミクスの失敗が国民に残した大借金は、忘れようとしても帳簿に残っている。

見えないのをいいことに、薄く広くばらまいて、もう収拾された過去の問題だということになっているが、例えば回転寿司にいけば、やはり他国の基準ではとんでもない値の「安全な」放射性物質まみれの魚肉の断片を載せた鮨がまわっていて、ほっぺが赤い子供が、健康な食欲をみせて、皿をテーブルに積み重ねている。

俄には信じがたいことに空も、かつての泰然とした空ではなくて、相変わらず、いつ北朝鮮の核ミサイルがふってくるかわからない不穏な空である。

そうこうしているうちに、英語国は、まるで申し合わせでもしたようにいっせいに移民へのドアを閉ざし始めて、特にアジア人は、比較的英語が堪能なインド人やフィリピン人にとっても、永住ビザを手にするのは夢のまた夢の世の中に変わってしまった。

特殊な技能があればワークビザは出る。
2年か3年はいられる。
ところが次のステップに行く方角をみると、ゲートはいつのまにか閉ざされていて、皮膚の色が赤みがかって白いほかには何の取り柄もなさそうな、見るからにバカぽいにーちゃんが、きみが出てきた故国の方角を指して、「もう、おまえは用済みだよ。自分の国へ帰れよ」と、たいした興味もなさそうにうんざりした口調で述べている。

ネガティブな事象に焦点を結んで考えると、なんだかすごい世の中になったもんだなあ、とおもう。
散歩の途中で、パブに寄って、フライドカラマリと一緒に頼んだ半パイントのエールを飲んでいると、顔見知りの近所のおっちゃんが寄ってきて、「移民も社会にエネルギーを与えたり、人口を若く保ったりで悪くはないが、いつまでも無際限にうけいれるわけにはいかないんだから、ガメ、仕方がないとおもわないか?」という。

あんた、ほんとは色が付いた顔が嫌いなだけなんじゃないの?と内心疑っているが、そんなことを言い出しても仕方がないので、ぼくはそう思わないけど、そーゆー意見もあるでしょうね、くらいですませている。

凍死家というものは、投資の代わりに凍死をあてたくなるくらいオカネの動向に臆病な職業なので、常に最悪の事態への想像力を持っている。
また、そういう想像力がないとやれない職業でもある。

最悪のシナリオと最良のシナリオを想定して、最悪と最良が挟んだ領域の、どの辺りで、どのくらいに分散して投資を行うのが最も効率がよいかを考える腕前で凍死家の職業上の優劣が定まる。

ほとんど自動的に最悪の事態を考える習慣を、プロであれば、どんな凍死家でも持っているが、この頃は、どういう事情によるのか、現実のタガが外れたとでもいうような局面で、だんだん判ってくると、ロシアのKGBの伝統が培った力で奏功しただけだという意見に傾いているようにみえるが、ドナルド・トランプが大統領になり、ファラージュが大勝利を宣言する、本来とは異なるゼノフォビックな色彩を帯びたBrexitが成立して、テロは荒れ狂い、経済は冨と貧の両極にますます分化して、伝統的な「市場」という概念とは似ても似つかない怪物が頭角をあらわしていて、現実のタガが外れているのだから、想定しうる最悪の事態もまたタガが外れて、なんだか書いていても冗談じみているが、ジョージ・ソロスのようなおっちゃんまで「このままでは地球はまるごと終わりになるのではないか」と言い始めている。

表現が異なるだけで、ウォーレン・バフェットもジム・ロジャースも、まるで日蝕を初めて観た人類のような面持ちで未来の話をしている。

おなじ凍死家のおっちゃんたちが明るい未来の話をすることがあるのは、事情が判らない人は、あるいは現実世界の物事に対する理解力を根本から欠いている人は、「矛盾したことをいろいろしゃべりやがって」というが、それは単に、よく知られているように、その人が現実世界を考える能力を欠いているというだけのことで、さっき話したように、たいていのまともな人間は未来を最悪と最良の幅のなかで観ているので、最良のほうへ未来への指針が動けば、こちらはこちらで、人類というものは急速に良いほうへ進むのだという経験的な事実を述べている。

