振り返るひと

2050年に、いまの世界を振り返って考える人は、「あの頃の人は、よくも、あんなたいへんな世界に住んでいたものだ」と考えるだろう。
いや、そんなことはない、将来はいまよりももっとたいへんな世界になっているはずで、だから、むかしはよかったと思うのではないかしら、という人がたくさんいるのは知っているが、わしはそうは思わないのだから仕方がない。

人間は、歴史を通じて常に進歩している。
今年よりも来年のほうが進歩しているとは限らないが、20年後のほうがよい世界であるのは、ほぼ確実です。
ここでも、「なぜ確実だなんて言えるんだ!」と頭からリンナイな湯気を立てる人がいそうだが、歴史をみてゆくかぎり、いままでそうだったのだから、これからも、そうなんじゃない?
としか挨拶のしようがない。

冷たいことをいうと、日本の人が特に人間の進歩に関してネガティブな考えに陥りやすいのは、自分で世界を変えようとしたことがないからで、変化は、どっかからやってきて、タナボタに手に入るものであるからで、ちょうど、他国民をこき使って自分は楽をしようとして始めた戦争で、ボロ負けをこいて、もう戦争は嫌だと考えて平和を願ったら神棚から憲法9条が落ちてきました、というような気分でいるからに違いない。
ツイッタでも日本語の人は、相当すぐれてみえる人でも「私には世界に対する責任はありません」然としていて、責任感なしでカッコイイことばかり言ってたらあかんやん、とこっちは考えるが、日本の秀才は自分が秀才であるために秀才であることを目指している存在なようで、社会に対して責任を感じるというようなことはダサイことと認識されているらしい。

おもしろいことに収入のようなものですらそうで、日本の勤め人おっちゃんたちと、有楽町のガード下の焼き鳥屋や、数寄屋橋の割烹のようなとことで話していると、すごくヘンなのは、多分、おっちゃんたちは給料は自分がなにをやって、どんな仕事をやっていても、会社の天井から降ってくるものであると感じられているらしくて、仕事とこれとは関係がない、と言いたげで、他の日本人がうらやむ大学を出て、大時代にいえば「要職」についているいいとしこいたおっちゃんたちにして、そーゆーていたらくなので、まして普通人においておや。

いま、この瞬間の世界は、滅茶苦茶もいいところで、連合王国などは、有史開闢以来のアホの見本というか、政治家のほうはアングロサクソンばっかしだった頃の国民といまの国民がおなじ性向だと考えて、なにによらずどんくさいアングロサクソンの政治的動向を人間打算機を動員して計算して、よおおーし、このくらいひっぱたけば、50センチくらい政治的に移動するだろうとおもって政治的クリケットバットをひっぱりだしてフルスイングで国民投票をやってみると、あにはからんや、国民の政治行動はピューンとすっ飛んでいってしまって、政治的暗喩のつもりだったBrexit投票で、実際にEUから抜け出ることになってしまった。

David Cameronは自分が、当然にも、連合王国の歴史を通じて最も繁栄した時期に政権をもったのに歴史上最悪の首相として名を残すことになったという自覚があるようだが、Theresa Mayに至っては学習機能がないというかなんというか、キャメロンとおなじ過ちを今度は選挙の形で繰り返して、結局は、よく政治的に左右極端を行き来したりして安定しない国について揶揄を目的に使われる「南米化」を連合王国にもたらしている。

連合王国のアングロな白い人びとは、最近、「移民の政治的未成熟」を内輪の愚痴の定番としているが、覆水盆に返らず、連合王国が元の落ち着いた急な政治的変化を嫌う国情に戻ることはないように見えます。

アメリカはアメリカで、ドナルド・トランプのようなズルだけがうまい、無能なbully人間を大統領に選んでしまった。
ヨーロッパを訪問したときに、モンテネグロのマルコビッチを乱暴に押しのけて、顎を突き出して写真におさまった瞬間の動画は、まるでカメラマンがわざとトランプの傲慢を演出したように見えるが、もとからトランプという人を知っているひとたちは、ドナルド・トランプという不動産商売の実態を日本語にわかりやすく意訳すればラブホテルチェーン王とでもいうべき立場の、この品性下劣なおっさんが実際にこういう人間なのをよく知っている。

エスタブリッシュメントに反発するアホなワーキングクラスが投票した結果だということになっているが、現実には「ヒラリーに投票した」と述べているおおくの「平均的アメリカ人」が投票したという観察があちこちに転がっていて、どうもある程度真実らしくおもわれる。

Brexit国民投票のずっと前に、連合王国のEUからの脱退とキャメロンの失脚を予測したわし友達の論拠は面白いもので「イギリス人は繁栄に飽きてしまっているんだよ」と述べていた。
繁栄の頂点にあって、それを当然と受け止めて、ここからどこか違うところに行きたいと願っている国民くらい危険な国民はない、という。
それに、移民たちは70年代と80年代のUKの悲惨は知らないわけだしね。
この同じ人は、メイが無分別に無理矢理すすめた選挙でも、「初めは保守党有利にすすむが、きっと詐欺師のコービンが勝つさ」と皮肉に述べていた。
あの男には結婚詐欺師的な素質があるからね、こういう局面ではコロッとだまされるナイーブな人間がたくさん出るだろう。