ところが、ここに嫌なことがひとつあって、どのひとに訊いても、どの明るい未来についての見通しを検討しても、日本については破滅だけが予測されていることで、かつての、このままでは日本には未来がないのではないか、から、議論は、日本はいまのままでは将来がないがどうすればいいか、に興味がうつって、最近は到頭、日本が近い将来ほぼ完膚ない破滅を迎えるのは、相場師の言葉で言えば「織り込み済み」で、もうすでに起きるのが確実とみなしていいことというカテゴリに属することになってしまった。

このブログの過去に遡ると、アベノミクスが始まった頃には、アベノミクスはなぜダメか、どうすればいいか、しつこいように何度も書いている。
トリクルダウンにしろ、なんにしろ、とっくの昔に他の市場が試みて失敗して、ダメだと証明済みの経済政策を、株価があがれば経済が復興していると錯覚する、軽佻浮薄な国民性につけこんで、ただみせかけを取り繕うために予算を注ぎ込むことの無責任ぶりを、他の国の社会のこととはいえ知らん顔をする気にはなれなかったからで、まさかブログを書いて警告になるとおもうほどおめでたくはないが、日本語の誼で、自分が知っていることは書いておかないと落ち着いて眠れないような気がしたからだった。

あれから数年が過ぎて、いまの状態は、社会として正面から問題を直視したことすらないのだから当たり前だが、ますます慢性病がひどくなって、社会においては恣意が規範に優越する傾向が明瞭になって、当たり前のことにすらなって、経済は国の借金を株価をあげるために、本来は地味であっても必要不可欠な新しい産業を育成するためのインフラに使うべきだったオカネを千両箱をドブに捨てる勢いで外国投資家が群がる株式市場に投じ続けている。

なによりも、借りている相手が自国民だから大丈夫だとかいう珍説にしがみついて借りまくってクビがまわらなくなった、あの財政のひどさでは未来など考えようもない。

 

残念なことに凍死家間では日本はすでに「ダメになってしまった国」で、日本が復活するかもしれないと述べるひとには、向こう20年というような長い期間を想定してでの話であっても会ったことがない。

7年くらい前のブログを観ると、どうしても日本の再建に努力したいのなら、外国にいったん出て、そこで技量を身に付けて戻って来たほうがよいと書いている。

ラナウェイズ
https://gamayauber1001.wordpress.com/2010/11/28/runaways/

2年くらい前のブログになると、書いているほうが、「こりゃ日本という国は再建は今世紀ちゅうは無理かもな」と考えるようになったことを反映して、国などはたいしたものではないのだから、自分が居心地がいい国を選んで、そこに住めばいいだけよ、と書いている。
日本に住んで、個人として幸福に暮らすということが考えにくくなったからでした。

北朝鮮が日本を戦域化して、いつでも日本を核攻撃できる体制になって、さらに文字通り日進月歩の速度で、アメリカや欧州や中国の専門家たちが、ぶっくらこいてしまったスピードで、新型固形燃料モーターまで実用化して、核ミサイルの大量生産の体制を整えつつあるのは、偶然ではなくて、むろん必然で、日本人全体が自ら望んでつくりだした政治状況であることは、東アジア人に関心を持つ人間ならば、世界中の誰も知っている。

本来の日本の役割はいまの北朝鮮に対する、極めて好戦的な敵という役割とはちょうど正反対で、もともとは、中国も韓国も、アメリカも、日本だけが北朝鮮を軟化させて、国際協調の枠組みを受けいれるに足る体制にもっていける国であることをよく判っていた。

ジミー・カーターと金日成の交渉に観られるような太陽の下の交渉とは異なって、日本と北朝鮮には、戦後直ぐの右翼や暴力団の半島との強い結び付きをみれば判るとおり、日陰の、言葉を変えればアメリカ支配の視界の外の、強い結び付きがあった。
東声会の周辺や、朝鮮総連というようなものを考えても、英語国で、「日本には北朝鮮系日本人の人びとがたくさん住んでいて、ロビー団体もあんだよ」と述べると、ガメ、ひとをかつぐにしても、もう少し現実味のある話をしろよ、と誰も信じないが、日本の人はよく知っているように現実の話で、そういえば、いつか軽井沢から近い上田という町にでかけたら「よろこびのまち」という名前のパチンコチェーンがあって、北朝鮮のよろこび組みたいな名前ですね、と茶化したら、ほんとうに北朝鮮の人の会社だそうで、ぶっくらこいてしまったことがあった。

日本は平和憲法を巧妙に護身道具として使いながら、中国に経済では到底かなわなくても、外交的立場の利点を活かして東アジアのいっぽうの盟主になっていくかに見えて、北朝鮮自身も明らかにそれを望んでいたが、どこでどうしてそう考えるほうがよいと考えるようになったのか、徹底的に現実の扱いがダメだった民主党政権が倒れて、名前はおなじ自民党だが内容はまったく異なる右翼イデオロギー政党化したネオ自民党が再び政権につく頃には、日本は半島との隠微なつながりをすべてかなぐり捨てて、国全体で半島への軽蔑を露わにする、一枚岩ならぬ一枚ティッシュペーパーな薄っぺらい国になりさがっていた。

くたびれてきたので詳しくは書かないが、経済もおなじで、グーグルもアップルも持てなかった国で、いくら机上で「市場心理の浮揚による経済の活性化」を計画してみたところで、秀才が知恵をつくしてつくった精巧なプラレールにしか過ぎなくて、スイッチを押して、あ、動いた動いたパチパチパチと手を叩くことくらいしか効果がないのは当たり前であるとおもう。

日本がすべきだった努力は、アベノミクスのような日本名物ナマケモノおっさんたちが「それなら儲かる」と身を乗り出しそうな、お言葉だけの虚しい砂上の楼閣ではなくて、教育を改革し、新産業が生まれやすい環境をつくる地味な努力のほうだった。
日本には、その時間を買うだけの、個々の国民がこつこつと貯めてきた年金と個人資産が存在して、他の国は、うらやましいことだ、と思いながら、当然、その個人資産が国の信用を支えているうちに日本は社会を改革してゆくのだろうと考えていた。

ところが、日本が個人資産という最後の財産を総ざらいして始めたのは、ドラ息子が考えたとでもいった趣の「楽して儲ける」ミニバブルを実体経済と切り離された市場でだけ起こそうとする上滑りな経済政策で、わしも含めて、これには呆れたが、呆れてばかりはいられなくて、忙しくなって、国が補填を約束する賭場とでもいうべき株式市場が目の前に現れたのに、この勝ちが保証されている賭博で儲けないでいられるほど意志の強い凍死家は、存在しなかった。
全員、日本政府の頭の悪さを批判するヒマがあれば、目の前にぶらさがった日本国民ひとりひとりのオカネを掬い取って自分の財布をふとらせるほうに使って、ぬくぬくとした毎日を送るほうがいいに決まっていて、日本の愚かさにつけこんだオカネモウケに熱中することになった。

北朝鮮が金正恩の失政で飢餓に苦しんでいる、という報道(みたいなもの)を観てぶっとんだことがあったが、北朝鮮が飢餓に苦しんだのは金正日の治政の頃の話で、若い人間を尊敬しない北朝鮮の風土で、しかも失敗も多い若い独裁者である金正恩が、政権内部の敵に囲まれながらここまで失脚せずにやってこれているのは、ひとえに金正恩が正しい経済指針をもち、ごく限られた選択肢しかない経済政策のなかから、うまく施策を選び出して、彼らの基準では、おおきな経済的発展を遂げているからなのは常識に類するとおもう。

さまざまなルートから、他国、特に隣国であって同民族でもある韓国の大繁栄が伝わっているいまの北朝鮮の人々にとっては恐怖すべき独裁支配者である金正恩は、同時に、巧妙に核をめぐるアメリカ・ロシア・中国の支配図を書き換えて時間を稼ぎながら、経済改革を推し進める希望の指導者なのでもある。

実際、いまの北朝鮮指導部のなかで、西洋諸国の豊かさと、その豊かさに保証された生活の安定とを実感をもって知っているのは金正恩ただひとりなのではないか。

生来ひどい吃声で、フィルムを観ると誰でも気が付くように、ごくごく限られた側近を覗いては他人に自分の声というものを聴かせなかった金正日と異なって、工場を訪問して、女の人の工員ひとりひとりと肩を寄せ合って写真を撮る若い指導者は、あきらかに「これまでとはまったく異なる豊かで快活な北朝鮮」を目指しているが、その針路に、意図をもって立ちはだかって「おまえを殺してやる」と述べているのは、というか、彼らの目に見えているのは、アメリカであるよりも日本です。