現代の世界に住む人間が鈍感に受け止めている危機のなかで、最も吃緊の危険は核戦争で、むかし、日本人がどんなにヒロシマの惨禍を訴えても、現実に核爆弾が落ちてきたことのない英語人たちには、「強力な爆弾」という通常爆弾との質的な違いを認めない反応しか返ってこなくて被爆者たちをがっかりさせたとおり、現実に核兵器が使われるとどんなことが起きるかは、実は、日本人にしか判っていない。
せいぜい「たいへんらしい」くらいのことで、その当の日本人が「福島事故の放射線被害は予測されたほどたいしたことではなかった」と言い出したので、たとえば北朝鮮の金正恩にとっては、無意識的に日本に向かって核ミサイルをぶっ放しやすくなっているという皮肉な結果になっている。
神様が意図して書いたシナリオならば、シェークスピアなみの計算力というか、たいしたものだというほかない。

経済においても、2008年に露見したウォール街人の文字通りの犯罪に対して、アメリカが常にそれのみに頼って国家的な病を逃れてきたはずの「手続きに保障された健全さ」が発揮されなかったことによって、現象としては例えば、富者がますます富んで、貧しい者により貧しくなる選択肢しか選ばせない社会をつくって、しかも富者が無謀な投機を行って失ったオカネは貧しい者達に支払わせて補填するという致命的な構造をつくってしまった。
よく言われるように人口30万人のアイスランドで起きた同様の破綻では、金融人の犯罪性が暴かれて30人だったかの逮捕者が出たのに、それよりも遙かに規模がおおきく悪質で犯罪参加者も多かったウォール街では、たったひとりのトカゲのしっぽにも足りない金融人が逮捕されただけだった。

「金融危機」というと、株式の暴落とおなじで意図とは関係がなく起きる経済事象のように聞こえるが、ウォール街人がやったことは、そんな種類のものではなくて、まったくの犯罪で、それが罰せられなかったのは、CDOと評価会社(例:S&P)の評価システムを組み合わせた巧妙な組織的な詐欺が、結果として完全犯罪を成立させたからにしかすぎない。

日本は金融業界が実質的には財務省の一機関である特殊な国家社会主義経済体制に起因する旧弊な体質であることが、マンガ的に幸いして、英語世界型の「金融危機」が起こらなかったが、アベノミクスが失敗に終わっても、まだ本来必要な政策の実施を忌避しているところをみると、予言してもよい、CDOとおなじような、目新しい経済上の「モデル」をでっちあげて、これからビンボ人からオカネを巻き上げにかかるだろう。
安倍政権は、潜水艦を売りつけたい一心で、見返りに日本人の個人資産にアクセスする権利をオーストラリアの投資会社に与えてしまうという、世界中の投資家をぶっくらこかせる「文字通りの売国なんじゃない?」という品の悪い冗談を言いたくなるような破天荒な大サービスで、特権をオーストラリア人たちに与えてしまったが、多分、この辺りから始まって、日本のビンボ人のカネは、ますます世界にばらまかれているようになっていくだろう。

前にも書いたが、わしは愚かにもロバート・オッペンハイマーが述べた有名な
「Now I am become Death, the destroyer of worlds」という言葉が、将来の核軍縮の努力をこえて、その後におきる核拡散と核軍縮の無効化を見透しての言葉だと気が付かなかった。
それがなぜBhagavad-Gitaなのであるかも、西洋知性人の根強い東洋趣味だ程度にしか思っていなかった。

そうではなくて、「どんなに禁止しても科学者たちは核をつくり、各国政府はあらゆる手をつくして究極の絶対暴力である核兵器を手中にしようとするだろう」という人間性の本質に根ざした破滅的将来への洞察の表明だった。
彼は、世界の破滅を自分が核爆弾を生みだして時点ですでに知っていて、世界中でなんども繰り返し再生されるあの動画を撮った時点では、あらかじめ世界の破滅を「見て」いたのだとおもう。

なぜここにきて、急速に人間の考え方そのものに根ざしたアポカリプスが姿をあらわすことになったかという理由の詮索は、これから色々な人間の手によってなされてゆくのでなければならないが、2017年という素数年が、破滅の顕在化のスタートになって、いわば世界破滅元年になる可能性は常にある。

それでも冒頭に述べたように、人間は結局は破滅の淵から蘇って、世界を改良して、人間として進歩してゆくと信じているのは、こっちのほうはタメイキが聞こえそうなくらい根拠のない信念で、「これまでもなんとかしてきたから」「そうでないと人類が滅びてしまうから」という5歳児でも頼りなさに身もだえしそうな理屈に頼っているのでしかない。

ことさら、言いつのらないだけで、きみもぼくも、ボランティアでアフリカ人たちをひとりでも救う算段をしたり、たいした効果がないと判っていても寄付をしたり、出来る事はなんでもやって、世界を少しでもよくしようと考えて、やってみると、おなじ考えの人はたくさんいて、そういう人々は衆にすぐれた知性や能力を持っている人がほとんどで、そういう毎日の活動の手応えから、やっぱりなんとかなるだろう、と思っているのでもあります。

だから2050年に立っている人は、やはり2017年を振り返って、当時の人は実感はなかったらしいが、ひどい時代で、よくあんな悲惨な時代を生きていられたものだ、と考えているだろうとおもっている。

家の小さなひとが、いいとしこいたおっちゃんとおばちゃんになって、ガメおとーさまたちが奮闘して、世界が終わりにならなくてすんでよかった、と述べてくれる世界に持っていかねば。

おとーさま、その頃は、もうアル中でヘロヘロなのではないかとおもうけど。
ま、うまくいったら、おもいがけず頑張ったとーちゃんのために、朝食につけるシャンパンを奮発してくれたまえ。

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ver.6 https://leftlane.xyz もあるよ
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