長々と、金正日の場当たり主義的な、上手くはあったが、いかにもオポチュニスト然とした政治から抜け出そうと苦闘している北朝鮮について書いたのは、折角の軍備拡大を要求しつづけるアメリカを折伏する魔法の杖であった平和憲法を自分のほうから捨てるという外交上の大失敗もそうだが、日本にとっては東アジアでの権勢保持のキー国であった北朝鮮を、あろうことか明瞭な敵国として恫喝の対象にしてしまっているからで、一事が万事、これまで日本の立場を強固にするために機能していたことどもを何故かことごとく捨ててしまった結果が、いまの日本の、未来に何の希望もない、まるで底のない絶望の淵に身を投げてしまったような状態であることの、理由のひとつでありそうな、日本政府の現実への無頓着や無知の、例として適当であるような気がしたからでした。

死亡証明書を書き終えたばかりの医師に、死んだ当人がどうすれば健康な人間に生まれかわれるか尋ねる人はいない。

せめても死んだ人間の、ときに華々しかった過去を悼んで、やりたければ、日本が行ってきたことの評価を定めることがいま出来る最善のことであるとおもう。

そうすれば来世では、よい国になるかもしれないでしょう?

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ver.6 https://leftlane.xyz もあるよ
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4 Responses to うららかな午後

  1. 太郎 says:

    >中国も韓国も、アメリカも、日本だけが北朝鮮を軟化させて、国際協調の枠組みを受けいれるに足る体制にもっていける国

    それはそういう無形の条件、資産などがあったというだけであって、あれば出来るというものではなく、SISとかあるUKのような国とは違って、元々まともな情報機関も無く、どころか知識人のような感じの人々の間でも特高と情報機関の区別もつかないような程度の日本には北朝鮮とそもそもまともに渡り合う能力(日本外交の機構の基本的枠組は、20世紀型ですらなく、19世紀型である)もそういう資産について使う能力は無かった。そもそも伝統的に、日本で北朝鮮に関わりたいという人たちは、社会党であれ自民党であれそれ以外の関係者であれ、過去の岸信介氏の日韓国交を巡る資産形成の実績を睨んで「自分も同じ濡れ手に粟やりたい」という人々であり、口先はともかく実際には自らの資産形成以外の興味関心は無かったから、北朝鮮は金日成の頃より概ね日本を軽侮し機会を見て金を引き出す以外の用事の無い相手とみなしており、彼らの主たる関心の相手は一貫して米国であったように思われる。

    ということかと。

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  2. Anco says:

    久しぶりに思い出して検索してみたらいくつもの記事を投稿していてガメさんも元気なのだなと知る。
     キャッチコピー社会日本では新産業への地味な努力は放棄され、高血圧のようなBOJの資産拡大と歪んだNikkei225をオッサンが喜んで「俺の心臓は偉大だ、若者も竹槍訓練でオレ様のような大きな心臓を育め」と述べたなら、死因は心臓肥大でしょう。矢面にたつ、皮膚のような若者にとっても税金還流の無理がたたっては壊死してしまう。
     日本にも死因統計がありますが、大まかに1~2割が死因不明です。自殺や殺人も含めて政府統計は相当な想定幅を設けないと解釈できない。今後も政治的に死因不明は増加するでしょう。ガメさんがいう死亡証明書も国内では書けないのだろうと思いました。
     最良のシナリオは、それぞれの個人として日本語人の信頼をこつこつと積み上げていく50年後くらいに希望をもつことでしょうか。
     電脳社会ではオッサンをスワップ取引できるかもと妄想してしまい時間を無駄にした気分だけれど、時々思い出す横道世之介を感じつつ、読みかけのポメランツと過ごすうららかな午後。

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  3. oniku says:

    今はもう少し身体を休めなければいけない状況で、全く海外に行くことができずに田舎にいます。72歳の父が、本気で自分がビザを取れる可能性のある国を探していると聞いて、ガメさんブログがすぐに頭に浮かんだよ。この現実を共有できるのが、普段全く話すことのない父だったとは。。。

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